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2011年5月 2日 (月)

西上州県境尾根縦走

大型連休前半を利用して関東外周踏破計画(以下のリンク参照)の一環として西上州の県境尾根縦走をしてきました。

http://homepage3.nifty.com/vibram/hourou/kantou.htm

万座温泉に着いたのが11時過ぎ。前回は下山後に温泉で汗を流したが、今回は入山前であり、ここで入浴しては歩く気がしなくなるので、身支度を整えてすぐに出発する。万座山に登頂後に稜線沿いに行くことも考えたが、頂上への道がわからなかったので、稜線の下を巻いて行く林道を行く。幸い5月2日までは車両通行禁止となっているので静かな歩きが楽しめ、好天下の大展望を眺めながら進む。それに雪で潜る稜線よりも除雪してある林道の方が格段に楽である。ただ須坂方面への分岐点から先は除雪がなくなり、時々は雪を踏み抜いて潜ったりもした。

ここからは長野県側を行くこととなり、御飯岳の西を大きく巻いて毛無峠に出る。林道は上州側に下っていくので、いよいよ山道に入っていく。破風岳の南を巻いて土鍋山に向かう。土鍋山頂付近はだだっ広くてルートがわかりにくいところであるが、だいぶ以前のスキーのシュプールがあったので、それに助けられて迷わずに進むことができた。シュプールはいくつもあり、その一つを追って下っていく途中でシュプールを見失ってしまう。初日は出発が遅かったので、ライトをつけてでも歩いて距離をかせぐつもりだったが、暗がりでは進路が判然としないためテントを張ることにする。

急な雪の斜面をピッケルで整地してテントを張ろうとして、片方のポールをテントに仮に差し込んでもう片方のポールをテントに差し込んでいる最中に、反対側のポールがテントを抜け出て、急な斜面を滑って落ちていく。ポールを失っては一大事と慌てて追いかけたところ、少し下の斜面でポールが止まってくれてホッとする。テントを張り終えて、次は水を作るための雪集めとなるが、ここではたと思案することとなった。いつもならば、雪の表面には木の葉その他の不純物があるため、少し掘り下げた下の方の雪を使うのであるが、今回は、放射能の汚染があるので、どの部分の雪を使うかが問題である。ネット等で公開されている拡散地図では原発30キロ圏を外れている飯館村や福島市などの汚染が高いのは、震災直後の水素爆発時の風向きが大きく影響しているようであるが、その時の雪の層がどのあたりにあるかはわからないので、あえて表面の雪を使い、余分な不純物はすくってきれいにすることにした。下界の出来事と関係の薄い山の生活も飛んだところで影響を受けているようだ。

翌日は進路確認のため、完全に明るくなってから出発する。地図と磁石で方向を定めながら進んでいくと、やがてシュプールとまた合流する。浦倉山の登りにかかると、まただだっ広い尾根となってシュプールを見失うが、下りと違って登りの場合には高いところを目指していけばよいだけなので、ルートファインディングの苦労は少ない。

浦倉山から四阿山への尾根は前半はつまごいスキー場の上部となっていて、広い稜線にも多くのシュプールが残っている。ただリフトの営業が終了しているこの時期には人影は見られない。四阿山への登りは鎖場などもあって今回のコースで唯一のアルペン的な風貌を見せてくれる。頂上直下と思われる所に標識があって、頂上まで2キロの表示があり、そんなバカなと思ったが、標識の距離表示には×点がつけられていたので、人迷惑な間違った標識なのだろう。頂上に近づくに従って風が強くなり、最後のヤセ尾根ではバランスを崩しかけて少しヒヤリとした。

Azuma_2 

四阿山は標高2345メートルで今回のコースの最高点であり、私にとって70数個目(百名山マニアではないので正確には数えていないため)の百名山である。最近の百名山ブームでどこの百名山も賑わっているが、自粛ムードの影響か、今日の強風を避けたためか、誰もいない静かな山頂であった。

私もこんな強風の山頂に長居はしたくないので、写真を撮ってから下山に移る。頂上には下ろうとしている鳥居峠への道標があり、その方向ははっきりしたトレースのある稜線よりもやや下向きのようにも思えたが、トレースにつられて稜線を行ってしまう。だいぶ降りて右に別れる根子岳との分岐点まで来ると、風も収まってくる。さて左は鳥居峠だろうと思って標識を見ると、菅平とあるではないか。ガーンとして地図をよく見ると、ここから分岐する左の道は鳥居峠に下る尾根よりも1本西の尾根であることがわかった。ただ強風の山頂まで登り返す気にもならなかったので、このまま降りてしまって鳥居峠まで登り返せば、部分的に縦走路から外れても、縦走達成そのものには支障がないのではと思い直した(今までも縦走路を外れたことはたびたびあったことだし)。

