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2011年9月

2011年9月29日 (木)

最後?の東日本震災ボランティア

前回の気仙沼ボランティアから3カ月以上たち、もうボランティアのニーズも終息したのかと思っていたところ、陸前高田ではまだボランティアを募集していることを知り申し込む。
陸前高田は震災時に北海道を徒歩旅行している時に、壊滅状態にあるとの報道を聞いて強い衝撃を受け、旅行なんかしていていいのか?帰ったら真っ先にボランティアに行かねばならないと思ったものである。しかしながら、受け入れ体制の問題からか、当初は県内在住者に限るとされたことや、さらに交通機関機関の問題もあって、行けずじまいとなっていたものである。
早朝に夜行バスで北上駅前に付き、30分くらい歩いた北上社協から送迎バスで目的地に向かう。2時間近くも乗るので、隣席のボランティアとも話がはずんだことはいつにないことであった。さらに今回は被災者のお宅での作業ではなく、瓦礫の捨て場の分別作業というのも初めての経験である。

Photo 左は土、右は木片その他に分別。なお中央付近に続く盛土部分は大船戸線が枕木ごと津波に洗われた跡

地元の方との交流がなかったのは寂しかったし、瓦礫の山がきれいに分別された跡を見て一瞬の達成感を味わったものの、別の場所で膨大な量の瓦礫の山を見て、自分のやっていることが焼け石に水のような気がして無力感を感じた最後?の東日本震災ボランティアでした。

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2011年9月21日 (水)

大井川完全踏破失敗の顛末

大井川完全踏破(源流から河口へ)は以前から実現したいと思っていたもので、数年前に山梨県側の野呂川をつめて三峰岳を登り、大井川を下降しようとしたが、野呂川に時間がかかりすぎたことと天候の悪化で大井川の下降は断念することとなった。もっとも当時は二軒小屋から河口までの百数十キロを走るつもりだったとは、その実現可能性はともかくとして、今では考えられない意気込みである。今は軟弱となったので自転車を利用して、山梨県側から転付峠を越えて二軒小屋に入り、大井川源流の最初の一滴が滴る地点まで往復してから、河口まで自転車で下降するというものである。転付峠は歩きだが二回越えたことがあり、ネットでは自転車で越えた記録もあったので、別に問題ないだろうと思っていた。

身延線の下部温泉で下車して富士川の支流である早川に沿って自転車でいく。転付峠へは田代入口から入るのだが、もう少し先の奈良田近くまで往復する。というのは奈良田から上は前述の野呂川(早川の上流の名前)その他で既に踏破しており、奈良田まで行けば、富士川本流と二大支流の笛吹川及び早川を踏破することになるならである。

田代入口までの道をしばらくは自転車を漕いでいく。すると東電関係者らしい人に呼び止められ、「この先、台風で道路が陥没しているので通過できない」と言われる。「そこまで行って引き返す」と答えるが、引き返す気などさらさろない。現場に着くと、下の写真のような状況で、自転車で通過する分には問題がない。

Photo
その先には堰堤を高巻く部分には階段による仮登山道が作られているが、入口にも出口にも「進入禁止」の表示とともにロープによる厳重な封鎖が行われていたので、相当道が荒れているのだろうとは思ったが、途中で通過が困難な場合には引き返すこととして、自己責任の原則に従って封鎖を破って前進する(もちろん封鎖は元通りにしておく)。階段を高い所まで自転車を担ぎ上げたりして大変だったが、これから始まる苦労の序曲に過ぎないことを翌日以降にたっぶり思い知らされることになる。
最初の難関を突破するのに思いがけず時間がかかり、辺りた暗くなってきたのでビバーク(露営)に移る。予定では転付峠までのつもりであったが、寄り道したとは言え、まだほんのとっかかりである。まあ予備日もあることだし、なんとかなるさとたかをくくる。そのうちに雨も降りだし寝袋も濡れだし、谷間のせいか携帯もラジオも通じない寂しいビバークであった。

