2020年9月15日 (火)

行程の前倒しで1日早く帰京

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当初の予定では前日に黒法師岳を往復するつもりだったので、疲労困憊で翌日は行動できなくなることも考えて休養することを予定してたが、前黒法師岳で引き返したためにさほどダメージも大きくないので、予定を一日繰り上げて東海自然歩道山の続きを歩くことにした。ネットで調べると絶妙のタイミングで電車とバスが接続しており、当日に帰京できることもわかり、不快なキャンプ生活をもう一晩せずにすむこともわかりラッキーだった。

宿の朝食を終えてバス停に向かうと、午前中唯一のバスがたいした待ち時間もなく発車となり、終点の千頭駅でも5分程度の待ち時間で大井川鐵道の登り電車に載ることができた。30分ちょっと乗車して家山駅で10時過ぎに下車する。ここから前回の自然歩道歩きで到達している西端である蔵田まではコースタイムで7、8時間であるが、最終バスまでの時間が8時間弱あって余裕はないものの頑張れば乗車可能な時間ではある。

家山駅から自然歩道に向かう途中にコンビニがあることは調べてあったので(この近辺ではコンビニは滅多にないのだが)、食料を買ってから緩い登りの舗装道路を2時間ちょっと歩く。その後は茶畑の間の細い急な道を登り、稜線に出てからはアップダウンを繰り返して笑い仏に着く。距離的にはほぼ半分だが、スタートとゴールの標高にだいぶ差があるので、行程的には半分以上は来たことになるものの、一応は予定時間内では来ていることになる。ただこの先にはコース最高地点の高根山の登りが控えているので余談は許されない。、

高根山の登りになる前に西向きの吊橋というのがあって、そこに至るまでは急降下を行う。何で稜線上に吊橋があるのだろうと不思議に思っていたら、稜線の峠を越える林道と立体交差するためであった。

吊橋から先は急な登りがあることを覚悟していたが、たいした登りはなくおまけに雨が降りだして暑さも避けられたので快適に登ることができた(その分、展望はなかったが)。最後のちょっとした登りを終えると高根山山頂であった。ちょうど山頂に着いた頃に天候が回復して、展望を楽しむこともできたが、馴染みのない山塊なのであまり興味は湧かなかった。

高根山からゴールの蔵田までは下り一方であるが、コースタイム通りでも最終バスまでは40分以上の余裕が見込めるので、マイペースで降りることにした。林道まで降り立ったところに神社があり、寄り道しても5分程度なので、ほとんどの人は立ち寄るだろうが、信仰心の薄い自分は無視して素通りする(いつか、地獄に落ちるか)。

蔵田には最終バス発車時刻の30分以上前に到着して無事終了と言いたい所であるが、もうひとつ仕事が残っている。それはビールの調達である。蔵田で唯一のお店(雑貨屋?)に入ったらビールも売ってたが、適当なつまみは売ってなかったので、昼用に買った残りのカレーパンをつまみ代わりとした。

これで東海自然歩道も1ヶ所を除いて大井川までは踏破したことになり、本年中には静岡県を終わらせて愛知県に入りたいものである。なお新幹線に乗り込む前に入浴と着替えも済ませたかったのだが、藤枝行きのバスはゆらく温泉で乗り換えるものの、乗り換え時間が10分しかないので無理で、藤枝駅近辺にも銭湯はないようなので、新幹線に乗り換える静岡駅までの間で調べたら焼津の駅チカにスーパー銭湯があることがわかり途中下車してみる。駅チカの名の通り駅から2分ほどの至近距離にあり、1時間以内ならば580円というリーズナブルなものであった。お陰でさっぱりとした気分で新幹線に乗り込むことができた(もっとも新幹線はがら空きで、汗臭くて他人に迷惑をかける心配もなかったが)。

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前黒法師岳までしか行かれず

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当初は黒法師岳まで行くつもりであったが、寝過ごしたことや体調が今一つだったこともあり、手前の前黒法師岳で引き返すことにしたので、のんびりと歩いた。前黒法師岳まででも標高差は1400メートルあり、往復に12時間を要してなかなかハードだった。快晴に恵まれて雄大な景色も堪能し、静かな山行を楽しむことができた。なお黒法師岳は飯田線水窪駅経由がメインで登山時間も短いようなので、次はそちらから行ってみよう。

