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2011年2月

2011年2月28日 (月)

日本縦断計画

仕事の方も概ね一段落が着きそうなので、来週からの道北徒歩旅行に向けての準備に取りかかり始めている。今回の目標である宗谷岬はあくまで北の端であって、最南端の佐田岬までの日本縦断徒歩踏破計画からすれば、まだまだ先は長いのであるが、それとは別の日本縦断計画も同時並行で進んでいる。

ひとつは下の地図の赤線で書いた日本海親不知から日本アルプスを縦走して大井川経由駿河湾までのコースである。これは40年近くの山歩きの成果ともいうべきものであるが、点線部分の約100キロの区間がもう7年近くも未踏のままとなっている。自転車を使えば1日で楽勝のコースであるが、ここまで全部2本の足だけで歩いてきているので、自転車を使うのは惜しい気がしてならない。歩いても3日あれば行けそうなので、その気になればいつでもできるのだが

もうひとつは下の地図の青線で書いた新潟から信濃川を遡り、三国峠を越えて荒川を東京湾まで下るといものである。荒川は既にジョギングで源流から河口まで踏破しているが、さすがに日本最長河川である信濃川を歩いて行く気はしないので、自転車で行かざるをえまい。これも3日あれば行けると思うので、宗谷岬までの踏破が終わり、この夏の海外のスケジュール(ロシア・中央アジア旅行と天山7千メートル峰登頂)も済んだら、前記のコースと併せて、ぼつぼつ取りかかっていこう。

Crossjapan

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2011年2月26日 (土)

東京マラソン前日

明日は東京マラソンだが、3年前に一度走っているので、今回も申込をしなかった。

今日は天気がいいので皇居ランニングには最適なのだが、1週間前の青梅マラソンのダメージからまだ回復してないので、どうしたものかと思っていたところ、東京マラソンのコースを自転車で走ってみることを思いついた。どうせやるなら、ハイレ=ゲブレセラシェの持つ世界記録2時間3分59秒を目指そう!?

一度走ったコースだし、レース前日だから、コースには案内表示も出ているだろうと、よく調べもせずに出発する。まずはスタート地点の都庁へGO!あれ、まだなんにも表示がないな

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ストップウォッチをセットしてスタートしたが、最初から道を間違える。靖国通りを行かなければいけないのに、1本北の大久保寄りの道を行ってしまい、前に走った時と全然印象の違う道なので頭が混乱してしまい右往左往して時間を浪費する。道を間違えたことには気付いたが、スタート地点まで戻ってやり直す気にもなれず、飯田橋で正しいコースに合流しようとそのまま進む。道迷いと信号待ちのために飯田橋付近の10キロ通過地点と思われる所まで42分もかかってしまう。これじゃ世界記録どころか自分のベストタイムよりも悪いじゃん!

でもこれから先は道に迷う心配もないので、徐々にペースを上げて遅れを取り戻す。品川駅で折り返して銀座に向かうが、なんと今日は歩行者天国で自転車では走れない!最初は少しの距離ならば歩いていこうかとも思ったが、えらく時間がかかりそうなので、路地裏を行くが、ここでも時間をロスする。

ようやく銀座を通り越してしばらく行くと、例の浅草の三角地帯の折り返し点である。東京マラソンのコースは名所をつないで行く設定で、従来は浅草は雷門だけであったが、今はここからスカイツリーも間近に見え、新名所の出現である。

