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2009年8月

2009年8月27日 (木)

街道歩き比べ

この夏は奥の細道と東海道五十三次を歩きましたが、面白さという点では断然後者に軍配があがります。後者の方が旧道部分が多く残っており、さらに昔の町並みや松並木など街道の面影を残している点でも後者が勝っています。芭蕉に特別の思い入れがある場合以外は東海道を歩く方がずっと充実した旅になりそうです。

中山道もかなり旧道や昔の町並みが残っているようなので、いつか歩いてみたいですが、今度は夏ではなく春や秋といった季節に行ってみたいものです。

でも世界の街道といったら、なんといってもシルクロードです。明日はそのスタート地点である西安に向かっていよいよ旅立ちます。当初の計画よりも大幅にスケールダウンしてしまいましたが、シルクロードの雰囲気の一端を味わってこようと思います。

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2009年8月26日 (水)

東海道の難所

江戸時代の東海道の難所といえば東の箱根越えと西の鈴鹿越え、それに真ん中あたりの大井川越えです。これらほどではありませんが、駿州と遠州の境をなす小夜の中山越えも旅人を悩ましたそうです。

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箱根

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大井川

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小夜の中山

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鈴鹿峠直下

残念ながら旧道を見つけられずに、国道1号線を行ってしまったために峠には立てずにトンネルをくぐってしまいました。

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2009年8月25日 (火)

東海道五十三次 松並木の写真

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大磯付近

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島田付近

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浜松付近

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2009年8月24日 (月)

東海道五十三次 宿場の写真

                                                                                             Photo_6   

由比正雪生家

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丸子宿Photo_8

岡部宿                                            

               Photo_9

新居宿

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関宿

Photo_11草津宿

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2009年8月23日 (日)

東海道五十三次 番外編 8月21~22日

名古屋に出張することになったので、仕事の終わった後の夜間から翌朝にかけて、歩き残した知立~宮と七里の渡しに替わる陸路部分の合計42キロを歩いてきました。

今回は途中には特に見るべきものもなく、ただひたすら歩いたというだけでした。

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東海道五十三次 第13回(8月19日) 水口から三条大橋

今日はいよいよ最終日である。

今日の行程は長く50キロ以上もあるため5時過ぎにはホテルを出発する。

最初はペースが上がらなかった、途中で他の五十三次旅行者とであったために元気が出て、昼前には今日の行程の半分である草津に着くことができた。

P1000111 草津の宿は東海道と中山道との合流点である。ここまでくればゴールも間近ではあるが、まだ25キロと通常の旅程1日分はあるので、気を引き締めていく。

瀬田の唐橋、逢坂の関等の有名なところを通って、いよいよ三条大橋が目の前に迫ってくると、多少気持ちも高揚してくる。

ところが三条大橋は全然名所旧跡っぽいところがなく、ビル街の一角という感じだったので(まあ、日本橋も同じようなものであるが)、拍子抜けしてしまった。また時間は既に夜となっていたため、フラッシュの付いていない携帯のカメラでは写真を撮れなかったのは残念であった。

それは兎も角として、東海道五十三次踏破はなんとか達成できたので、正直ホッとしました。

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東海道五十三次 第12回(8月18日) 亀山の手前から水口

今日は長丁場なので、早めに名古屋を出発し、亀山、関と順調に進むP1000117

関の宿は今までのどこよりも昔の宿場の町並みが残されているところでした。名物のおこわを食べてから、箱根に次ぐ難所である鈴鹿越えに向かう。

ところが旧道を見失い1号線をそのまま行ってしまったため、峠自体には登ることはできずに最後は峠直下のトンネルを行く羽目となる。

水口までの下りも長く、ホテルに着いたのは9時を回った時間であった。

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東海道五十三次 第9回(8月15日) 桑名から亀山の手前まで

P1000124 宮から桑名までは七里の渡しで水路をとるため、五十三次徒歩旅行では通常はこの部分は省略して、桑名からスタートするが、五十三次踏破というためには宮の宿にも立ち寄ることとし、近くの渡し場公園にも行ってみる。

その後に桑名まで行って歩き出したために結構時間を食い、夕方から走り出したものの、最初に予定していた亀山までは辿り着けず、手前の駅で電車に乗って名古屋に戻る

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東海道五十三次 第10回(8月16日) 本宿から知立

本宿から宮までは42キロなので一日で歩けない距離ではないが、本来は今日は休養日であり、明日以降に疲れを残さないために夕方から夜にかけて走れるところまで走り、残った部分は後回しにして先に歩を進めることにする。

ただし、五十三次踏破をとりあえず行うということから、今日は辿り着けなかった鳴海の宿付近も立ち寄ることだけはしておく。

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東海道五十三次 第9回(8月15日) 新居から本宿

前日走った影響でか足が痛んだのと、猛烈な暑さでペースが上がらず、白須賀の宿の坂をP1000128

上りきった資料館で少し休む。

その後もペースが上がらず、熱中症一歩手前まで行きかけたので、コンビニで大休止

夕方になってまた走り出し、暗闇の中を御油の松並木を行く。明るかったらさぞかし見事な景観に違いないが、スケジュールの関係でやむをえない。ただ道々でお盆の送り火がたかれているのは興味深かった。

