2025年6月13日 (金)

東京百名山(御林山、倉掛山、湯久保山)

今月から都内のバスが無料となるシルバーパスを取得したので、近距離の路線バスでは何回か利用させてもらったが、奥多摩で1時間以上も乗車する区間でも果たして利用できるのか半信半疑でトライしてみることにした。

6月12日

武蔵五日市駅から数馬行きに乗り込むと、平日にもかかわらず登山客が結構乗っている。私は終点の数馬まで乗車するが、他の登山客は途中で下車してしまう。平日なので若者はおらず、私と同年配の人ぱかりである。ところが、下車する際にシルバーパスを呈示する人はおらず、現金か、ICカードで精算している。ひょっとして、この路線はシルバーパスは使えないのではと心配になったが、運転席の前面にある画面には「下車の際にははっきりと運転手にお見せください」という文字の下に定期券とともにシルバーパスの写真もあったので安心する。

終点の数馬で下車したのは私1人だった。少し戻った浅間尾根入口から登り出す。そこそこの急登だが、最近は急登のコースが多いせいか、さほどたいへんではない。

1時間ちょっとの登りで御林山に着く。

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ここからは緩い登りが風張峠まで続いている。風張峠は昔ハセツネCUP(日本山岳耐久レース)に出ていた頃はなじみのある所で、ここまで来るとヤレヤレという気分になったものである。

ハセツネのコースは舗装路は通らず上の山道を行くのだが、今日は最短路である舗装路を進む。峠の手前で舗装路を離れて倉掛山に通ずる尾根に入る。

倉掛山は国土地理院の五万図にも山名表示がないが、1078メートルのピークの標高表示はあり、ネットで調べて確認済みであるが、現地では指導標もなく、メインの道からは外れた所にあるので、やや分かりにくいかもしれない。
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倉掛山から湯久保山に向かうには一度下の沢まで下りなければならないが、林道から分かれる道がわかりづらく、地元の人に教えてもらってなんとか進むことができた。

湯久保山の登山口の近くには藤倉バス停があり、時刻表を見ると最終バスまでは3時間半ちょっとなので、充分間に合う時間ではあった。登山口近くの地図には湯久保山までの登りは2時間半とあったが、標高差は500メートルちょっとなので、そんなにかかるまいと思ったら案の定、1時間40分ほどで頂上に着いた。
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ここからは東側の小沢バス停方面に向かう尾根も分岐しているが、かなり時間がかかりそうなので往路を戻ることにした。

ほとんど登山口近くまで降りてきた時に10メートルほど前方を黒い物がサッと横切った。最初は犬かと思ったが、後を追うように一回り小さい黒い影が通ったので、親子熊てあることに気づいた。熊は至近距離で何度も見ているが、あんなに猛スピードで走るのを見たのは初めてである。一体何だったのだろうか?

バス停に着いてみると、最終バスまでは1時間近くもあり、そんなに長く待っていられないので、先に進むことにした。といっても結局は、この最終バスに乗ることになるのだが・・・。30分ほど歩いて待ち時間が20分ほどになる所で最終バスに乗って五日市に向かった。

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2025年6月 8日 (日)

関東百名山の妙法ケ岳と埼玉県百名山の二子山

  6月6日

関東百名山も残す所は5つとなり、今年中の完登を目指して秩父の妙法ケ岳に向かう。妙法ケ岳の手前にある三峰神社までは西武父駅から急行バスがでているのだが、そこからだと安易過ぎるので、大輪から表参道を登ることにした。標高差で900メートルほどの登りである。

最初に悩んだのは西武池袋線の石神井公園駅までのアクセスであった。同駅を6時55分発の電車に乗れると接続がスムーズなのだが、自宅の最寄りのバス停からの始発に乗っても石神井公園駅には58分着なので、間に合わないことになる。所沢から特急に乗るか、1時間近く登山口到着が遅くなるが、次の各駅で行くしかないかとおもわれた。

ところが、時刻表を良く調べてみると、始発バスだけの例外だが、石神井公園駅の二つ前の富士見台駅を通るバスがあることを発見し、それに乗れは10分の乗継ぎで石神井公園駅に52分に着いて、55分発の急行に乗換えられることがわかった。

だが、そんなに甘くはなかった。富士見台の乗り継ぎ時間が10分あると油断していたが、そもそもバスは数分遅れて到着するし、渋滞があったわけでもないのに富士見台駅バス停には西武線の富士見台駅発車時間の3分前にようやく到着、グーグルマップで確認すると、駅までは徒歩6分とある。必死に走って滑り込みセーフとなったが、久しぶりに焦らされた。

西武秩父駅に着くと三峰神社行きのバスは平日だというのに長蛇の列、増発バスに乗車するが、立ちっぱなしとなる。ほとんどの人は終点まで行くみたいで、大輪で降りたのは数人で山登りの人はいないようであった。

今月末からの北海道登山を意識しているせいか、今日はいつになくペースが上がる。しばらく登ると上方に先行パーティーが何パーティーが見える。結局3パーティを追い抜いたが、いつもの自分にはないことである。ただあまりにペースを上げ過ぎたせいか、三峰神社近くまで登ると完全に息が上がってしまい、少しペースを落とす。

