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2010年9月

2010年9月28日 (火)

岩手山・八幡平

宗谷岬を目指す徒歩の旅も盛岡まで到達していたが、本年中に青森まで行って一段落と思った時に、果たしてどのルートをとるべきかで思案していた。新幹線沿いに八戸経由とするか、東北自動車沿いに弘前経由とするか。いずれにしても、自動車道の道は退屈である。そこでひょいっと思いついたのが、前半は岩手山~八幡平、後半は十和田~奥入瀬というコースである。前半には藤七温泉、後半には酸ヶ湯という有数の秘湯もあり、紅葉の時期には素晴らしい旅ができそうだと、我ながら良い計画と自画自賛して悦に入っていた。先ずは前半の計画を9月の飛び石連休を交えて行った。

夜行バスを降りて岩手山を目指して国道を北に向かうが、あいにくの天気で傘をさしながらの単調な歩きである。登山口となる馬返しに着いたのが3時を回っていた。途中で雨もあがり一時的に雲が切れて、目標の岩手山を垣間見ることができた。
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ここから八合目の小屋までは5~6時間はかかりそうなので、今日中に着くかどうかが危ぶまれる。水を補給していたら、「上の小屋まで薪を上げるのにご協力を」との張り紙がある。今日は荷物が軽いからお安いご用だと、薪5~6本をナップザックに詰めて首からぶら下げる。

しばらくは緩やかな道が続いていたが、しだいに傾斜が強まり、首にぶら下げた薪が重たく感じるようになる。その場に放っていきたい誘惑にかられたが、そういうわけにもいかず、なんとかがんばって歩き続ける。やがて暗闇があたりを覆いつつむようになってくる。5合目を過ぎたあたりで、今日中に8合目までは無理だと悟り、どこかで一夜をあかそうかと考えたが、急登の連続で体を横にするスペースも見つからない。

6合目の少し先でちょっとだけ平らな場所を見つけて簡易テントを張る。正式なテントではなく、木から吊して空間を確保し、裾を体で押さえて風でまくれあがらないようにしただけである。ただ寝返りを打ったりすると裾が舞い上がり、寒くて目が覚めると、両端を木に縛り付けられた布切れが頭上でバタバタとしているだけで、吹きさらしの風の中で、薄い寝袋で震えているという有様である。ただ、そのおかげで、盛岡方面の素晴らしい夜景が眺められたことがせめてもの救いである。

翌日は寝過ごしてしまい、気付いたら太陽はとうに地平線から上にあがっていた。すっかり元気も回復したので、張り切って岩手山を目指す。途中、8合目の小屋に薪を運んだら、お礼に暖かいコーヒーをごちそうしてくれた。小屋のすぐ先にある不動平から岩手山を往復する。富士山の砂走りのようなグズグズした歩きにくい道である。さすが百名山だけあって大勢の登山客が登ってくる。人が途切れた隙を狙って頂上の写真をとる。

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自分にとっては70いくつか目の百名山登頂である。このころになると、だんだんと雲がわきあがってくる。不動平まで戻って西に進路をとると、急に人は少なくなるが、網張温泉に下るであろう軽装の人に時々抜かれていく。前方には明日通るであろう裏岩手連峰の草原に覆われたように見える(実際はハイマツ帯であろうが)なだらかな稜線が見え、天気の良い日に稜線漫歩すれば、さぞ快適であろうと明日が楽しみになる。

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網張温泉への道と分かれると、そこから先は静寂の世界が待っている。夕焼けを眺めながら歩を進めると、今日の宿である三石の避難小屋が見えてくる。小屋には先客が数人いたが、大きな小屋なのでゆったりと寝ることができた。

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翌朝は期待に反して、強風が吹き荒れていた。太平洋沖を台風が北上していることなので、その影響だろう。稜線漫歩どころではなくなったが、ほとんどがハイマツ帯を行くため、直接風が体に当たることは少ないので助かった。天気が良ければ、どんなに素晴らしい山行ができるのにと思いながら先に進む。途中からは雨も降り出し、濡れた百円均一の手袋で手が冷えてしまい、以前に凍傷になったときのことを思い出したりした。

