史跡探訪の旅(奥州藤原一族の起源)
子供の頃から歴史と地図が大好きで、史跡探訪の旅をしてみたいとずっと思っていたが、ほかにもやりたいことがあってやらずじまいだったところ、今回たまたま岩手に来たので、前九年の役 、後三年の役の史跡を巡ることにした。
だいぶ以前の大河ドラマでやっていたので、一般にも知られるようになった歴史であるが、自分にとっては子供の頃にマンガで読んで以来の慣れしたんだテーマである。
ただ事前にネットで調べたところでは、前九年の役の史跡はほとんど残ってないとのことだったので、盛岡で泊まったホテルから安倍氏滅亡の地の厨川まで往復15キロくらいなので朝飯前にジョギングで行ってみる。途中に安倍館町、前九年町という地名があったのが歴史を偲ばせているだけであった。厨川駅周辺にも昔を偲ばせるものは皆無であった。
前九年の役の史跡探訪が早く終わってしまい、時間が中途半端になってしまったので、予定外であるが、角館で下車して武家屋敷に寄ってみる。ここは徳川時代の佐竹藩のものであるが、後三年の役の主人公である源義家の弟の義光の子孫が佐竹氏なので、満更、今回のテーマに関係がなくもない。角館は桜見物に来たことはあるのだが、今日のような雨降りで観光客の少ない時も風情があってよいものである。
さて次は後三年の役の史跡地、その名も後三年を訪ねる。ここは駅からして、後三年の役の資料がはりめぐらされている。
駅から一時間ほど歩いた所に後三年の役関係の資料館があり、途中にはキャンプ場もあるので、荷物をキャンプ場に置いて、空身で資料館を往復する。資料館の目玉は後三年の役絵巻の見事な模写の展示である。
資料館の裏手には公園があって後三年関係の史跡が多数あるので、そちらも寄ってからキャンプ場に戻った。
今時キャンプする人もいないのか、管理人が不在だったので、横手まで行ってホテルに泊まろうかとも思ったが、このキャンプ場は後三年の役の有名な古戦場で、明るくなってから、じっくりと見学したかったので、無断でキャンプをさせてもらうことにした。
つづく
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