夜中じゅう降り続いた雨は朝になっても止む気配もない。天気予報では雨なんて言ってなかったぞと文句の一つもいいたくなる。
沢沿いの道はあれ放題である。対岸に渡る橋はことごとく流されて、荷物と自転車は別々にかついで渡渉せざるを得なくなる。腰までつかる所では、自転車をぶら下げると、水流の抵抗を受けて転倒する恐れがあるため、自転車を頭の上に乗せざるを得ない。ちょうど自転車のフレームの三角形の部分に頭がすっぼり入る。ヘルメットが無ければ、痛くてとても頭はいれられないが、実に安定した体勢がとれるのでグッドアイデアだと自画自賛する。
その後は渡渉は少なくなったが、今度は沢沿いの道や橋自体の崩壊しているところが多くなり、片手で自転車をぶら下げて急な斜面を横切ったり、ロープで自転車を吊り下げたり上げたりということを頻繁に行うことになる。

Photo_2

まさかこんな悪い場所に来る人はおるまいと思っていたら、前方で声がして3人パーティーが降りてくる。私と同様に進入禁止の表示を無視して峠まで登り、同じ道を下山してきたそうである。話によると、ここから先はそう悪い場所はないが、沢から別れて峠に向かう所がわかりにくいとのことで、赤いドラム缶を目指して行けばよいと教えてもらう。今回出会った唯一の他パーティーであった。
この先はまずは東電小屋跡まで行くのが最初の目標となるが、コースタイムで2時間ばかりのところを一日かけても辿り着くことができなかった。これで大井川の源流を往復するという今回の目的の一つは時間的に不可能となったことが明らかになった。その代わり、余った時間を他に使えるわけだから、気持ちの上ではかえって余裕が生まれてきた。その晩のビバーク地は沢からはあまり高い場所ではなくて増水時に流される危険があり、背後に崖も迫っているといういやな場所だったが、やむをえず多少の危険は覚悟の上で泊まることにする。今晩も雨の中、携帯もラジオも通じない夜を過ごす。

翌朝はやっと雨も上がり、しばらく進むと東電小屋跡に着く。昨日と比べると多少は道もよくなってきたが、相変わらず自転車を引っ張り上げたり降ろしたりする箇所が続き行程は遅々として捗らない。そのうちに完全に道を見失ってしまう。前方は滝に阻まれて進めない。右の方によじ登っていけそうな壁があるので、偵察がてら自転車を置いて登ってみる。こんなところを自転車を引っ張り上げるのは絶対に無理だなと思いながら、とにかく活路を見いだすために滝の上に出てみる。ただそこから上はしばらく歩いても全く道がない。こんなに長い間、道が消えてしまうことはありえないので、対岸の方に道があるのではないかと思い、渡渉してみると果たして道はあったのだった。そこで荷物は置いて空身で下へ降りてみると、さきほどの滝の少し下に渡渉点があって、自転車のところに戻ることができたので、自転車を引いて荷物のところまで戻った。時間はもう午後を大きく回り、今日中に沢から離れて峠近くまで行くことは不可能であったが、とにかく沢から離れる地点までは行き、昨日教えてもらった赤いドラム缶に続く登り口の確認だけはしておこうと、自転車は置いて荷物だけを持って登って行く。途中一箇所だけガレ場の悪い所があり、果たしてここを自転車で通過できるか不安になったが、心配は後回しにして先を急ぐ。ようやく赤いドラム缶に続く登り口を発見したので、ホットして荷物を置いて自転車の所に戻る。さて問題の箇所をどうやって自転車を通過させるかで悩む。悪い所はほんの数メートルに過ぎないのだが、とても自転車を片手でぶらさげて通過できるようなところではない。そこでまず前輪、次に後輪を悪い場所のそれぞれの小さな足場に乗せ、次に後輪の下に片足をもぐらせてそちらに体重を移動させるとハンドルに手が届くので前輪を向こう側のやや大きな足場まで移動させてなんとか無事通過ができた。今回の中では最悪の場所であった。移動中に前輪がぶれて足場から外れてしまうと、自転車はガレ場から下の沢に落ちてしまう。自分の体とロープで結んであるので、12キロぐらいの重さだから、なんとか片手で支えられ、私も引きずり込まれることはないだろうとは思うものの、最悪の場合のシミュレーションが描ききれない中での強行突破だったが、無事成功してよかった。
その晩は広い沢の中でのビバークで天気はよいし、携帯もラジオも通じる快適な一夜であった。