三峰神社は観光客で賑わっていたが、休まずにそのまま妙法ケ岳に向かう。観光客風の人も結構、妙法ケ岳に向かう人が多いようだ。スカート姿のおばさんまでいたのは驚いた。

道は最初はなだらかだったが、次第に傾斜がまして、最後は鎖場となって頂上に着く。そこは三峰神社の奥宮になっているが、肝心の妙法ケ岳山頂の標識がみあたらない。まあ地図アプリでは山頂にいることになっているから間違いないだろう。

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最初の予定では下りも表参道を下り、さらに三峰口駅まで移動して熊倉山を往復するつもりだったが、妙法ケ岳まで思っていた以上に時間がかかってしまったので熊倉山はあきらめ、その代わりに三峰神社からバスに乗って西武秩父まで一気に行って西武線に乗り、2つ目の芦ヶ久保から二子山を目指すことにした。

埼玉県百名山の二子山というのはクライミングのメッカとして有名な山が別にあり、そちらは群馬県との県境近くなので、1日がかりの行程となるが、こちらは駅から往復4時間程度なので、夕方から登りだしても終電には充分間に合いそうである。

登山口手前で下山してくる二人パーティと出会う。こんな時間に登るなんて変な人だと思われたかもしれない。全然予備知識なしで登りだしたので、尾根コースと沢コースのいずれを取るべきかを迷う。地図のコースは沢通しのようであるが、尾根にもしっかりした踏跡と充分なマーキングがあるので、尾根を行くことにする。

なかなか登り甲斐のある尾根で、登っても登っても全然高度を稼いだ気がしない。最後は滑りろやすい道でロープが張りめぐされていて、それを登りきれば頂上である。と思ったら、そこは二子山の雌岳で、最高峰の雄岳は10ほどの先にあるとのことである。

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せっかくだからと雄岳に向かうつもりで歩き出したが、どういうわけか雌岳に戻ってきてしまった。前回、きつねに化かされかけた?苦い思い出がよみがえり、夕闇が迫ってきたこともあり、雄岳は諦めて下山することにした。

下山コースをどうするかだが、往路をそのまま下るのは初めてのコースではないという点は強みだが、鮮明ではないコースを暗くなってから下ると尾根を取り違える恐れがあるため、沢コースを下ることにした。

まもなく真っ暗闇となり、沢には水も流れ出して、水音で熊鈴の音も聞きづらくなってきた。熊の危険か高くなったと思われたので、北海道のひぐま対策として購入した猛犬、猟銃、爆竹の三種の音響を出す機器を試験的に使ってみた。効果は抜群で、これならば絶対に熊は近寄ってこないことは確かなのだが、一般の登山路でこんな音を出したら、他の登山者の顰蹙を買うことは間違いない。もっともこんな時間に沢に他の登山者がいるはずがないが

おかげで熊にビクつくこともなく下山でき、最終よりもだいぶ早い電車で帰ることができた。今日は二つの山登りで獲得標高は1600メートルに達し、北海道登山の良いトレーニングができた。

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2025年6月 2日 (月)

関東ふれあいの道茨城県コースNO12~16番

6月1日

前回、茨城・千葉県境の利根川から土浦駅までふれあいの道を自転車でツーリングした際に立ち寄れなかったコースNO16の霞ヶ浦総合公園を目指して土浦駅を出発する。途中道を間違えたりしたが、30分以内で着くことができた。撮影ポイントは風車ということであったが、仮に前回、ここにたどり着いても、暗くて写真を撮ることはできなかったろう。

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次のNO15つくばエキスポランドまでもコース全体が舗装されていて自転車で快適に走ることができた。茨城県の各コースの中で全コースが舗装路となっているのは18番から15番までで、他のコースは未舗装路ないし山道が含まれているので、コースどおり忠実に歩くとかなりの日数を要することになってしまう。そのため、今回はこれ以降は撮影ポイントだけを繋いで走ることにより、1日で多くの撮影ポイントを回ることにした。

 

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次のコースNO14の撮影ポイントである小町の館へは最短経路で進む。観光スポットのようで結構賑わっている。小野小町の墓があるらしいので、小町の館という名前がついているらしいが、京都住まいのはずの小町の墓が東国の片田舎にあるというのはマユツバである。

 影ポイントである水車の前で写真を撮って次のコースに向かう。

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コースNO13はだいぶ東側の方なので、コースNO12の不動峠の方に先に行くことにする。峠の取り付きまでは山越えをしなければいけないかと思ったらトンネルかあったので助かった。2キロ近い長さがあるトンネルだが、柵で仕切られた歩道があったので、後ろから来る車を恐れることなく通過することができた。

不動峠までは舗装路が続いていたが、急坂では自転車を降り、傾斜が落ちるとまた自転車を漕ぐの繰り返しで峠に着く。峠には珍しく年配のチャリダーがいて、お互いの健闘を称え合う。土浦方面に下る彼を見送った後、撮影ポイントである石碑の前で写真を撮ってから来た道を戻る。

