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2011年9月21日 (水)

大井川完全踏破失敗の顛末

大井川完全踏破(源流から河口へ)は以前から実現したいと思っていたもので、数年前に山梨県側の野呂川をつめて三峰岳を登り、大井川を下降しようとしたが、野呂川に時間がかかりすぎたことと天候の悪化で大井川の下降は断念することとなった。もっとも当時は二軒小屋から河口までの百数十キロを走るつもりだったとは、その実現可能性はともかくとして、今では考えられない意気込みである。今は軟弱となったので自転車を利用して、山梨県側から転付峠を越えて二軒小屋に入り、大井川源流の最初の一滴が滴る地点まで往復してから、河口まで自転車で下降するというものである。転付峠は歩きだが二回越えたことがあり、ネットでは自転車で越えた記録もあったので、別に問題ないだろうと思っていた。

身延線の下部温泉で下車して富士川の支流である早川に沿って自転車でいく。転付峠へは田代入口から入るのだが、もう少し先の奈良田近くまで往復する。というのは奈良田から上は前述の野呂川(早川の上流の名前)その他で既に踏破しており、奈良田まで行けば、富士川本流と二大支流の笛吹川及び早川を踏破することになるならである。

田代入口までの道をしばらくは自転車を漕いでいく。すると東電関係者らしい人に呼び止められ、「この先、台風で道路が陥没しているので通過できない」と言われる。「そこまで行って引き返す」と答えるが、引き返す気などさらさろない。現場に着くと、下の写真のような状況で、自転車で通過する分には問題がない。

Photo
その先には堰堤を高巻く部分には階段による仮登山道が作られているが、入口にも出口にも「進入禁止」の表示とともにロープによる厳重な封鎖が行われていたので、相当道が荒れているのだろうとは思ったが、途中で通過が困難な場合には引き返すこととして、自己責任の原則に従って封鎖を破って前進する(もちろん封鎖は元通りにしておく)。階段を高い所まで自転車を担ぎ上げたりして大変だったが、これから始まる苦労の序曲に過ぎないことを翌日以降にたっぶり思い知らされることになる。
最初の難関を突破するのに思いがけず時間がかかり、辺りた暗くなってきたのでビバーク(露営)に移る。予定では転付峠までのつもりであったが、寄り道したとは言え、まだほんのとっかかりである。まあ予備日もあることだし、なんとかなるさとたかをくくる。そのうちに雨も降りだし寝袋も濡れだし、谷間のせいか携帯もラジオも通じない寂しいビバークであった。

夜中じゅう降り続いた雨は朝になっても止む気配もない。天気予報では雨なんて言ってなかったぞと文句の一つもいいたくなる。
沢沿いの道はあれ放題である。対岸に渡る橋はことごとく流されて、荷物と自転車は別々にかついで渡渉せざるを得なくなる。腰までつかる所では、自転車をぶら下げると、水流の抵抗を受けて転倒する恐れがあるため、自転車を頭の上に乗せざるを得ない。ちょうど自転車のフレームの三角形の部分に頭がすっぼり入る。ヘルメットが無ければ、痛くてとても頭はいれられないが、実に安定した体勢がとれるのでグッドアイデアだと自画自賛する。
その後は渡渉は少なくなったが、今度は沢沿いの道や橋自体の崩壊しているところが多くなり、片手で自転車をぶら下げて急な斜面を横切ったり、ロープで自転車を吊り下げたり上げたりということを頻繁に行うことになる。

Photo_2

まさかこんな悪い場所に来る人はおるまいと思っていたら、前方で声がして3人パーティーが降りてくる。私と同様に進入禁止の表示を無視して峠まで登り、同じ道を下山してきたそうである。話によると、ここから先はそう悪い場所はないが、沢から別れて峠に向かう所がわかりにくいとのことで、赤いドラム缶を目指して行けばよいと教えてもらう。今回出会った唯一の他パーティーであった。
この先はまずは東電小屋跡まで行くのが最初の目標となるが、コースタイムで2時間ばかりのところを一日かけても辿り着くことができなかった。これで大井川の源流を往復するという今回の目的の一つは時間的に不可能となったことが明らかになった。その代わり、余った時間を他に使えるわけだから、気持ちの上ではかえって余裕が生まれてきた。その晩のビバーク地は沢からはあまり高い場所ではなくて増水時に流される危険があり、背後に崖も迫っているといういやな場所だったが、やむをえず多少の危険は覚悟の上で泊まることにする。今晩も雨の中、携帯もラジオも通じない夜を過ごす。

