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2012年3月

2012年3月31日 (土)

ゴールデンサークル

今日はフライト待ちで1日空いているため観光が可能たが、その前に一仕事が待っている。
朝、市内を10キロ余りジヨギングした後、ホテルでフライト変更の手続きを試みるが、市内のインフォメーションに回され、そこでもらちがあかず、空港のアイスランド航空事務所でようやく変更ができる。ただし、希望していた朝の便は満席で午後の便となるため、コベンハーゲンでの宿泊が必要となるほか、変更ができたのはコベンハーゲンまでで、そこから先は現地のスカンジナビア航空の事務所でおこなわなければならない。同航空はクルスク便のキャンセルには責任がないので交渉は難航が予想される。全ては私ね貧弱な会話による交渉能力にかかっている。
午後からはアイスランド観光最大の目玉であるゴールデンサークルに出かける。数分ごとに高く噴き上げる間欠泉、日本の地震の原因となっているプレートの衝突を引き起こしている地球の割れ目のガオ等、大地の神秘に触れる旅を楽しんでからレイキャビックに戻り、可愛らしい家々の町並みを散策して、アイスランドでのスケジュールを全て終えることとなった。

Photo_2 間欠泉

Photo_3 大瀑布

1_2 地球の割れ目をまたぐ

Photo_4 レイキャビックの可愛らしい家々

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2012年3月30日 (金)

グリーンランド脱出

グリーンランド滞在6日の朝を迎える。天気はフライト可能な状態だが、これだけキャンセルが続くともう何もしんじられなくなってくる。
いつキャンセルという知らせが来るかという不安を抱きながら、荷造りと待機の時間が過ぎて、ホテルの車で空港に向かう。

Cimg3301

見慣れた回りの雪山の景色を、これで見納めかと眺めつつ、またホテルに逆戻りするのではないかという不安も拭い切れない。空港に着くと、飛行機がすでに着陸しているのを見て、ようやく不安も薄らぐ。昨夜、同宿者とワインを飲んで最後の晩餐を記念したことが効を奏したのか、はたまたツアー代理店にメールで抗議した影響かはわからないが、定刻を多少遅れて無事離陸。機内に拍手が起きる。こんなことは30年近く前に、イランのホメイニ体制下の禁欲生活が続くテヘランの空港を離陸した時以来である。
レイキャビクに戻ると、乗り遅れた帰国便の代わりの便のチケットを買うために航空会社事務所に直行しようとしたところ、この時間ではやっていないということで翌日行くことにしたが、空港でもらったキャンセル証明書があれば、新規購入ではなく、当初の格安券の日程変更ができる可能性がでてきたことは喜ばしい。
ホテルに荷物を置いた後、市内を散策して、帰り際にレストランでロブスター料理を食べて、無事グリーンランドを脱出できたことを祝った。

Photo

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2012年3月29日 (木)

島流し

先週土曜日のフライトがキャンセルになって以来、今日水曜日で5日連続で飛行機は飛んでいない。島流しにでもなった心境だ。あれほど期待していたオーロラも見飽きてしまった(笑)。
悪天で飛べないのはやむをえないが、ここ二日間は無風快晴にもかかわらず、滑走路が水浸しということでのキャンセルだ。滑走路を見に行った印象では冬の北海道の空港並みであり、これで使用不能というのは納得がいかないし、仮に使用不能ならなぜ可能となるよう努力しないのか。これでは不可抗力ではなく、不作為といってよい。
ホテルの宿泊客も最初は5人だったが、あちこちか集まって、100人近くなり収容能力限界に達している。
ツアー会社に対して、航空会社や大使館に働きかけて打開策を講じるようメールを打ったので、まずはその回答を待ちたい。

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2012年3月28日 (水)

よもやのフライトキャンセル

今朝は雲一つない天気で、今日飛ばなければいつ飛ぶんだと思えた。荷物を空港に運ぶため、車に積み込んでしばらくした頃、衝撃的な知らせが飛び込んできた。「今日もフライトキャンセル!」。一瞬わが耳を疑った。なんでも滑走路が厚い氷で覆われているとか、溶けた雪で水浸しで着陸できないとか、情報が錯綜している。別の便があるかもということで期待したが、結局は飛行機は飛ばずじまいに終わる。後で空港を見に行くが、除雪等の作業後からかもしれないが、滑走路も使用できない状態には見えない。我々を帰国させない陰謀ではと疑ってしまう。

Photo_9 空港の除雪作業

Photo_10見た目では使用可能な滑走路だけど

もう帰国便にもまにあわず開きなおってしまっているので、帰国が遅れれば、それだけ長くこの大自然の中に長くいられるのだとも思えてきた。天気がいいので今夜も素晴らしいオーロラが見られるだろう。

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2012年3月27日 (火)