寸又峡には5時過ぎに戻ったが、飲食店は営業を終了しており、黒法師岳まで行くと帰りが遅くなることが予想されたため、宿泊予約の際に夕食は不要としたために山の残りを食べざるを得なかった。まあ温泉で汗を流せたのはよかったが・・・。ところで今日は虫についている?一日だった。久しぶりにマムシ(虫じゃなかった?)を間近で見たし。ヒルにも足を何ヵ所か咬まれた。前に近くの大無間でもヒルにやられたので、靴にはヒル避けわスプレーしておいたし、靴覆いを粘着テープで張り付けたのだが、スプレーは出発時だけでなく、随時する必要があったようだし、ヒルは狭い隙間からも侵入してくるようだ。まあ血を吸うだけで毒があるわけではないのだが。

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2020年9月14日 (月)

黒法師を目指して

今回は南アルプス深南部にある300名山である黒法師岳の登頂を目指すこととしたが、なにしろ長大な尾根で、登山基地となる寸又峡温泉からの日帰りでの往復はかなりの強行軍となるので、前日中に尾根をある程度進んでおくことにしたが、それだけだと時間がもったいないので、大井川鐵道の終点である井川からひとつ手前の閑蔵までの約7キロを歩いておくことにした。と言うのは、日本海から太平洋までを日本アルプスを縦走しながら横断するコースのうち、その区間だけが未踏だったので、この機会を利用することにしたのである。もっとも同区間を自転車では走ってるし、3千メートル峰が連なる主稜線の東側に連なる白峰南嶺(白峰三山から南に繋がっている尾根)経由であれは、太平洋までは歩いているのだが。なお北アルプスも北部でコースが二つに分かれていて、親不知から後立山を南下するコースと剣北方稜線から立山・薬師を南下するコースが槍ヶ岳の手前で合流して穂高に至っているが、こちらについてはいずれも踏破済みである。

コロナの影響で大井川鐵道もがら空きである。井川から閑蔵まで歩いて乗り込んだ列車は乗客は私一人だった(その後の駅で乗り込んだ乗客はあったが)。奥泉で下車して寸又峡温泉行きのバスに乗り込む。 寸又峡温泉には結構観光客がいて、登山口に向かう途中で夢の吊り橋からの帰り道らしい人に随分と出会った。夢の吊り橋は昔、家族と来た時に行ったことがあるので、今日は渡らずに、その先の飛竜橋を渡ってしばらく歩くと登山口に着く。登り始めは少々悪い道だったが、しばらく歩くと平坦他に出たので、予定よりはだいぶ手前だったが、テントを張ってしまった。 2020091507245600

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2020年9月 5日 (土)

ハセツネ コース後半戦を目指したのだが

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先日のハセツネコースの後半戦を目指して三頭山に向かう。もっとも暑い時期の奥多摩は歩きたくないので、夜から午前中にかけての暑くない時間に行こうと、最終バスで数馬に向かう。終点のだいぶ前からバスは他の乗客は降りてしまって貸し切りとなる。数馬で下車して、都民の森方面に歩き出すと、しばらくして数馬の湯の灯りが見えてくるが、全館にわたって煌々と灯りが灯されている。GOTOキャンペーンの東京除外の影響で都内でも秘境気分がちょっぴり味わえる檜原村の人気が出ているのだろうか?

自動車道と別れて林道に入ってしばらく行くと、いくつもの遊歩道に分岐する。三頭山に向かう一番近そうな道を選んだつもりだったが、三頭山からはだいぶ下の鞘口峠に向かう縦走路に出てしまったので、三頭山までは往復することとなった。三頭山西峰の少し手前で奥多摩湖に下る分岐点まで来て、前回と繋がることになるので引き返す。三頭山というだけあって、西峰の東側には中央峰、東峰と三つのビークが連なっているが、ハセツネコースはそれらの下の巻き道を通っているので、帰りは忠実に稜線を進んで、初めて三山全てを登ることになった。