Photo_2

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コースは浅草から銀座に戻るのだが、また歩行者天国にぶつかるので、銀座は避けて直接に佃大橋に向かう。佃大橋手前でタイムは世界記録を超えてしまう。こうなったら、目標を下げて女子の世界記録2時間15分25秒(ラドクリフ)だ!ところが佃大橋は二輪車通行禁止となっている。う~んと唸って川岸まで行ってみると、橋までは歩行者用の階段が架けられている。しょうがないので、自転車をかついで橋まで登り、向こう岸でもまた自転車をかついで歩道まで降りる羽目となる。この分では女子の記録も危ないかなと思いつつ豊洲まで来ると、完全に道に迷ってしまい、ビッグサイトへの道が発見できない。とうとうギブアップしてしまい、丁度空腹になってきたこともあり、近くにあったマックで腹ごしらえをしながら、携帯GPSで付近の地図を確認し、とにかくゴール地点であるビッグサイトまでは行ってくる。付近には受付を済ませた選手たちの姿もちらほらと見え、フィニッシュ付近では明日に備えての準備も着々と進んでいた。

Finish

帰路はかちどき橋を通って皇居付近まで戻ると、明日の東京マラソンには出場しないであろうランナーがたくさん走っている。ここでまたひとつの考えが閃く。皇居のコース1週5キロは信号待ちがないので、ここを自転車で何分で走れるか試してみよう。

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結果は12分30秒で世界記録をかろうじて上回る(いつもはその倍くらいの時間で走っているのだが)が、全力で走ったというわけではなく、一部歩道を走って、前を行くランナーのためにスピードを落としたとはいえ、世界のトップランナーの走力には舌を巻いてしまった。この後、新宿に戻る途中に左手に迎賓館が見えてくる。

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隣接した赤坂御所との外周コースも信号がないため以前よく走ったコースなので、またタイムトライアルをしてみたが、時速23キロしか出ていないので、がっかりする。もっとも2箇所激坂があるコースなので、スピードが出ないのもやむをえないのだが

そうこうするうちに、新宿まで戻ってきたので、都庁に戻ってみると、仮設スタンドの設置が急ピッチで進んでいた。

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コース上にはいっさい見かけなかった案内表示も夜を徹して行われるのでしょう。1回出たのでもういいやと思っていた東京マラソンもこうして実際にコースを試走してみるとまだ出たくなってきた。競争率7倍と聞くと躊躇してしまうが、高齢者は優先的に出場できるようなので、あと何年か後に申し込めば実質無競争で出場できるかもしれない。その時が自分の引退レースかな

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2011年2月21日 (月)

青梅マラソン

青梅マラソン30キロに出場してきました。

昨年は親子3人での初出場ということでタイムはともかくとして、それなりの意気込みで臨みましたが、今回は3月4月のフルマラソンのための練習というつもりで気軽に臨みました。

今日に限り、ホリデー快速がスタート地点となる河辺駅に臨時停車になるということで乗り込んだのですが、武蔵小金井で前を行く特急が故障したということで30分近くストップ。おまけに拝島止まりに変更になったということで立川駅で乗り換える。前回の大田原マラソンでも電車の遅れで時間に遅れての受付になったが、どうも記録も落ち目だし、そろそろ引退しろということか。

受付時間は延長してくれたので問題はなかったが、慌てて着替えしてスタート地点に行ったら、もうスタート5分前だった。おかげで寒い中で長時間待たされることはなかったのはさいわいであった。

子供のペースに合わせて走った去年の記録のせいで、かなり後ろの方からのスタートとなり、スタートの合図があってからも渋滞でなかなか進まず、スタート地点まで10分近くかかってしまった。そこから先も渋滞で何度もストップ。ようやく少し進み出したかなというあたりからペースアップしたが、5キロあたりのところで右足のふくろはぎに痛みがおきる。こんなところに痛みが起きたことは今までになく、肉離れの心配も起きたので、一瞬立ち止まって、しばらくはゆっくりと走って様子を見る。多分北海道徒歩旅行の疲労が抜け切れていないところに急に負担がかかったせいかもしれない。リタイアすることも考えたが、しばらく走っても、それ以上は痛みがひどくならないようなので、記録は無視して完走だけを目標に走ることにする。

ゆっくりペースで走っているせいか、折り返しを過ぎても余力が残っていたので、多少はペースアップする。さすがに25キロを過ぎると、電池切れとなってしまったが、去年の記録よりは3分くらい早くゴールすることはできた。