オーロラ遭遇

予定日に帰国できなかったお詫びというわけでもないのでしょうが、ようやくオーロラが観測できました。それもフィンランドで疑惑の観測証明をもらったようなオーロラではなく、「本物」を初めてみることができ、帰国の遅れも許せるかなとも思っています。カメラが悪いのか腕が悪いのか、実際の感動を再現できませんが

Cimg0170

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帰国はいつになることやら

今日は予定通り帰国できるラストチャンスの日である。なんとかフライトがあることを願って荷造りを行う。朝フライトスケジュールも発表されたので、これでなんとか帰れるかと、その時はほっとしたものである。ところが車に分乗して最初のグループが空港に向かっているのをホテルで待っている間にフライトキャンセルの連絡が入る。ショックは大きかったが、すぐに気を取り直して善後策を考える。こうなることは全く想定していなかったわけではなかったので、今週は仕事の予定はいれておらず、ネットも携帯も繋がるので、さしあたって仕事で支障が出ることはない。事前の調査ではグリーンランドはドコモの海外ローミングの対象外ということだったので、携帯が通じないことを覚悟していたのだが、ここクルスクはグリーンランドの東部に位置しレイキャビックから500キロ程度しか離れていないので、アイスランドの電波の影響下にあるようで、携帯が使えるのは怪我の功名とはいえラッキーであった。因みに携帯の自動時差補正はアイスランド時間のままである。携帯が通じるのはよいが、時差の関係で深夜や明け方に電話がかかってくるのには参ってしまう。もっとも悪天でやることがなく、昼寝はしょっちゅうだし、夜も悪天でオーロラ観測の可能性はゼロに近いのだが、奇跡を信じて夜中も起きだしてしょっちゅう空を見たりしているので、睡眠不足になることはないが

 もうひとつの問題は格安航空券利用のため、多分帰国のチケットは無効になっているだろうから、帰国便を自力で現地調達しなければならないことである。正規航空券は高価で問題外なのでLCCを利用することになるだろうが、何分初めての経験なので不安がないわけではない。事前に本を読んだ限りではネットとカードさへあれば、簡単に予約できるように書いてあるので、なんとかなるでしょうし、これも貴重な経験といえるでしょう。

キャンセル続きで気落ちしている我々を慰めるためか、主催者側がイヌイットの伝統楽器と踊りのショーを開いてくれる。

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2012年3月26日 (月)

サマータイム

今日はこちらではサマータイム切り替え日です。午前10時に時計の針を1時間進めるのですが、妙な感じです。
そのために朝食と昼食の感覚が短いのですが、白人の宿泊者はホテルに閉じこめろれて体を動かしていないにもかかわらず、すごい食欲です。
天気は昨日ほどはわるくないですが、明日のフライトがあるかどうかは微妙で、今は祈るしかありません。

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2012年3月25日 (日)

フライトキャンセル

今日の昼の便でアイスランドに戻る予定だったので、朝食後に一人で気になっていた近くの丘まで登ってみる。天気はさほど悪くはなかったが風が強い。それでも行きは追い風なので、さほど苦労することなく30分くらいで丘の上に立つことができた。眼下には昨日訪れたイヌイットの村の全景と流氷の海が見えていた。

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帰りは向かい風で苦労する。この風では今日のフライトは難しいのではないかとも思えたが、ホテルに戻ると、食堂横のフライト情報には、まだキャンセルとの表示はなかったので、シャワーを浴びてから荷造りを始める。ところが、しばらくして日本の青年がフライトがキャンセルとなり、次のフライトは翌々日の月曜日になると知らせに来てくれる。覚悟していたこととはいえ、ショックは隠せなかった。まあ月曜のフライトが確実ならば、帰国便には間に合うのだが、その保証はない。まあ最悪の事態を考えても、それでなんらかの対策が考えられるのなら、ともかく、そうでない以上は最後のチャンスに賭けるしかない。帰国が遅れるという事態も全然予想していなかったわけではなく、帰国直後には急ぎの仕事は入れてなかったことが、効を奏さないことを祈るばかりだ。唯一の救いは、グリーンランドはドコモの海外ローミングの圏外だと思っていたところ、このクルスクはレイキャビックの海外ローミングの電波下にあり、携帯が使えることであった。これでなんとか陸の孤島は免れ、たとえ帰国が遅れても、仕事上の支障は最小限に抑えられる見通しだ。

アイスランドでのゴールデンサークルの観光はできなくなったが、まあオーロラが観れれば許してやるのだが

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2012年3月24日 (土)