Photo_3

翌朝もいい天気だった。今日の登りは悪い場所もないと聞いていただけに気楽な気分である。荷物と一緒に自転車を引いていくのは体力的には苦しいがヒマラヤ登山ほどの苦しさはない。途中一度だけ道を見失って、自転車を置いて偵察に行ったら、戻ってきた時に別のところへ降りてしまったようで自転車を見失い、1時間あまり時間をロスしてしまう。おまけに前輪がパンクしてしまうというアクシデントもあったが、チューブの交換は峠で行うこととしてパンクしたままの自転車を引いて峠を目指す。12時過ぎにようやく峠に着く。

Photo_4

前回普通に歩いて半日強しかかからなかったところを、道の荒廃と自転車の負荷のために4日近くもかかってしまったことになる。こんなに苦労して転付峠に登ったのは私以外にはあるまいと思うと嬉しさがこみ上げてきて、まずは近くの展望台に登って南アルプスの大展望を欲しいままにする。

Photo_5

次に峠に戻ってチューブの交換に取りかかる。交換自体はすぐに終わったが、予備のチューブを2本持ってきたつもりが1本しかない。もう1回パンクしたら万事休すだが、買って2年近くもの間、かなりの悪路を走っても一度もパンクしなかったものが一日に2回もパンクすることは確率的にもありえないと考えて不安を追い払う。

峠からは二軒小屋まで500メートル近く下降するが、下りになったからといって体力面はともかくとして精神的にはちっとも楽にならない。まずは段差があるので荷台の荷物がすぐに荷崩れを起こし、それを直すたびに止まらなければならない。また急斜面を暴走しがちな自転車をコントロールするのにも神経を使う。二軒小屋が直下に見えてきた時には思わずホットする。

Photo_6

二軒小屋でビールを飲んで鋭気を養ってから4時に大井川沿いの長い行程をスタートする。延々と砂利道の悪路が続き、パンクの心配が頭をよぎるが、その時はその時だと開き直る。1時間ちょっとでさわら島小屋に着く。5時間半だったので、今日はここで泊まってもいいかなという気も少しはしたのだが、小屋の人が自転車ならここから1時間くらいで畑薙ダムに着き、そこから10キロくらい先には温泉もあると教えてもらったので、じゃあ行ってみるかと先を急ぐ。あたりは段々暗くなってきたので、ライトをつけようかと思ったが、ザックの中でライトがつけっぱなしになっていたせいか、昨晩もライトの灯りが乏しくなっていたことを思い出し、電池節約のために極力無灯で頑張ることにする。しばらく行くと、前方にやはり無灯の自転車が見えてくる。追い越す際にどこまで行くのか聞いてみると、畑薙ダムのゲートまで行くとのことで、多分そこに車が停めてあるのだろう。ところが、彼は立ち止まってライトをつけると颯爽と私を追い抜いて先に行ってしまう。こちらは無灯でゆっくりしか進めないので、たちまち離されてしまう。そのうちに本当に真っ暗になってしまったので、やむを得ずにライトをつけるが、乏しい灯りで前方がぼんやりとしか見えないが、真っ暗よりはましである。ただ、乏しい灯りのため、真っ直ぐ走ることが難しく、時々、ガードレールのない路肩に行ってしまって、あわや大井川に転落しそうになったりして、あわてて山側の方に戻ったりする。そんなかんやで全くペースが上がらず、2時間以上たっても畑薙ダムに着くことができない。じっと忍の一字で漕いでいくと、やっとゲートに達し、ここからはやっと舗装道路になる。そのすぐ先に畑薙ダムはあるが、時間は既に夜の9時。今から温泉を目指したしても時間的にも泊まれるかどうかもわからない。幸い、ここにはバスの待合室があって、少し前から降り出した雨をしのぐこともできるし、自販機もあるということで、温泉はあきらめてここで泊まることにする。