三頭山からは急降下をして鞘口峠に降り、そこからはアップダウンを繰り返してハセツネコースの第二関門のある月見夜の駐車場に着く。本番では選手やスタッフで賑わう懐かしい所だが、今はだれもおらずに静まりかえっているので、休まずに先を急ぎ、御前山の手前の小河内峠に着いた時は4時でまだ真っ暗だった。峠には幅の広いベンチが設置されていたので、明るくなるまで仮眠することにした。

30分ほど眠って明るくなってから御前山に向かう。7時前に山頂着いたが、行程が遅れているので、五日市までのコース全部を歩くと夕方過ぎとなり、その間は千メートル以下の低山を炎天下に歩かなければならないので、途中から奥多摩側に降りることにした。御前山からも奥多摩側に降りることができるが、まだ時間的に早すぎるので、鋸山までは稜線を進むことにした。

鋸岳の手前に林道が突っ切ている大ダワという鞍部があり、本番では 私設のエイドがある。今朝も1台車が停まっているので、鋸岳に向かうのかと思ったが、降りてきた人の格好からすると山に登るようでもないらしい。

最初は鋸岳に登ってから奥多摩側に降りるつもりだったが、山頂を通らずに奥多摩側に下る巻き道があったので、鋸岳は今度、武蔵五日市までトレランで行く時に登ることとして、今日は奥多摩側に降りることにした。奥多摩側に降りる途中で下から登ってくる人に10人ほどにすれ違ったが、この暑い時によく登ってくるなと感心した。昼過ぎには無事奥多摩側に降り立ち、駅前でビールで下山を祝った。

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2020年8月27日 (木)

温泉と山 鉢盛山ならぬ木曽川源流

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昨日一昨日と部屋の露天風呂にしか入ってなかったので、早朝に大浴場にも入ってみる。がら空きだったし、広い浴場の方がやはり気持ちいい。朝食後も9時半頃まで部屋でのんびりする。今日の目的の鉢盛山は標高は2400メートルほどだがアプローチが長く長丁場となるのだが、出発点となる藪原駅までの本数が少なく、ホテルで朝食をとってからとなると、松本発10時半まで列車がないため不本意いながらのんびりせざるを得ないのだ。その代わり、当日に帰京できない時は塩尻駅周辺のホテルでもう一泊することとした。 藪原駅で下車したら、もう一人自転車を持った年配の人が降りてくる。ひょっとして同一方向かなと思って聞いて見ると、藪原駅に車を置いて松本までまでツーリングして電車で藪原に戻ってきたところだと言う。電動サイクルをキャスター付きのキャリーで運んでいたが、自分の足腰が弱ってしまっても、こういう方法もありなのかと感心してしまった。 出発に際してスマホのGPS地図でコースを再確認しておこうと思ったが、お昼近くの強い光線で画面が良く見えなく確認ができなかったが、記憶を過信して確認せずに出発してしまった。そして一時間ほど乗って急坂の途中の木陰で休んでスマホの地図を確認したところ、見事に道を取り違えて5キロ以上も進んでいることがわかった。 正しい曲がり角まで坂をドンドン下っていくのは嫌な気分だが、自分が不注意だったのだから仕方がない。30分以上のロスで鉢盛山登山には黄色信号が灯ったが、とにかく今は前進するしかない。正しい道はダムまでは急坂だが、ダム湖に沿っては平坦な道が続く。途中には何ヵ所かゲートがあるが、車両の進入禁止であって自転車は対象外だろうと解釈して自己責任で前進する。 ところが3番目のゲートの先で舗装道路は終わって砂利道となっているではないか。マウンテンバイクならともかく、ロードバイクの細いタイヤではたちまちパンクしてしまうに違いないので、自転車はその場に置いてジョギングで登り出すが、登山口まではまだ9キロもあるのだ。事前にネットで調べた限りでは自転車の記録はなく、登山口まで舗装されているかどうかはわからなかったが、仮に舗装されてなくてもこんな下から砂利道になっているとは思いもよらなかった。 これで鉢盛山登山は無理となり、木曽川源流ツーリングに目的を切り替えることとなった。木曽川はさきほど道を間違えたところから河口までは歩きと自転車でトレース済みだったが、源流部分だけは未踏だったので、その踏破も鉢盛山登山とともに目的としていたのだが、鉢盛山登山が不可能になっても、もう一つの目的が達成できればいいやと思えた。6キロほど前進すると、木曽川の最後の流れを渡る(写真)。と言っても、流れ自体はまだ上の方に続いているのだが、道は沢から離れていくので、ここを源流として引き返すことにした。なお、源流には源流の碑があるということをネットに書いてあったのを思い出して捜してみたが、見つからなかった。帰ってからネットでよく調べたら、引き返した地点のちょっと下辺りにあるらしいが、いずれも現地のNPO主催のツアーで訪ねたものなので、一般の人にはなかなか敷居が高いもののようだ。 下りは同じ6キロでも断然楽な道のりである。途中で振り返ると、目的だった鉢盛山が真正面に見えた(写真)。今回のように南側からはアブローチが長くてほとんど登られていないが、次回は一般的なコースである北側からか、東側から登ってみよう。なお、今回は動物に良くであった。猿の群れには行きも帰りもあったし、行きには猪の親子連れが数百メートル先の川をわたっていたし、帰りには数百メートル先の行く手の林道を熊が横断していた。この時はさすがに、しばらくじっとして笛を吹き続け、安全を確認してから急いで通過すると、ダム湖が見えてきて、藪原駅はもうすぐであった。ハプニング続きだった1日も無事に終わり、最終の特急にも乗れて当日中に帰宅することもできた。