アイス&グリーンランド 

北欧とアラスカで失敗したオーロラ観測のリベンジで三度目の正直を果たそうとアイスランド・グリーンランド旅行に来ました。まずは11時間のフライトで乗り換えのコペンハーゲンへ。乗り継ぎ時間が4時間あるので、地下鉄で人魚姫の像を見に行くことにする。今回はレイキャビックでのホテルまでのバスの乗り継ぎ時間が短いため、荷物の機内預けはせず、全て機内持ち込みとしたため、市内観光の間は荷物を預ける場所を探し回って、荷物を預けた後に地下鉄駅に向かう。デンマーククロ-ネは成田で両替済みであったが紙幣だけだったので、自動販売機では使えない。幸い有人の販売所が隣にあったので、人魚姫像の最寄り駅まで1回の乗り換えで着き、15分くらい歩いて海辺に達する。有名な像だからもう少し観光地っぽいところかと思ったら、閑散とした場所で観光客が数人いるだけだった。「世界三大がっかり名所」のひとつということで、最初からたいして期待していなかったので、こんなもんかと記念写真だけを撮って、隣にある五稜郭を思わせる要塞跡を通って駅に戻る。

Marmade

ところが駅には有人の切符販売所はなく自動販売機だけしかない。 しかたなく無賃乗車するが、通常海外では改札口がなく、希に車内検札があって切符を持っていないと、かなりのペナルティが取られるので、乗り換えの隣の駅で駅員に教えてもらった有人の切符販売所を探し当てて切符を買い、堂々と空港に向かう。

レイキャビックに向かうアイスランド航空に乗り込んだ時は現地時間は夕方8時だが、日本時間では朝の4時でさすがに眠くなる。機内ではジュース類は無料だが、食べ物はLCC並に有料とのことで、食欲もなくジュース類だけで済ます。レイキャビックには3時間のフライトで定刻どおりに着き、市内行きのバスに乗り込む。市内までは40分近く原野を行くので、車内からオーロラが見られるかと期待したが、雲が厚く無理であった。まだまだ先は長いと気楽に構えて目的のホテルに着き、長い長い一日が終わった。

 翌日は昼過ぎにグリーンランド行きのフライトなので、午前中はゆっくりとできるのだが、前夜は睡眠不足にもかかわらず、時差ボケで早くから目が覚めてしまう。泊まったホテルは今日利用する国内便中心の飛行場の隣で、飛行場の回り1周約8キロはランニングコースにもなっているとのことなので、1時間ちょっとかけてジョギングをする。海辺を通るあたりは車両通行禁止の道路で気持ちのよいところであった。ジョギング後に腹を空かしてホテルのレストランに向かう。今回の旅行のうち、グリーンランドのホテルは3食着きであるが、物価が高いといわれるアイスランドでは朝晩はお湯だけで食べられるフリーズドライ食品やノンカップ麺を持参してきていた。後半に泊まるレイキャビックのホテルは朝食なしのことがわかっていたが、最初のホテルは朝食付きかどうかわからなかったところ、前夜のチェックインの時に「あちらが朝食のレストランです」と言われて、すっかり朝食代は泊まり賃に含まれているものばかりだと思いこんでしまっていたところ、レストランに入ってすぐに部屋番号を聞かれ、続いて「支払いは泊まり賃にチャージするかどうか」と言われて思い違いに気がついた。今更退散するわけにもいかず、そのままレストランで食事をとったが、後で精算をして知った朝食代1500円自体は思っていたほど高くはないものの料理の内容は貧しく、持参した食料を消費して荷物を減らすことができなかったことが悔やまれた。

 食後も時間が余ったので、持参したPCでネットに接続しようとしたところ、ホテルの無線LANは有料のようであった。メールの送受信はヤフーメール経由で携帯でもできるので、そちらで用事は済ませ、少し早めだが空港に向かうことにする。ホテルと空港ロビーは目と鼻の先なのだが、滑走路を巻いて大きく迂回しなければならないので、今日のジョギング時の下見からすると歩くと1時間はかかりそうであった。一人ならいざ知らず、家内と一緒なのでタクシーを呼ぶことにする。実はここで大失敗をやらかしてしまう。空港で運転手に料金を支払っている間に家内が後部から荷物を降ろして、途中で「この帽子はあなたのものか」と聞いてくるので、「違う」と答えると了解して他の荷物を降ろしたようである。私が下車すると、運転手は降ろした荷物も確認せずに走り去ってしまう。後には見知らぬコートがひとつ目に入る。なんでも奥の方から私のものと勘違いして引きづり出したらしい。私の羽毛服はザックの中であり、連れ合いの服くらいは覚えておいてほしいと言いたいところであるが、後の祭りである。こちらから運転手に連絡する術はなく、問題は彼がコートがなくなっていることに何時気づくかである。早い時間に気づけば手渡せるのだが、そうでない場合には空港のチェックインカウンターに預けなければならないので、その場合の説明文を英語でどういう風にいうか考えていた時に、彼はコートを取りに戻ってきたので、謝りながらコートを渡して一件落着となったが、実はこれは今日のトラブルの序曲にすぎなかったのである。