完全な失敗レースで、フルマラソンの練習にどれだけなったかは疑問だが、まあこんなレースもあるでしょう(どうも最近はそんなレースばかりのような気もするが)。

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2011年2月18日 (金)

道央を行く 最終回

道央の歩き旅は昨日で終わり、今日は1日観光に充てるつもりだ。
まずは、層雲峡に立ち寄って氷の滝を見物し、その後、網走で流氷見物をしてから最終便で女満別を発つ予定だ。

朝食をホテルで済ませてから、旭川駅前の道北バスの乗り場に行くが、インターネットで調べた8時15分のバスはなく、9時15分行きの層雲峡止まりのバスがあるだけである。慌てて、みどりの窓口に行って備え付けの時刻表で調べてみると、インターネットで調べた8時15分のバスは路線バス扱いではなく、都市間バスということで高速バスと同じ扱いになっていて、発着場も別の場所になっていることが判明するが、この時点では8時15分のバスは既に発車しており、次のバスは10時15分しかない。

後から考えれば、9時15分のバスで層雲峡に行き、1時間程度氷瀑見物してから、北見行きの都市間バスに乗っても良かったのだが、その時はそのような考えは思いつかず、バスの車窓から氷の滝を眺めてもよいやと考えて、2時間後のバスで行くことにした。

バスに乗り込んでから予め用意した層雲峡の資料を見ると、滝が眺められるあたりは遊歩道からならば可能だが、自動車道はトンネルの連続で車窓から眺めるというわけにはいかないことが判明するが、あとの祭りである。層雲峡の入口にあるサービスエリアで休憩した時に写したのが下の写真であるが、残念ながら滝は移っていない。

Photo

このところ気温が高く、昨日の雄冬海岸も氷の発達が不十分であったから、層雲峡も同じかもしれないし、今回、道央で歩き損ねた部分を来年再度行く前に、家内と一緒に札幌雪祭や層雲峡温泉に行けばよいやと自分を納得させる。

その語、バスで北見まで行き、ここからJRに乗り換えて、最後の目的地である網走に向かう。網走は20年ほど前に家族旅行した時と、5,6年目にサロマ・ウルトラマラソンに参加した時とで今回が3回目である。駅から流氷船の発着場まではゆっくり歩いても30分ほどである。流氷船は欠航することもあるというので多少は気になったが、昨日までの好天と比べると下り坂ではあるものの、このくらいならばまず大丈夫であろう。

平日のためか発着場も閑散としており、ガラスキの流氷船は定刻どおり出発。少し沖合に出ると、回りは流氷だらけである。船が氷にぶつかると、氷が生き物のように跳ね上がるのが面白く、あかなか迫力に満ちたものであった。航海時間の1時間はあっという間に過ぎて船着き場に戻る。

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女満別空港行きのバス乗り場は10分ほど歩いたとこりにあるが、バスの時間まではまだ1時間ほどあったので、ちかくの居酒屋で郷土料理を魚に熱燗を少々のむ。そろそろバスの出発時間が近づいたので、ほろ酔い気分でバスターミナルに向かうが、雪道でものの見事に転んでしまう。今回の徒歩旅行で北海道上陸後に転んだのは初めてである。そもそも北海道で転んだのは、若い時に札幌に出張に来て、飲み屋の帰りに転んで以来である(スキーは別として)。

今回の道央旅行は概ね予定どおり行動できた。歩き残したところは来年回しとして、留萌から宗谷岬までは来月に行うつもりだ。今回の行程図は以下のとおり。

Photo赤は道南篇、黄は道央篇

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2011年2月17日 (木)