予定では後生掛温泉まで行くつもりだったが、行程が捗らないので、藤七温泉に行くことに変更して、見返り峠から岩手県側に少し下りる。温泉に着いて宿泊を申し込むと満室だと断られる。土曜の夜だったので、ある程度覚悟はしていたのだが、冷え切った体で簡易テント泊まりはつらいので、ねばり強く交渉すると、素泊まりで良ければ、なんとか一部屋を確保してくれるというので、ほっとして温泉に入り、冷え切った体を温める。せっかくの秘湯に来ながら、レトルト食品で過ごすのは味気ないが、やむをえない。その代わり、風呂嫌いな自分としては珍しく、翌朝も含めて3回も温泉に入ってしまった。

翌朝は天気も回復して、今日の景観を期待しながら、見返り峠を登り返して行く。峠からは眼下の藤七温泉とその右手には岩手山の雄大な山容が眺められる。

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峠からはしばらく自動車道を行った後、八幡平頂上へ向かう石畳の道を行く。このあたりは観光客でえらく賑わっているところである。少し先に岩手秋田の県境の標識がある。北へ向かう私の旅もとうとう秋田県に入ったのかと感慨を深くした。

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観光客で賑わうのは八幡平頂上までで、そこから先は「なんとか歩道」というのは名ばかりの細い道が続いているだけである。ただところどころには草原が広がり、美しい草紅葉が見られたのは素晴らしかった。木々の紅葉はまだ全然であったが、季節は確実に秋に向かっているようであった。

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しばらく行くと右は草の湯、左はアスピーテラインという標識があり、一瞬、左の自動車道の方に戻ろうかとも思ったが、時間は十分あるので、まっすぐ行って長沼を目指すことにする。

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長沼への道は「歩道」などというものではなく、急降下の続く完全な山道であった。「歩道」という名に誘われて観光客や経験の浅い人が来てしまったら、たいへんな苦労を強いられるところである。坂道を降りきったところにある長沼や大谷地は苦労して来るだけのことはある見事な景観である。

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景観を楽しんだ後は、今日の宿を目指して一気に下っていく。前夜は存分に温泉を堪能したので、当初行くつもりだった後生掛温泉はパスして、途中にあった足湯で足の疲れをとっただけである。

最終日は宿から十和田南までの30キロ強の自動車道を歩いていく退屈な一日である。途中に眺められる田圃の稲穂が秋桜や薄とともに秋の季節感を味わせてくれるのがわずかの慰めであった。

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やがて景色も田園風景から市街地に移ってくると、足も痛み出してひたすら「忍」の一字となる。花輪も過ぎ、もうそろそろ十和田南に着いてもいいころだと思って、コンビニに入ってビールで喉を潤し、現在位置を確認すると、そのコンビニの裏手に目指す十和田南の駅があることが判明し、長い行程にようやく終止符を打つことができた。

次回の後半戦は10月下旬を予定しているが、紅葉まっさかりの時期でもあり、景色を楽しみながら、今年の目標である青森湾到達を無事に果たしたいものである。

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2010年9月20日 (月)

クラック三昧

山梨の瑞牆山麓にクラックを登りに行ってきました。クラックというのは岩の割れ目で、通常のクライミングと異なり、その割れ目に手足(割れ目の幅が広くなると体までも)をこじ入れて、クサビ止めにして登っていくもので、関東周辺では、この瑞牆周辺のほか数カ所にしか練習する場所はありませんが、世界のビッグウォールを登るには(そんなつもりはありませんが)欠かせない技術です。

瑞牆に来たのはしばらくぶりですが、以前にはなかったキャンプ場の管理棟ができていて、キャンプ代を徴収していました。一般2千円/日に対してクライマーは1千円/日でした。これは以前は無料でキャンプしていたクライマーの既得権を配慮したものとも思えますが、うがった見方をすれば、高いキャンプ代ではクライマーはもっと奥でタダでキャンプしてしまうので、安くしてもクライマーに利用してもらった方が管理者側の収益上はプラスであるという判断なのかもしれません。