ただ下りながら地図をもう一度見てみると、このまま降りてしまっては鳥居峠まではあまりにも遠い。この尾根から正しい尾根に谷を越えて戻れるのではないかと考えて、尾根から谷の方に回り込んで見ることにした。最初に谷に降りようとした所は最後が急な斜面となっていてロープなしには危険なところであった。そこで、尾根に戻らずに谷の底が見えるところをしばらくトラバース(横切ること)していくことにした。すると、しばらくして、やや広めの溝が谷に向かって均一な傾斜で落ちていき、雪が詰まっていて充分降りられるとの確信が持てたので降りることにした。尻セード(お尻を斜面につけて滑り降りること)でも充分降りられそうな傾斜であったが、慎重を期して一歩づつ降りて無事に谷底まで降りることができた。

谷底から見上げる反対側の尾根はあまりにも高く見え登るのは容易でないと思えたので、このまま谷を下ってしまい、悪場でロープなしには下れない箇所が出てきたならば、高巻きするか、いっそ尾根まで登ってしまうかしようと決めて、そのまま谷を降りていくことにした。しばらく谷を降りて休憩をしていると、100メートルちょっと下方に熊がいてこちらに向かって進んでくるのが見える。慌てて笛を吹くが、水の音に消されてしまうのか一向に気がつかずに近づいてくる。これはやばいことになったと、下からよく見える岩の上に立って大声で呼びかけると、ようやく気がついたようで、横の斜面を慌てて逃げていく。

飛んだハプニングであったが、そのまま降りていくと、途中で雪は消えて鳥居峠に繋がる自動車道に出会う。時間は6時だし、鳥居峠まで行くと多分水がないだろうと考え、ここにテントを張ることにする。結果論ではあるが、正しい道を行っていたならば、鳥居峠一帯には水場はおろか雪もないので、窮地に追い込まれていたに違いない。それにしても、放射能の心配なく炊事の準備が出来るというのはありがたいものである。

最終日は長丁場になりそうなので、1時起床、3時出発とする。峠までは小1時間の登りであった。今日の行程は前半は道のないコースなので、峠からの登りには標識がなく正しい道を行っているのか多少は不安であった。2時間以上登ってようやく雪がちらほら現れたが、昨日正しい尾根道を登っていたならば、ここまで登らないと炊事ができないということになっていたはずである。

道はやがて尾根をゆっくりと巻いていき小沢のところで左へゆるく下っていくようになる。小沢に出会うあたりから小沢の上部にかけては赤布等が多数あるが、どうもその付け方が山道のものではなく、林業の仕事用のもののように思えるし、小沢の方角も本来進むべき南に対して西向き過ぎるような気がしたので、左に曲がっている林道をしばらく行ってみるが、途中でさらに左に曲がって北向きに下ってしまうので、これはおかしいとさきほどの小沢のところまで戻る。しばらく思案していたが、とにかく南向きに行くしかないと、道のない雪の斜面をずっと登っていくと、尾根の上に出ると、古ぼけた白いビニールテープが木の枝に結びつけられているのを発見する。また尾根上のテープがある付近にはわずかではあるが、笹ヤブに踏みつけられた跡があることから、ここが尾根上の踏跡に違いないと考える。このあたりは経験してないとわかりづらいところだが、以前によく藪山を登っていた(藪漕ぎという)ことが活きていたといえる。

藪もこの時期はまだ生育が充分でないので、盛夏の頃の藪漕ぎと比べると楽なものである。左手の方に角間山から続くと思われる尾根が見えており、白いビニールテープも時折ではあるが、木の枝に結び付けられているのが確認できたので、まずは正しいコースを進んでいるのであろうと思われた。高度計では1800メートルを越えていることを示していて湯ノ丸山までは標高差300メートルを切っており、うまくいけば1時間ちょっとで行けるので、なんとか目的地の高峰温泉にはバスの時刻までには辿り着けそうであると取らぬ狸の皮算用をする。

ところが小高いピークに着いたところに小さな木の標識があって山名と標高1784メートルが記載されている。朝、峠で高度を確認したときには高度計の高度は正しかったので、標識にある高度は間違っているに違いないとは思ったが、高度計の高度が正しいのであれば、あるべき地図上の地形と実際の地形が全然違うことで頭が混乱してしまう。もし標識の高度が正しいとすれば、その高度にある地図上の地形と実際の地形は似ていないこともない。ここでハッと気付く。低気圧の接近で気圧がどんどん下がってしまったことにより、気圧により測定される高度計の高度が実際よりも高く表示されているに違いないのだ。そこで南側にある山に向かって斜面を深い藪に難渋しながら降りていく。地図の等高線の混み具合ではこんなに降りるはずではないのにと思い、道を完全に踏み外してしまったかという不安を抱えながら進んで行く。そのうちに、右の方から降り過ぎたために、長く降りて行かなければならないと思うようになったのではと考え、左の方に寄りながら進んで行くと、果たして左側には前方の山と繋がっている尾根が見えてきて、その尾根の上まで登ってしばらく行くと、例の白いビニールテープを発見し、ようやく窮地から脱出できたということで安心する。