道央を行く その6

今日の予定の雄冬海岸は今回、というよりも北海道徒歩旅行全体を通じてのハイライトともいうべきものである。その厳しさを覚悟して、朝5時に民宿を出る。近くのコンビニで暖めてもらった弁当を食べて出発する。上空ではゴーゴーと風がなり、日本海の荒波が激しい音をたてて海岸に打ち寄せているのを聞いていると、思わず身が引き締まってくる。

夜が明けると風も弱まり、温度も結構高くなってきたので、この分ならさほど難渋せずに通過できそうである。雄冬は、たびたび話題にしている「駅・ステーション」が制作された1980年頃までは、船でしか行けない陸の孤島であったが、その後、道路が整備されて、冬でも往来が可能となっている。その代わり、トンネルが無数にあり、長いものでは3キロ近く、1キロ程度のものとなるとザラである。ただトンネル内は照明歩道共整備されているので、歩行には特に支障はない。雄冬岬が近づいてくると、人家はなくなり、荒々しい岩に波がぶつかる共演は凄い迫力である。国道でありながら、携帯が圏外となてしまうのも北海道に来て初めてである。

もうひとつ興味深いものは、山側の切り立った斜面から流れる滝が氷って全国的にも知られているアイスクライミングエリアとなっていることである。ただ残念なことには、ここ数日の暖かさで氷の発達が悪い上に、落石防止用の巨大なネットで覆われてしまっていることである。最近のクライマーはもう少し奥深い所で登っているのであろうか

Photo_2 雄冬岬

Photo_3 白鳥の滝

雄冬町まで来ると、食堂があったので、いくら丼を注文する。冬以外は観光客でごったがえすであろうが、今は閑古鳥が鳴いている状態である。

食後は増毛を目指して出発するが、雄冬海岸を無事に通過できた安堵感からか睡魔に襲われるようになり、歌を唄ったりしてなんとか頑張る。

相変わらずトンネルの連続であるが、歌を唄ってなんとか気を紛らわす。そうこうするうちに、目的地である大別刈に着く。ここから増毛駅までは4キロ程度なので、歩いていけないこともないが、今日は十分歩いたのでバスに乗っていこうと、バス停を捜すが、反対方面の雄冬行きのバス停はあるのに、増毛方面行きのバス停は見つからない。たまたま近くを通りがかった人に聞くと、バス停の表示柱は雪の中に埋まっているという。半信半疑でいたところ、もうひとつ先のバス停は建物付きだというので、そちらに行ってみることにする。

ようやく歩くことから解放されて文明の利器にどっぷりとつかった生活に戻ることができるようになった。増毛駅では例の映画で烏丸せつ子が演じる少女が働いていた食堂(風待食堂)がそのまま残っているというので、そこで食事をと考えていたが、あるにはあるものの、時間が遅かったせいか店は閉まっていたので、近くに寿司屋で刺身を肴にビールで目標達成を祝った後、旭川のホテルに向かった。

Photo_4

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道央を行く その5

昨日、頑張って小樽まで来たので、今回の予定はほぼ達成した気分になり、後は付録のようなつもりで今日の予定を再検討する。当初は銭函まで行くつもりであったが、距離は19キロもあり、次の予定との絡みもあって、途中までしか行けないことがはっきりしたので、行けるところまで行くことにする。

朝里駅までは数キロ間隔に駅があったが、そこから先は銭函駅まで12キロもあり、どうしたものかと思ったが、ここで終わりにしてしまうには、時間が中途半端なので、ある程度歩いてから、バスで行くことにする。ところがバス停の間隔も結構あり、安全を見て2キロほど歩いて「函館から252キロ」の表示がある少し先のバス停で1時間に1本のバスを待つことにする。

252k

7分遅れで来たバスに乗り込むが、札幌行きではなく、市内の地下鉄駅行きである。札幌の地理不案内の外、後で書くように銭函駅に対するこだわりから銭函でJRに乗りかえることにする。銭函で下車するが、駅まではちょっと距離があるようだ。時間的には大丈夫だとは思ったが、万一と思って、今日も走る羽目になったが、幸い駅まではさほど時間がかからなかった。

