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2010年10月

2010年10月31日 (日)

裸の山

ラインホルト・メスナーの名を初めて耳にしたのは私がクライミングを始めて間もない頃に「第7級」という表題の本で従来のクライミングの難易度限界の6級を越える概念を打ち出してからである。

その後、ナンガパルバットでの壮絶な生還劇、ガッシャーブルムⅠ峰での8千メートル峰初のアルパインスタイルによる登頂、エベレスト初の無酸素登頂など70年代の登山界を席巻してきたクライマーである。
そのナンガパルバットからの生還後に隊長のヘルリッヒコッファーとの間にトラブルがあったことの概要は聞いていたが、80年代以降は、ノーマルルートからの8千メートル峰のコレクターに変身して初の8千メートル峰14座全山登頂者として、登山界の大御所に収まっているのかと思っていたら、ナンガパルバットの一件はメスナーにとっては過去の忘れ去った出来事ではないらしく、「事件」から30年以上たって新たにその総括ともいうべき本を出版した。それが「裸の山」(現地語ナンガパルバットの訳)である。

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この本を読んで、従来のメスナーの本の断片的な記述ではわからなかったことなども知ることができたが、私にとって印象的だったのは、氷河を脱出してから、文明の及んでいるギルギットまで、よく着の身着のままで無事に辿り着いたというところである。

この本の内容は映画化されて近々、日本でも一般公開されるそうである(先週あった東京での国際映画祭では公開されたとか)。話の筋立て云々よりも、ナンガパルバットの実写をふんだんに取り入れた現地ロケを行ったものであってほしい。どこかの映画にあったようなニュージーランドの山でロケを行ったものは御免こうむりたい。

実はナンガパルバット自体は一昨年にカラコルムに行った時にスカルドに向かう機上から見ることができたのだが、山はやはり下から仰ぎ見ないと、その偉大さは十分に感じとることはできないものである。次はぜひ、ナンガパルバットの周辺をトレッキングして、メスナーの登ったルパール壁をできるだけ近くから眺めてみたいと思っている。

ナンガパルバットはk2と並んで憧れのピークであり、一時は真剣にこの山を登ることを考えたこともあったが、今となっては叶わぬ夢となったものの、初登頂者ヘルマン・ブールのこれも壮絶な生還劇(この時も隊長のヘルリッヒコッファーとの間にトラブル)の忘れがたい記憶も併せて、絶対に間近から見たいものである。

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2010年10月30日 (土)

体験クライミング

息子の通っている大学の文化祭の行事として、父母を対象とした「中高年の健康とスポーツ」という講義と希望者は体験クライミングもできるという案内がきていた。初心者向けのクライミング教室に参加するのもどうかなと思ったが、「クライミングシューズを持っている人は持参を」と書いてあったので、経験者の参加も想定しているのかなとも思え、まだ行ったことのない息子の学校の見学がてらに行ってみることにした。

あいにくの台風接近の雨模様の天気でしたが、朝のうちはそれほどでもなかったので、1時間半歩いて学校に着く。講義では早歩きを勧められ、強度の運動は免疫力を低めるとのお話。早歩きは苦手なくせに走り出すと限界近くまで頑張ってしまう自分はやはり体に良くないことをしていることを再認識する。

お昼は息子にお薦めニューを聞いていたので、久しぶりの学食を楽しみにしていたのだが、文化祭の模擬店が予定されていたためか、本日はお休み。そして肝心の模擬店は台風のために中止とのことで、学校近くの飲食店に食べにいく羽目になってしまった。

午後は体育館で体験クライミングの実習である。体育の授業でクライミングもあるとのことで2面のルート壁、2面のボルダー壁の立派なものである。

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参加者は20名くらいだったが、経験者は自分一人のようで、デモンストレーターをやらされてしまった。最初は低い壁でロープなしでのボルダリングであったが、最後は希望者だけがロープをつけて行けるところまで行くことになり、まずは私が見本を見せることに。

トップロープ(上の支点からロープで確保されて登ること)で墜落の危険はないので中級ルートであるイレブン台を登って見たかったが、衆人環視の中で落ちるわけにはいかないので、絶対落ちないはずの10Cのグレード(初中級)を登る。ルートを登るのは久しぶりであるが、このくらいのグレードだと、昔とったなんとやらで、余裕をもって登り切れる。完登して下に降りると、皆さんの拍手を浴びて気恥ずかしい思いをしてしまう。

