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2019年4月 7日 (日)

要害山から帯那山

18切符を利用した「甲府北方の山」第二回は要害山と帯那山である。要害山の登山口である積翠寺までのバスはあるものの、本数が少なく時間も利用しにくい時間のためどうしたものかと思ったが、5キロちょっとの距離なので歩いていくことにした。当日は信玄公祭りで信玄の館跡である武田神社は大勢の人で賑わっていた。武田館は「人は石垣、人は城♪」の歌でも知られる信玄の方針に従って、他の戦国大名のような石垣や天守閣はなく、ただ堀に囲まれているだけである。その代わり緊急時には、これから向かう要害山に立てこもって交戦する備えはとっていたようである。実際に要害山に登ってみると、尾根道には何重にも縦堀が掘られていて、山名どおり要害堅固であることが実感できた。

要害山から次に向かう帯那山までは尾根通しには行けず、一度谷まで降りて林道伝いに行かなければならない。ただ林道はかなり迂回しながら高度を上げて行くようなので、五万図にもGPS地図にもあるショートカットする道を辿ろうと思ったのだが、対岸には地図にあるような道などはなく、急がば回れで林道を忠実に行くことにした。やがて林道から分かれた尾根道を行くと五万図で帯那山と記載されている地点に着いたので、これでゴールでバス停のある戸市までは三キロ程度の距離なので時間は1時間半ほどあるし楽勝だと思ったのだが、写真を撮るために山頂まで行ってみて、見頃山と書いてあるのでガッカリする。山梨100名山の帯那山はさらに奥にあって100メートルほど高い奥帯那山であることがわかり、そちらに向かって行くことにした。

奥帯那山に着くとすぐに戸市に向かって下降を開始する。3.5キロを一時間は走れば楽勝だろうと飛ばして行く。だいぶ降りてGPS地図を見ると現在位置がさきほどと変わってないでないか。再起動しても変わらない(そういえば4月7日はGPSに障害が出る可能性があると報じられていたが、その影響か)。しょうがないのでGPSは無視して一目散に下って行ったところ、GPSが回復したようなので現在位置を確認すると、GPSが不調な間に分岐点を見落として、バス停のある戸市とは別の方向へ下っていることがわかった。今から正しい道に戻っても戸市の最終バスに間に合わないことは明らかだ。ショックではあったが、こうなってしまった以上は甲府まで自力で帰るしかない。距離を調べると12キロ程度だったので、下り一方だし二時間もかからないだろうと甲府を目指すことにした。結局帰宅したのは戸市からの最終バスに乗れた時と比べて一時間程度の遅れで済んだが、奥帯那山直下から甲府まで約15キロの林道及び舗装道路を走って下ったことになり、いい年をして(100名山一筆登山の)田中陽希君みたいなことをしてしまったわけである。

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