2020年8月 4日 (火)

猛暑の中の高尾~陣馬トレラン

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梅雨明けてから数日がたって縦走路のぬかるみもそろそろ解消しただろうと久しぶりの高尾~陣馬(往復30キロ)のトレランに出かける。最近は夜間に走っていて、体が暑さに慣れていないせいか、1号路前半の急坂部分で今までに経験したことがないダメージを感じて、今日は高尾山往復でやめようかとも思う。そのためペースダウンして山頂を目指すが、おかげで55分と過去のベストタイムの倍以上かかってしまう。ただ、体が慣れてきたようなので、景信山まではいってみようと思い直す。トレラン中は景信山では休憩しないのだが、今日は景信山頂で大休止したため、だいぶ元気も回復したようだし、陣馬山まではそれほどの登りはないので、予定どおり前進する。

帰途は走るのは下りと平坦地のみで、ちょっとでも登りになると、急ぎ足にならざるをえなかった。そのため、登山口駅に到着したのは8時間半とベストタイムの倍以上の時間がかかってしまった。

私の年で高尾~陣馬のトレランをやっている人はまずいないだろうが、来年以降に延期となったパミール登山のためにやらざるをえないと思っている(本当はこんなシンドイことはやりたくないんだけど)

高尾山は休日は人出が多いので、感染をさけるために平日に行ってみたのだが、いつも休日に行ってるので、かけ下って駅に着くと売店でビールを買って飲むのが楽しみだったのだが、平日は休みでビールを飲み損ねてしまった。

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2020年8月 2日 (日)

ブログ開始前の山行記録アップ

当ブログは2009年6月から開始したのだが、それ以前の山行記録もアップしておいた。
ブログ右端の一番下のHPリンクの中の一番下にある「ブログ開始前の山行記録」をクリックしてもらうか、以下のサイトを直接
呼び出してもらってもよい。

http://vibram.world.coocan.jp/kako.htm

なお、2004年前半までは以前契約していたプロバイダーのサイトにあったデータを自分のPCに保管してあったのだが、それもリンクを張りなおしてニフティのサイトに登録しておいたので、上のリンクから見れるようになっている。

2014年後半から約5年間の記録は今回新たに書いたのだが、改めてその当時の記憶が蘇り、コロナ渦で遠出がしにくい中での絶好の疑似山行ができたようで楽しかった。これでネット上で自分の過去の山行のほとんどを見ることができるようになったので、もっと年をとって山に行けなくなっても退屈することはないだろう。

また、ブログ右端の一番下のHPリンクの中にある「海外山行の履歴」についても最新のものに更新しておきましたので、よろしかったらご覧ください。

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2020年7月29日 (水)

空白記録の復元

このブログは2009年6月から開始しているが、それ以前の記録については2004年6月までは以前契約していたプロバイダーのホームページに掲載してあったものは、ハードディスクに保存してあったのだが、それ以降の約5年間については海外登山以外については記録をつけてなかった。だが、よく考えてみると、自分の拙いアルパインの記録の中ではまあまあの記録を残していたのもこの時期であった。パミール登山中止、コロナ、長雨といった条件が重なった今、記録しておかなければ、忘れてしまいそうな気がしたので、錆びつきかけた記憶を呼び起こして年月とアルパインの記録の概要だけは以下のように書くことができた(一部はトレランを含む)。記録の詳細についてはおいおい書き出して、機会があれば発表していきたい。 

 

200410 瑞牆 ベルジュエール(ガイド山行) 

200504 瑞牆 調和の幻想 

200506 丹沢ボッカ駅伝 5位入賞 1区3区ダブルエントリー 

200508 瑞牆ベルジュエール 核心である大フレークは越えるも次のチムニーで敗退 

200508 ボリビア ワイナポトシ登頂

200510 錫杖二ルンゼ 

200510 大台ケ原 サマーコレクション登攀及び登頂 

200510 二子中央稜 上部の簡単な所で先行パーティーが墜落して救出

200512 涸沢岳西尾根 滝谷を狙ったが、涸沢岳登頂のみ、下山時に雪洞を見失い荷物を残置

200602 小同心クラック

200603 権現岳東稜

200605 屏風雲稜  前穂までの縦走はならず

200606 涸沢岳西尾根(前年末に残置した荷物回収)、錫杖敗退(増水で渡渉不可)