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コースNO13の起点である五輪堂バス停は石岡駅方面の途中にあり、そこから撮影ポイントである権現山の御野立所の碑までも登りながら舗装路が続いているので自転車で進むことができる。権現山の山頂直下で山道になるので自転車を置いて歩き出すが、すぐに標識があって右側は権現山、左側は御野立所となっているので左側を進むが、下り気味の道で地図で確認すると御野立所からは離れていくことがわかった。そこで標識まで戻って確認すると、左側に階段状に登って行く道があるので、そちらを登っていくことにした。この道はしばらくは右側の山頂へ向かう道と並行し、途中で別れて左上していくので、こちらに標識を立てれば迷わなくて済んだのにと思った。

左上するとすぐに東屋があり、その上部には石碑あったが、これは戦前の陸軍特別演習を昭和天皇が視察したことを記念して建てられたものだそうだ。

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撮影ポイントの御野立所の碑が上の写真かどうかが確信を持てなかったのでさきほどの東屋での写真も撮っておいた。

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五輪堂バス停まで戻り、石岡駅を目指すつもりだだったか、石岡から乗車すると、土浦でまた電車を乗り換えなければならなくなるので、まだ5時前で時間もあることだしと土浦駅を目指すことにした。緩い下りが続く道だったので1時間もかからずに土浦駅に着き、本日の予定は無事終了した。

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2025年5月31日 (土)

関東百名山 黒斑山と高峰温泉

関東百名山も未踏峰は残り少なくなったが、浅間山中腹の黒斑山(くろふやま)が未踏であったので、近くにあってなかなか予約がとれない高峰温泉のランプの湯の宿泊とあわせて出かけることにした。

5月28日

早朝の新幹線を利用すれば一泊でも不可能ではないが、今回の高峰温泉は家内同伴ということもあり、余裕をみて初日は小諸で一泊することとし、軽井沢郊外の白糸の滝を見物してから駅近くのこ洒落たレストランでランチを楽しんだ後、小諸に移動する。





小諸は何度も来たことがあって観光するまでもなかったので、ホテルに直行する。ホテルは90分以内での食べ放題飲み放題であったが、1時間もしないうちに満腹となって部屋に引き上げた。

5月29日

高峰温泉までのバスは午前午後1本づつあるが、黒斑山に登る私は小諸駅を9時前発のバスで出発し、高峰温泉だけに行く妻は午後のバスで向かうことになった。

バスはつづら折りの坂道を登って車坂に到着し、ほとんどの乗客はここで下車するが、私もここから黒斑山を目指すことになる。日本百名山である浅間山は噴火活動のため登山が禁止されていて、隣の前掛山登頂で浅間山登頂の代わりとされているが、私も10数年前に前掛山までは登っているが、その時は最終バスで帰るために外輪山である黒斑山には登ってないので、今回はそのリベンジの意味もある。

最近はあまり人のいかない山ばかり登っているため、山で人に会うことは稀であるが、さすがに百名山の浅間山だけあって大勢の登山者が登っている。ツアーのパーティーや若者のグループとも一緒になったが、彼らとも遜色なく歩けたので、まだまだやれると多少は元気づけられた。

トーミの頭で浅間山への登山道と分かれるが、200メートルほどの登りで、黒斑山の山頂に達する。当初の予定では、ここでひきかえすはずだったが、ついでだからと、少し先の蛇骨岳まで足を延ばすことにした。蛇骨岳まで行く人は少ないようで、雪がまだ少し残っていて多少歩きづらかった。

蛇骨岳から先の外輪山はほとんど歩く人もないようで、私もここから引き返すことにした。トーミのあたままでは往路をそのまま引き返し、そこから車坂峠までは行きとは別の道を下りたが、こちらの方が若干距離が短いようである。

車坂峠に戻り、高峰温泉までは小諸からバスで来る妻と合流するつもりであったが、バスが遅れているとの連絡があったので、温泉まで二十分ほど歩いて先に着いて待っていることにした。

高峰温泉はランプの湯として有名で満室のことが多いが、この日は天気が悪いこともあるのか、ガラ空きであった。しばらく待って妻と合流してから風呂に入って汗を流し、夕食を済ませた後、スライドで宿周辺の景色や星空を楽しんだ。天気が良ければ屋外で星空見物が楽しめるらしいが

5月30日

昨夜からの雨が今朝も降り続いていたが、昨夕、野天風呂に入った時に写真を撮り忘れたので、また野天風呂に出かける。風呂までは野外を数分歩かなければならないし、脱衣所は屋根も壁もないので…雨のなかで傘をさしながらの着替えはなかなかたいへんである。

宿からの帰りのバスは1日2回の発車で、妻は軽井沢に立ち寄るために小諸で下車し、私は東京駅近くで午後から開かれる元職場の同期生の集まりに間に合うように新幹線に乗車するため、終点の佐久平まで行くことになった。佐久平での乗継時間が8分しかなく、それに乗り損なうと40分ほど待たなければならない。行きのバスでは、途中で乗り込む人が大勢いて、10分ほど到着が遅れたために帰りのバスがどうなるか心配したが、結局はバスの乗客は我々だけの貸切状態で、予定時間どおりに佐久平駅に着いて、東京駅近くでの集まりにも間に合うことができた。

