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2010年12月

2010年12月25日 (土)

隅田川ランニング

神保町での仕事が3時頃に終わったので、近くにある皇居ランナー御用達のランナーズステーションで着替えて、荷物もロッカーに入れてランニングに出発。といっても、今日は皇居を走るわけではなく、前回走り残した隅田川の下流部を走るために、まずは地下鉄で町屋に直行し、そこから京成線沿いに走って隅田川に合流してリバー・ランニングを開始。前回は工場地帯で殺風景でしたが、今回は観光地めぐりをしているような楽しいランニングでした。まずは白髭橋あたりからのスカイツリーの眺めが目を楽しませてくれます。川面にはシーズンオフなんでしょうが、屋形船もたくさん繋留されています。

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次に見えてくる橋は言問橋です。在原業平の「名にし負はば いざこと問はむ都鳥」で知られている橋です。ここまでくるとスカイツリーも随分大きく見えてきます。

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その次に見えてくるのが浅草を代表する景観、そうあれです。

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これって、あれ以外には想像できないですよね。間もなく右手の方には雷門も見えてきて、ランナーズ・ハイどころか、気分はほとんど、お上りさんの東京見物です。川沿いには桜の木が並んでいて、春に来れば、まさしく♪はる~のうら~ら~の気分でしょうね。

両国橋付近まで来ると、あたりは暗くなってきましたが、夜景の隅田川の眺めは最高です。あちこちの川を走ってきましたが、こんなに楽しい川走りは初めてです。佃の大橋を過ぎて勝鬨橋まで来ると、その先は築地市場となっていて川沿いには通れません。本当の東京湾に注ぐ河口は少し先ですが、一応ここで終了ということにしました。

最近は川走りをよくやり、以前に走ったものや、自転車で行ったものを含めれば、都内の川は江戸川、荒川、隅田川(支流の神田川、石神井川とも)、玉川上水、多摩川とほとんどを行きましたが、やはり隅田川が最高です。春になったら、もう1回走ってみたいと思いました。

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2010年12月19日 (日)

秩父困民党の足跡を辿る

秩父事件に関心を持つようになったのは学生時代である。丁度、山登りを始めた頃であるが、金がなかったので、近場の奥多摩や奥秩父ばかり登りながら関連文献を読んでいると、昔この辺りで世間を震撼させる大事件が起きたことを知った。それが秩父事件である。その後は、事件を扱った映画「草の乱」を劇場では見る機会を逸してDVDで見たりしたが、いつしか決起から敗走に至る彼らの足跡を辿ってみたいと思うようになった。

Photo 黒線が困民党の足跡、赤線が第1回、青線が第2回、ピンク線が第3回のトレース経路、P点は以下の写真をとった場所

最初にトライしたのは盛夏だった。まずは秩父駅近くの羊山公園に事件の慰霊碑があるとのことで探したがわからずじまい、次に事件の首謀者である田代栄助の墓を探したが、これも不明。どうも秩父市民にとっては、一部の人を除き、事件は忌まわしいものとして触れられたくないことのようである。それでは椋神社で決起してから大宮郷を襲撃したコースを反対から辿ろうと峠に差し掛かったら後輪がパンク、久しぶりのチューブ交換に手間取ってしまい、時間切れで椋神社で断念して、杉並の我が家まで自転車で帰ることにした。

Photo_2 困民党が決起した椋神社

翌月、まだ暑さが残っている時期にまたやってきました。ただ前回と同じコースを辿ってもつまらないので、寄居にあるという事件の記念碑を見てから、次には彼らが秩父を制圧してから東京から来た憲兵隊と激突して敗れた粥田峠を通って秩父に入ろうとしたところ、またもや記念碑がわからず、粥田峠の道も見失って、それよりも南の峠を越えて秩父に入ることになってしまった。秩父までは3時間もかかってしまい、前途に不安が残るが、とにかく先を急ぐことにする。
志賀坂峠の登りに喘ぎながらようやく群馬県側に入る。上野村のふれあいセンターに着いたときはもう4時となってしまい、今から標高差800メートルの十国峠を越えるのは無理と判断して下仁田方面にエスケープすることにした。

年も押し詰まってきて、年内中に済ませておきたいということで3回目のトライをすることになりました。
前回エスケープした上野村までは下仁田からが一番近いが、それだと距離が短すぎるので、信越線の磯部駅からスタートする。
しばらく進むと、後方には雪の浅間山、前方には岩の妙義山が見えてきて、そのコントラストが見事である。

Photo_3 妙義山と浅間山

このあたりは道がわかりにくいのであるが、最近、携帯を買い替えてGPS機能付きにしたので、迷わずに済んで快調である。
下仁田を過ぎ、上野村までは400メートルの登りである。最後の200メートルの登りは長さ3200メートルのトンネルの中だが、後方から車に気を使って神経が疲れる。
上野村のふれあいセンターで食事をしながら、冷え切った体を温めた後、十国峠を目指して800メートルの登りである。