終了予定時間の3時となり、まだ登りたい人は登っていいとのことであったが、台風接近で天気がますます悪くなりそうなので、帰りは電車に乗って家路へと急いだ。

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2010年10月27日 (水)

日本縦断徒歩旅行は青森到達

宗谷岬を目指す徒歩旅行もいよいよ本州最北の青森県入りとなりました。
今回は十和田奥入瀬の温泉&紅葉狩りを兼ねて家内と一緒です。

一日目は夜行バスを鹿角花輪で下車し、ここから十和田湖行きのバスに乗り換えます。
十和田湖に直行する家内と別れて、前回の終点である十和田南で下車し、そこから歩き始める。単調な自動車道路で夜行による睡眠不足も加わって睡魔に襲われながら歩く。
やがて発荷峠への登りにさしかかると、チラホラと木々は色づき、ミニ奥入瀬とでも言うべき景観も眺められて多少は気が紛れる。

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発荷峠に登りつめると前方には十和田湖が見えてくる。十和田奥入瀬はこれで3回目だが、この時期は初めてなので、今までには味わったことがない素晴らしい眺めを満喫できた。

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発荷峠から道路は大きく西に迂回して遠回りになるので、沢沿いに強引に降りられないかと見回したが、結局は下降点が見つけられずに道路を湖まで降りてしまった。
最初は発荷峠から先は青森県になるのかと思い、本州最北県境の写真を撮ろうと思っていたが、湖まで降りてもまだ秋田県であった。実際は、今夜宿泊する休屋の手前に県境があったのだが、先に宿に入っている家内から迎えに行くとの連絡があったので遠くばかりを見ていたことと(実際には道に迷ったとのことで迎えに来なかったのであるが)、暗くなってきたこととあわさって、県境を見落としてしまい惜しいことをしてしまった。

休屋について、今夜泊まる国民宿舎までの道を家内に電話でナビゲートしてもらうが、優秀なナビゲーターのためにあちことを無駄に歩かされてしまった。
国民宿舎に泊まるのは数十年ぶりで、たまたま十和田湖温泉で検索したら最初にヒットしたので申し込んだだけだが、バブルの頃は人気低迷気味と聞いていたにもかかわらず、昨今の経済事情を反映してかえらい盛況であった。

翌日は子の口でバスを下車する家内と合流するので、1時間半ほどジョギングで先行する。子の口からは今回のハイライトである紅葉の奥入瀬探訪である。昨日は日曜で天気もまずまずだったので、もの凄い人出だったらしいが、雨が予想される今日も結構な人出である。奥入瀬の紅葉は期待したほどではなかったが、天気がもってくれたことがせめてもの救いであった。

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約9キロ歩いて白ケ戸に着く。遊歩道はさらに5キロ先の焼山まで続くが、ほとんどの人はここからバスに乗ってしまうようである。家内もここからバスに乗って酸ヶ湯に向かうので、一人徒歩の旅を続ける。

焼山まで高さ100メートル下降してから笠松峠へ高度差800メートルの登りにかかるが、ピッチがはかどらず、300メートル登って蔦温泉に着いたのは16時。これからさらに500メートル登るとなると夕食の時間にはとても間に合いそうもない。酸ヶ湯温泉にいる家内に電話するが、圏外でつながらない。やむをえず、最終のバスに乗って酸ヶ湯まで行き、やり残した部分は明日の朝片づけることにする。

酸ヶ湯温泉の千人風呂は混浴で有名なところである(下の写真は風呂で撮影するわけにもいかないのでHPから無断転載したものである)。

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家内は女性専用時間に入るとのことだったので、夕食前に一風呂浴びて冷えた体を温める。残念ながら?、私が入っている時は男性ばかりであった。

翌朝は小雪が舞っていたが、朝食後に蔦温泉に向けて出発する。ところが、なにを間違えたか反対側の青森方面に下ってしまう。途中で気付いて戻るが、3時間を予定したうち40分をロスしてしまい、予定していた戻りのバスに乗れるかどうかは怪しくなり、日本縦断計画も途切れてしまうかと落胆してしまう。しかし、もう一度計算してみると、下りで頑張ればぎりぎり間に合いそうな気もしてきた。結果はともかくやるだけやってみようと、笠松峠に向かって高度差160メートルの登りを走り出す。やがて傾斜は落ちて平らになってくるが、一向に峠の標識は見えてこない。少々あせるが、ようやく峠の標識が見え、ここからは標高差500メートルの下りになる。