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2009年8月22日 (土)

東海道五十三次 第8回(8月14日) 袋井から新居

いよいよ後半戦の始まり

6日間で一気に京都まで目指すつもりだが、果たして結果はいかに

東京を始発で出ても袋井に到着するのは10時近くとなる。最初は歩きだが、夕方からは禁じ手のジョギングに切り替えたので、夕方には浜名湖に着く。

今日はこのあたりが限界と、浜名湖を眺めながらビールを飲んだ後、湖を渡った新居で電車に乗り、家内の実家の名古屋に向かう。

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2009年8月13日 (木)

東海道五十三次 第7回(8月12日) 小夜の中山

Photo_2 午前中は歩き残した吉原から富士川を歩き、午後は金谷に戻って、小夜の中山に向かう。こちらも箱根ほどではないが、けっこう石畳が残っている。

箱根、鈴鹿峠越えに次ぐといわれるだけあって、急な坂道が続き、まわりは一面の茶畑である。

今日の予定は当初は浜松近くまでと思っていたが、袋井で時間切れとなる。

袋井は五十三次のちょうど真ん中の宿場である。ここまで延べで7日を費やしている。残された日にちは6日間。だいぶスケジュールは厳しくなってきたが、こうなったら禁じ手を使うしかないか。どんな手かは次回のお楽しみ

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東海道五十三次 第5、6回(8月10日、11日) 箱根越え

Photo 東海道の最大の難所である箱根越えに挑む。

ところどころに写真のような石畳が残っている。

昼過ぎに小田原を出発して関所跡近くの民宿に泊まる。

翌日は雄大な駿河平野を眺めながら三島に向かって下るが、その後、吉原まで歩いたので、宿に着いたときはすっかり暗くなってしまった。

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2009年8月10日 (月)

東海道五十三次 第4回(8月9日) 安倍川から金谷

Photo_2 引き続き駿河路を行きました。

丸子宿も由比宿に劣らずに昔の面影を残していました。有名な丁子屋のとろろ汁を楽しみにしていましたが、開店まで30分以上あるということであきらめて、宇津の谷の入り口で蕎麦を食す。

宇津の谷は国道はトンネルで通過しますが、旧道で峠越えをしました。写真は入り口付近なので石畳ですが、すぐに山道となります。

峠を越えて進めば、岡部、藤枝、島田と随所に昔の面影を残した町が続きます。最後に大井川を越して金谷に至れば駿河路の旅も終わりです。

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東海道五十三次 第3回(8月8日) 富士川から安倍川

Photo 箱根越えを都合により後回しにして、駿河路の旅に向かいました。

由比の宿はなかなか見事に保存されてました。

由比から先は国道を離れて旧道を薩った峠に向かう。峠からは天気が良ければ駿河湾の上に富士山という絶景が眺められるはずですが、あいにく富士山は雲に隠れていました。

峠を下れば興津、そこからは清水、静岡と中心部を通り、安倍川を渡ったところで本日の行程は終わりです。

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2009年8月 7日 (金)

シルクロード旅行計画の最終確定?

骨折で大幅縮小となったシルクロード旅行計画はようやく最終的に確定しそうです。

ウルムチ暴動の後もウルムチ郊外のトルファン訪問の希望を持ち続けて、西安-ウルムチのフライト予約や現地情報の収集を行ってきました。ネットの情報では現地も平静になってきており、一時はトルファン訪問に傾きかかっていました。ところが、旅行社からの情報では、現地との連絡が電話メールともダメで、列車の予約ができないということでした。

計画が縮小されて日程の余裕がないため、事前の予約ができない以上は計画の実施は困難であるとの判断に立って、トルファンをあきらめることにしました。

その代わり、西安と敦煌の中間にある蘭州に立ち寄り、郊外にある仏教遺跡や自然の景観を訪ねるツアーに参加するつもりです。

骨折の経過は順調で、旅行前にはギブスが外せそうなので、空港のセキュリティ等で余分な神経を使わずに済むとホッとしています。

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東海道五十三次 第2回(8月6日) 東戸塚から小田原

Photo 長丁場でしたが、小田原まで行ってきました。

1号線は歩道もしっかりしており、一里塚、相模湾、大磯界隈の邸宅等のみるべきものも多くて、退屈せずに楽しめました。

特に松並木が見事だったのが印象的でした。

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2009年8月 6日 (木)

東海道五十三次 第1回(8月4日) 品川から東戸塚

東海道五十三次徒歩旅行がいよいよ始まります。

本来ならば、日本橋からスタートすべきですが、品川までは東京マラソンで往復しているということで、品川からスタートしました。

Photo_2  品川から大森までは国道を離れて裏道を行きます。旧東海道と表示された道には品川宿についての石碑等が次から次へと現れます。

大森から先は国道沿いの道で旧東海道の面影は全くありません。

蒲田、川崎、横浜と国道をひたすら進み、保土ヶ谷に着いたのが夕方5時過ぎ。予定していた戸塚までは無理でも東戸塚まではと歩を先に進める。ここから先は国道を離れて旧道を行く。権田坂は聞きしにまさる大きな坂でした。暗くなり始めた頃に東戸塚に到着。第1回はここで終わることにします。

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