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2025年5月21日 (水)

東京百名山(笙ノ台山、日向沢ノ峰登頂、本仁田山は登り損なう)

5月20日

奥多摩駅から乗り込んだバスは平日にもかかわらず満員でほとんどが川苔山に向かうようである。川乗橋で大半の乗客とともに私も下車したが、私が向かう笙ノ台山は川苔山に向かう林道からすぐ左手の尾根に取りつくのだが、指導標がなかったため行き過ぎてしまったため、すぐに気づいて登山口を見つけて登りだそうとしたのと同時に後ろから単独の男性が私を追い越して登っていく。彼も道を間違えたと言ってたので、めったに人が登らない笙ノ台山に登る奇特な人もいるものだと思ったが、かなり早いペースで登っていくので(私が遅いだけか)、間もなく姿が見えなくなった。その後、しばらく登っていると、上から人が下りてくるので、随分早くに降りてくる人がいるもんだと思ったら、先ほど私を追い抜いた人ではないか。「道を間違えた」というので、どこの山を登るのかと聞くと川苔山だという。それなら反対側だと教えてやったが、さきほど私の後を付いてきてを追い抜いたときに聞いてやればよかったと思った。

笙ノ台山への登山道は国土地理院の五万図にも載っておらず、藪漕ぎもあるかなとそれなりの準備をしたのだが、全然悪路ではなく踏み跡はしっかりしており、マーキングも十分過ぎるほどであったが指導標は一切ないので、初心者には敬遠されるのかもしれない(近くにハイキングの山としてあまりにも有名な川苔山があることも大きいが)。登山口からは標高差800メートル以上あるが、今の体力では3時間以上かかってしまい、昼前に着いて持参したパンで昼食をとる。

ここから県境稜線の蕎麦粒山までは標高差は200メートルほどなのだが、水平距離が結構あるので二時間以上かかってしまった。蕎麦粒山も東京百名山ではあるが、以前に登ったことがあるので、山頂では写真だけ撮って、次に東京百名山である日向沢ノ峰に向かう。下の写真にあるように指導標fr方角は示されてはいるのだが、山頂一帯は南北に幅の広い尾根が伸びているので、うっかりして北側の尾根に迷い込んでしまい、来た道を戻ればよいものを、正しい道に向かって斜面を強引に横切ろうとしたために、かえって時間がかかってしまったようである。


正しい道に戻ってからは埼玉との県境稜線上のなだらかな道を進むのであるが、日向沢ノ峰は直前で県境から離れて南下する尾根上にあるので、多分、まだ登っていない気がしたので、今回の東京百名山の目標に一応入れておいたので。

日向沢ノ峰を過ぎたのは3時前で、あとは本仁田山を越えて鳩ノ巣駅に下るだけなので、明るいうちには下山できるだろうと思っていた。ところが、川苔山の中腹を越えて本仁田山に向かうあたりから風向きがおかしくなってきた」。本仁田山への登山道と鳩ノ巣駅への分岐点では本仁田山への登山道は悪路という注意書きがあったが、午前中の笙ノ台山への道が悪路と表示されているくらいだから大したことはあるまいと登りだすと、案の定大したことはなく、このまま本仁田山に行けると思いきや、不思議なことに来た道を戻ってきてしまったので、仕方なく先ほどの分岐点まで戻って鳩ノ巣駅へ下り始めたが、途中から高度が下がらずに平坦な道がずっと続くことになってしまった。やがて暗くなってきてライトを付けて歩いていると、左側の方からいくつものライトが近づいてくるではないか。最初は「今ごろ登ってくる人がいるのかな」と思ったが、良く考えたら「あんな所に道はないはずだ」と思って訝しんだところ、ライトはパタリと消えてしまった。これがキツネ火なのかと思ったが、別に実害があるわけではないので、まあいいかと進み、長い々々下降でようやく鳩ノ巣駅に辿り着いた。

今回は、最後にキツネに騙されたような不可解なことが続いたが、登り残した本仁田山は機会があったらまた訪れて化けの皮?をはがしてやりたいものである。

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2025年5月17日 (土)

笈ヶ岳

 日本二百名山のうち北海道以外では唯一の未踏峰となる笈ヶ岳には一昨年のGWに登ろうとしたが、雪が全くなくて上から敗退してきた人も「藪がひどくて死にそうだった」というので私も諦めたのだが、今年は例年にない大雪で登頂チャンスがあると考えてGWに再度挑戦しようと、現地の情報を探っていた。ところが、例年ならGWには登山口である中宮温泉までには通行禁止が解除されるのに、今年は除雪が間に合わないとして解除されなかったので、登山を諦めざるをえなかった。そして5月の中旬近くになっても依然として解除されなかったが、よく調べてみるとコミュニティバスを利用すれば2時間弱の歩きで登山口に達することがわかった。また通行禁止が解除されないということは藪がまだ雪に覆われている可能性が高いし、仮に藪に覆われてしまっていても無雪期に登頂しているyoutubeもあったので、ダメ元でトライしてみることにした。

