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2011年3月14日 (月)

道北を行く その1

北海道シリーズの締めくくりとして留萌から宗谷岬までの踏破を目指す。

今回は途中の宿泊施設が十分でなく、キャンプ用品一式の持参となるが、20キロ近い荷物を背負って長時間平坦な道を歩くのはつらいため、ソリに荷物を乗せて引っ張ることにした。もうひとつの問題は、飛行機には燃料のガスカートリッジを持ち込めないため、現地調達せざるをえないことである。今回は旭川から入るため、駅周辺のスポーツ店に事前に当たったところ、駅近くの店には冬用のものはなく、バスでかなり乗った店まで貝に行かなければならないことがわかった。そのため、スタート地点の留萌を出発できたのは3時近くになってしまった。

駅を出てしばらくは荷物を背負って歩いたが、郊外に出たあたりからソリで引っ張っていくことにした。背負うことに比べれば格段に楽である。ただ長時間引っ張っていると、だんだんと腰に疲れがたまっていくので、空身に近い状態で歩いた前回の道央の時のようには行かないようだ。

Photo_2

今日は出発が遅かったので、夜9時を目安に行けるところまで行くことにする。荷物を引っ張って歩いていると、なかなか時速3キロは出ず、予定地のだいぶ手前のところで9時となったので、たまたま通りかかったバス待合所に泊まることにする。北海道のバス待合所は北国だけあって、風雪を完全に遮断するしっかりした作りとなっている。野宿者の利用を想定したものではないであろうが、利用したとしても別に迷惑をかけるわけでもなく、テント泊まりよりもずっと快適そうなので泊まらせてもらうことにする。

Photo

翌日は寝坊してしまい、出発する前にはもう始発のバスを待つ乗客が停留所で待っていたもで、ちょっとバツが悪かった。準備を済ませて出発すると、何回か車に乗っていけと言われる。道南や道央ではなかったことで、それだけ純朴というか人情が厚いということであろうか。さらには、鰊番屋の道の駅まで行くとパトカーが待ちかまえて職務質問を受ける羽目に。すれ違ったドライバーが不審者がいるとでも通報したらしい。住所氏名は隠す必要もないので正直に告げたが、年は10歳サバをよみ、職業については答えなかった。これはお巡りさんの不信感を増さないためである。

職務質問を受けたのが道の駅の手前で昼時でもあったので、道の駅で「うに入りラーメン」を食べる、Photo_3 満腹になったからというわけでもないが、歩くペースもだんだん落ちてしまう。3時頃にバス待合所に入って休憩しながら、携帯を確認すると留守電が入っているので再生すると、「5時までに、あるレポートをファックスしてほしい」とのこと。人家が全くない現在、そんなことできるわけないじゃないか。世界が自分を中心に回っている人間には困ったものだ。今夜泊まるホテルにはネット環境があるので、今夜中に送ることで許してもらおう。

今夜中に宿泊予定の羽幌まで行くのは無理なことはわかっていたが、その7キロ手前の苫前までも辿りつけるかどうかも怪しくなってきた。だんだん暗くなってきたので、最終バスに乗り遅れると大変だと、次のバス停で時刻表を確認すると、最終バスは9時過ぎで逆に遅すぎるが、ひとつ前のバスは数分後に来るようなので、慌てて乗り込む準備をする。

結局、前日からの遅れの累積で、この日に歩き残した15キロは翌日回しとなってしまった。

ホテルに着くと、夕食代わりの携帯食を摂りながら、依頼されたレポートの作成に取りかかり、日が変わる前になんとかファックスを送ることができた。おかげでホテルでやろうとしていたブログの更新をする時間がなくなってしまった。

次の日の朝は早く目が覚めたので、せっかく温泉に泊まっているのだからと、朝食前に一風呂浴びる。温泉で朝風呂に入ることなど、めったにないことであるが、外の雪景色を眺めながら入る朝風呂もなかなかのものである。