 電光掲示板には国内便の外に13時に同時に出るグリーンランド行きが2便(我々の乗る東海岸のクルスク行きともう1便の西海岸のヌーク行き)が表示されており、ヌーク行きの便のチェックインは始まっているが、クルスク行きは一向に始まる気配がない。そのうちに英語のアナウンスがあり、クルスク行きはキャンセルとなり、明日の便になる(本来は周2便)といっているようにも聞こえたが、何分英語が得意でないので確信がもてなかった。隣に座っていた女性が近くの人に相談しているような様子も見られたが、他のクルスク行き待ちと思われる乗客には動揺は起きていない様子だったので、もうしばらく状況を見守ることにした。ヌーク行きのチェックインが一段落したようなので、係員に確認すると、やはりクルスク行きはキャンセルということであった。フライトキャンセルは何度も経験していることなので、まあ仕方ないくらいにしか思わなかったが、クルスクのホテル3泊のうちの今日の宿泊キャンセルをどう連絡するかであった。アイスランド航空のフライトとホテル宿泊がセットとなっているため、アイスランド航空がキャンセルとレイキャビックの代替ホテルの確保をしてくれることになり、我々夫婦の外に他の3人(うち一人は日本人で我が家の息子とほぼ同年齢であった)をホテルまで送ってくれることになり、明日のフライト成功に希望を託すことになった。

 ホテルに戻ってから午後の予定を検討した結果、ブルーラグーンという昨日着陸した国際空港近くの温泉に行くことにした。温泉から市内に戻る最終バスが21時なので、運が良ければ温泉に入りながらのオーロラ観測もできるかもしれない。その温泉に行くためには、まず長距離バスの乗り場まで行かなければならない。市内バスを乗り継いで行けば受けるだろうと気軽に考えていたが、路線が網の目のようになっていてわかりづらく、おまけに乗車賃分のコインがなければバスにも乗れないということがわかり、途中で一日有効の乗車券を購入して何度も間違えながらも、グーグルマップから切り出した地図にPDAのGPS機能で現在地確認をしながら行ったので、見知らぬ場所でも進路の間違いがすぐわかり、なんとか長距離バスの乗り場までたどり着く。温泉行きのバスまでは1時間以上あることがわかり、コートを持ってこなかった私にコートを取りに行ったらと家内が言うので、ホテルに戻りかけるが、またしてもバスの上り下りを取り違えたため、ホテルに戻るのは止めて、温泉に直行することにした。家内が確認してくれたことによれば、帰りはホテルまでバスが送ってくれるとのことなので、帰りの寒さは心配しなくて済むこととなった。

 海岸線を国際空港に向かって進んでいくと、遠くには雪をいただいた山々が見えてくる。空港の少し手前で進路を南に向けると、しばらくして地熱発電所からもうもうと煙(湯気?)ががっているのが見えてくる。その少し先が今日の目的地の温泉であるブルーラグーンである。日本の温泉とは違い自然の巨大なプールさながらで、水着着用での混浴?である。硫黄等の臭いはあまりなく、場所によって違いはあるが概して温めなので、何時間でも入っていられる。あまり風呂が好きでなく、いつもは烏の行水ですぐにでてしまう自分だが、今日はできればオーロラを見たいという目的があったにせよ、3時間以上も入り続けていたのは我ながら驚きである。温泉の一角にはドリンクバーが設けられていて、日本では健康上の理由で勧めていられない入浴中の飲酒も盛んに行われていた。私も早速ビールを注文する。ビールを飲みながらの温泉は最高である。

Supa_2 

 最初は19時のバスで帰るつもりであったが、せっかく来たのだから21時の最終バスまで粘り、オーロラ観測にもチャレンジすることにしたが、7時過ぎになっても一向に暗くならない。「おいおい、まだ白夜の季節じゃないぞ」と言いたくなったが、どうやらアイスランドの標準時が首都のレイキャビックよりも多分東の方に設けられているためらしい。8時になって残光はなくなったが、雲が一面を覆っている空の中で唯一雲が切れている西の空はまだ漆黒の闇には包まれていない。ただ、西の空を目指して雲が押し寄せてきており、最終バスに乗り込むために着替え等の準備で温泉を出なければならないタイムリミット30分間は、暗くなるのと東からの雲が雲の切れ目を覆ってしまうのとの時間の競争であった。残り時間はたちまち過ぎて、残念ながら今日のオーロラ観測はあきらめざるをえなかった。代わりに下のような見事な飛行機雲が見られたので、今日はこれで我慢しておこう。今日はもともとオーロラは出ていなかったんだと自分に言い聞かせて町に戻り、明日以降に期待することにする。