200607 富士山 高所訓練及び登山競争 

200608 シャモニ 赤い針峰群、ミディ南壁

200610 日本山岳耐久レース  自己ベスト 14時間23秒

200610 明星南壁  マニフェストの上部城塞で敗退、その翌日のフリースピリッツは完登

200704 丸山東壁右岩稜

200705 白馬主稜 強風の中での完登 

200707 グランドジョラス北壁ウォーカー稜を狙うも大量の降雪直後のため、取付き手前で敗退

200708 南アルプス シレイ沢(単独) 

200712 剣岳早月尾根 豪雪のため、早月小屋で敗退、手の指を第二度の凍傷に見舞われるも切断は回避

200802 阿弥陀岳 広河原沢右俣

200803 一ノ倉沢 一ノ沢二ノ沢中間リッジ~東尾根

200805 富士山での高所訓練(数回)

200806 富士山での高所訓練(数回) 

200807 ガッシャーブルムⅡ無酸素登頂 

200808 妙義 谷急沢(単独)

200809 北岳バットレス ピラミッドフェース~4尾根主稜

200811 富士山 頂上で吹雪に遭いまたもや同じ指に凍傷を負う

200903 鹿島槍北壁 天狗尾根~正面尾根(悪天のため、天狗のコルで敗退) 

200905 唐沢岳幕岩 S字状ルンゼ(流水のため敗退

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2020年6月22日 (月)

東海自然歩道 静岡編 三日目

今日は雨模様ということで、雨の中のテント撤収を避けるために早起きして、雨が降りだす前に撤収してしまう。明るくなるまでベンチに座ってラジオを聞きながら待つ。薄明かるくなって下降を始めるが、間もなく雨が降りだす。すると急に気持ちが萎えてきて、牛妻坂下から静岡駅にエスケープしてしまうことになった。足も痛むし疲労していたこともあったが、よりによってこんな天気の日に山越えしなくてもという気持ちからであった。そのため牛妻坂下から興津川への山越えは秋以降に持ち越すこととなってしまった。

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2020年6月21日 (日)

東海自然歩道 静岡編 二日目

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暗いうちから起き出して5時半には出発する。歩きだしてすぐに車止めのゲートに達する。そこから先は砂利道が時々出てくる。昨日頑張り過ぎたせいか、とても足が重くコースタイム以上に時間がかかってしまう。それでも、昨日の出発時間である9時半頃には大山頂上付近に到着した。自然歩道は大山頂上は通過しないようなので、空身で登りに行こうとするが、
NTTのアンテナ施設に行手を阻まれる。あきらめて戻るが、もう少し下の方から頂上に行く道があったのかもしれない。

谷沢までの下りは急な山道である。途中、反対方向から登ってくる軽装の人とすれ違う。各コースの1日行程の両端にはだいたいバスが通っているので十分日帰りが可能なようだが、東京から遠くなってくと、まとめて行こうとすると重荷となってしまう。

油山温泉までの道は途中から山道となる。地図で見るとたいした登りではないようだが、実際には峠まではかなりの登りであった。予定では油山温泉を通って牛妻まで行く予定であったが、峠はベンチやテーブルがあり、平坦地で絶好なキャンプ可能地だったので、これから先に進んでもキャンプ適地があるかどうかわからないし、明日の行程は比較的短いので、予定よりも一時間ほど手前となる峠に泊まることにした。

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2020年6月20日 (土)

東海自然歩道 静岡編 1日目

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県を跨いでの移動がようやくおおっびらにできるようになった。しばらく足が遠のいていた本格的な登山をしたいのはやまやまだが、あいにく梅雨のシーズンで高山を登るコンディションではないので、やりかけになっている東海自然歩道の続きを歩いてくることにした。前回、富士川から興津川まで歩いてから1年以上たっていた。

今回の出発点となる蔵田は静岡駅からバスを乗り継いでいくことになるので、静岡駅まではひかりで行くつもりだったら、始発のひかりは静岡には停まらず豊橋まで行ってしまうので、やむをえず久しぶりにこだまに乗ることになる。各駅停車の新幹線もたまにはいいものである。