銭函駅は今回の道央旅行を行うきっかけにもなった30年前の高倉健主演の映画「駅ステーション」のオープニングの舞台となったところであり、ぜひ訪れてみたいと思ったところである。駅のたたずまいは39年前と変わっていないようである。

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札幌駅で下車して柏木行きのバスに乗り込む。前回の行程の遅れから、増毛までの行程達成は不可能となってしまったが、前記の映画の舞台となった増毛や雄冬を訪ねたいという気持ちから、一部区間は後回しにして、雄冬・増毛への取り付きとなる柏木に先に行くことにしたものである。それとともに、冬の北海道を歩く上で最大の難所である雄冬をたまたま天候の安定している時に一挙に済ませてしまいたいという気持ちもあった。、

バスは石狩湾を目指して、石狩平野を横切っていく。途中、石狩川を横切ったが、ちょうど日が沈もうとしているところで、石狩湾に達した時には真っ暗になっていた。国道は行けども行けども人家がなく、こんなところを行くのかと思うと少し気が重くなる。ようやく人家が見えてきたと思ったら、今日の泊まり場である柏木である。

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予約してあった民宿で旅装を解き、明日の長旅に備えて、久しぶりに早めに床に着く。

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2011年2月15日 (火)

道央を行く その4

朝目覚めると、外は吹雪模様であった。いよいよ冬の北海道らしくなったなと思ったが、いざ出かける時になると小降りとなり少々拍子抜けとなる。

この日は雪が降ったり止んだりの天気で展望のきかない中を行く退屈な一日であった。相変わらず足が痛んでペースも上がらないので、予定の然別までは行かずに途中の駅から小樽まで直行しようかとも思ったが、倶知安の次の小沢ではあまりに近すぎるし、次の銀山は国道とは一山離れていて国道と合流してから戻るにしても遠すぎるので、やはり然別までいかざるをえないようだ。

最後の登りが終わり、トンネルを抜けると、もう暗くなっていたが、然別まではまだ10キロ近くを残していた。時速3キロで行っても間に合う計算だったが、予定の列車の出発時間10分前になっても、まだ駅が見えてこなくて少々焦る。5分前になってようやく駅入口の表示が現れたが、駅は国道とは反対側で700メートルもあるということで絶望的な気分となるが、わずかの望みを託して全力疾走となる。跨線橋から見えるホームにはすれ違いで待機している長万部行きの列車は見えるが、乗ろうとしている小樽行きはまだ来ていない。ところが、走り続けて駅に着くと、タッチの差で出て行ってしまったところであった。

ショックは大きかったが、最終まで2時間以上も待つわけにはいかないと、次の仁木の駅までのんびいと歩いてから、今夜の宿を予約してある小樽に向かう。

次の日は前日に1駅分よけいにあるいていることもあり、のんびりと仁木の駅に向かう。仁木の駅から歩き出してしばらくすると、「函館から222キロ」のゾロ目の距離の表示に出会う。良く歩いてきたものだと感慨を新たにする。

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まもなく余市の町に入る。余市といえばニッカ!ということで、ニッカの工場見学を行い、最後に外の雪景色を眺めながら、ウィスキーの試飲を楽しむ。

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工場を出て、しばらく歩くと石狩湾が見えてくる。徒歩旅行全体で見ても日本海側を歩くのは初めてである。

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今日は、朝の出発が遅かったことや、工場でのんびりしすぎたこともあったが、小樽に着いたのは10時近くになってしまった。今回の旅行では最低でも小樽まで達して、太平洋側の長万部から日本海側の小樽まで行くことを目標としていたので、目標達成を祝って寿司屋に直行して祝杯をあげた。

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2011年2月12日 (土)