朝食後に昨日の到達地点まで戻るためにバス停に向かう。荷物をホテルに預けていくことも考えられたが、荷物の大きさが半端でないので、ソリで引いて行くことにする。ところが、バス停まで昨晩通った道でなく近道をしようとしたのが大失敗で、道に迷ってしまって予定のバスに乗り遅れる。視界の聞かない吹雪の中でGPSで現在地を確認するが、かなり郊外まで行ってしまったことがわかるのみで、バス停までの道が発見できない。人影が全く見あたらないので道を聞くわけにもいかず途方に暮れていたが、たまたま通りかかった車を止めて道を聞いてなんとかバス停にたどり着き、予定より遅れて昨日の到達点まで戻ることができた。

今日は吹雪の合間に日が差すという変わりやすい天気である。荷物をソリで引っ張って行くのでペースが上がらず、苫前には昼頃にようやく着く。ファーストフードの店はなく、飲食店に入ると時間がかかりそうなので、コンビニで弁当を暖めてもらって店の外で吹雪を背にしてかきこむ。数時間前に朝風呂に入っていたのと比べて天国と地獄の違いである。自分的には今の方が天国かも

夕方に今朝泊まった羽幌に戻る。今晩は外で寝ることになるので、コンビニで食料を調達する。羽幌の町を出ると無人の荒野を行くようになる。退屈なのでラジオをつけて地震の発生を知る。時間の経過とともに事態の深刻さがわかってくる。こんな旅などをしている場合かという気もしてきたが、急遽帰宅してもなにかできるわけでもなく、家族の無事は確認できたので、そのまま旅を続けることにする。今晩も夜9時を目安に歩くことにする。テントを張るにしても吹きさらしの場所は避けたいので、樹林帯を捜していたところ、バス停に差し掛かったので、今夜も待合所泊まりとなる。

待合所が暖かかったので寝過ごしてしまい、出発は9時過ぎとなる。予定では今日は天塩到着、明日は休養日といことで、天塩のホテルを予約してあったが、今日は行けるところまで行き、最終バスで天塩に向かい、歩き残した部分を翌日歩くことにする。

今日も単調な行程であるが、朝からラジオをつけっぱなしで地震関係の情報を聞き、深刻な状況に胸を痛める。自分のいる北海道日本海側にも津波注意報が発令されたとのことである。国道は大体は高台を通っているのだが、ところどころ海岸線近くまで降りてくる時には足早に通り過ぎるようにする。高台から海を眺めても津波が押し寄せてきてないかが気になってしまう。遠くの方を見ると、写真ではよくわからないが、肉眼では利尻が見えてくる。ようやく最端ての地まで来たのだなという感を深くする。Photo_4

天塩まで行く最終バスは18時20分頃なので、今日の行程は20キロにも満たないことになりそうだ。17時30分頃に着いたバス停で次のバス停まで行くかどうか迷っていたところ、運良く今日初めての歩行者に出会ったので、次のバス停について聞くと、3キロ近くあるとのこ。最終バスを逃すと大変なので、今日はここまでとする。

バスで天塩まで行くと、バス停の前が予約したホテルなので下車する。自分の荷物を見て徒歩旅行であることがわかったらしくビックリしている。夏には徒歩旅行者も多く泊まるようだが、冬の時期には10数年前に1回あったきりだそうである。部屋に入ってテレビに釘付けとなって地震関係の映像を見続けたため、今夜もブログ更新をする時間がなくなってしまう。

翌日は、朝食後にバスで昨日の到達点まで戻る。今日の行程は38キロと昨日の倍近くだが、空身なので時速5キロ以上は出て(ソリを引くと3キロ、背負うと2キロ程度)、夕方には天塩のホテルまで戻ることができたので、近くの日帰温泉に行ってみる。「夕映え」という名前の施設だが、残念ながら水平線に雲がかかっていて夕映えを見ることはできなかった。天塩まで来ると、ゴールは目前という気がするが、休養日は行程の遅れで消費してしまったし、疲れもたまっているので、果たしてどうなることやら。Photo_5

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