蔵田ではもう1人下車したが、軽装で私と同じ宇嶺の滝方面にすぐに出発していった。身支度を終えて私も出発するが、重荷のためゆっくりと進んでいく。まもなく宇嶺の滝の展望台の道が分岐する。せっかくだから空身で往復しておく。高さ50メートル弱の堂々たる滝であった。

その後も傾斜の緩い舗装道路が延々と続いていく。何台も自転車が疾走してくる。地元では格好なサイクリングロードとなっているようだ。私も自転車で来た方が良かったかなと一瞬思ったが、自然歩道は歩いてこそなんぼのものだと思い直した。

バス停から三時間ほど歩いて清笹峠に着き昼食をとる。峠から先は下り一方で一時間半ほどで久能尾に降り立つ。登りにとったら苦労しそうな道だったので、逆コースにしておいてよかった。ここから次の目的地の寺島までは自動車道を回り込んでも行けそうだったが、自然歩道は尾根越えのコースを通っていたので、そちらを行くことにする。ようやく舗装道路と別れて山道を行くことになるが、ずっと自動車道の緩い登りに慣れてしまったせいか、けっこう大変な登りに感じた。

なんとか寺島まで頑張って本日の予定は終えたのだが、まだ明るかったので明日の予定である大山の登りを一時間ほど登っておく。今度も舗装道路であるが、人家もなくなったあたりで、道路脇に広い空地があり、水も流れているという絶好の場所があったので、そこを今夜の泊まり場とする。

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2020年5月30日 (土)

シーズン遅れのお墓参り

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外出自粛でお彼岸からのびのびとなっていた墓参りにようやく行ってきた。いつもは家内と一緒に往くのだが、まだ自粛を続けるとのことで一人で行くことになったので自転車を利用することにした。往復で85キロほどあるが、遠出するときは100キロ程度が普通なので、どうということはないのだが(どうでもよいことだが、一応県境は越えてないことは、自粛警察対策として述べておく)、夏日の暑さの中での走行なので、1リッターのスポーツドリンクを入りのトレラン用のハイドレーションをザックに入れて担いでいく。行きは途中から甲州街道に出て八王子付近から高尾街道を往く。外出自粛要請は一応継続しておりシーズンオフでもあるので、墓地には誰もいないだろうと思ったら、後から墓参の夫婦連れが来たので驚いた。

墓参りをしていなかったことがずっと気にかかっていたので、宿題を果たしたような気分でホッとした。帰る前にちょっと足を伸ばして戦国時代末期に北条氏照の居城であった八王子城跡によってきた。数年前にも立ち寄ったが、その時は山の上の本丸に向かったので、今回は麓にある御殿跡に寄ってきた。豊臣秀吉の小田原攻めの際に落城した所で、「夏草やつわものどもの夢の跡」そのものの情景であった。
帰りはほぼJR線に沿って進んだが、途中で少々飽きてしまった。

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2020年5月 7日 (木)

当初の外出自粛期間を終えて

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当初の緊急事態宣言による外出自粛期間が終了した。期待したほどの感染抑え込みとはならずに5月末まで延長されることになったが、とりあえずこの1ヶ月を振り返ってみたい。

 

この間は、仕事はメールやファックスですまして電車やバスには一切乗らず、外出も家の近くの散歩や買い物とジョギング(隔日で近所の公園の1周1キロのコース10周)をする以外は家に籠りきりであった。
暇にまかせて、以前読んだ本を再読して頭が回転させてみたり、居間にマットを敷いての各種トレーニングや、物置に設置した垂壁でのバランスクライミング、庭の前傾壁での持久力トレーニングをやって体を鈍らせないように努めた。大型連休に友人と予定していた北アルプスも中止したが、この時期に山に行かないのは、山登り再開後は震災の年に東北にボランティアに行って以来である。

 

あと1ヶ月近くはこの生活を続けなければならなくなったが、あと一月くらいはなんとか我慢できそうだが、再延長となった場合には果たして我慢ができるかどうかは自信はないというのが正直なところである。