Cloud

 翌日はグリーンランドフライト再チャレンジである。早めに空港に着いてフライトを待つ。今日はチェックインまでは順調に行ったが、搭乗が時間を過ぎても一向に始まらない。多分、行き先のクルスクの天候見通しがはっきりせず、その見極めがつくまでゴーサインが出ないのだろうと、今日もキャンセルとなることも覚悟しながらじっとゴーサインが出るのを待つ。予定よりも1時間以上遅れてやっと搭乗が始まるが、まだなにか問題があるようで、なかなか扉が閉まらない。プロペラ機が離陸して初めてグリーンランドに行けるという実感が得られた(パキスタンのスカルドでは着陸寸前にまた機体が上昇して出発地のイスラマバードに戻ったこともあったけど)。そんな心配をよそに1時間半ほどのフライトで機体はグリーンランド上空に達して、次第に高度を下げていく。思っていた以上に雪が多く、ヒマラヤを思わせるような光景が展開していく。まもなく機体は雪の平面に作られた滑走路に着陸して、ついにグリーンランドへの上陸が達成される。飛行場にはホテルからの迎えの車がきており、山々に囲まれた絶好のロケーションのクルスクホテルに向かう。

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1時間近く歩けばいけるというイヌイット村まで行ってみたい気もしたが、道もわからなかったので、家内とホテルの回りをあるくだけに留めて、今夜の部屋からのオーロラ観測と明日のツアーに備えて鋭気を養うこととする。

今晩からは3食付の宿泊なので、どんなメニューが出るかと期待したが、調理されてない素材だけが提供されているという感じでシェフの料理にはほど遠いものであった。そのくせ味付けだけはやけに辛かった。泊まり客は我々を含めて5人で、日本人の学生と食事しながら色々と話をしたが、優秀かつ積極的な若者であった。その晩は12時過ぎから起きだして窓越しにオーロラを待ったが、薄雲が出て星の光も弱かったせいか、またもやオーロラは現れず、4時過ぎには空が薄明るくなってきたので、今日の観測はあきらめて朝の眠りにつくことにした。

朝目覚めると小雪がちらついていた。7時に食堂に行くとほぼ準備も終わっているようなので食事をとる。普通のホテルの朝食だったが、野菜や果物がないのがさみしかった。今日は犬ぞりでイヌイット村に行ってみるつもりだが、天気が良くなることを期待して午後から出かけることにする。しばらく横になってから窓の外を見ると、同じホテルのアメリカ人夫妻が犬ぞりで出発するところであった。

Departure

フィンランドで乗ったような乗客自身が橇を御するのでなく御者がついていて乗客は乗っているだけなので、これなら家内と一緒に乗っても安心である。しばらくしてから窓の下を覗くと、くだんの日本の青年が一生懸命石拾いをしている。その後、彼の石のコレクションを見せてもらい、そのうちのいくつかを家内はプレゼントしてもらっていた。不思議な青年である。

Collection

天気の方は回復はしなかったが悪化もしなかったので、昼食後にイヌイット村に出発する。10頭建ての犬ぞりである。ホテルと村の間にはクレバス特有の青氷の突起が連なっていて、そこを大きく迂回していく。途中で荷物運搬のスノーモービルに追い抜かれる。まもなく遠くに村が見えてくる。ホテルからは犬ぞりで15分ほどで到着する。歩くと1時間近くかかるようである。ここで1時間の休憩である。イヌイット村人口250人だそうである。村のはずれの小高い所に登って村全体を見渡す。少し先には海があり、夏は漁業もおこなわれているようである。

Village

村の学校や雑貨屋を見てからホテルに戻る。相変わらず天気は回復しないようであるが、今晩も一縷の望みを託してオーロラ観測にチャレンジしよう。それよりも明日のレイキャビクへのフライトが予定どおりあることを祈りたい。

School

Market

Arrival

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2012年3月19日 (月)

PDAのソフト拡充

GPS機能付きのPDAを使い出して3カ月余りたった。今までは物書きと現在地確認が主な用途だったが、今回、二つのソフトを新たにインストールした。

一つは青空文庫という著作権が喪失した古い作家の本を集めた電子書籍だ。ソフトだけでなく書籍のダウンロード自体が無料なのだ。ボランティアが入力にあたっているとのこと。世の中には奇特な方がいらっしゃるものだ。

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もうひとつは翻訳ウォーカーという英和・和英の翻訳及び辞書で音声機能まで入っているものだが、こちらは有料である。

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いずれも今夏のアメリカ旅行での利用を目的としたもので、青空文庫の方は、暇つぶしに大量の本を持参せずに済むので、荷物の軽量化に役立つ。翻訳ウォーカーの方は昨年の天山登山で英語を母国語とする人達と3週間も寝食を共にしたのに、英会話能力が全く進歩しなかったことに懲りて、今夏はこれをコミュニケーションの助けに利用しようと考えて購入してみた。まだインストールしたばかりで、使用感はわからないが、機会があったら使用感等についても報告したい。