道央を行く その3

今日の行程は長いので、頼んであった朝食を断って始発で出発。次の蘭越駅で下車し、コンビニで買った弁当を食べたりして1時間あまり時間を潰してから出発しようとしたが、昨日の夜に蘭越から乗り込んだのは上り線ホーム、今日下車したのは下り線ホームでホーム間が繋がってなかったのを思い出し、跨線橋を渡って繋げてから出発。

駅の外に出ると、ニセコ・アンヌプリと羊蹄山が朝日に映えて美しい。今日も快晴である。北海道の冬の厳しさを味わうという意味では期待はずれといえないこともないが、まあ天気がいいに越したことはない。今日は一日中、この二つの山を眺めながらの歩きとなった。

Photo ニセコ・アンヌプリ

Cimg1754 羊蹄山

2時間強歩いて昆布についてからのコースは国道沿いに行くか、ニセコスキー場経由で行くかで迷っていた。地図で見る限りは後者の方が近道に思えたのだが、道の駅で効いたところでは、スキー場経由の道はかなり登らなければいけないということで、おとなしく国道を行くことにする。おかげで、羊蹄山だけでなく、ニセコの山々も眺められたので(国道はニセコ連峰から離れているため)、結果的には良かったかも。

ニセコは10年以上前に娘の高校合格のお祝いで家族4人でスキーに来て以来である。あのときは行きはカシオペア、帰りは娘と私は北斗星、家内と息子はトワイライト・エクスプレスで大阪方面に向かった記憶がある。当時は旅行に行くのは希だったこともあるが、今と比べると贅沢な旅行をしていたんだなあと思ったりもした。

今日は夕方までは途中に店がないので、昼食は菓子パンで済ませ、夕方にニセコの道の駅で鍋焼きうどんを食す。まだ行程の半分を消化したに過ぎないので、すぐに出発する。道路脇に設置されている1キロ毎の表示だけを頼りに前進する。左手のニセコスキー場には、もうナイターの灯りが灯っているのを見ながら気をまぎらわせる。

いやになるほど歩いて倶知安の町に入る。すぐにコンビニが目に入る。蘭越以来10時間ぶりのコンビニであるが、空腹でもないし喉も渇いてない。寒くもないし、疲れてもないので、コンビニは素通りしてホテルに急ぐ。駅前のホテルに着いたのは予定よりやや遅れて8時半。閉店間際のスーパーでアルコールを買い込んで今日のご褒美とする。..

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2011年2月11日 (金)

道央を行く その2

前日の終点の熱郛まで1駅戻るのに、適当な時刻の列車がなく、9時半過ぎにゆっくりと出発。二日目の晩は最初はニセコ付近と考えていたが、3連休にあたっていたため、スキー客で満員となっていて、1日目と同じところに連泊となったので、今日は空身に近い軽装での出で立ちである。

今日は朝から足が痛み、ゆっくりしか歩けないので行程が捗らず、先が思いやられる。時間ばかりはどんどん経っていき、たいして歩いていないのにお昼の時間になる。今日の行程中にはコンビニも飲食店もないようなので、朝買っておいた菓子パンで済ませる。

食後は足の痛みも軽くなり、多少はペースも上がってくる。今日は東京は大雪らしいが、こちらはどピーカンで素晴らしい冬景色である。

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そうこうするうちに夕方になってきて、蘭越まで予定の時間に着けるかどうか心配になってくる。国道は蘭越駅の手前で大きく蛇行しているが、そこを直進する道があれば時間短縮になるのだが。

道の駅があったので、そこで休憩して携帯GPSでコースを検討する。するとたしかに直進する道があるようなので、そちらを行くことにする。ついでに道の駅で食事をしようと思ったら、4時でオ-ダーストップとのことで、またもや菓子パンを食べる羽目に