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2020年8月25日 (火)

温泉と山 経ヶ岳はアプローチで敗退

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感染もピークを過ぎたようなので、延ばし延ばしになっていた家内との温泉旅行として松本郊外の美ヶ原温泉に出かける。ただし、感染には気を付けて、露天風呂付きの客室、食事は個室となっているホテルを選び、人出の多い観光地には行かないこととした。そうは言っても風呂と言えばカラスの行水で、温泉に一日中入る気はない私は近くの山に自転車で出かけることにした。 まずは中央アルプス北部の200名山である経ヶ岳を伊那側から登ることにした。五万図で調べると林道が奥深く延びていて、終点から尾根に取りつけば、さほど時間がかからずに登頂できそうだったので、日帰り登山にはピッタリだと思ってしまった。ところが、実際に行ってみると、林道は終点の五キロほど手前で舗装がなくなり、そこからは歩いて登らなければならなくなったので、頂上まで行ってると、ホテルの夕食には間に合いそうまないので、稜線まで上がって頂上を遠望するだけで帰るつもりで歩を前に進めた。ところが、稜線までジグザグで登る道が見つからず、雑草の生い茂った平坦な林道がいつまでも続いているので、写真の所でついにあきらめて戻ることにした。 今回は旅行のついでの山登りということで下調べが足りなかったことを反省し、次回は充分調べてから再挑戦することとしたい。

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2020年8月15日 (土)

北高尾山稜トレランもどき

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お盆に高尾の墓地に墓参りしたついでに八王子城跡から北高尾を縦走して堂所山に至り、そこからいつもの高尾~陣馬トレイルに出で高尾登山口まで行くというコースである。
高尾霊園まではいつもは歩いて行くのだが(小一時間)、今日は時間と体力をセーブするためにバスに乗っていく。彼岸の時期には霊園までの道も渋滞するし、バスも満員となるのだが、渋滞もなくバスもがら空きであった。東京ではお盆の墓参りというのはメジャーではないのかもしれない(そう言えば私もお盆に墓参りするのは初めてかもしれない)。

墓参り後に八王子城跡に向かうが、猛暑の中を走る気がせず急ぎ足で歩く。本丸跡まではけっこう人が来るが、そこから先となるとめっきり人が入らないようだ。と思ったら先行者の二人パーティーがいたが、先に行かせてもらう。泉台に着いて食事をしていると、追い抜いた二人パーティーがやってきて、休みを取らずに裏高尾の方に向かって行った。ここでしばらく思案する。というのは、泉台で縦走路は堂所山方面に向かう北高尾縦走路と裏高尾縦走路に分かれるのだが、当初予定していた北高尾縦走路はとても長い尾根だが、途中に峠があってエスケープが可能なので、いざとなったらそこから下山すればいいやと思ってた。ところが、去年の台風で峠から下りる道が通行止めとの表示があったため弱気になり、さきほどの二人連れが向かった裏高尾の方に向かおうかなとも思った。その時、トレイルランナーらしき人が堂所山方面に向かってかけ降りていくのに出会った。それを見て闘争心が掻き立てられて、そのランナーを追って行くことになった。もっとも現役のトレイルランナーに追い付けるはずもなく一人旅が続いたが、アップダウンの連続ではあるものの、いずれも大した登りではないので、3時前には堂所山に着くことができた。そこから先は、お馴染みの高尾山までのトレランコースを進んだ。

