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2010年11月22日 (月)

利根川踏破

利根川河口の銚子から中流の新前橋までを2日間で自転車で行ってきました。
新前橋から上流の矢木沢ダムまでは8月に行っており、さらに源流は30年以上前に登っているので(本谷ではなく水長沢ですが、一応稜線まで行っています)、利根川踏破が達成できました。

今回は利根川踏破の外にも、二人の偉大な先覚者の史跡を訪ねるという目的も兼ねています。
一人目は50歳(現在では70歳くらいに相当か)を過ぎてから、日本全国を測量した伊能忠敬で、彼にゆかりのある千葉県の佐原にある伊能忠敬記念館を訪問しました。
二人目は日本最初の反公害闘争に取り組んだ田中正造で、足尾鉱毒事件に関するいくつかの史跡を巡りました。

今回は途中でテント泊りするので、一日目は夜遅くまで行動しても構わないという気の緩みから寝過ごしてしまう。
予定の電車には乗れなかったものの、自転車を輪行する時には敬遠している快速の乗り継ぎをやむを得ず行ったお陰で、当初の時間どおりに千葉駅に到着する。
早速、銚子行きの電車に乗るべく7番線に移動するが、電車の姿が見あたらない。
ところが、ホームのアナウンスでは「7番線の電車は間もなく発車します」と連呼しており、一瞬狐につままれたような気持ちになる。
その時、はっと気付いて後ろの方を振り返ると、なんとホームの端の方に止まっている電車が発車しようとしているところで、万事休すである。
結局次ぎの電車に乗って行ったが、銚子に着いたのは予定より1時間遅れの11時過ぎであった。

犬吠埼には今年の初日を見に行っているが、銚子港にはまだ行ったことがないので、「河口から源流まで」を目指す以上は銚子港まで往復しないわけにはいかない。

Photo 銚子港

銚子港往復後、利根川を上流に向かう。本来は川沿いに行くべきだが、それだと佐原を通り過ぎてしまって、伊能忠敬記念館を見落とすことになりかねないので、幹線道路を行くことにする。
佐原には3時間くらいで着いたが、記念館の場所がわからず、右往左往してようやく見つける。
記念館の周囲は昔の街並を残していて、映画のセットのようだ。週末のため観光客で賑わっている。

Photo_2

Photo_3

肝心の記念館の展示の方は、映画「子午線の夢」や忠敬関係の文献で知っていることがほとんどで、目新しいものはなかったが、忠敬の足跡を追って、日本列島の海岸線踏破を目指している者にとっては、記念館は「聖地」のようなもので、一度は訪れておかなければならないところであった。

見学後にコンビニでパンを買い、利根川の流れを見ながら遅い昼食をとってから、堤防の上の道を上流に向かう。
しばらく進むと、太陽は行く手の正面に沈んで行き、夜のとばりが降りてくる。
それまではずっと川の南側を進んでいたが、気が変わって北側に移ったのが大失敗で、分岐している小貝川の方に行ってしまい、時間をロスしてしまう。
そこで今度は南側に戻ったのであるが、サイクリングロードを進んでいたら、知らない間に利根川を離れて、江戸川に出てしまう。
その昔は利根川は江戸川の方に流れていたのを、江戸時代に掘削して今の流れに変えたということを学校で習ったが(実際はもう少し複雑な経緯を辿っているようであるが)、それは兎も角、江戸川は利根川に合流するので、この際は利根川に戻らずに、そのまま江戸川を上流に向かうことにする。
ただ、その時は合流点は近いのだろうと早合点していたが、江戸川と利根川はずっと平行して流れているので、合流点はまだ30キロ以上先の方であった。
辛抱を重ねて合流点まで進み、新幹線と在来線のガードをくぐると、ようやく栃木県に入る。
そこから渡良瀬遊水池近くまでやってきた時にはなんと12時を回っていた。さっそく近くの公園にテントを張り、一人で酒盛りをしてから寝袋に入る。

一眠りしたと思ったら、東武線の始発電車の接近を知らせる踏切の警報で目が覚めてしまう。
すぐにテントを撤収して出発するが、しばらくは利根川を離れて、足尾鉱毒事件の史跡めぐりに出かける。
まずは渡良瀬遊水池である。ここは鉱毒の被害にあった谷中村があったところであるが、鉱毒を沈殿させて下流に被害を及ぼさせないためと、谷中村民の反公害運動を抑えるために、谷中村を廃村化させて、広大な遊水池を作ってしまったところである。
今は観光地となっていて、早朝には写真を取りに来る人が大勢いましたが、彼らのうちの何人が、この遊水池の悲惨な過去を知っているのであろうか

Photo_4 渡良瀬遊水池

田中正造は当初は国会議員として公害問題について政府を追及したが、一向に埒があかないので議員を辞職し、命をかけて天皇直訴にまで及ぶが、結局は強大な権力の前では無力な存在に過ぎず、最後は着の身着のままで行き倒れのような状態で息を引き取ってしまうことになる。
彼の終焉の地と墓を訪ねてから、利根川に戻ることにする。

Photo_5

Photo_6

利根川の手前に川俣事件記念碑があるので立ち寄ってみる。
鉱毒の被害にあった村民たちが国会に請願に向かう途中で警官隊に襲われた惨事の場所である。
実は、仕事の関係でこの近くに来た時に一度訪れたことはあるのだが、記憶が定かではないので、もう一度訪れることにしたものである。

Photo_7

利根川に戻ってからは、ほとんどが堤防の上を新前橋目指して進んで行く。途中大勢の自転車に抜かれていくが、マイペースを守っていく。
数時間走って、ようやく前回8月にスタートした地点までたどり着き、しばらくは見ることもないであろう利根川に別れを告げて新前橋の駅に向かう。

Photo_8

多摩川、荒川に次ぐ3本目の大河の踏破はこうして終わった。
次は信濃川、大井川、富士川、木曽川などを順次踏破していきたい。

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