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3年ぶりにフル完走

2年連続で中止となった荒川マラソン(一昨年は前日の荒天でコース不良、昨年は震災直後のため)を走ってきました。

3年前の済州島マラソンで疑惑の年代別2位入賞(当時は60前だったのに60代とされてしまっていた)以来、フルマラソンの完走を行っていなかったので、7時間と制限時間の緩い荒川で記録よりもまずは完走を目指すことにした。この間、今の自分にとっては制限時間4時間と厳しい条件の大田原マラソンでは3回連続関門突破に失敗し、さらには冒頭の荒川マラソンの連続中止の他、昨年は長野マラソンも震災のため中止、満を持して臨んだ洞爺湖マラソンも前日の道路決壊で20キロで打ち切りとなるという不運の連続であった。その間の体力低下で自分が今どのくらいの時間で走れるのかを確認する上でも荒川マラソンは格好の大会である。

受付終了間際に会場に着いたので、スタート前には大勢のランナーが既に並んでいた。

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記録を目指していた頃は仮装やメッセージ表現は不謹慎だと嫌っていたのだが、今回は最初から記録は度外視していたので、ゼッケンの下に「反原発」のメッセージをつけて走ることにしたのだが、気恥ずかしいので、走る直前に長袖の上にゼッケンとメッセージをつけた半袖を着ようと思ったら、安全ピンが背中と胸の両方を串刺しにしているため頭が入らない。スタート時間が過ぎているので焦ったが、以前のように先頭近くから走り出すわけではなく、スタート地点まで5分以上歩かせられるので、安全ピンを直す時間は十分あったのは好都合であった。

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スタート直後は渋滞で最初の5キロは29分を要すが、ここまでは想定内で、ここからペースを上げていくつもりだったが、どうも思ったほどはペースが上がらない。それでも結構、ランナーを抜いていったので、この調子でペースを上げていこうと思っていたら、15キロ近くで古傷のある左足が痛み出す。やむをえずペースダウンして様子を見ることにする。そのため、今度は他のランナーに抜かれっぱなしになるが、ここはじっと忍の一字である。しばらくして足の痛みは治まってきたが、またペースを上げようとしても、一度落としたペースを戻すことは難しかったので、このままスローペースで走り続けることにする。

今日はスローペースで行ったのと後半の2キロごとの給水所を休憩所代わりにしていたため(以前は減速なしでの給水を心がけていたものだが)、いつもは地獄となる30キロ以降もさほど苦しまずに走ることができた。

タイムはなんと4時間31分のワースト記録であった。3年前の荒川よりもちょうど1時間遅いタイムである。今日は全力では走らなかったにせよ、3年間でこれほど体力が落ちるとは思わず愕然としてしまった。来月の長野では全力を出せば、もう少しはいいタイムが出せるかもしれないが、とても4時間を切ることは無理だろう。ボストンマラソンの参加資格を得ることは限りなく不可能に近くなってしまったが(3年前だったら楽々クリアできたのに、その時にエントリしなかったのが悔やまれる)、そろそろフルマラソンから足を洗う潮時なのか、記録は度外視して完走だけを目標に走り続けるのか思案のしどころである。ただ走ること自体はあまり好きではないので、完走だけではモチベーションが今ひとつというのも事実である。

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2012年3月15日 (木)

カードリーダーによるファイル転送も不調

ポケットコンピューター(PDA)とデスクトップPCとのケーブル接続、ブルートゥース接続も不調なことは前に書いたが、最後の手段としてカードリーダーによるSDカードとのファイル転送を試みることにした。購入したカードリーダー/ライターは以下の写真のように、片側には各種SDカード挿入口、反対側にはコンパクトフラッシュカードの挿入口まであって、これで問題解決かとも思われた。

Card_reader1

Card_reader2

ところが、実際にファイル転送をやってみると、うまくいくこともあるが、失敗するとSDカードのファイル全部が消えてしまうというとんでもない結果となってしまう。カードリーダーとカードとの相性の問題があるのだろうか。ネットで検索してもそういうトラブル例はないようで、真相は闇の中となりそうである(ブルートゥース接続不調も当初はサポート外のサービスが原因かと思ったが、調べてみると、双方とも同一サービスがサポートされていたので、これも同様である)。

もうひとつ思いついたのは、PCの方に無線デバイスを取り付けると、PDAはPC経由でインターネット接続ができるので、PCの方からPDAを無線LAN接続した他のPCとして認識できないかということであった。調べてみると、PC同士であれば、設定を変えることにより可能なようであったが、問題は両方のPCのネットワーク設定を変えなければいけないのに、PDAのネットワーク設定変更は不可能に近いということである。代替的な方法としてはメール本文または添付ファイル経由でデータを転送することも考えられる。ただノートPCを立ち上げて、ノートPC経由で転送するのとどちらが便利かつ早いかというと、なんともいえない気がする。