Photo_7

翌朝は相変わらず雨が降り続いている。ビスケットを自販機の缶コーヒーで流し込んですぐに出発する。大井川鉄道の始発駅である井川まで行けば、食べる所くらあるだろうから、そこでしっかりした朝食を摂るつもりだった。ところが井川駅への分岐点で大雨のせいか駅方面への道が通行止めになっていて山側から迂回していかないと先に進めないようになっている。がっかりしたが、次の大きな駅である千頭まで我慢することにした。千頭駅には10時頃に到着。さっそく食べ物屋を探すが、数軒ある飲食店は朝早いためか全部閉まっており、駅の立ち食いソバ屋にも準備中の立て札がぶらさがったままである。そのくせ、土産物屋とか川根茶の販売店は何軒も営業しているとは皮肉なものである。食べ飽きたビスケットよりはまだましだろうと菓子パンを少し買って遅い朝食代わりとしてから先を急ぐ。そこから下は一面の茶畑が続いていて、その中を大井川鉄道名物のSLが走り、旅情を感じさせてくれる。お昼近くまで走って待望のコンビニを発見する。それほど空腹だったわけではないが、コンビニ弁当を買って食べる。世の中にこんなにうまい物があったのかと正直思うほどであった。午後になると、台風の影響か雨はますます激しくなり、島田駅に着いた時はまだ3時ではあったが、河口まで往復すると2時間以上かかる見込みだったので、今日のゴールはここと決めて、電車に乗ることにした。

今回は目標としていた大井川の源流には行けなかったが、転付峠までの荒廃した悪路を自転車で行くだけでお腹がいっぱいとなって十分堪能できたので、やり残した源流と河口付近は次回の楽しみに取っておこう。実にエキサイティングな5日間でした。もう一度やれといわれてもやる気はないだろうけど。

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2011年9月12日 (月)

都心の屋外人工壁発見

今日、仕事帰りに渋谷を歩いていたら、宮下公園のところに屋外の人工壁発見

Photo ルート壁

Photo_2 ボルダー壁

ルート壁も備えた本格的なもので料金もジムよりもかなり安いようであったが、日中しかやってないので、サラリーマンには利用が難しいかもしれない。

実は今日は仕事の帰りにジムに行くつもりで用具はかばんの中に入れてあったので、ここで遊んでいこうかという気にもなりかけたが、さすがに残暑厳しい中で直射日光を浴びながら登るのはためらわれたので(やはり、誰も登ってなかった)、見学だけにとどめておいた。

もう少し涼しくなったら、渋谷方面の仕事のついでに、ここで遊んでいくのもいいかもしれない。あるいは仕事がオフの日にここまで自転車で来て、クライミングをした後は、近くの代々木公園か織田フィールドで走れば、いいトレーニングになるに違いない。近いうちにぜひやってみよう。

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2011年9月11日 (日)

ウォーキング考

このブログのカテゴリーの中では「歩き」に属する記事が多いので、歩きの達人だと誤解されてらっしゃる方もあるかもしれませんが、実は歩きは苦手なのである。正確に言うと、早歩きが苦手なのである。

これは若い頃に単独登山中に転落して捻挫したにもかかわらず、数日間足を引きずりながら歩いて自力で下山した後遺症が今も残っているためである。気合いさへ入れれば、早歩きもランニングも問題ないのであるが、気を抜いていると、どうしても痛い方の足をかばってゆっくり歩いてしまう。だいぶ前であるが、羽田空港の連絡通路を歩いていると、職員から「車イスを使われますか」といわれて、一瞬意味がわからなくてキョトンとしてしまったことがある。きっと、足をひきづりながら歩いていて、たいへんそうに見えたのだろう。自分では健常者のつもりでも、客観的には障害者なのかもしれないし、申請すれば二級の障害者手帳はもらえるかもしれない。

まあこんな足ではあるが、100キロを10時間以内で走ったり、8000メートルを無酸素で登ったりしてきたのだから(今では両方とも無理だけど)、自分の足には感謝こそすれ、文句を言ったら罰が当たると思う。

ところで、早歩きの効用がいろいろと言われているようなので、自宅から最寄り駅まで行く時だけでも早歩きを始めてみよう。そしていつの日かホノルルマラソンをランニンングではなく、ウォーキングで完歩するという目標をたてるのも面白いかもしれない。