5月14日

前夜発の夜行バフで新宿を発ち、早朝に金沢駅に到着する。ここから電車、路線バス、コミュニティバスを乗り継ぎ、白山一里野温泉まで移動し、そこから中宮温泉に向けて歩き出す。

 

すぐにゲートがあって一般の車両は進入できないようである。歩行者は規制の対象ではないようなので、自分で扉を開けて前進するが、念の為に係員に前を歩いている人がいるかとうかを聞いてみると、「前に出た人は環境省の人に止められて引き返してきた」というではないか。歩行者は規制の対象ではないはずだが、嫌な予感がする

 

しばらく進んでから道端で休んでいると、道路管理事務所の車が停まって行く先を尋ねられる。正直に言うと引き留められかねないので、「キャンプ場に向かっている」と答える(ここまでは嘘ではない)。すると「クマに気をつけてください」とだけ言われる。

 

それからしばらくしてキャンプ場に着いたが、施設は閉鎖されていて水場もなきよくである。登山道の途中にテントを張るにしても水場で水を補給しないことには炊事ができないので、中宮温泉から遊歩道に分かれてジライ谷に出会う所まで行こうとした。

中宮温泉の自然保護センターまで行き、そこから遊歩道に行こうとしたところ、センターから係員が飛んできて「ここから先はクマがいるから危ない」などと理由のわからないことを言って前進を阻もうとする。こんなところで言い争っても仕方ないので、暗くなってから出直そおうと、少し手前の空き地に戻ってテントを張り、出直すことにした。

 

5月15日

 

日付が変わってから不要な荷物は置いて出発する。センターは無人となっているようで、妨害もなく遊歩道に入れる。遊歩道は一昨年も歩いたことがあるので、迷うこともなくジライ谷まで達することができた。ところが、ジライ谷は水量が多く流れも速いので、ライトの明かりだけでは渡渉点を見つけられず、岸辺にある小屋で仮眠して明るくなってから渡渉点を探すことにした。

 

明るくなってからもなかなか渡渉点を見いだせなかったが、一カ所だけ濡れずに対岸に渡れそうな所を見つけ、ストックでバランスをとりながら対岸に移ることができた。

 

対岸に渡り水を補給してから尾根を登り出すが、マーキングと踏み跡がしっかりしており、藪もほとんど問題にならないほどなので、期待していた雪はなくても歩行には問題はないようであった。ただし、傾斜は半端ではなく、1時間で標高差200メートルほどしかかせげず、日帰りでの登頂に赤信号が灯り始めた。

10時頃には標高が1000メートルを越えて傾斜も落ち始めたが、山頂までは標高差でまだ800メートルもあり、引き返すタイムリミットを12時とすることにした。

 

冬瓜山から尻高岳に繋がる稜線が見えてきたが、あの稜線を越えないと笈ヶ岳の山頂は見えてこないだろうし、タイムリミットまでに底に達する可能性は乏しいと判断して、まだ11時を回ったばかりだが、残念ながらここで引き返すことにした。

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下りも歩きにくくて時間がかかる。登りで6時間かかったところを4時間かかってジライ谷の出合まで降り立っ。ジライ谷の渡渉点はわかっていたので難なく対岸に移るが、あまり早くセンターに降りてしまうと、また係員にいろいろ聞かれると煩わしいので、少々時間を過ごしてから下山する。

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おかげでセンターは無人となっていて、少し先にテントを張る。その晩は何度も足がつってしまい苦しむ。1週間前に丹沢を縦走した際には水平距離でも累積標高でもはるかにたいへんなはずなのに、今回こんなに疲れたのは何故だろう。単にたまたま体調が悪かったせいだと思いたいが・・・

 

5月16日

 

朝起きても疲れが取れず、白山一里野温泉までの6キロほどの歩きに苦労する。一里野温泉からはバスと電車を乗り継いで昼前に金沢駅に着いたが、疲れ切っていたので、どこにも寄らずに明るいうちに帰宅することになった。

 

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2025年5月12日 (月)

神奈川県100名山(本間の頭)登山と歩荷駅伝見物

神奈川県の100名山は春先から機会を見て登っているが、丹沢山塊の1000メートル以上の山は本間の頭だけが残ってしまった。ただこの山だけをわざわざ登りにいくのは中途半端な気がして、どうしたものかとおもっていたら、たまたま5月11日は昔何回か参加したことがある丹沢歩荷駅伝があるとのことなので、その見物を兼ねて大倉尾根を塔ノ岳まで登り、丹沢山経由で本間の頭を登って宮ヶ瀬湖に降りるプランを考えついた。

5月11日

歩荷駅伝のレース開始が10時でトップチームのタイムが1時間10分くらいだから、9時頃に大倉のバス停をスタートすれば、抜かれても最終4区の幅の広い所だから邪魔にもならないかなと思っていた。

大倉バス停に着いたのは8時過ぎで、トイレで順番待ちをしたりしても、8時20分にはスタンバイとなってしまったので、予定より40分も早いが出発することにした。

このレースは4人一組で20キロの砂袋を背負ってタスキを繋ぐものだが、20年ほど前に自分が最初の一区を走ったときには30分もかからなかったのに、今日は荷物が軽かったにもかかわらず、倍以上の1時間かかってしまった。といっても、一般登山者のペースでは歩けたのだが