そんなくだらないことに時間を使ってないで、もっと有意義に時間を使えと叱られそうだ。はいごもっともです。

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第2回鷹取クライミング

2月初め以来の鷹取クライミングに行ってきました。

前回は久しぶりのクライミングですっかり持久力が落ちていたのと、慣れない砂岩の岩質のために苦労しましたが、室内ボードでの持久力トレーニングを続けた効果があったことと、砂岩の岩質にも慣れてきたことから、今回はそれなりに登れました。

Photo なんで仕事場にクライミング壁が?

Photo_2

気温は低かったですが、春の日差しをいっぱいに浴びて楽しいクライミングができました。せっかく一緒に登れる仲間もできたので、鷹取はしばらくは通ってみるつもりです。

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2012年3月11日 (日)

あの日を忘れない

東日本大震災から丸1年の今日をどう過ごそうかずっと考えてきた。初めてのボランティアに出かけて思い出深い石巻に出かけて黙祷でもしてこようかなどとも考えたが、そんなことをしても単なる自己満足で無意味なことに気づいて止めることにした。

やはり、もっと地に足がついたことをやるべきだと思っていたところ、比較的近くの公園に隣接しているグラウンドで震災復興と反原発の集会・シンポジウムが開かれ、終了後は駅までパレードするとのことなので、これに参加することにした。ここから先が私らしい所なのだが、その集会等は400メートルトラックの内側にテント等を設営して行うとのことなので、集会等の間はトラックを走りながら参加して、翌週の荒川マラソンの練習も兼ねようといものである(地に足がついているでしょう)。集会等の時間は4時間程度らしいので、ちょうどよい時間 である。集会等の少し前から走り出せば、名古屋女子マラソンの大詰めのところもラジオを聞きながら走れるという実に一石三鳥のプランである。2時46分までに走り終えれば、地震発生時に行われるであろう黙祷にも参加できるだろう(走りながら黙祷するわけにもいかないし・・・。昔、那覇マラソンでは、ひめゆりの塔の横を走りながら黙祷したこともあったけど)。

実際に行って予定が狂ったのは、名古屋女子マラソンがテレビでは放映されたのに、ラジオでは中継がなかったことである。それでやむをえず、ゴール間際と思われる時間に携帯ワンセグで結果だけを知る。集会は最初は参加者も少なかったのでトラックを走るのに支障はなかったし、音楽ばかりやっていたので聞いているだけで十分だったが、そのうちに参加者も多くなってトラックの方にもはみだしてきたので、3時間くらい走ったところで止めて集会に参加する。労働組合の動員が多いようだったが、最終的には主催者発表で8千人の参加者とのことである。

Photo

集会後は駅までのパレード?である。デモなどに参加するのは何十年ぶりものことである。昔のデモでは機動隊にサンドイッチされて、罵声を浴びせながら行進したものであるが、それに比べると、今日は静かなものである。

集会に参加して被災者支援の継続性を改めて感じたが、それとともに反原発の運動にも積極的に参加していく必要性を認識した。人間が制御できない原発は完全に欠陥システムである。日本の技術力をもって当たれば、さほど年数を要せずに再生エネルギーによる代替は十分可能であるし、その間は、天然ガスへの依存増で、温暖化対策への逆効果、貿易赤字、電力料の値上げ圧力といった問題はあるにしても、耐えるしかないであろう。

だが全原発が停止しても廃炉までには50年近い年数を要し、その間は原発と付き合っていかなければならないという。なんという罪つくりなことをしてくれたものか

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2012年3月 9日 (金)

ブルートゥース

このブログでもたびたび登場している愛用のPDA(Personal Digital Assistants =携帯情報端末)は目下、PCとの接続ができなくなっていることは前にもブログで書いたが、ケーブルを変えたり、PC側のソフトを更新したり、PDAの初期化をしても直らないので、PDA側のハード上の問題だろうとあきらめていたところ、PDAにはブルートゥース機能があるので、ブルートゥース機能のないPCにもブルートゥースデバイスを取り付ければ、ブルートゥース接続ができるのではないかと思えてきた。

ブルートゥースなる言葉は随分前から耳にしており、マウスやカメラその他の機器との接続をケーブルなしにできるということは知っていたが、特に必要も感じなかったので今まで使用する機会がなかった。電器店に買いにいったところ、1000円程度で売っているので思ったよりも安いことに驚いてしまう。早速、帰ってトライしてみる。

