« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

2011年4月

2011年4月24日 (日)

GWとボランティア

GWの時期には大勢のボランティアが被災地に向かうことでしょうが、自分としてはどのようなボランティアをしたらよいかを考えてみた。

長期のボランティアが可能となるので、テント持参で交通の不便な三陸海岸に現地宿泊して一箇所で地道にボランティアするのもひとつだとは思うが、一人のボランティアが出来ることなどたかが知れているので、画一的に考えることなく自由な発想で次のような方針をたててみた。

①宿泊、飲食など、できるだけ地元で金銭を使って、微々たるものではあるが、地元経済にプラスを与える

②ボランティアというと献身的なイメージが強いのであるが、時あたかも黄金連休の時期でもあり、自分の興味あることとの両立を図る

ということで、まずは福島県に入り、吾妻方面にハイキングに行ってきます(いきなり、レジャーかよ?)。以前にも計画して行き損なった気になる山があるからです。その後、飯坂温泉に寄って、2年前に歩いた奥の細道ではパスしてしまった芭蕉の足跡を辿ってきます。それとともに、飯坂温泉には浜通り等から避難された方が多数いらっしゃるとのことなので、石巻のボランティアでは全く接触がなかった避難されていらっしゃる方の苦労の一端でも肌で感じられたらと思います(全くの傍観者に過ぎませんが)。

次には仙台に向けて進み、途中の岩沼で下車します。ここは奥の細道行の時に泊まった旅館がどうなったかが気になるからです。また岩沼市では県外ボランティアも受入ているので、もしその旅館が営業を続けていれば、そこに滞在して数日、ボランティアをしてこようと思います。

その後は仙台に移り、日帰りボランティアの可能な若林区、多賀城市さらにはちょっと遠いですが、東松島市あたりに行き、帰りには奥の細道行の際に寄りそこなった芭蕉の足跡も辿ってこようと思います。また松島が今回の震災でどうなってしまったかということも気になるところなので寄り道してきます。芭蕉の奥の細道行の際には松島と並び評された象潟が、その後の地震による隆起で景観を大きく損なってしまったようなことは多分ないでしょうが

石巻のボランティアでは夜が退屈でしょうがありませんでしたが、今回は仙台泊りなので、健全なナイトライフ?は楽しめそうです。

奥の細道はほとんどが内陸部を行きますので、津波の直接被害とは無縁なところがほとんどですが、仙台周辺だけは深刻な被害を受けたということで、今回は仙台を中心に行ってくることとしました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月19日 (火)

どうでもいいことですが

日赤がようやく被災者への第一次配分を行ったとのことで、遅きに失した感はあるものの、まあ一安心である。被災者が一番困っている時に、多くの人の善意を宙ぶらりんにさせてしまって腹が立ってしょうがなかった。お役所仕事は全く困ったものである。

我々がボランティアに参加したピースボートは、辻元清美らが作った左翼的色彩の強い組織であるという認識を持っていたが、現地ではAP-BANK(右翼の笹川良一が関わっている日本財団の別働隊?)と協力関係を持って行動しているのには驚いた。まあ胡散臭い組織であるという点ではどちらも似たようなものであるが。

第一線で働いている人たちは、いずれも真面目にボランティアを行っている人が大半だと思われるが、それぞれの組織を牛耳っている人間は、自分たちの組織の成果を上げるために一般のボランティアを利用しているだけのように思えてならない。

今後は、このような組織には二度と関わりを持たず、個人レベルで行えるボランティアを行っていきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月17日 (日)

石巻から帰りました

一週間の現地ボランティアから帰りました。

ヘドロと格闘する毎日でしたが、体力的にはそれほどきつくありませんでした。町が少しづつではありますが、復旧復興に向かっていくことが実感できたのが嬉しく思いました。1年後にでも再訪して、お手伝いさせていただいたお店が元気に営業されていらっしゃる様子を見ることが出来るのを楽しみにしています。

長いようで短い一週間でしたが、団体に所属して24時間その統制下で行動するというのは自分の性格にはどうもあいません。GWにはまだボランティアの活動の少ない岩手県方面の被災地で日帰りボランティアの募集でもあれば、何日か参加してこようと思います。また、災害ボランティアに限らず一般のボランティアでも、それほど拘束を受けずに気軽に参加できるものがあれば積極的に参加していきたいと思います。

今回も、写真自体はたくさん撮ったのですが、自分のブログの性格とは必ずしも合致しないような気がしますので、掲載は控えたいと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月 7日 (木)

出発前夜

明日夜から石巻での1週間のボランティア活動に出かけてきます。テント3張り、コンロ3台、6日分の食料と20リットルのポリタンクでこんなに大きな荷物になってしまった。