道の駅の先で国道と別れると車の通行もほとんどなくなり、最初は快適と思っていたが、夕暮れで樹林に囲まれた道を歩いていると、羆が出てくるのではないかと恐ろしくなってくる。今の時期にそんなことはあるまいと思って気持ちを落ち着けたが、そのうちに夜の帳が降りてきてライトを付けようとしたら、ポーチに入れてあるはずのライトがない。きっと小物袋に入れてザックにしまって宿に置いてきたザックの中にあるにちがいなとあきらめて、真っ暗になる前に駅に着こうと先を急ぐ。

ようやく蘭越の街に着いたので、出会った人に道を聞き、駅に向かって走り出す。踏切まで来ると、予定の時刻まで5分までしかない。踏切をわたって国道を経由していったのでは間に合いそうもない。そこで、ローカル線でしかとれない方法だが、線路をホームに向かって走り出す。しばらくして前方を見ると、自分が乗ろうとしている列車がこちらに向かって進んでくる。一瞬たじろいだが、列車は必ずホームで止まるはずだと気づいて、そのまま走り続けて列車よりも早くホームによじ登り、ホームに入ってきた列車に何食わぬ顔で乗り込む。

この列車に乗り遅れると、最終まで2時間以上待たねばならないので、間に合ってよかった。それにしても毎度のことながら、最後のヒヤヒヤはなんとかならないものか

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2011年2月10日 (木)

道央を行く その1

前回の道南シリーズでは荷物が重すぎて行程が捗らなかったので、今回はテントを持参せず、全て宿泊まりとする。

新青森で下車すると、歌の文句ではないが、「雪の~なか」であった。フェリー乗り場まではタクシーならすぐであったが、早く着きすぎてもしょうがないので、小1時間歩いて行く。それでも出発まで時間をもてあましてしまった。

フェリーはガラすきであったので、短時間ながら熟睡できた。到着時間近くなったので、デッキに出てみると、函館の夜景が次第に近づいてくる。

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港から駅までは思ったより遠くて、最後はタクシーに乗って、かろうじて予定の特急にセーフとなる。函館から長万部までの前回5日間をかけて歩いたところも、特急だと1時間ちょっとで行けてしまう。前回のゴールの長万部で下車して、新たなスタートを切る。

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今日は雪が横なぐりに降ってくるが、冬山の稜線で吹雪かれることを思えばたいしたことはない。ただ今回は最初から足が痛みだすのには参ってしまう。後1週間足が持ってくれるか

前半はペースが上がらなかったが、蕨平の先で国道とJRが別れるころから調子が出始め、予定よりも早く今日の目的地の熱郛に到着する。ただ、ここには宿泊施設がないので、ひとつ手前の黒松内まで列車で戻って、今日の予定は終了する。

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2011年2月 3日 (木)

ポカポカ陽気の日光橋ボルダー

五日市方面への仕事の帰りに東大和に用事があって拝島で乗り換えたので、久しぶりに日光橋ボルダーに寄ってみた。

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公園でクライミングが楽しめる唯一の場所として、以前にも何度か来たことがあるが、今日は3月の陽気の中で短い時間ながら、クライミングを楽しむことができた。そういえば、今年になってクライミングをするのは初めてかもしれない。以前よく登っていた頃は、ジムと自然の岩場を合わせると、週の半分くらいを登っていた時期もあったが、だんだんとクライミングへの関心が薄れていき、足も遠のいていくようだ。ちょっと寂しい気もするが、年を経るに従って、興味の対象が変わっていくことはやむをえないことなのだろう。

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2011年2月 1日 (火)

駅 STATION

冬の増毛や雄冬を舞台とした1981年高倉健主演の映画である。

バックに流れる八代亜紀が歌う「舟唄」の哀愁を帯びたメロディーとともに忘れ難い記憶となり、いつの日か冬の増毛や雄冬を訪れてみたいという希望を持ち続けてきた。

来週から出かける道央徒歩旅行の後半には、念願かなって増毛や雄冬を訪れることになったので、改めてこの映画をDVDで観てみた。

再び観たこの映画の印象は・・・・自分自身の30年の歳月を感じずにはいられなかった。

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