4区最終区のゴールにはトップチームよりも10分早く着くことはできたが、もし9時に大倉を出発していたら、おそらく道幅の狭い3区あたりで抜かれることになっただろうから、早めにスタートしておいてよかった。
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トップチームのゴール

結局今日の自分は4区までは2時間半かかったことになるが、10年前にアルプス登山のトレーニングとして、このコースを軽装で歩いた時のタイムは1時間半だったので、体力低下は否定しがたいものである。

次々とゴールするチームを見ていると昔のことが思い出されて懐かしいが、今日は長丁場のため、長居は無用と女子チーム(我々の現役の時にはなかったが、今は荷物は10キロということで行われているようである)のトップチームがゴールしたのを見届けて塔ノ岳に向かう。

塔ノ岳の頂上では山伏姿の人も交えた団体さんがなにやら行事をやっていたので、素通りして丹沢山に向かう。塔ノ岳を離れるとめっきり人が少なくなってくる。思った以上に遠かった丹沢山から宮ヶ瀬方面に向かうとさらに人通りは減る。結局、このコースを降りたのは私のみで、2パーティーが登ってくるのとすれ違っただけである。
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尾根の中腹には三つのピークがあり、1番東側のピークが関東百名山の本間の頭でこれを過ぎると、あとはほとんど登りはない。
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このあたりでひとつ心配事がでてきた。降りきった場所からの最終バスの時間を事前に調べておいたのだが、メモしておかなかったので、6時台だったか7時台だったかも不確かなのである。ネットで調べればよいと思っていたが、今日は午後からずっとネットがつながらないのである。

もし最終バスに間に合わないとなると最寄駅まで20キロ以上あるので、簡単に歩ける距離ではないが、とにかくネットにつながる外界に降りないことには始まらないので先を急ぐ。

尾根の末端付近に小さな突起があって道は尾根通しに頂上を経由するものと、巻き道に分かれる。少しでも時間を短縮したいところではあったが、頂上は高畑山とかいてあり、たしか神奈川県百名山のひとつでもあってような気がしたし、登りと言っても10メートルか20メートル程度なので頂上経由で進むことにする。

頂上の標識には宮ヶ瀬までは2キロちょっとと書いてあり、あとひと頑張りでである。そこから先はどんどん下っていき、まもなく舗装路に降り立つ。バス停に向かって急ぎ足で進むと、前方の道をバスが山の方に向かって横切っていく。あのバスが折り返してくるのだろうと確信したが、バス停まで行ってみると、7時台は2本バスが走っているので安心した。

やがてやってきたバスに乗り込み小一時間の乗車で本厚木駅に到着する。そして定番の三点セット(生ビール、ラーメン、餃子)で無事に予定を終了できたことをいわった。

 

 

 

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2025年5月 7日 (水)

景鶴山と笠ヶ岳の登頂ならず

5月3日

前夜に東京を発って2時頃に尾瀬の玄関口である戸倉の駐車場に車を停め、軽く一杯をやった後に始発バスまでの短い仮眠をとる。

5時前に起きて5時半の始発バスで鳩待峠に向かう。昨年来た時は全く雪がなかったが、今年はすぐに雪道の下りとなる。

山ノ鼻からは広大な尾瀬湿原を進む。と言っても一面の雪原で売り物の水芭蕉もまだ雪の下である。今回の目的である三百名山の景鶴山に向かうには一般コースを離れてヨッピ橋方面に向かわなければならない。

ヨッピ橋はこの時期は腐食防止のためか橋桁が外されているので、通行禁止となっているが、橋桁が乗っかる土台部分に乗って、ワイヤーに掴まれば、自己責任ながら渡ることはできるのである。

ヨッピ橋を渡れば、景鶴山頂に通ずる尾根の末端に達することができる。昨年は忠実に尾根を辿ったため、藪に阻まれて難渋したが、今年は藪が雪に隠れている上、笹山の山頂は巻いて鞍部に出るコース取りをしたため、体力的にも時間的にも、楽に通過することができた。

 

 



ここから与作岳の肩までは標高差は300メートルほどなので、3時前には着けそうだが、私が遅れ気味なので二人には先行してもらって肩にテントを張ってもらうことにした。

3時頃に私が肩に着くと、既にテントは張られていて、明朝は天候が悪化する予報なので、今から景鶴山ピストンに向かおうと言われる。時間的には充分ピストンも可能と思われるので、アイゼンを着けて景鶴山に向かうことになる。

ところが登り出してしばらくすると、私のアイゼンの調子が悪くなる。トレッキングシューズにシューズカバーを被せた私の足回りでは、ワンタッチアイゼンの装着が難しいので1本締めの古いアイゼンを持参したのだが、調整不足のためすぐに外れてしまい、二人に後れをとってしまう。