Photo

山登りを何十年もやっているが、こんなに大きな荷物は初めてだ。ヒマラヤの時よりも大きな荷物だ。といっても駅までのわずかな時間を担ぐだけなので、大したことはないが

甚大な被災の状況に対して我々の出来ることなど無に近いが、多少なりとも地元の方々のお役に立てればいいくらいの気持ちで、無理をせず、張り切り過ぎずに、1週間を過ごしてきます。現地ではインターネットにアクセスできないので、ブログの更新はしばらくお休みです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年4月 5日 (火)

現地ボランティア

日月の2日間で石巻ボランティアセンターによる仙台-石巻連絡バスを利用して、石巻北方の北上地区の被災地支援のボランティアに参加してきました。

夜行バスで仙台駅前に着いたのが朝6時前でしたが、連絡バスの乗り場付近には出発が7時45分だというのに、もう行列ができていました。先着80名ということでしたが、この日は希望者が多いことを予想してバスをもう1台増発して120名強まで受入れてましたので、7時過ぎに並んでも大丈夫だったようです。下の写真の青い服装の人達は東北福祉大学の学生で彼らが運営に協力していましたが、なにぶん慣れないため不手際も多く、参加者からは苦情があがっていましたが、学生さんということで大目に見てあげましょう。

Photo

今日は日曜ということもあって、東京からの参加者も多く、私がすわった列の5人は全員東京からの参加でした。うち、三条○人、さかい○○あきというどこかで聞いたことのある二人(もちろん、歌手ではありませんが)は両夜行での参加という強行軍でした。

仙台中心部は一見したところでは地震の爪痕は窺えませんが(ただガスは復旧してないそうです)、バスが海岸近くまで来ると、津波による被害の甚大さが目の前にひろがってきます。今日の目的地の北上地区までは途中の渋滞もあって3時間強の時間がかかります。海から離れた内陸ではありますが、手元の高度計では海抜ゼロメートルに近い標高なので、津波の直撃を受けて倒壊した家やビニールハウスの無惨な骨組みだけが残っています。

Photo_2

我々がお手伝いしたのは、家屋は倒壊を免れたものの、1階や庭が土砂で覆われて避難生活を余儀なくされているお家のドロ出しや家財の運び出しで、1台のバスをさらに4グループに分けて、それぞれに学生がリーダーとしてついて、割り当てられたお家のうち、原則として住人がいらっしゃるところに限って(避難している方も家の片づけに見えている)、作業していきました。あるお家では、庭に冷蔵庫が何台も横たわっていて、なんでこんなに冷蔵庫があるのかと思ったら、みな余所から流れてきたものだそうです。被災直後はその冷蔵庫に入っている食料で飢えをしのいだそうです。

Photo_4

近接しているようなところでもちょっと離れているだけで被害の程度が大きく違っています。1軒だけほとんど無傷で残っているお家の場合には、家の近くまで車が何台も流されてきましたが、結局、それらの車が防波堤代わりになって、家自体は津波の直撃を免れたそうです。また海からの距離では遠いはずの所の方が被害が大きいところもあります。これは川からの距離の差によるものだと考えられます。これらを見ると、自然の猛威の恐ろしさを知らされるとともに、運不運というものも感じずにはおられません。

現地の天候は不順で汗ばむような気候かと思うと、一転して雪が舞い散り、さらには風が雪を追いやった後には砂埃りが立つといった有様で、長期にボランティア活動を行う場合には慎重に体調管理をしていかなければいけないなと痛感しました。

初日の作業は3時半で終わり、専修大学にあるボランティアセンターに寄ってから仙台に向かいました。大学の敷地にはボランティアのテントが多数張ってあり、今週末に参加するピースボートの第2陣のキャンプ地に挨拶に行きました。その後、仙台に戻ったのは8時を過ぎてましたが、今晩の夜行バスで帰る例の三条氏らと居酒屋で一杯やってからねぐらに向かいました。当初はホテルは避難者等で満室だったため、広瀬川の川原にテントを張るつもりでしたが、一緒に居酒屋に行った人が泊まっているカプセルホテルに連絡すると、空きがあるということで、生まれて初めてカプセルホテルに泊まることになりました。ガスが通じてないためシャワーが使えないので、通常料金3500円が2000円とのことでした。

翌日は平日なので、そんなに参加者も多くないだろうということで7時頃にバス乗り場に向かいます。今日は地元の参加者が多く、特に学生の参加が目立っていました。作業自体は前日とほぼ同じようなものでしたが、あるお家は持ち主が行方不明ながら、親族からの片づけ依頼による作業でした。家の中は家財が散乱していて、どこから手を付けたらよいかわからないほどでしたが、少しづつ片づけていったところ、首輪が付いて柱にヒモで結びつけられていたネコの死体を発見。ひょっとして持ち主も思ってぞっとしましたが、結局そのようなことはありませんでしたので、どこか無事に逃げられていらっしゃることを祈るばかりで作業を終えました。

短い二日間の作業でしたが、今週末からのピースボートの1週間の作業の予行演習という意味ではよい経験でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »