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2010年3月 2日 (火)

失敗続き

関東県境縦走の一環として荒船方面を目指した今回の山行は失敗続きで県境にも達せられない惨めな結果に終わりました。

最初の失敗は金土で縦走して佐久側に下り、日曜は友人と湯川でクライミングをする予定だったところ、友人の都合でクライミングが中止になり、さらに金土と天気が悪いとのことで出発を日曜日に変更したことでした。下仁田から市の萱へのバス時刻は当初の平日用で調べてあったため、日曜はそれよりも早いバスが出てしまった後で午前中は市の萱行きはありませんでした。駅前には勧能行きのバスが止まっていたため、帰りは勧能に降りてくるのだから、逆コースを行って市の萱へ降りていけばいいやと勧能行きのバスに乗り込んだのが次の失敗でした。というのは、このバスはこの時間帯は勧能までいかない途中の雨沢止まりで、そこから勧能までは6キロ近くあるということでガーンと殴られたような衝撃を受ける。運転手からはタクシー利用も勧められたが、意地になって歩き出す。

そこからいくつかの集落を過ぎて砥沢の集落のはずれまで来たときに最大の失敗をしてしまいました。道が左右に分岐していて左は勧能、右は星尾・羽沢の表示がある。手持ちの地図では砥沢は欄外なので確かめられなかったが、羽沢はぎりぎり載っており、ここで勧能と星尾に分岐しているので、そこに来たのだろう思い(羽沢が何故、右方面にあるのか疑問には思ったのだが)、左の道を進む。ところがいつまで歩いても勧能には着かずに、途中いくつかの林道と交差するので妙だなと思ったが、確かめるすべもなくそのまま前進する。やがて道は大きく山の方に迂回して登っていくようになって沢からは離れていく。一方、沢沿いには比較的明瞭な踏み跡が続いている。頭は多少混乱したが、勧能を通らない枝道を来てしまったのだろうと思い、方角は西を向いていたので、このまま沢を詰めれば稜線に達するだろうと踏み跡を進んでいく。かなり進んで水量もわずかとなり稜線も近くに見えだしたので、左の斜面を登って稜線を目指すことにする。落ち葉の積もった急斜面にうっすらと雪が乗っている状態で滑りやすく行程ははかどらなかったが、すこしづつ高度を上げる。ただ今日中に稜線到達は無理と判断して、暗くなる前に平らな地点を見つけてテントを張る。

翌日はプラブーツの上に新品のオーバーシューズを着け、それにアイゼンを装着して、ヒマラヤのためにオーバーシューズの使い勝手を試験する。最初は前のフックの留め方が悪くアイゼンが外れてばかりいたが、そのうちに要領がわかり外れないようになる。行程の方は相変わらずはかどらなかったが9時頃にようやく稜線とおぼしきところへ出て、赤テープがそこら中に張ってあったので心強くなる。稜線とおぼしき道は右折して荒船方面を目指す。ところが途中で赤テープが消えてしまい、進路がわからくなる。1時間近く迷ったが、西へ向かう岩峰の下を巻いていくところにテープがあったので、方角的にはおかしいと思ったが、やむをえずそちらに向かう。ところが次に岩峰のところで、テープが見あたらず進路がわからなくなる。岩峰を巻こうと進んで行くが適当なところがなく、とうとう下の沢までおりてしまう。するとそこにはケルンが積んである。しばらく行くと各種のテープがあり、沢沿いの道は次第にしっかりしてくる。もう荒船はあきらめ、無事に下山することだけを考える。だいぶ降りると標識があって左に行くと三段の滝・熊倉とある。熊倉は勧能よりも奥の部落である。ここで初めて自分がどこを歩いてきたかがだいたいわかった。どうも稜線の手前の前山を歩いてきたようである。熊倉を経由して勧能まで降りて、そこから乗ったバスの運転手は昨日と同じ人で、本当は荒船に行ったはずが、また同じバスに乗る羽目になってちょっとバツが悪かった。目的が達せられなかったのは残念だったが、ヒマラヤへ向けての体力トレーニングとオーバーシューズのアイゼンとの具合の確認という目標は果たしたので、まあよしとしよう。それに未知の山域を彷徨する楽しさは充分味わえました。

帰宅してから地図で確認すると、行きに勧能方面と思って通った道は山腹を迂回しながら行くとんでもない道でした。分岐点で右の方にも勧能と書いてあれば間違わなかったものを。未知の山域に入るときは周辺の地図も持参する必要性を痛感しました。

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