Mizugakip_2  瑞牆キャンプ場

瑞牆山は下の写真の十一面側の外、今回登った裏側の不動沢周辺もほとんどの岩が顕著な割れ目をもったクラックの宝庫です。

Mizugaki_2 キャンプ場からの瑞牆十一面岩

通常のクライミングでは岩にドリルで穴を開け、そこに埋め込んだボルトを支点として登って行きますが(トップが墜落した場合には支点で止まる・・・はず)、クラック登攀の場合はボルトは使わずに下の写真のように岩の割れ目にカム(器械仕掛けのクサビ)を入れて支点にします。クライミング後は容易に回収できますので、ボルトのように自然を損なわずにクリーンなクライミングができます。

Byoubuiwa_2  不動沢屏風岩のクラック登攀

久しぶりのクラック登攀を二日間存分に楽しみました。久しぶりのこともあり、だいぶ技量が落ちてしまったことは否めませんが、近いうちにまた登りたいと思います。

3連休最終日の朝、一人で先に下山して高尾駅で家内と待ち合わせ、墓参りをしてから帰宅しました。

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2010年9月15日 (水)

新兵器

自分の進んだ軌跡を地図上に表示できるGPSロガー(下の写真の手前の箱状のもの)を重宝してきましたが、フル充電しても1日半程度しかもたず、2日目のログが途中からされなくなってしまうので、どうしたもんかと思っていたところ、ソーラー充電を利用して長期間にわたってログを可能とする新兵器をゲットしました。

下の写真の奥にあるソーラー充電器は以前使用していたカメラが電池駆動だったので、ヒマラヤ等の長期山行時に使用していたものですが(そのカメラ自体は頂上からの下山時に紛失してしまい、自分の唯一の8千メートル登頂時の写真がない羽目になってしまいましたが)、その充電器の横に今回ゲットしたアダプタ(下の写真の真ん中)を取り付けることにより充電が可能となり、また太陽が出ていない時は、充電器により充電された電池から充電されるというものです。

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さっそく、今週末にでも使ってみたいのだが、墓参りにも行かなければならず、クライミングにも行きたいのでどうしたものか

明日、都庁に用事があるので、これを持参してみようかとも思うが、新宿の町中で、こんなものを腕に巻き付けて歩いていたら変な目で見られるだろうし、最悪テロ犯人と間違われて拘束されたらかなわないのでやめておいた方がいいかな

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2010年9月13日 (月)

アラスカ鉄道

翌日はチェナ温泉を早朝に出発してフェアバンクス駅に向かう。明け方までオーロラ観測で粘っていたので、徹夜明けで直行する羽目となる。
フェアバンクスはもっと大きな町かと思っていたら、駅周辺には人家もほとんどないところなのでビックリする。
フェアバンクス駅からは今回のお楽しみのひとつであるアラスカ鉄道に乗り込む。
列車はアンカレッジ、フェアバンクス間を夏期のみ1日1便走る観光専用列車で、自動車よりもはるかに遅いスピードでゆっくりと南下していく。
線路のまわりは黄金色の紅葉一色で見事である。
昼過ぎにデナリ公園駅に着き、ここで下車してデナリ公園に向けて、シャトルバスに乗り込む。
デナリ公園では一泊しかしないため、奥深くは入れず、公園のほんの入口付近しか入れなかったが、それでもデナリの雄大な雰囲気の一端は味わうことができた。

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デナリ公園のもうひとつの魅力は野生動物を見ることのようであるが、今回のような短時間の旅行でよほど運がよくないと、そういうチャンスには恵まれないようだ。それでもグリズリーの足跡らしきものを見られたのはラッキー(?)だったのかもしれない。