それから先は雪を踏み抜かないように慎重に歩くだけだが(それでも時々踏み抜いて大いに体力を消耗する)、さきほどの道迷いで大いに時間をロスし、目的地のバス時刻には間に合わないことが確定的になる。手前の地蔵峠にはこの時期はバスはないが、タクシーを呼ぶという手もあると考えて多少は安心する。

地図では尾根はここから一度東に向かって90度曲がって、しばらく先で今度は南に90度曲がるようになっている。最初の屈曲点は尾根通しに行くと自然とそうなるので問題はないが、次の屈曲点は尾根が複雑に分岐した地形のために非常に難しい。適当に判断してこのあたりだろうと決めつけて斜面を登りきると、前方に目標の湯の丸山の全容が初めて見えてくる。100メートル下って300メートルの登りである。

一度下り切った角間峠には立派な東屋があり、そこから上は一般登山路のようで赤布がいっぱいあって今までのように地図と磁石を睨めっこする苦労から解放される。山頂に近づくに従って風が強くなり、とうとうザックカバーも吹き飛ばされてしまう。強風の吹き荒れる山頂にはもちろん誰もおらず、とうとう今回の山行では熊以外には誰にも会わないことになってしまった。地蔵峠に向かってしばらく降りると風も弱くなってきたので、今回歩いてきた山々の写真を撮る。下の写真の真ん中奥に見えるのがスタート地点の万座で、あそこから遙々歩いてきたのである。そこから更に右の方には写真ではよくわからないが、肉眼では雪に覆われた上越の連山が望まれ、あそこからも長い年月をかけて歩き続けてきたのである。

Cimg2018_2

地蔵峠は上から見ると建物がいっぱいあり、車も止まっているので、あそこまで行けば食事にもありつけると期待したのだが、シーズンオフとなったスキー場の横を降りていくと店屋はこの時期はほとんど閉まっており、唯一営業していたソフトクリーム屋のソフトクリームにありつけただけである。温泉が一軒営業していたので、予定外だが今晩はここに泊まってしまおうと入ってみたが、満室であるとのこと。連休の谷間の日だし、自粛ブームで空きが多いと聞いていたのにどうしたことか。自分の汚れた身なりを見て敬遠されたのかもしれない。

さてどうする。まだ四時前だし、地図では少し下の方にも温泉があるとのことなので、そこまで行って、もし満室だったらタクシーを呼んでもらって帰宅すればいいやと考えて、3時以来の12時間歩きっぱなしの疲れた体に鞭打って歩き出す。といっても下り一方だから足を前に出しさへすれば、体は進んで行く。途中で気付いたのだが数百メートルおきに石仏が飾ってあり、その番号が段々減っていくのを楽しみに降りていく。気付いた時の番号が72番だったが、多分88番からあったに違いない。それでも歩くのに飽きてしまい、誰か車に乗せてもらえないかと、ヒッチハイクの合図をするのも照れくさいので、車が近づくと、わざとヨタヨタと歩いてみたりしたが、さっぱり効果がない。地元の車だと結構乗せてくれるものだが、観光の車だと、こんな身なりの人間は乗せたくないのは当たり前か

2時間ばかり歩いてようやく温泉に辿り着いたが、なんと入り口には鍵がかかっている。きっと客がいなかったので、早めに閉めてしまったのだろう。これではタクシーを呼ぶ術もない。こうなったら下の国道まで歩いていくしかない。暮れかけた道をトボトボと歩き続けると、前方に国道を走る車のライトが最初は豆粒ほどしかなかったのが、段々と大きくなって遂に国道まで出ることができた。地蔵峠から小諸駅まで20キロのうち12キロを歩いてしまったことになる。コンビニでタクシーを呼んでもらい、待ち時間の間にビールを買って喉の渇きを癒しているうちにタクシーがやってきたので、小諸駅に向かって乗車し、長い歩きからようやく解放されることとなった。ただ後で地図を見たら、国道から1キロ弱の所に「しなの鉄道」の駅があったので、わざわざ小諸まで行く必要もなかったし、そのくらいの距離ならば歩くこともできたかもしれなかった。済んだことだからどうでもいいことではあるが

久しぶりに探検的な気分を味わえて楽しい山行であった。クライミングよりもこういう山行の方が自分には合っている気がする。関東外周踏破の達成までは先が長いが、ゆっくりとやっていこう。今回歩いたコースは以下の赤線部分である。

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