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2020年8月11日 (火)

一人ハセツネ 前半部

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奥多摩の尾根を71キロに亘って24時間以内で縦走する日本山岳耐久レース(通称、ハセツネカップ)には、10数年前までは毎年のように出場していたものだが、参加しなくなってから久しくなる。コロナの影響で遠くの山には行きづらいこともあり、一応都内だけの移動で完結するハセツネのコース(笹尾根の部分は神奈川、続いて山梨との県境上とはなるが)を歩いてみようという気になった。レースそのものは午後1時スタートなのだが、日中に平地を行くのはダメージが大きいので5時頃にスタートすることとし、五日市駅前で早めの夕食をとることとした。

 

本番ではロード区間は先を争って急ぎ、追い抜きが難しい山道に入る前に好位置を確保しようとしたものだが、今日は時間の制約もないのでノンビリと歩いて行く。秋川にかかる小和田橋を渡った先で登り道となって変電所の脇を通って行くのだが、その道が見つけられずに回り道して合流して今熊神社に達する。ここから先は尾根道と沢沿いの林道に別れるが、本番はどちらの道だったか記憶が定かでなかったので、楽そうに思えた沢沿いの林道を進むことにした。ところが、途中で林道は消えて踏み跡となり、さらに踏み跡も消えてヤブを漕ぎながら尾根まで登る羽目となった。

 

尾根まで上がると後は迷うことなく進めるはずだったが、夜道を前進する途中でコースの曲がり角を見誤ってコース外の市道山に進んでしまい30分ほど時間をロスしてしまう。その後は特にトラブルもなく前進したが、夜になっても気温は下がらず樹林帯で風の通りも悪かったためバテ気味となって水分を過剰に取ることにより食欲がなくなり、さらにバテてしまうという悪循環でコースタイムも守れなくなってしまった。

 

予定では日付が変わる前に第一関門に到着するつもりだったが、ペースの遅れから第一関門に着いたのは夜が明けてからとなってしまい、4リッター近く担ぎ上げた水も残り少なくなってきたので、日原峠から秋川側に少し下って水を補給したため30分ほど時間をロスすることになってしまった。

 

笹尾根自体は思ったほどアップダウンがなかったが、長い尾根であることにかわりはなく。午前中に三頭山まで行けるかどうかが微妙になってきた。朝10時頃に西原峠に着き、ここから頂上まで標高差500メートル近い急登となるので、大休止をしながら食料を無理矢理詰め込む。さすがにこのあたりまで来ると、登山者も何人かは出会うようになり、四人組のレスキュー隊員まで登ってくる。

 

三頭山に向けて登りだすと、すぐ上に展望台があって先ほどのレスキュー隊員がやすんでいる。私が追い抜くと彼らも出発する。先に行ってもらってもよかったのだが、妙な対抗心が出てきて抜かれまいと必死で登る羽目になる。レスキュー隊員を従えて登るなんて経験は初めてだし、これならアクシデントにあっても心配ないなと考えていたら、彼らの姿が見えなくなってしまったのでどうしたのかと思ったら、頭上にヘリコプターのプロペラ音がして、どんどんと高度を下げてきた。きっと上空のヘリコプターとの連携でレスキュー訓練をしているのだろうと、彼らがレスキュー装備を持って登ってきた理由と途中から姿が見えなくなった理由が納得できた。

 