翌朝はやっと雨も上がり、しばらく進むと東電小屋跡に着く。昨日と比べると多少は道もよくなってきたが、相変わらず自転車を引っ張り上げたり降ろしたりする箇所が続き行程は遅々として捗らない。そのうちに完全に道を見失ってしまう。前方は滝に阻まれて進めない。右の方によじ登っていけそうな壁があるので、偵察がてら自転車を置いて登ってみる。こんなところを自転車を引っ張り上げるのは絶対に無理だなと思いながら、とにかく活路を見いだすために滝の上に出てみる。ただそこから上はしばらく歩いても全く道がない。こんなに長い間、道が消えてしまうことはありえないので、対岸の方に道があるのではないかと思い、渡渉してみると果たして道はあったのだった。そこで荷物は置いて空身で下へ降りてみると、さきほどの滝の少し下に渡渉点があって、自転車のところに戻ることができたので、自転車を引いて荷物のところまで戻った。時間はもう午後を大きく回り、今日中に沢から離れて峠近くまで行くことは不可能であったが、とにかく沢から離れる地点までは行き、昨日教えてもらった赤いドラム缶に続く登り口の確認だけはしておこうと、自転車は置いて荷物だけを持って登って行く。途中一箇所だけガレ場の悪い所があり、果たしてここを自転車で通過できるか不安になったが、心配は後回しにして先を急ぐ。ようやく赤いドラム缶に続く登り口を発見したので、ホットして荷物を置いて自転車の所に戻る。さて問題の箇所をどうやって自転車を通過させるかで悩む。悪い所はほんの数メートルに過ぎないのだが、とても自転車を片手でぶらさげて通過できるようなところではない。そこでまず前輪、次に後輪を悪い場所のそれぞれの小さな足場に乗せ、次に後輪の下に片足をもぐらせてそちらに体重を移動させるとハンドルに手が届くので前輪を向こう側のやや大きな足場まで移動させてなんとか無事通過ができた。今回の中では最悪の場所であった。移動中に前輪がぶれて足場から外れてしまうと、自転車はガレ場から下の沢に落ちてしまう。自分の体とロープで結んであるので、12キロぐらいの重さだから、なんとか片手で支えられ、私も引きずり込まれることはないだろうとは思うものの、最悪の場合のシミュレーションが描ききれない中での強行突破だったが、無事成功してよかった。
その晩は広い沢の中でのビバークで天気はよいし、携帯もラジオも通じる快適な一夜であった。

Photo_3

翌朝もいい天気だった。今日の登りは悪い場所もないと聞いていただけに気楽な気分である。荷物と一緒に自転車を引いていくのは体力的には苦しいがヒマラヤ登山ほどの苦しさはない。途中一度だけ道を見失って、自転車を置いて偵察に行ったら、戻ってきた時に別のところへ降りてしまったようで自転車を見失い、1時間あまり時間をロスしてしまう。おまけに前輪がパンクしてしまうというアクシデントもあったが、チューブの交換は峠で行うこととしてパンクしたままの自転車を引いて峠を目指す。12時過ぎにようやく峠に着く。

Photo_4

前回普通に歩いて半日強しかかからなかったところを、道の荒廃と自転車の負荷のために4日近くもかかってしまったことになる。こんなに苦労して転付峠に登ったのは私以外にはあるまいと思うと嬉しさがこみ上げてきて、まずは近くの展望台に登って南アルプスの大展望を欲しいままにする。

Photo_5

次に峠に戻ってチューブの交換に取りかかる。交換自体はすぐに終わったが、予備のチューブを2本持ってきたつもりが1本しかない。もう1回パンクしたら万事休すだが、買って2年近くもの間、かなりの悪路を走っても一度もパンクしなかったものが一日に2回もパンクすることは確率的にもありえないと考えて不安を追い払う。