Photo_4 上野村ふれあいセンター

来週からこの道も通行止めになるそうで、ほとんど車も通らないし、もちろん人家もない寂しい道である。
高度計付きの時計をしているので、後なんメートルで峠だということがわかるのが救いである。
2時間ばかり登って、道が緩やかな下りになったので峠を越えたと思ったのはぬか喜びで、その先にまだ登りがあり、一頑張りすると本当の峠に着きました。

Photo_5

峠には上の写真のような展望台もあるが、この時期は誰もおらず静まりかえっている。
寒いので、休憩もそこそこに佐久側に下降する。
下りを一気に飛ばしたいところだが、所々に雪が残っているため、安全運転で慎重に下っていく。
それでも1時間ちょっとで下の国道に降りられ、コンビニでおでんを買って、冷え切った体を中から暖める。
駅はすぐそばにあるのだが、ここまで来たからには、秩父困民党が最後の戦いで敗れて全滅した東馬流を目指して、8キロばかり南下する。
馬流の戦死者の墓で黙とうして、困民党を辿る旅は完結した。

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松方デフレ財政により生糸が暴落して困窮した養蚕農家が中心となって、「恐れ多くも天朝様に敵対する・・・」と言って決起した秩父事件であるが、時の最高権力に向かって戦いを挑んだという点が従来の農民一揆や打ち壊しなどとは大きく異なっている。それは自由民権運動の影響により、民衆に主権があるという自覚があったことに起因していると思われる。
ただ彼らの限界は秩父を制圧した後の戦略を持っていなかったことである。他の地域で同時に民衆蜂起が起きることにも期待したが、それは単なる願望にすぎず、具体的な連携を伴ったものではなかった。
そのような限界はあったにしても、彼らの行動は日本の民衆史に燦然と輝き、いつまでも語り継がれていくことであろう。

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2010年12月12日 (日)

関東外周県境尾根踏破(荒船山周辺)

30年以上かけて関東外周県境尾根踏破を目指しているが、実際に踏破しているのは以下の実線部分だけである。

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今回は上図の荒船山周辺に行ってきました。荒船山はクレヨンしんちゃんの作者が遭難した場所として一躍有名になった所であるが、自分にとっても因縁の山で2年くらい前から何度かこの山を目指しながら、途中で断念したり、道を間違えたりしたりしていまだに山頂に立っていないので、今回はぜひとも山頂に立ちたいものである。

日本海低気圧の接近で一時的な悪天を覚悟していたが、現地は朝からいい天気である。荒船山の頂上直下の軍艦を思わせる岩壁も遠くからでもはっきりと見える。

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荒船山は人気のある山だけに登山者がいっぱいであったが、内山峠に車を停めて往復するらしく、私のように下から登ってくる人はおらず、展望台に着いた時には皆下山した後であった。展望台からの眺めは素晴らしかったが、あまり端っこみ行くと、クレヨンしんちゃんの作者みたいに岩壁をダイビングしてしまうので要注意である。

Photo_3

荒船山まで思ったより時間がかかってしまったので、今日は少し先の星尾峠の手前にテントを張ることにした。

翌日は昨日とうって変わって誰にも会わない静かな山行となる。ただ田口峠までは道はしっかりしているので問題はない。とはいうものの、田口峠までも結構時間がかかり、峠に降り立ったのは10時半となってしまった。ここから先の余地峠までは道はなくヤブ漕ぎの連続で、途中で下山する道もなく、記録によると8時間強かかっている。

Photo_4

ということで、今回は余地峠まで行くことをあきらめ、田口峠から単調な林道歩きで勧能バス停まで降りることにした。3時間以上はかかることを覚悟していたが、2時間強歩いた所で地元の人が車に乗せてくれたので、助かりました。

今回も行程はたいして捗らず、完全踏破までまだ先は長いですが、焦らずに少しづつ進んでいこう。

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2010年12月 6日 (月)

伊豆半島一周

伊豆半島一周は以前から行きたかったが、一日では行けないのでどうしたものかと思っていたところ、JR東日本のウィークエンドパスが今秋から伊豆急も利用できることとなり、これならば途中で泊まらずに行けるので、早速出かけることにした。

1日目

行程の都合上、伊豆高原から下田までとなるが、これだと一日としては短すぎる。そこで城ヶ崎でクライミングも楽しもうと、若干のギアもザックに積めて行く。
のんびり過ぎて寝坊してしまう。クライミングに充てる時間があまりなくなりそうだがやむを得ない。
何度も来ている伊豆高原なのに海に降りる道に迷ってしまう。ようやく橋立への分岐点まで降りて自転車をデポして、すぐ先の「かさご」の岩場に向かう。
海にそそり立つ岩場には支点となるような適当な木が見当たらない。そこでやむを得ず、二ヶ所の岩のでっ張りにスリングをかけ、ロープを垂らして下に降りる。10メートル程度の岩壁だが、眞下から見上げると威圧的である。墜落防止用のユマールをセットして登って行く。