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2020年3月30日 (月)

中国地方西部旅行 11日目 帰京

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自転車の不調で山口県最高峰の寂地山へのアプローチができなくなったので、1日早く帰京することになった。広島で新幹線に乗り換えれば早いのだが、未乗車である吉備線(愛称 桃太郎線、なおテレビゲームの桃太郎電鉄は別物)に既乗車の伯備線経由で乗車するため、倉敷までは18切符を利用した各駅電車で行く。岩国から乗車して、糸崎、福山、倉敷、総社と何度も乗り換えなければならないのが面倒だが、中国地方の感染症の危険度は都内と比べて格段に低いので、「不要不急」の旅行も許してもらおう。なお、感染リスクを避けるために集会やデモにはしばらく参加していないので、「アベ政治を許さない」のシールを安倍晋三のお膝元である山口県でザックにぶら下げておくつもりが、すっかり忘れていたので、岩国で電車に乗り込む時に慌てて輪行袋にぶらさげておいた。もっとも岩国を出るとまもなく広島県になってしまうが、今日1日はぶら下げておこう。

 

桃太郎線は桃太郎のメロディが鳴る以外はこれといった特徴のないローカル線だが、途中で織田配下の羽柴秀吉が毛利軍と対峙して、水攻めを行ったことで有名な備中高松城があった近くを通る。駅からさほど遠くないようなので、時間があれば立ち寄りたい気もしたか、残念ながら今回は素通りとなった。もっとかも、現在は公園と看板があるだけで、遺構といったものは残っていないようだが。

 

岡山からは新幹線で帰京し、10日以上にわたる旅を終えることとなった。今回行き損なった所は2022年度末に開業予定の長崎新幹線に乗った帰りにでも立ち寄ってみよう。なお18切符が一枚余ったので、いつもならば自分か家族が使うところであるが、流行地域の雑踏等では感染のリスクもあるので使用は止め、ヤフーのフリマに原価で出品したところ、30分以内に落札することができた。落札者の方は気をつけて出かけてください。

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中国地方西部旅行 10日目 自転車トラブル

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ホテルを出て自転車の所へ行って唖然とした、昨日チューブを交換して問題なく機能していたと思っていたタイヤがまたスカスカになっているではないか!空腹だったので、応急的に空気を入れて牛丼屋に行って朝食終わってから、ゆっくりとチューブ交換にとりかかる。前回は急いでいたので少々乱暴に作業してチューブに傷をつけたのかもしれないと考え、今回は慎重に作業を行う。そのお陰か、午前中は空気漏れの心配もなく順調に行程を進める。ところが、昼食後しばらくしてタイヤの空気が急速になくなってしまったことに気付く。もう予備のチューブはないので、自転車走行を断念して五キロほど先の駅まで自転車を引いていくことにするが、もう一度グーグルマップて調べると、駅の手前に自転車があることがわかり、念のために見てもらうことにする。

 

自転車屋の主人は私がつけたチューブを取り出して、セット方法が良くないと説明して、いろいろと蘊蓄を傾けてくれる。チューブの交換が終わって太鼓判を押してくれたので、これで予定どおりの行動ができるかと思ったのだが、夕方になるとまたもや後輪のタイヤの空気が抜けてしまっていることに気付く。ガーンである。あいにく鉄道と離れた峠越えの道が終わったところで、鉄道と合流している戸田駅までは五キロ近くあるので、また自転車を引いていく羽目になる。

 

これで、明日予定していた山口県最高峰である寂地山登山は中止せざるをえないことを悟る。一応、登山口までのコミュニティバスは限られた本数はあるようだが、生活用のため登山用としては利用が難しく、自転車がないと登山のアクセスは難しいことがわかり断念することにした。「♪何が悪いのか?今もわからない」っていう歌があったが、まさにその気分で、憮然とした表情になる。「非常時」に遊びにいったのでバチが当たったのだろうか。

 

その晩は寂地山登山の出発地点となる岩国まで電車で行き、居酒屋で祝杯ならぬやけ酒?を飲む。入った居酒屋はがら空きで、感染者が4人しか発見されていない山口県でも自粛ムードは浸透しているようだ。

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