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その晩は、公園から南に20キロほど下ったところにあるロッジに泊まったが、なんとレストランは朝食のみしか提供しないという。
幸いフリーズドライの米を持参してきたので、なんとか空腹を紛らわし、食後はすぐにベッドに入ってオーロラ観測に備える。
23時に起き出して、近くの河原にオーロラ観測に出かける。チェナ温泉とは違い、他には観測者は誰もおらず、少々拍子抜けしてしまう。
ネットで調べたところではデナリでもオーロラは観測できるということだったので、観測3日目となる今日はぜひともと期待する。
今夜はオーロラの出る北方向を含めて満天の星空で、人工衛星や流れ星も次々と見られたので、大いに期待したのだが、結局2時過ぎになってもオーロラは現れず、とうとうあきらめてロッジに戻ることにする。
オーロラは天気だけでなく磁気にも影響されるので、運悪く条件に恵まれなかったのかもしれないが、ロッジから北方向にあるデナリ公園の町(といっても、ほとんど人家はないのだが)の明かりに邪魔されたのかもしれない。
北欧に続き今回もオーロラ観測には失敗したが、まあ楽しみは後に残しておくということで、次はグリーンランドにでも行ってみようか

翌朝は朝寝してゆっくりと駅に向かい、ビジターセンターで展示物や映画を見てから、アンカレッジ行きの列車に乗り込む。
今日のハイライトは鉄道からのマッキンレー展望であるが、かなり雲が出てきたのが気がかりである。
マッキンレー登山のの玄関口となるタルキートナの手前付近からは、晴れていれば正面にマッキンレーが見えるはずであるが、残念ながら厚い雲に覆われて前山が見えるだけである。
列車は途中何回か停車し、乗客も下車して雄大な景色を楽しむ。

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だんだんと緯度も下がってきたせいか、木々も緑が目立ち初め、季節も秋から夏に逆戻りしていくようであった。
列車がアンカレッジにかなり近づいた頃に車内放送があって、マッキンレーが見えるといっている(らしい)。
乗客は一斉に窓側に移動する。自分も窓やデッキから写真を撮りまくった。
随分と離れているにもかかわらず、堂々とした山容が望まれ、現地名でデナリ(偉大なるものの意)と呼ばれるマッキンレーの大きさをあらためて実感させられた。遠望ではあったが、マッキンレーを眺められたことは思いがけない喜びであった。

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列車は間もなく終点のアンカレッジ駅に到着する。
アンカレッジは州都の割には小さい町で、人通りやお店も思ったほど多くなく、日本の小都市程度であった。
ヨーロッパ便がシベリア直行となって以来、この町も地盤沈下が生じているのに違いない。
B&Bに荷物を置いて食事に街に出る。アラスカ最後の夜ということで、シーフードの店に行き、カニとサケの料理を注文する。どちらもトロリと柔らかくて美味であった。

最終日は飛行機に乗って帰るだけである。行きはフライトトラブルの連続であったが、帰りはスムーズに生きたいものである。
ところが、アラスカ航空のカウンターでチェックインしようとしたら「トゥーレイト!」と言われてギョっとしてしまうが、その後はなにもなかったように搭乗券を発行してくれたので、どうやらEチケットの行きと帰りの日付を読み間違えたようである。びっくりさせるんじゃないと文句の一言も言いたくなった。
飛行機も順調にアンカレッジ空港を離陸して上空に達すると、北方にはマッキンレーがどっしりとした姿を見せてくれ、あらためて感激する。
飛行機の進路左にはカナダ最高峰のローガンを盟主とする山群が見えてくる。マッキンレーのように傑出したピークがないので、どれがローガンかは特定できなかったが、山群全体のスケールではマッキンレーを凌ぐ見事なものである。これを間近に見られただけでも、今回来た甲斐があったという気がした。

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シアトルで東京行きに乗りかえれば、後は10時間ばかりの退屈なフライトを我慢するだけである。
6日間のつかの間の避暑はあっという間に終わり、また猛暑の毎日が続くことになるのであろうか

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2010年9月10日 (金)

アラスカ(チェナ温泉)

冬の北欧で見損ねたオーロラ観測のリベンジにアラスカにきています。今いるのはフェアバンクス北方のチェナ温泉ですが、ここまで来るのの長かったこと・・・・

というのは、成田発のシアトル行きが1時間30分遅れとなり、シアトルでの予定の便への乗り継ぎが絶望的となる。シアトルではなんとか次の便への変更が可能となり、これならアンカレッジ経由のフェアバンクス着は予定よりも1時間程度の遅れなので、まあいいやとシアトル空港でのんびりしてたら、セキュリティチェクやゲート間の電車移動に手間取り、ゲートに出発時間直前に辿り着くも、クローズだと係員に制止される。