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2011年9月 7日 (水)

道東 完結篇

天気予報では今日の北海道は大荒れということだったが、釧路はそれほど悪い天気ではないため、予定どおり釧路湿原に出かけることにするが、その前に翌日のために釧路空港に立ち寄って経路と時間を確認する。ホテルから空港までは20キロ強、最寄り駅までJRを利用すると10キロに短縮されるが、そのためにわざわざ自転車の輪行作業をするのもわずらわしいので、直行することに決めた。ただ、途中で自転車がパンクした場合にチューブ交換または引いて歩いて行く時間を考えると、3時間以上の時間はみないといけないことがわかった。

空港の確認を終えてからいよいよ釧路湿原に向かう。約1時間強で湿原展望台に着く。ここはだいぶ以前に家族旅行で来たことがあるが、そのときは高いところから展望したのみで湿原には降りる時間がなかったので、今回は湿原に行くことを楽しみにしていた。展望台からは約2.5キロの遊歩道があるので行ってみるが、湿原の中までは行かないようだ。途中のサテライト展望台というところで、持参したキャンプ用の食料の残りを調理して食べる。観光客が多い時は、こんなところでガスコンロでお湯を沸かしたりするのは気が引けるのだが、今日は観光客もまばらなので、さほど気にせずに眼下の広大な湿原を眺めながら食事をする。

Photo

ふと遠くを見ると湿原の中を遊歩道が通っているので、あそこまで行ってみようと自転車を走らせる。しばらく先のビジターセンターから湿原の中に道が伸びているので行ってみる。自転車でも十分通れる幅の広い立派な木道で、自転車を除く車両通行禁止と書いてあるので自転車で行ってみる。さきほどの遊歩道と異なり、こちらは全くひとけがなく夕暮れが近づいて薄暗くなり始めたこともあって熊よけに笛を吹き続けて進んで行く。ここの湿原はヨシが多く、湿原自体の美しさは尾瀬や苗場山にはかなわない気がする。釧路湿原の魅力はやはり、その広大さにあるのだろう。そういう意味では展望台から眺めるだけで釧路湿原は十分楽しめるといえ、あえて湿原まで降りる必要はないのかもしれない。

Photo_2

湿原からホテルに戻ってシャワーを浴びてから、釧路の名所である屋台村に出かける。一説では釧路が居酒屋の発祥地だそうである。最初に生ビールのつまみとして名物のザンギを注文したのだが、これは失敗であった。というのはザンギがどんなものかを知らずに注文したのだが、出てきたのは鳥のからあげであった。実は釧路湿原からの帰途に小腹が空いたのでコンビニで鳥のからあげを食べたばかりだったからだ。同じ鳥のからあげでなんでこんなに値段が違うのだと腹が立った。次にほっけを肴に地酒を楽しむ。締めは釧路ラーメンとする。これはちょっと味が淡泊すぎるかなという感じであった。

Photo_3

以上で釧路の観光も全て終わってホテルに帰り、ワールドカップ予選ウズベキスタン戦をつい先日、旅行した中央アジアを思い出しながら観戦して道東最後の夜は終わった。

最終日は朝食後7時40分にホテルを出るが、前日下調べをしてあるので順調に進む。空港の手前3キロくらいは緩い登り坂が続くのだが、立ち漕ぎしながらペダルを通して北の大地の感触を楽しみつつ、フィナーレを迎えた。

今回、初めて一週間のツーリングを行ったが、連日の悪天にもかかわらず一日100キロ程度の走行であれば体力的には問題ないことがわかり、来年のロッキー山脈横断の手応えを感じることができた。課題としては今回に関しては特に大きな問題はなかったが、メカにもう少し強くならないと、長期のツーリングについては難しいかなと感じた。

(追伸)

道中では、携帯でアップしたものについては、文章を端折ったり、写真が掲載できなかったりしてましたので、その1に遡って、文章の加筆訂正や写真の掲載を行ってあります。

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2011年9月 5日 (月)

