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2011年10月 2日 (日)

中尊寺と栗駒山

翌朝、古戦場跡を見学する。源義家がこの地を進軍している時に、上空の雁の動きを見て、敵が草むらに潜んでいることを察知したことで知られている所である。

Photo_8 平安の風わたる公園(キャンプ場)

その後に最後の目的地である平泉に向かう。平泉には何度も来ており、中尊寺だけでも今度で三回目となるが、両役の結果として奥州藤原氏の繁栄が生まれるわけだから外すわけにはいかない。それに世界遺産に登録されてからは中尊寺はまだ行っていないし、併せて登録されたものの中にはまだ行ってないものもあるのて、丁度よい機会であるとも言える。

週末の平泉は観光客でごった返していた。先ずは柳の御所跡、次に高館を経て中尊寺に向かう。前回の奥の細道の時は金色堂は入場料800円をケチってパスしてしまったが、今回はしっかりと見学する。前回見た時の金色堂は修理中で全容は見られなかったが、今回はまばゆいばかりの外観と内部が見られた(残念ながら撮影不可)。この世に浄土の世界を作り出そうとした藤原氏の思いが伝わってくるようであった。

Photo_5 中尊寺

その後は厳美渓を経て須川温泉に向かう。

Photo_6 厳美渓

須川温泉で下車した他の登山者は皆、温泉宿に入ってしまい、キャンプなどする物好きは私たけらしい。テント設営後、露天風呂に入って体を暖める。食事して酒を飲んでしまえば、後は寝るだけであるが、セーターも持参せず、寝袋もペラペラのものだったので寒くて熟睡できなかった。
翌日は4時前に起き出して6時過ぎに出発。登るに連れて紅葉が見事になってくる。今まで出掛けた紅葉の山では一二を争うほどであった。

Photo_7

頂上は風が強かったので長居は無用と下山すると1時間余りでイワカガミ平についてしまった。まだ9時半なので、だいぶ早く帰宅できるかなと思ったが、一日一便で3時過ぎまでバスがないことがわかりガッカリ。そこで一時間強歩いて下の温泉まで歩くことにする。それだけ歩いてもまだ十分時間は余っており、入浴、食事、休憩とのんびりすることができた。ハイキング程度の軽い山行だったせいでもあるが、私にしては珍しいことである。

帰宅してから、前2回分も含めて写真を挿入しましたので、ご覧ください。

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コメント

ご無沙汰しています。
歴史とハイキングの旅、充実していたようで何よりでした。
vibramさんさんというと、クライミングとハードなアルパインの世界というイメージがあるので、こういう記事は意外でした。(失礼!)
でも、楽しく読ませていただきました。

栗駒山は、私も家族ハイキングに出かけたことがありますが、その後、地震で大崩壊などがあり、心配していましたが、お写真を見るかぎり美しい紅葉に彩られていてホッとしました。

平泉の金色堂ですが、あのお堂を覆う堂がコンクリート製というのがどうしても納得できません。
世界遺産に登録されたのを機に、昔ながらの造りに直してもらいたいものです。

投稿: Nob | 2011年10月 7日 (金) 11時22分

Nobさん、コメントをありがとうございます。

歴史探訪の旅としては昨年も「秩父困民党の足跡を辿る」や「利根川踏破」途中での佐原の伊能忠敬記念館と渡良瀬の田中正造関連史跡についてブログに書きましたが、もうハードなアルパインの世界からは足を洗ったつもりですので、これからは守備範囲を広げて、歴史探訪の旅の外、以前なら全く関心のなかった日本百名山やJR全線踏破(調べてみたら両方とも気が付かないうちに8割方は終えていました)にも、手を広げていこうと思っています。


次の歴史探訪の旅としては「新田義貞の鎌倉倒幕の道」ということで新田荘(現在の群馬県太田市)から鎌倉までの約100キロをツーリングすることを計画しています。時期は未定ですが、Nobさんもご一緒しませんか

投稿: vibram | 2011年10月 7日 (金) 12時14分

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