峠からは二軒小屋まで500メートル近く下降するが、下りになったからといって体力面はともかくとして精神的にはちっとも楽にならない。まずは段差があるので荷台の荷物がすぐに荷崩れを起こし、それを直すたびに止まらなければならない。また急斜面を暴走しがちな自転車をコントロールするのにも神経を使う。二軒小屋が直下に見えてきた時には思わずホットする。

Photo_6

二軒小屋でビールを飲んで鋭気を養ってから4時に大井川沿いの長い行程をスタートする。延々と砂利道の悪路が続き、パンクの心配が頭をよぎるが、その時はその時だと開き直る。1時間ちょっとでさわら島小屋に着く。5時間半だったので、今日はここで泊まってもいいかなという気も少しはしたのだが、小屋の人が自転車ならここから1時間くらいで畑薙ダムに着き、そこから10キロくらい先には温泉もあると教えてもらったので、じゃあ行ってみるかと先を急ぐ。あたりは段々暗くなってきたので、ライトをつけようかと思ったが、ザックの中でライトがつけっぱなしになっていたせいか、昨晩もライトの灯りが乏しくなっていたことを思い出し、電池節約のために極力無灯で頑張ることにする。しばらく行くと、前方にやはり無灯の自転車が見えてくる。追い越す際にどこまで行くのか聞いてみると、畑薙ダムのゲートまで行くとのことで、多分そこに車が停めてあるのだろう。ところが、彼は立ち止まってライトをつけると颯爽と私を追い抜いて先に行ってしまう。こちらは無灯でゆっくりしか進めないので、たちまち離されてしまう。そのうちに本当に真っ暗になってしまったので、やむを得ずにライトをつけるが、乏しい灯りで前方がぼんやりとしか見えないが、真っ暗よりはましである。ただ、乏しい灯りのため、真っ直ぐ走ることが難しく、時々、ガードレールのない路肩に行ってしまって、あわや大井川に転落しそうになったりして、あわてて山側の方に戻ったりする。そんなかんやで全くペースが上がらず、2時間以上たっても畑薙ダムに着くことができない。じっと忍の一字で漕いでいくと、やっとゲートに達し、ここからはやっと舗装道路になる。そのすぐ先に畑薙ダムはあるが、時間は既に夜の9時。今から温泉を目指したしても時間的にも泊まれるかどうかもわからない。幸い、ここにはバスの待合室があって、少し前から降り出した雨をしのぐこともできるし、自販機もあるということで、温泉はあきらめてここで泊まることにする。

Photo_7

翌朝は相変わらず雨が降り続いている。ビスケットを自販機の缶コーヒーで流し込んですぐに出発する。大井川鉄道の始発駅である井川まで行けば、食べる所くらあるだろうから、そこでしっかりした朝食を摂るつもりだった。ところが井川駅への分岐点で大雨のせいか駅方面への道が通行止めになっていて山側から迂回していかないと先に進めないようになっている。がっかりしたが、次の大きな駅である千頭まで我慢することにした。千頭駅には10時頃に到着。さっそく食べ物屋を探すが、数軒ある飲食店は朝早いためか全部閉まっており、駅の立ち食いソバ屋にも準備中の立て札がぶらさがったままである。そのくせ、土産物屋とか川根茶の販売店は何軒も営業しているとは皮肉なものである。食べ飽きたビスケットよりはまだましだろうと菓子パンを少し買って遅い朝食代わりとしてから先を急ぐ。そこから下は一面の茶畑が続いていて、その中を大井川鉄道名物のSLが走り、旅情を感じさせてくれる。お昼近くまで走って待望のコンビニを発見する。それほど空腹だったわけではないが、コンビニ弁当を買って食べる。世の中にこんなにうまい物があったのかと正直思うほどであった。午後になると、台風の影響か雨はますます激しくなり、島田駅に着いた時はまだ3時ではあったが、河口まで往復すると2時間以上かかる見込みだったので、今日のゴールはここと決めて、電車に乗ることにした。

今回は目標としていた大井川の源流には行けなかったが、転付峠までの荒廃した悪路を自転車で行くだけでお腹がいっぱいとなって十分堪能できたので、やり残した源流と河口付近は次回の楽しみに取っておこう。実にエキサイティングな5日間でした。もう一度やれといわれてもやる気はないだろうけど。

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