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2011年8月17日 (水)

ハンテングリ山行記(前半)

7/20 晴れ

夫婦でのロシア・中央アジア旅行も終わり、いよいよ本番のハンテングリ登山が始まる。妻の帰国便が7時40分と早かったので、5時のタクシーで空港へ向かう。ホテルで予約したタクシーだからボラれることは覚悟していたが、5千円近くも取られたのには驚いた。さすがにタシケントは大都会である。

妻の帰国便は出発が遅れたため、結局私と出国や税関の手続きは一緒となってしまったが、ゲートが別なため、税関の先で別れる。初めての一人旅ということで、いい年をして心配していたが、たまたま日本人の団体が同じ便に乗るみたいで、おまけに妻の同郷の名古屋の人たちということで、多少は心強かったのではないかな

さて、私の方は定刻通りでアルマッティに着き、エージェントの車で事務所に向かう。大きなビルの一角を予想していたら、民家風の建物で、中に案内されても説明があるわけでもなく、昼食(これぞまさしく、昨日妻が食べたがっていたラグマンだった)が出された以外にはほったらかしにされT、果たして今日中にカルカラまで行けるのかどうか不安になったが、なるようにしかならないと腹をくくる

4時半頃ようやく出発の知らせがあって車に乗り込む。カルカラまでは6時間のドライブで途中で弁当を食べながら休みなしで22時にカルカラに着き、すぐにテントに入る。

7/21 晴れ

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今朝になっても相変わらず、スケジュールの説明がないが、今日のヘリコプターでベースキャンプ(以下BCと略)入りとのメールをもらっていたので、ヘリに乗ろうと荷物を出したところ、私は3日後のヘリであるとのこと。

今の体調を考えると、すぐにBC入りするよりも、カルカラで体調を整えた方が良いのは当然なのだが、一方的に予定を変更されてしまうと釈然としないものが残るのも事実である。

今日は高所順化というよりも、リハビリを兼ねて、キャンプ場の裏山に登ってみることにする。標高は2630メートルであったが、東の方の眺望が得られたので明日行く山のルートを見定めておく。

その晩に24日に同じヘリに乗り込む一行を乗せた車がやってくる。

7/22 晴れ

昨日、目星を付けていたコースを登りに行く。それでも降りてきた時には6時

峠を越えて眺めて見ると、目標としていた山の取り付きまで行くのはかなり時間がかかりそうだったので、ひとつ手前の山を登ることにする。コースそのものはわかりにくいこともなく、3時には3300メートルの山頂に達する。そこから先も稜線は続いていたが、一度大きく下降してから登り返すことになるので、非常に時間がかかりそうだったため、前進をあきらめて、頂上で30分滞在してから下降に移る。同じ道を下ると時間がかかりそうだったので近道をしたが、それでも降りてきた時には6時を過ぎており、喉がカラカラになってしまった。

7/23 晴れ

カルカラ到着後、食事はいつも一人で食べていたが、私のテーブルにも今回の遠征用の資料が置いてあり、中身を見ると、隊員10人の中に私の名もあって、行動予定も記載されていた。

3年前のガッシャーブルムの時もジョイントの形をとっていたが、BCからはバラバラになっていたので、今回もそんなものかと思っていたが、全くの思い違いで、見ず知らずの国際隊(アジア人が私一人で他は欧米人)の中に言葉も不自由な日本人がただ一人参加する羽目になってしまったわけである。思わぬ展開に動揺したが、ここはひとつ腹を据えなければならない。目的は山を登ることにあるのだから、最低限のコミュニケーションが取れれば足りるであろうと考え直すことにした。まずは今日の行動予定にある高所順化のハイキングに参加しなければならない。

ハイキングは隊員10人中8人参加で、近くの4千メートル峰を目指すそうである。出発に先立って、初めて私がメンバーに紹介されて、8千メートルの登頂者であることも告げられる。

他のメンバーは一人を除いては、皆山慣れしていて体力もあり特にBCで私と同じテントに滞在することになるアメリカの若者は無類の体力を有していた。結局、その日は3500メートルの峠までしか行けなかったが、メンバーを知る上で有意義であった。