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峠付近は雪景色であったが、次第に紅葉が見事になってくる。頑張った甲斐があって発車5分前に蔦温泉に到着、あたりは紅葉真っ盛りである。

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バスで酸ヶ湯まで戻り、ここからは青森目指して再び歩き出す。今度はそんなに急がなくてもよいのだが、気が緩んでしまったのかペースが大幅に落ちてしまう。雪はますます激しくなり、道の両側はすっかり雪景色である。

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雪まみれになって走る人を見て哀れに思ったのか、車に乗っていけと何度もさそわれるが、そのたびに丁重に辞退する。ただ薄着だったので寒さがこたえて、ますますペースが落ちてしまう。これではいけないと気を取り直してペースを上げて、夕方にはようやくむつ湾が臨める台地に辿り着く。

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奥の細道の北端である中尊寺を目指して千住を出発してから1年数カ月を経、途中で目標が日本縦断徒歩旅行へとエスカレートしたが、とうとう本州最果ての海まで達しようかという感激でいっぱいになった。こっから一気にいきたいというところであるが、実際は青森駅まで霰にたたかれながらの長い長い道のりであった。

青森駅では家内と合流し、駅の近くの温泉で体を温めてから駅前で郷土料理に舌鼓を打った後、達成感をいだきながら帰りの夜行バスに乗り込んだ。

今回までで踏破した行程は以下のとおりである(街道歩きや自転車での日本海岸線一周計画を含む)。

Japanmap

次回は年が明けてからの北海道シリーズである。冬の北海道は今までとはくらべものにならないほどの厳しさが待ちかまえているだろうと思うと、身が引き締まってくるが、それだけに宗谷岬まで到達した時の喜びは今回の青森到達よりもはるかに大きいものとなるであろう。

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2010年10月18日 (月)

紅葉の苗場山行+三国峠越えツーリング

紅葉の苗場山+三国峠越えツーリングに行ってきました。
越後湯沢を朝八時半くらいに出発、途中2箇所のトンネルが狭くて危険とネットに書いてあったのでどうしたものかと思っていたところ、トンネル出前で抜き去って行った自転車が巻き道に進路を取ったので、そんなものかと私もトンネルはバスする。巻き道は100M近くも登るのでかなりの遠回りとなってしまった。次のトンネルも巻き道はあるのだが、見たところ危険なようでもなかったので、トンネルに突っ込む。さほど怖い思いもせずにトンネルを抜けて、しばらく行って元橋を過ぎた先で右折して苗場山方面の道に入る。すぐに舗装がなくなり砂利道になる。ロードレーサーではパンクが心配になるところだが、今日はマウンテンバイクなので大丈夫でしょう。
しばらく行くとゲートがあって車がたくさん駐車していたが、道自体はまだ先まで続いているので、そのまま進んでいくと登山口に着く。そこに自転車をデポして、ここからは登山者に変身する。

Photo 右奥が私の自転車。左の橋を渡ると登山路

秘湯中の秘湯である赤湯には3時頃に着く。今日は無理だが帰りには一風呂浴びたいものだと、その時は思った。
赤湯から苗場山への道は2つあるが、ポピュラーな昌次新道を行くこととし、赤倉山コースは帰りに行くことにする。登りだすと、おりてくる登山者何人かにあったが、こんな時間にのぼりだすのて変な目見られてしまった。七合目の先で暗くなってきたので簡易テントを張る。前回の失敗に懲りて張り綱を余分に持ってきたので、比較的快適に夜を過ごすことができた。

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次の日は早出するつもりだったが、出発したのは明るくなってからななってしまった。二時間ばかり歩いて頂上に近づくと、草紅葉の中に池塘が点在する期待どおりの景観が待っていてくれた。

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さすがに100名山だけあって、すごい登山者の数である。

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私にとっては73個目の100名山登頂である。別に100名山を目指して登っているわけではなく、好きな山をあちこち登っているうちに数が増えていっただけである。それに100名山にも入っている知床や日高の山域はヒグマの生息地でもあり絶対に行きたくないので、100名山全山制覇などははなから考えていない。