道東 その6

今日1日は、日本海の台風に向かって太平洋側から風が吹き込んだため、向風に悩まされ続けた。
宿をでてしばらく行くと、野付半島との分岐点にでる。往復36キロの長大な半島だが、有名なトドワラを見るために寄ってみる。
風の真正面を行くためジョギング程度でしか走れず、二時間もかかってしまう。その代わり帰りは追い風で40分であった。
元の道に戻ってからも向風でペースは上がらず、根室まで行くのは断念し、釧路へ抜けられる根室本線の厚床止まりとする。こんな天気の時に納沙布岬に行くのはもったいないので、次回のお楽しみに残しておこう。
厚床に6時に着いて、唯一の旅館に電話すると、今日は休みとのこと、そこで一気に釧路までJRで行ってしまうことに。釧路ならとまるところに困らないので。明日は釧路湿原でも行ってくるか

(帰京後に以下の写真をアップ)

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Cimg2736

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2011年9月 4日 (日)

道東 その5

今日は羅臼から日本最北東端の道路の終着点まで往復後、野付岬の手前の標津温泉に泊まっています。最初は岬の先のキャンプ場まで行くつもりでしたが、雨がやまず、昨日も入浴できなかったので、温泉でストップしてしまいました。
明日は、根室、できれば日本最東端の納沙布岬までいくつもりです。

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2011年9月 3日 (土)

道東 その4

朝起きると、さほど天気は悪くはなかったので、羅臼岳を登りに行く。例によって鈴と笛を鳴らし続ける。山は強風が吹いていたが、なんとか行動はできる程度。頂上直下で先行する6人パーティーに追いつく。頂上は立っていられないほどの強風なので写真を撮ってすぐに下山を開始。風の弱まる樹林帯に早く降りたかったので、先行パーティーを追い抜いて先を急ぐ。樹林帯まで降りて風も弱まったのでほっとしたが、今度は熊が心配になってきた。追い抜いたパーティーが来るのを待とうかとも思ったが、反対側に降りる道もあるので、必ずこちらにくるかどうかはわからない。そこでまた笛と鈴を鳴らしながら、ゆっくりと降りていく。しばらく降りると、うしろから人の声がして、さきほどのパーティーが降りてくる。そこで彼らに先に行ってもらい、自分はその後をピッタリとついていく。人数が多いから熊に襲われないとは限らないが、自分が襲われる確率が格段に少なくなるのは確かなので、先ほどまでの不安もなくなって、山を楽しみながら下山できるようになる。

下山後、知床五湖に行き、その後カムイワッカに行こうとしたが、砂利道だったので諦める。このあたりには泊まれるところはないので、ウトロまで戻るか、一気に知床峠を越えるか迷ったが、台風が近づいており、明日以降は知床峠越えが出来なくなることも懸念されたので、時間は6時と遅かったが後者を選択することにした。

夜の知床越えは行き交う車も少なく、熊に怯えながらのサイクリングで体力的よりも精神的に疲れるものであった。高度計の高度と道路標示のキロ数を頼りに、あとどのくらいで峠だと自分を叱咤激励してペダルを踏み続ける。30分ごとに休憩したが、たまたま休憩しているときに通りかかった車が止まって、「大丈夫ですか」と声をかけてくれる。そりゃ、こんな真っ暗闇に自転車での知床越えなんて正気の沙汰じゃないと思うのも無理もない。「大丈夫です」と答えると車は行ってしまい、またひとりっぼちとなってしまう。

ようやく峠について、ビスケットをかじって空腹をまぎらわしていると、まわりを数匹のキツネにとりかこまれる。どうやら私のビスケットがお目当てのようだ。人間を恐れていないのか足下まで近づいてくる。キタキツネは有毒な菌を媒介するので、かまれたりしないように、そのたびに威嚇して追い払わなければならず、ゆっくり食べているわけにはいかない。

下りになると、体力的には楽になるが、熊の恐怖は減じることはない。雨で路面が濡れているのでスピードが出せないが、巨体にもかかわらず時速60キロ近くで走れるという熊相手では、下りとはいえ自転車では逃げ切れるものではない。そのため出会う前に笛を吹いて接近を知らせて熊に退散してもらうしかない。