7/24 晴れ

いよいよBC入りである。

30分のフライトでヘリは4000メートルの北イリニチャック氷河に着陸する。すでにテントは張られていて、同じテントになるアメリカの若者と多少会話をする。

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午後からガイドによるユマールという固定ロープを登るための器具を使ってのトレーニングをする。私は3年前のカラコルムで経験済みではあるが、見よう見まねでやっていたに過ぎないので、それなりに成果はあったようである。

7/25 晴れ

今日は4500メートルの弟1キャンプ(以下、C1と略)まで往復して高所順化することとなった。

氷河の対岸に大きなクレバスがあり、数日前には死者が出たとかで飛び越すのに一苦労した。これから登るコースの傾斜も上部キャンプまで見てもさほど強くなく、技術的には3年前に登ったガッシャーブルム2よりは易しそうだ。ただ体力の衰えは隠しがたく、隊の中では最後尾に近い方であった。ただ高所での強弱を分けるのは6千メートルを越えてからである。今回、6千メートルを長時間越えるのは山頂アタック時だけであるが、果たしてその時はどうであろうか

7/26 晴れ

今日はC1ステイである。C1までは3時間程度と近いので、朝はのんびりと10時に出発する。昨日は調子が出なかったので、最後尾からゆっくりと歩き出す。昨日ちょっぴり怖い思いをしたクレバスのジャンプも木の橋がかかっているので安心である。氷河を渡り終わって雪面の登りにかかると、今日はとても調子が良いことに気づく。知らぬ間に何人かを追い越して、途中で休むこともなくC1に到着した。

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C1では同じテントに泊まることになるロシア人とブルガリア人は早々と到着していてテント設営も済ませてくれていた。BCではアメリカ人と同じテントといっても広々としたものだったが、ここでは狭い空間に大男二人に挟まれて窮屈だ。二人はロシア語で会話しているみたいでチンプンカンプンだが(英語で会話されても同じようなものだが)、本来なら疎外感を疎外感を味わうはずなのに、逆に奇妙な空間を楽しむ余裕が出てきたのが妙なものである。

7/27 晴れ

本日はC2までの往復である。BCからの標高差が900メートルもあるのでたいへんだが、山頂アタックもそのくらいあるので、これくらいでへこたれるわけにはいかない。

8時にC1をスタートするが、2時までにC2に辿り着けなければ、その時点で下山するようにとのガイドの指示がある。不調になった一人がC1に留まることになったので、隊員9人とガイド3人でスタートする。

この頃になると、メンバーの力量がはっきりと二分され、自分は2グループの真ん中くらいというところであったが、最初は離れていた遅いグループとの距離が次第に接近し、タイムリミットの2時直前にC2に着いた時にはかろうじて遅い組のトップで到着する有様であった。すぐに下りに移ったが、途中でバランスを崩して転びかけた時にザックからテルモスが雪の斜面に落ち、はるか下まで転がってしまった。BCにボトルがあるので、これで代用しなければならないが、手痛い失敗であった。

私がバランスを崩したのを見て、ガイドが心配して私の後ろに付きっきりになる。ありがた迷惑であるが、ガイドの立場からすればやむをえないのだろう。

C1には5時過ぎに着き、食料の残りのめぼしいもので夕食代わりとした。たった二日間だけだったが、もうBCの食事が恋しくなってしまった。

7/28 晴れ

今日はBCまで降りるだけだが、雪面が柔らかくなる前にというためか、BCの朝食に間に合わせるためか、飲食なしで7時前に下山を開始したので空腹と喉の渇きに苦しまされた。山は相変わらずいい天気だ。

7/29 晴れ

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終日レスト(休憩)。ハンテングリの眺めもそろそろ飽きてきた。ガイドが私のプロテクションシステム(固定ロープに体を保持させるもの)を直してくれた。今までのものでも静加重には十分耐えられると思うが、万一なんかの理由により固定ロープを長距離にわたって滑ってしまって動加重がかかった場合にはガイドがやってくれたシステムの方がベターだろう。

明日からの第二ステージは最終アタックに加われるかどうかの試金石となるので、ガンバラずに頑張ろう。

7/30 晴れ

第二ステージが始まる。起床時に脈拍を測ると58と下界の時以上に低く、4000メートルには完全に順化していることがわかる。昨夜ちょっと心配した食欲不振も全くなくなっている。出発時間は前回同様に10時かと思って早々と準備を済ませていたら、11時出発だったので、待ちぼうけを喰わされる。