頂上下の分岐点から赤倉山方面に進路を取ると、途端に人に会わなくなる。赤倉山には12時過ぎに到着する。時間があれば佐武流山往復も考えていたが、この時間では無理なので赤湯目指して急な尾根を下降する。途中一部道が不明確なところもあったが、誰にも会わずに静かな山行が楽しめた。また山頂付近の紅葉は終わっていたが、中腹付近は今が盛りであった。天気が今ひとつだったので、紅葉が映えなかったのは残念である。

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赤湯には2時半頃に着いた。一風呂浴びたいところであるが、時間的にはちょっときつい。カラスの行水程度なら可能であるが、道路まではまだ1時間以上歩かなければならず、また汗をかくことになるので入浴はあきらめて下山する。

Photo_6 赤湯と清津峡

自転車のデポ地には4時過ぎに到着。2日間も放置するのは初めてなので、イタズラされてパンクでもさせられてないか心配だった。予備のチューブや修理工具は持参してあるのだが、それが入っているサイドバッグごと持っていかれたら万事休すである。すぐに自転車のところに行ってタイヤを確認するとなにも問題はなかったので一安心。そこから砂利道を降りてゲートまで来ると、行きにはたくさん駐車してあった車もすべて帰った後であった。1時間くらい林道を下る途中で暗くなったのでライトをつけて進むと国道17号線に合流し、最後の難関である三国峠を目指して緩やかな坂を登っていく。この時間では峠そのものを越えるのは無理なのでトンネルを通っていく。

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ネットでは二度と走りたくない所と書かれていたが、この時間となると交通量も少なく、たまに後続の車が近づいてきた時は、徐行して壁際に寄ってやりすごせばいいだけなので、全く問題はなかった。トンネルから先は緩やかな下り坂が延々と続き、快適なダウンヒルを楽しんで20時過ぎに沼田駅に到着することができた。

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2010年10月15日 (金)

久しぶりの御岳ボルダー

今日はヒマだったので久しぶりに御岳ボルダーに行ってみる。数年前にトライし続けていい感じまで行ったのに、指に豆ができて断念したマミ岩SD2級の課題にさわってみたくなったからである。

今にも雨がふりそうな天気だし、平日だから超人気の「忍者返しの岩」以外には誰もいないと思ったら、お目当てのマミ岩は講習会でもやっているのか10人以上の団体さんに占拠されている。

やむをえず、近くの「遊歩道沿いの岩」でトラバース課題をやることにする。

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これはこれで結構面白いのだが、手が切れるような岩のため、指が痛くなって長くはやっていられない。しばし、休憩しながら多摩川の流れを眺めていると、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」という鴨長明の方丈記の有名な一節が思いだされて、いろいろと物思いに耽ったりしてしまう。

考えてみれば多摩川というのは自分にとっては本当に故郷の川そのものだという気がしてならない。この水系の水を毎日飲んでいるというだけでなく、この川の南側を走る奥多摩縦走路を24時間以内で走破する「日本山岳耐久レース」や川に沿って北側の青梅街道を舞台とする「青梅マラソン」や「奥多摩渓谷駅伝」にも何度も出場したりもして、本当に親しみのある川である。この川の河口から源流までも細切れながらも踏破したこともある(大部分はランニングで)。観光客以外でこの川に来る人はボルダラー(大岩登りをする人)以外にはカヌーと釣りをする人だが、後2者はまだやったことがないので、機会があったらやってみたいものである(多摩川をより深く知るために)。

しばらくするとマミ岩が空いたようなので、移動してお目当ての課題に取り組む。ムーブはわかっているのだが、以前は保持できたホールドが全くつかめない。ここ数年、ほとんどボルダリングをやってこなかったので、やはり力がおちてしまったことを思い知らされました。

この後は真面目に課題に取り組む気も失せ見物だけと決めて、以前足繁く通った「デッドエンドの岩」にも足を伸ばしてみる。

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「忍者返しの岩」に次ぐ人気スポットだが、誰も取り付いていない!見るだけのつもりが、急に気が変わって1級の課題にトライすることになってしまった。クライミングシューズに履き替えて、いざ取り付いたものの、全然だめであった。全くトレーニングなしで登れるような甘い課題ではなかった。