ようやく9時半頃に羅臼に着くが、土曜のせいかホテルは満室である。弱ってしまったが、町外れにライダー専用の泊まり場があったので、そこに泊まらせてもらう。学生3人が先客だったが、そのうちの1人から賞味期限切れのコンビニ弁当を食べてくれと言われたので、遠慮なくご馳走になる。

なかなか大変な1日でした。

(帰京後に以下の写真をアップ)

Photo_6 羅臼岳頂上

Photo_7 熊除け?の先行パーティー

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2011年9月 2日 (金)

道東 その3

北海道にも台風の影響がでてきました。ここウトロには観光船の待合室に無線無線LANのフリースポットがあるということでPCを持って出かけたら、全便欠航で待合室も閉鎖されていたので、やむを得ず携帯から投稿しており、写真はなしです。
朝はゆっくり9時半に出発。昨日後輪から異常な音がして、自転車屋に行かなければならないかと思ったが、ブレーキを支えるねじを締めたら直って一安心。
ウトロまで一気に行くつもりでしたが、途中で半端でないふりかたになったので、レストランで雨宿りを兼ねて昼食。
ウトロには2時過ぎに到着。キャンプ場でテントを設営後、カムイワッカの湯あたりまで往復するつもりだったが、雨が止まないのでやめにする。
このキャンプ場は近くに温泉もコンビニもあって便利なので、明日も停滞なら、もう1泊してもいいかな

(帰京後に以下の写真をアップ)

Photo_4 ウトロ国設キャンプ場

Photo_5 ウトロ漁港

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2011年9月 1日 (木)

道東 その2

北浜駅からしばらくはオホーツク海沿いに進む。原生花園が続くが、季節は少し遅いようだが、ちらほらとは花が咲いている

Photo_4 

小清水原生花園の先で海と別れて斜里岳に向かう。ところが、登山口の近くまで来ると、道がわからなくなってしまい、1時間以上時間をロスする。日本百名山なので、たくさんの人に登られているはずだが、みんな小屋まではタクシーで行くので、途中の案内表示がないのだろう。一時はあきらめかけたが、なんとか見つけたものの、途中から砂利道になってえらく時間がかかり、小屋についたのが正午となる。どうしたものかと思ったが、なんとか6時までには帰れそうなので出発する。

ヒグマが怖かったので、笛と鈴を鳴らし続けるが、しばらく登っていると、朝出発した登山者(これが本来の姿なのだが)が次々と降りてきて、「なにかあったのですか?熊でも出たんですか?」と聞かれて困ってしまう。地元の登山者はそれほど熊を恐れてないようだ。

頂上に着いたのは3時20分だったが、この時間になると登山者は皆下山してしまい、静かな山頂だった。

Photo_5

他の登山者がいなくなったのをいいことに、静けさを破って、また笛と鈴を鳴らし続ける。おかげで恐怖を感じることなく下山することができた。林道の自転車での下りは真っ暗となってしまったので、また笛を鳴らし続けていくことになる。

麓の町に着いたのは7時半になってしまい、今から知床半島のキャンプ場まで行くのはちょっときつい時間となってしまった。かといって2日連続で駅に泊まるのはいやなので、宿を探しながら自転車に乗っていると、温泉ホテルの前を通りかかったので、泊まることにする。携帯にも充電できたし、ネットにもつながったので、ほっとする。

明日は羅臼岳登山のつもりだったが、毎日フルに動いているので、ウトロ周辺のサイクリングにとどめてノンビリしよう。

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道東 その1

女満別をスタートして、道東の海岸線を自転車で旅しています。
サロマ湖はマラソンで走っていますので、それと繋げるために常呂までランニングコストで戻ったり、能取岬によったりしたので、行程は捗らす、初日の予定は斜里岳登山口の小屋までの予定でしたが、そこまでたどり着けず北浜という無人駅で一夜を明かしました。待合室は蚊や虫がいっぱいだったので近くのコンビニで殺虫剤を買って撲滅したまではよかったのだけれど、戸を閉めきっているので暑い々々
明日は斜里岳登山後、知床半島に向かいます。

Photo 能取岬(後方は知床連山、一番右は翌日登る斜里岳)

Photo_2 北浜駅の張り紙(大きい物は中国語ばかり。ここは中国か?)

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