今日中にフェアバンクス到着は不可能になったかと落胆したが、最終のフェアバンクス直行便に変更可能となり、なんとか予定より2時間強遅れの23時過ぎにチェナ温泉に到着。冷や汗かきどおしの長い長い一日でした。でもこれで終わりではありません。チェックインを済ませると、すぐに温泉裏手のオーロラ観測ポイントに移動する。

あいにく曇り空で小雨の降る最悪の状態でしたが、天候回復を願って3時過ぎまで粘るものの、ついにオーロラの女神は微笑んでくれませんでした。

仮眠後、10時頃に起き、朝食後に少し散歩してから温泉に入る。

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温泉からはまわりの山々の紅葉が眺められて最高でした。温泉を出てから、近くの山の中腹まで登りに出かけました。向かいの山は全山紅葉です。紅葉といっても日本とは違い、赤い葉はなくて黄金色一色です。こちらの秋は短く、冬がもうすぐ近くまで来ているようで、落葉がさかんです。

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夕方、ネットに接続すると、少々やっかいな質問のメールが来ていたので、それに回答してから、しばらく仮眠することにする。

23時頃に起き出して、オーロラ観測ポイントに向かう。今日は多少は星が出ており、昨日よりは望みがありそうだ。特に1時過ぎからは、オーリラの出やすい北の方向も雲がほとんどなくなり、大いに期待を持たせたが、ついにオーロラは出現せず、3時過ぎには厚い雲に覆われるようになる。

他の観測者はあきらめて皆帰ってしまったが、今から寝ても、今朝6時の出発には寝過ごしてしまいそうなので、室内の観測部屋でこのブログを書きながら、時折、窓の外をチェックしていますが、空は厚い雲に覆われてしまい、オーロラ観測はデナリでのラストチャンスに賭けるしかないようです。

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2010年9月 5日 (日)

子午線の夢

小手指公民館で自主上映映画「子午線の夢」を見てきました。

伊能忠敬の日本地図完成に至るまでを一部脚色を交えて制作された映画で数年前に公開されたものですが、制作した俳優座が営利目的にされたくないとの方針でDVD化されず、年に数回だけ少人数を対象に自主上映される場合のみ鑑賞できるという貴重なものです。

現在、彼の足跡を追って日本の海岸線を廻っており(ただし、自転車で)、測量という分野もかっては自分の仕事に関係していたこともあるので、ぜひ見たいと思っていた映画でしたが、今回ようやく念願かなって見ることができました

期待にたがわず見応えのある映画でした。最初の測量行は子午線測定という彼の夢と重ね合わせて実現されたものですが、次第に幕府が命じられた仕事の遂行という側面が強くなり、後半の西国測量行は責任感が原動力となったもので、彼本来の夢の実現とはいいきれないものになってしまったようです。それはともかく隠居後にこれだけの成果を成し遂げた彼のバイタリティには驚くばかりです。翻って自分にはこれからの残された人生で何ができるのだろうかと考えさせられてしまいました。

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2010年9月 4日 (土)

草取り

今年の猛暑で雑草が繁まくってしまった我が家の庭
気にはなっていたのだが、休みの度に遊び回っていたことと、ヤブ蚊を嫌って放っておいたのだが、とうとう意を決して草取りを実行

上下の雨具を着込み、顔は手ぬぐいで覆っての完全武装でイザ庭へ突撃
さすがの猛暑で蚊の活動もたいしたことはなく、たまに寄ってくる蚊も雨具に遮られて刺すことはできないようだ。
雨具の下はなにも着ていないが、蒸し風呂状態で汗が噴き出てくる。
まあ、ランニングをしたり、坂道を自転車で登ったりしても、このくらいの汗はかくのだからどうということはない。
むしろ、炎天下で汗まみれで仕事をしていると、快感がしてくる。
自分の本来の仕事はデスクワークなのだが、フィールドワークの方が性に合っているみたいで、ひょっとして職業選択を誤ったか
ものの30分たらずで、猫の額ほどの庭の雑草はきれいに取り去ることができた。
これで、心置きなく、また外を遊び回れることができそうだ。

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