後はのんびりと川沿いの遊歩道を駅まで戻ることにする。全く成果のあがらない一日で以前なら落ち込んでしまうところでしたが、今はクライミングに対する情熱も以前ほどはなくなってしまったので、岩に触れただけで満足が得られるようになってしまいました。これは果たして成長なのでしょうか、はたまた堕落なのでしょうか

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2010年10月11日 (月)

伊豆半島に向かう

日本の海岸一周自転車の旅も北は福島南部で足踏みしてますが、西は小田原までしか連続していないので、秋晴れの(というよりも夏が戻ったような)一日を小田原から伊東の先まで行ってきました。

Photo 神奈川県小田原市城内 ~ 静岡県伊東市湯川3丁目 距離73km

海岸線を踏破するのが目的なので、真鶴岬は先端まで行ってきました(下の写真)

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熱海海岸は特にどうということもありませんが、一応観光名所を撮っておきました。

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下の写真は一見、ワイキキにも見えますが、熱海海岸です。

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熱海から先は結構アップダウンもありトンネルもいくつか出てきます。トンネルは後続の車の音に怯えて好きでありませんが、網代のトンネルではたまたま、廃道同様の旧道があったので、トンネルを避けて海岸沿いに走っていたら、海の色がコバルトブルーで素晴らしかったので写真を撮ってみました(写りは今ひとつですが)。

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伊東から先は海岸沿いに富戸まで行こうと思ったのですが、川奈の先で行き止まりとなっていたのでやむをえず引き返しました。

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時間があれば富戸の海岸でクライミングとも思って最小限のクライミングギアも持ってこたのですが、タイムオーバーとなってしまいましたので、今日はここまでとしました。

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2010年10月 6日 (水)

久しぶりの織田フィールド

今日は代々木公園の近くに仕事で出かけましたので、1年ぶりに織田フィールドで走りました。都心では珍しい無料で使える本格的な陸上競技場です。以前はよく出かけて1000メートル7本といったスピードトレーニングをやったものですが、最近はゆっくり走るのに慣れてしまい、スピードトレーニングからは足が遠のいてしまいました。

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走り始めたのは6時前だったので、練習しているランナーも学生が大半で、みんな飛ばして走っていましたので、自分もそれにつられて、いつになくスピードが出て走れました。最初は20キロ近く走るつもりでしたが、今日は息子の誕生日であることを思い出して10キロちょっとで切り上げました。その代わり、自分としてはスピードを出して走れましたので、それなりの練習の効果はあったと思います。

走り終わったときはもう暗くなっていましたが、ここはナイター設備もあるのがうれしいところです。今月は代々木公園方面にまだ数回用事があるので、また走ってみようと思います。

Photo_2 ナイター(実際はもう少し明るいのですが)

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2010年10月 4日 (月)

築地界隈

仕事で月1回は築地に行っていますが、今まではどこにも寄らずに帰っていたものを、今回は近くを散策してみることにしました。

まずは本願寺に出かけてみる。他の寺院とは違ったインド風の建築である。なんでも関東大震災直後の火災で焼失したものを、シルクロード探検で有名な大谷探検隊を組織した当時の法王である大谷光瑞が再建したものだそうだ。我が家も今こそは無信仰だが親の代までは浄土真宗の寺の檀家であったので、全く縁がないというわけでもない。

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次に向かったのは、移転問題で大きく揺れている築地市場である。まずは場外の海産物関係の店を見てまわる。私は今回が初めてですが、母が生きていた頃は年末にはよく買い出しに出かけていたことを思い出したりしました。

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続いて場内へ行くが、この時間帯は閑散としていました。セリで活気のある時間帯にも来てみたいものです。

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場内の一角には飲食店が建ち並んでいるところがあり、いくつかの店には長い行列ができていました。そのうちの最も行列が長い寿司屋(下の写真の「寿司大」)に並ぶことにしました。

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待つこと1時間半でようやく店内へ入れました。さすがに長く待つだけのことはある美味しいお寿司をいただきました(おまかせコースで3900円)。とはいうものの、もう一度並んでみようとは思いませんが、それほど混んでいない店もたくさんあるようなので、次回は別の店にも行ってみようと思います。

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2010年10月 3日 (日)

三ツ峠中央カンテ

30数年ぶりに三ツ峠の中央カンテに行ってきました。

何回も登ったことのあるルートなのに、以前の記憶とルートが一致しません。以前はカンテを回り込むところが核心だった記憶があるのですが、今日は以前には登った記憶がないクラックが核心となっていました。トポにもクラックの記載があり、ルートを間違えたとは思えないのですが、30数年前とはルートが変わってしまったのでしょうか?誰か教えて!