調整には多少時間がかかりそうだったので、彼ら二人だけで登ってもらうこととし、私は戻る4時半にテントに戻った。装備を整理したりして、彼らの帰りを待ったが、なんと5時過ぎには彼らも戻ってくるではないか。山頂直下の雪の割れ目の状態が悪くて危険なため前進を断念したとのことである。これで、今回の登山は事実上は終了となり、明日は檜枝岐小屋までの下降だけなので、夜遅くまで宴会が続いた。

5月4日

今日は檜枝岐小屋までの短い行程なので、ゆっくりと出発する。幸い雨にもあわずに済み、往路を戻る途中では多くのパーティーと出会ったが、山頂直下の雪の割れ目に阻まれて山頂まで到達したパーティーはいなかったようである。

尾瀬ヶ原に降り立って一安心であったが、一般コースに合流するまでは、雪の踏み抜きには用心して歩かなければならなかった。

檜枝岐小屋は個室で風呂にも入れWiFiも使えるという快適な環境であった。到着が早かったので、小屋で買ったアルコールを飲み続けて夕食の時には既に出来上がっている状態であった。

5月5日

今日は鳩待峠まで行くだけということで、ゆっくりと朝の支度をしたが、私は余力があれば関東百名山である笠ヶ岳まで行くつもりなので、一人先行することになった。

山ノ鼻まではかなりのパーティーに抜かれたが、同行者には抜かれなかったので、だいぶゆっくりと出発したのだろう。山ノ鼻手前で大休止していると、同行者二人も見えてきた。

彼らは山ノ鼻の小屋前で大休止に入ったが、私は休んだばかりなので、そのまま鳩待峠に向かって登り出す。それほど急な登りではないので、まあまあのペースで鳩待峠に到着する。

同行者二人と同様に私もここからバスで帰りたい気にもなったが、ここから笠ヶ岳に登ることを予定していたため、不要の荷物は登り口の少し上にデポして、軽装で出発しようとしたところで、同行者は山ノ鼻から登ってきたので、挨拶せずに別れることは回避できた。

笠ヶ岳への登路は悪沢岳手前までは至仏山への登路と共通なので至仏からの下山者と大勢すれ違う。コースタイムを大幅に超過して悪沢岳の山頂に立つと笠ヶ岳の編笠を被せたような特徴ある山容が見えてくる。

笠ヶ岳までの道は思ったよりも遠く、雪道のためにここまでコースタイムの倍近くかかっていることを考えると、明るいうちに戻ってこれる自信がなかった。そこで、今回は悪沢岳止まりとすることとし、笠ヶ岳は雪の消えた7月以降に再訪することにした(なおコース自体も植生保護のためにGW後は6月下旬まで立入禁止となる)。



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2025年4月27日 (日)

群馬県のふれあいの道ほか

 4月25日

関東ふれあいの道群馬県コースの終盤であるわたらせ渓谷沿いのコースの踏破を目指すことにした。

一番の目玉は花見が原からの赤城黒檜山登山であるが、その前にコース26番の撮影ポイントである石原万三郎の歌碑の撮影をすましておく。花輪駅で童謡の出迎えを受けたせいか1日中童謡が脳裏をかけめぐった。

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その後は、黒檜山の登山口である花見ケ原を目指して水沼駅の先から上部を目指す。ふれあいのの道のホームページに載っている花見ケ原コースの地図の出発点である麦久保地名が地図アプリでは探せなかったので、どのくらい距離があるかは正確にはわからなかったが適当に進んでいく。やがて麦久保と思われる集落を過ぎると舗装路から砂利道に変わるので自転車を置いて歩き出す。花見ケ原コースの地図では麦久保の先てコースは右折するようになっているか、分岐点は発見できなかったので、五万図に載っている沢沿いの道を進むことにした。ただ五万図には道の表示はあるものの、実際には不明瞭な道でかなりの時間を要してしまった。このまま沢沿いの道を進むとかなり時間がかかりそうなので、沢を離れて上部を目指すと舗装路に出て、しばらく歩くと花見ケ原のキャンプ場に着くことができた。週末のためか、何張りかのテントが張られていた。

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しばらく休んでから黒檜山を目指して登りだす。500メートルごとに標識があるので頂上までの距離がわかって毛持ちが楽になる。花見ケ原から頂上までの標高差は700メートルほどなので2時間もあれば登れると思ったが、実際には2時間半かかってしまった。

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往路を花見ケ原に戻ったが、途中で暗くなってきたため花見ケ原には戻るのには思ったよりも時間がかかってしまった。花見ケ原から自転車を置いてきた麦久保に戻るに際して行きの時と同様に沢沿いに進むのは無理なので、本来のコース通りに進むことにした。登りに際して見落とした分岐点も反対方向からは容易に見つけられることができ、自転車を停めた場所近くまで戻ることができた。そこまで戻れば水沼駅には日付が変わる前に戻れるかもしれないが、最終電車には間に合わないたろうし、桐生まで自転車で戻れば日付が変わってもネットカフェには泊まれるだろうが、明日またわたらせ渓谷まで戻るのは面倒なので、水場のあるこの場所で一夜を明かすことにした。

4月26日

明るくなる前に起き出して水沼駅まで降りて、コースNO25の撮影ポイントである分岐標識に向かう。沢を渡って対岸に移る地点を見落として先に進んでしまい、道が消えてしまったので正しい地点まで戻り、無事に分岐標識に着くことができた。