氷河の横断の歩き始めに張り切りすぎてバランスを崩して転がりかけたが、誰にも見られずに済んだ。氷河の横断そのものも前回よりも楽だったし、対岸に着いて斜面を登りだしてからも皆に遅れを取ることもなしに前回よりもかなりいいペースで登ることができた。ただ先行者にアンザイレンしている遅いパーティーがいくつかあって、順番待ちには時間を要してしまったが、それでもBC→C1は2時間30分と前回よりも30分短縮することができた。

早い時間にC1に着いたため時間を持てあまし気味であったが、この絶景を前に贅沢というものであろう。明日は標高差900メートルの長丁場であるが、今日の調子で頑張りたいものである。

7/31 小雪

今日は全装備を担いでのC2までの行程である。最初は勇んで先頭近くを行ったのであるが、どうも昨日のようには力が出ず、ずるずると後退してしまった。これは高所の影響というよりも、朝食を食べてないためのようであった。日本の山登りの常識からすると、朝食なしで登るということは通常は考えられないのだが、このあたりは彼我の基礎体力の違いからだろう。おまけに行動食もチョコレートバー2本だけというのでは全く力が入らない。

最後の登りにかかる所では、最後尾が定位置だったジョンにまで抜かれる有様で、C2まで高度差で100メートルまで来た時にはガイドが迎えに来て、荷物を持ってくれるとのこと。普通ならば断るところだが、テント本体を担いでいるため、到着が遅くなると他のメンバーに迷惑がかかるので、素直に受け入れることにした。

C2に到着してみると、我々のテントにはガス本体がなく、お湯が沸かせない。C1ではお湯を沸かしてくれたロシア人は別のテントに行ってしまったようだし、同じテントに泊まるブルガリア人は既に食事を済ませたのかどうかわからないが、お湯はいらないという。しょうがないので、ベルギー人のテントにガス本体を借りに行き、なんとか夕食を済ませる。

全く今回のハイキャンプの食事は散々である。現在のヒマラヤ登山ではフリーズドライ食品が主流であると思うが、そんなものは皆無で、魚や肉の重い缶詰、ハムやチーズの固まりといった物が中心で、日本人の口には合わないのではないか(私には例外だが)

8/1 小雪のち晴れ

今日は第二ステージの目標であるチャパエブ峰(6150メートル)峰の登頂であったが、前日からの悪天が続いており、6時頃に外に出てみると、ガイドが出発是非の判断をしているようであった。予定では8時出発であったが、終日C2で停滞する見込みのようであったので、またテントに戻って寝袋に入ってウトウトしていると、8時半頃にガイドが回ってきて、天気が回復してきたので、9時に出発とのこと。慌てて支度をしたので、また朝食を摂る時間がなくなってしまった。高度障害の症状は全くないのだが、朝食を摂っていないことと、昨日の疲れが残っているのか足が重い。昨日からの降雪のため、我々のコースの右手の傾斜がやや強いあたりは雪崩が頻発している。途中にある岩場は降雪直後のためかホールドが雪に隠れて登りにくい。今日は空身に近いが、フル装備で登る時はちょっとたいへんだろう。この岩場で力を使い過ぎたのか、この後、急に力がでなくなる。このペースではチャバエフまで行くのは難しいので、5800メートル上部で暫く休んでから下降に移る。これで明日はBCまで一気に下り、久しぶりにまともなものが食べられるのが楽しみだ。今の調子ではハンテングリ登頂に赤信号が出てきたが、後の望みは3年前のガッシャーブルムの時のような「火事場のバカ力」が発揮できるかどうかである。

8/2 晴れ

今日は第二ステージ最終日でC2からBCまでの下降だけである。

2日間かけて登ったところも、下降となれば5時間弱であった。最後の氷河の横断も初めて一人で行ったが、何度も通ったところなのでさして迷うこともなく、無事通過できた。BC到着して1時間近くたってから待望のBCのランチにありつけて生き返ったような気がした。

明日から二日間のレストであるが、BCでは夜間だけだが、バッテリーチャージができるので、今までの記録を入力していれば多少は暇つぶしができそうだ。

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