それはともかくとして、心地よいスリルがある楽しいクライミングでした。

Photo_5 中央カンテ終了点にて

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2010年10月 2日 (土)

隣町の寺社探訪

隣町の高円寺にはお寺がいっぱいあるのを以前から不思議だなと思っていたのだが、調べてみると全部が昔からあったわけではなく、その多くは東京(江戸)の中心から移転してきたものらしい。機会があったら一度、お寺巡りをしようと思いつつ果たせなかでいたが、今日はたまたま午前中だけ時間が空いていたので、出かけてみることにした。ただし、10いくつもあって歩いていくと時間がかかりすぎるので、ママチャリで行くことにした。

前を通ったことがある寺が多かったが、境内に入るのは初めてである。普段は信仰心などないのだが、こうやって静かな境内にいると心が洗われるような気分になるから不思議なものである。

Cimg0040 町の名前にもなっている高円寺

いやに年寄りじみた趣味となってしまったが、今年は大台を超えてしまい、「お迎え」が来るのも、そう遠い将来のことではなくなったからであろうか

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2010年10月 1日 (金)

久しぶりの皇居ランニング

午前中に日比谷公園近くの某法律事務所で打合せがあったので、その帰りに約半年振りの皇居ランニングをしてきました。

神保町のランナー専用の施設で着替えて、竹橋から反時計回りにスタート。ここからはちょっとした登り坂があってコースの難所である。

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元気な時はなんということもない緩い坂なのだが、何周もして疲れてくると、けっこうきついところである。そこからはしばらくは平坦な道を行き、千鳥ヶ淵交差点手前から下りとなるが、50メートルくらいの距離なのだが、道がせまくなっている。最近、我が者顔で走るランナーに対して歩行者から苦情が出ていて何らかの規制がされるのではないかということを聞いているが、このあたりは特に歩行者とのトラブルが生じやすいと思われる。

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交差点を左に曲がって緩い坂を登り切って半蔵門に着くと、そこからは桜田門方面に向かって一気に下っていき、快適に飛ばしていける。またここからはお堀の先にビル街の展望が大きく開けてとても気持ちのよいところである。特に夜走ると夜景が素晴らしく、何回走っても感動してしまう。

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坂を一気に下っていくと、やがて前方には桜田門の外壁が見えてくるのだが、桜田門まではけっこう距離があってなかなか近づかず、いらいらするところでもある。

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桜田門をくぐると、走り終わったランナーやこれから走ろうとするランナーが何人かはいてけっこう賑わうのだが、今日はなにかのイベントがあったのか1週目のときは立入禁止だったので(2週目からはOKだったが)内堀通り経由で迂回して、いつもと違った閑散とした桜田門広場の写真をとった。

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上の写真の広場は駅伝のスタート地点にもなっていて、駅伝終了後はビニールを敷いて宴会をよくやったものである。いつもは飲食禁止の場所なのだが、駅伝の時だけは皇宮警察も大目にみてくれたようである。ここを過ぎて東京駅を横に見ながら進むと、前方に毎日新聞社の社屋が現れると、スタートした竹橋は間近となってくる。竹橋のちょっと手前には東京都の木である「そめいよしの」の絵が歩道に埋め込まれている。

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各都道府県の木の絵が一定間隔に埋め込まれているもので、走りながらもけっこう楽しませてくれるものである。

さてこれで1週約5キロは終わりであるが、今日は4週20キロを走るつもりでいたものの、久しぶりということもあり、3週目でよれよれとなってしまい、15キロで終わってしまいました。

11月下旬の大田原マラソンまで約1カ月半しかなく、今の状態では4時間以内で完走するのはかなり厳しいかもしれないが、トレーニングの密度を上げて、なんとか本番までには間に合わせたい。

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