ブルースカイの下に緑の稜線が見えてくると頂上は近い。頂上に上がると、そこはすごい人の多さで三密に近い状態でもあったので早々に下山することとなった。もう時間的体力的に完走(完歩?)は無理なので、第二関門まで行き、そこから奥多摩側に下山するつもりであったが、地図で確認してみると第二関門から奥多摩湖に下りても、湖畔の道をバスの通っている青梅街道まではずいぶんと歩かねばならず、それならば三頭山から直接奥多摩湖に下りた方が早いことがわかった。

 

奥多摩湖に下りる道は途中で二手に別れるて時間的に同じとなっているが、東の道を下りた方が、浮橋(ボート繋いだ橋)を渡ってバス停まで早く行けそうだったので、そちらの道を選択することにした。ただ道は思ったよりもたいへんで、前半は岩場交じりの下降、後半はアップダウンの連続といった具合でコースタイムの倍近くかかってしまった(大勢の人を追い抜いたので、ペースが遅かったはずはないのに、あのコースタイムは一体なんだったのだろうか)。さらに湖畔に着くと浮橋は通行止めの表示があり、西側に大きく回り込んで車の通る橋を渡ってバス停まで行かなければならないことになってしまった。

 

ハセツネのコースの約半分の所でリタイアしてしまったが、それでも距離としては52キロとなり、最近では1日で歩いた距離としては最長のものとなった。今回の山行でもうひとつ気がついたこととしては、20時間以上ストックを握っていたため指にしびれがきたことである。指の筋力が衰えてきたせいだろうが、指の筋肉のトレーニングをする必要があることも認識させてくれた。なお今回歩き損なったハセツネコースの後半部分はもう少し涼しくなったら、再チャレンジをしてみようかなという気にもなった。

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2020年8月 4日 (火)

猛暑の中の高尾~陣馬トレラン

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梅雨明けてから数日がたって縦走路のぬかるみもそろそろ解消しただろうと久しぶりの高尾~陣馬(往復30キロ)のトレランに出かける。最近は夜間に走っていて、体が暑さに慣れていないせいか、1号路前半の急坂部分で今までに経験したことがないダメージを感じて、今日は高尾山往復でやめようかとも思う。そのためペースダウンして山頂を目指すが、おかげで55分と過去のベストタイムの倍以上かかってしまう。ただ、体が慣れてきたようなので、景信山まではいってみようと思い直す。トレラン中は景信山では休憩しないのだが、今日は景信山頂で大休止したため、だいぶ元気も回復したようだし、陣馬山まではそれほどの登りはないので、予定どおり前進する。

帰途は走るのは下りと平坦地のみで、ちょっとでも登りになると、急ぎ足にならざるをえなかった。そのため、登山口駅に到着したのは8時間半とベストタイムの倍以上の時間がかかってしまった。

私の年で高尾~陣馬のトレランをやっている人はまずいないだろうが、来年以降に延期となったパミール登山のためにやらざるをえないと思っている(本当はこんなシンドイことはやりたくないんだけど)

高尾山は休日は人出が多いので、感染をさけるために平日に行ってみたのだが、いつも休日に行ってるので、かけ下って駅に着くと売店でビールを買って飲むのが楽しみだったのだが、平日は休みでビールを飲み損ねてしまった。

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2020年8月 2日 (日)

ブログ開始前の山行記録アップ

当ブログは2009年6月から開始したのだが、それ以前の山行記録もアップしておいた。
ブログ右端の一番下のHPリンクの中の一番下にある「ブログ開始前の山行記録」をクリックしてもらうか、以下のサイトを直接
呼び出してもらってもよい。

http://vibram.world.coocan.jp/kako.htm

なお、2004年前半までは以前契約していたプロバイダーのサイトにあったデータを自分のPCに保管してあったのだが、それもリンクを張りなおしてニフティのサイトに登録しておいたので、上のリンクから見れるようになっている。

2014年後半から約5年間の記録は今回新たに書いたのだが、改めてその当時の記憶が蘇り、コロナ渦で遠出がしにくい中での絶好の疑似山行ができたようで楽しかった。これでネット上で自分の過去の山行のほとんどを見ることができるようになったので、もっと年をとって山に行けなくなっても退屈することはないだろう。

また、ブログ右端の一番下のHPリンクの中にある「海外山行の履歴」についても最新のものに更新しておきましたので、よろしかったらご覧ください。

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