Photo_4 岩壁を見下ろす

Photo_5ユマールで確保

クライミング自体は簡単で、もう少し登り甲斐のあるルートでもと思ったが、時間がないので自転車の所に戻る。
下田への道は概ね快適である。途中、北川温泉、河津といった懐かしい場所を通って、下田には予定時間ぎりぎりでなんとかたどり着いた。

2日目

今日は長丁場なので、昨日よりも二時間も早く暗いうちから出かける。
下田には10時に到着。下田漁港に寄ってから石廊崎に向かう。
石廊崎では途中に自転車をデポして、歩いて灯台まで登る。真っ青な空と海に白い灯台が映えて見事である。

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石廊崎からは西伊豆を目指して北上するが、アップダウンが激しくてなかなか行程が捗らない。波勝崎の分岐点も、時間的に無理と判断して、そのまま直進する。

Photo_7 西伊豆の海と富士山

松崎には3時前に着き、コンビニで遅い昼食をとる。ここでこれからの行程を検討するが、この調子では何時に沼津に着くかわからないと少々焦りを感じたものの、ここまで来たら前進するしかないと腹を決める。その後もアップダウンを繰り返しながら進んで行くと、途中で日没を迎える。

Photo_8 西伊豆からの夕日

土肥に着いた時は5時過ぎで真っ暗になってしまう。ここで道は左右に分かれる。左は当初予定の海岸沿いの道、右は修善寺方面の道である。右は峠越えもあって遠回りではあるが、いざとなったら修善寺線に乗って帰ることもできる。左に行って、パンク等のトラブルが生じたら、暗闇の中では万事休すである。どうしたものかと思案していたが、たとえトラブルにあっても、自転車を押して夜通し歩けば沼津まで辿り着けるであろうと考えたら気が楽になり、当初予定どおり海沿いの道を行くことにする。

海沿いの道と言っても相変わらずアップダウンが続くが、夜間にこちらの道を通る車はほとんどなく、後ろからの車に神経を使わなくていいのが救いであった。道路沿いには沼津からの距離が200メートル毎に表示されるので、精神的には楽であったし、駿河湾を隔てて見える静岡方面の灯りにも元気づけられた。

やがて伊豆市方面からの国道と合流すると、車が急に多くなり、また神経を使わされるようになる。だが、それも暫くの事で、まもなく沼津駅に到着し、なんとか最終電車にも乗れて帰宅することができた。

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2010年12月 4日 (土)

第3回秩父巡礼+秩父夜祭り

今回は秩父札所10番から23番までを回わるとともに秩父夜祭りの見物もしてきました。
朝家を出るときは激しい雨が降っていたが、横瀬に着いた時には雨はあがっていました。
今日の札所は秩父の中心地とその周辺にあるので、効率に回って行ける。途中のコンビニでは秩父からは遠いにもかかわらず隣が夜祭りの観光客の駐車場として準備されていて、いかに多くの見物客が来るかを物語っている。
札所13番は秩父中心地にあるので屋台の引き回しを見物する。京都の時代祭、高山祭りとならんで日本三大曳行祭りとされているそうであるが、なかなか勇壮なものである。
次の札所からは、次第に秩父中心街を離れて行くので、再び静かな巡礼を続けていくことができる。午前中に18番近くまで行き、午後は秩父郊外をぐるっと4分の1周することになる。最後の23番へはちょっとした登りである。音楽寺と名付けられているお寺からは秩父の町が一望である。音楽寺と言われるだけあって、庭の木にはそれぞれ関係ある歌の題名がふってある(例えば「さざんかの宿」)。

Photo 音楽寺からの秩父の街並み

今日の札所巡りの予定は終えたので、夜祭り見物に向かう。市中はものすごい人の波である。
屋台の曳行も夜になると一層迫力を増してくる。交差点で屋台を方向転換させるのが見ものらしい。太い柱を下に差し込んで、掛け声とともに屋台が回っていく様は一見の価値はある。曳行は深夜まで続くようであるが、少々飽きてきたので駅近くに移動し、食事の後に花火を見物する。花火というと夏のイメージだが、冬の夜空に映える花火もなかなかのものである。ただ長時間見ていると、さすがに寒くなってくるので、喫茶店に入ったところ運よく座れたので、喫茶店の窓ガラス越しに花火を見ながら、帰りの電車の時刻までの時間を潰した。

Photo_2

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