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 次のコースNO26の撮影ポイントは上板橋バス停であるが、このコースの最高地点でもあり、標高差500メートル以上は登らなければならない。傾斜のきつい所は自転車を降りて引いたりして梨木温泉に着く。ここからは沢を離れて峠越えを行って上板橋バス停に達することになるが、峠を越えた先はゴルフ場で上板橋バス停は見当たらなかった。あたりを探し回ったが発見できなかったので、あきらめることにした。

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ふれあいの道は峠から先は両毛線方面に降りていくことになり、次のコースNO32に行くにはわたらせ渓谷方面に戻らなければならなくなるので、往路を戻ることにした。

コースNO32は撮影ポイントがコース入り口の貴船神社なので、インチキをして撮影だけを行って先の行程はカットしてしまった。

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この後は本日最後のふれあいの道のコースNO33である.,コースは赤城神社 から始まるが、神社の横に山道があるので、撮影ポイントである桐生自然観察の森までは、その道を歩かなければならないかと思ったら、そうではなくて舗装路で行けることがわかり一安心する。

観察の森は広大な森でその中にあるネイチャーランドが撮影ポイントである。ネイチャーランドの建物内には陳列物が多数あって見るべき価値はあるようだったし、コース自体も吾妻山まで延々と続いていたが、次の予定があったので早々とネイチャーランドを後にして桐生駅に向かった。

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桐生駅から両毛線に乗って佐野駅で下車して関東百名山の三毳山に向かう。標高200メートルちょっとの山で、わざわざ東京から登りに来るほどの山にも思えないので、今回のように余った時間に立ち寄るには最適の山だと思われた。五万図で調べると西側に登山道はあるようだし、登山口まではグーグルマップで検索した道を進むと目前に目標の山が見えてきた。

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ところが登山口に進むと思われる道は清掃工場の入り口になっていて、余熱を利用した温水プールでもあるのかマイカーか次々と入っていく。仕方がないので後に続くと、清掃工場の所で道は終わっていて、登山口は見つからなかった。しゃうがないので諦めて帰ることにしたが、後で調べてみたら、三毳山は北側には清掃工場があり、南側には公園があるので、山に登るには南側の公園を目指す道を選ばなければいけなかったようである。次に北関東方面に来る機会があったら、正しい道を通って三毳山に寄り道してみたい。

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2025年4月21日 (月)

神奈川県百名山(ミツバ岳、大野山)

4月20日

ここのところ西丹沢づいてしまっているが、登り残した所の総仕上げに出かける。まずはミツバ岳に向かい、三度目の正直を狙う。

前々回に通過した時は気が付かなかったが、登山口にはちゃんと標識があった。山と渓谷社刊の新版の関東百名山にも選ばれているだけあって、踏み跡はしっかりしているので、途中の標識はないものの、迷う心配はない。

登り出して間もなく、下山してくる人とすれ違う。そこそこは登られているやまなのだろう。頂上直下はかなり傾斜もきつく、滑りやすい道であった。

頂上はだだっ広く、踏み跡は世附権現山方面に延びていた。ただここから見える世附権現山は随分と遠く見え、前回、ミツバ岳から世附権現山経由で畦ヶ丸を目指していたら、果たして一日で畦ヶ丸まで到達できたかどうか?



下りに移り、頂上直下の滑りやすい所はストックを支えにして、なんとか滑らずに進む。そこを過ぎれば、あとは快適な下りである。登りは2時間以上かかった
が、下りは1時間もかからなかった。

下車したバス停には1時前に戻り、これからもうひとつの神奈川県百名山である大野山を登ることになるが、5分くらい登った所に自販機があることを前回通ってしているので、遠回りにはなるがたちよることにする。自販機の横には酒屋も開いていたので、普段は山登りの途中で酒を飲むということはないのであるが、今日はハイキングに毛が生えた程度の山登りであるということで、缶ビールを買う(ただし、スモールサイズ)。

大野山は丹沢湖から直接登る道もあるはずなのだが、地図アプリで経路検索したら、谷峨方面に降りる途中から登るコースを検索してくるので、それに従うことにする。

随分と高度を下げていくので、損をした気分になるが、やむを得ない。やがて道は左折して登りになる。しばらく登ったところで林道は終わり、山道に変わるはずなのだが、それらしき道は見当たらないので、適当に斜面を登っていく。

しばらく登るとよく踏まれた道と出会ったので、林道の終了点でもっと良く探せば、この道を見つけられたのかもしれない。

しっかりした踏み跡を辿っていくと、舗装路に出て頂上まで導かれる。今までは、ハイキングの山にしては道が悪いなと思っていたが、ハイキングで来る人は南側の谷峨方面から来る人がほとんどで、丹沢湖方面から来る人はほとんどいないのだろう。

大野山の山頂に着いたのは5時ごろで、さすがにこの時間になると、ハイキングの山とはいえ、誰も居なかった。あとはしっかりした道を谷峨駅まで下るだけであるが、思っていたよりも時間がかかり、谷峨駅に着いた時は暗くなってしまった。

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