まずはソフトをPCにインストールしてデバイスを取り付け、PDAのブルートゥースをONにしてPC側でブルートゥースの接続先を検出すると下のように検出された。

Bluetooth1

ここまではすんなりといったので、これでケーブルレス接続ができるかと思いきや、「次へ」をクリックすると、「サポートしているサービスを検出できませんでした。」というメッセージが出て、接続は失敗してしまう。

Bluetooth2

なんでもブルートゥースのサービスには各種あり、相手側が利用しているサービスがサポートされてない場合には接続できないようである。規格が統一されてないということなのかどうかはよくわからないが、これではブルートゥースの普及も難しいのではないかと思ってしまう。

最後の望みが絶たれたのでPCとPDAとの接続復活はあきらめて、SDカード経由でのデータやりとりで済ますことにしよう。今は取りあえず、SDカードスロットのあるノートPC経由でデスクトップPCとPDAとのデータやりとりを行っているが、そのたびにノートPCを立ち上げるのは面倒なので、PC用のカードリーダーを取り付けてみるしかないだろう。

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2012年3月 8日 (木)

城ヶ崎イサビリロック

仕事にあぶれてしまったので、城ケ崎にクライミングに行く。クラック(岩の割れ目のこと)の中級ルートが多くあって人気の高いイサリビロックである。さすがに春休み前の平日とあって貸切状態である。

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右の方の簡単な所から順番に登って行く。簡単といっても、8ミリの細いロープに墜落防止用の登高器をつけて一人で登っていると、ちょっとヤバイ場所に出会うとビビってしまってフンギリがつかず、すぐにロープにぶらさがってしまう。

最後はこのエリアの看板ルートであるイサビリクラックである。下の写真の赤いロープが垂れ下がっている部分の左側の2本のクラックである。両方ともグレードは同じ10cであるが、前に登った印象では右の方がやややさしかったし、左のクラックはべっとり濡れているのに対して右側は比較的乾いているので、右の方を登ることにする。

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以前の記憶を思い起こすと、右ルートは最初が核心で、その後はさほど難しくはなかったはずであるが、最初の一手だけは左のクラックを使うのを思い出した。なんとそこはびしょぬれで、滑りそうであった。とたんに気持ちが萎えてしまい、腕もだいぶ消耗しているし時間も時間だからと、今日はこれで切り上げて次回まわしとして岩場を去ることとした。静かなクライミングができて楽しい一日であった。

城ケ崎は東京から行ける最も近いクラック登りのできる岩場である。それでも他の岩場比べると遠いが、PDAを携帯して公私おり混ぜた文章を書いていると、全く退屈しないので助かる。今夏登る予定のヨセミテはクラック主体の岩場なので、ここ城ケ崎には足繁く通うことになりそうだ。

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2012年3月 4日 (日)

じっと我慢の時

今日は荒川マラソンのコース試走をする予定だったが、数日前からの腰痛が悪化したため、大事を取って午前中はマッサージ、午後はマラソン観戦や今夏のロッキー超えの準備等でつぶす。無為に一日を過ごすのは辛いが、今はじっと我慢の時である。

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2012年3月 3日 (土)

ロッキー自転車横断計画を詰める

仕事の方が一段落着いたので、今夏のロッキー山脈自転車横断の行程の検討をしてみた。

まずはサンフランシスコからヨセミテまでの約300キロは1本道で選択の余地はないようなのだが、問題は一部ハイウェーを通ることになるのだが、アメリカは日本とは違って、自転車通行が出来るところと出来ないところがあり、そのあたりは現地へ行ってみないことにはわからないことである。通行不可のところは多分迂回路があるだろうが、ハイウェーを行くのは恐いので、多少遠回りでも迂回路を通って行きたい。このあたりの詳しい情報は出発までにはなんとか入手したいものである。

ヨセミテで数日クライミングを楽しんだ後、デンバーを目指して東進するのだが、距離的には下の地図の破線の部分経由で行くのが近いものの、途中の街も少なく、かなりの峠越えもしなければならないので、遠回りではあるがリノ経由の実線部分を行くのが無難であると思われる(ラスベガス経由の南回りの道もあるが、夏は灼熱地獄だそうで、問題外である)。リノから先は鉄道に沿って行けることも、いざという時のエスケープを考えると心強い。

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ソルトレイクまで来ると、走行距離は約1500キロで全行程の3分の2弱である。デンバーまでは更に800キロ以上もある。ルートは北回りと南回りの二つあり、いずれにも鉄道が通っていて距離的にもあまり変わらないが、南回りの方が峠越えが大変そうなので、多分北回りを選択することになりそうだ。ただそれ以前の問題としてデンバーまで行く気力体力が残っているかどうかである。ロッキー山脈横断というからにはデンバーまで行かないと完全制覇とはならないが、ソルトレイクまで自転車で行き、後はデンバーまでは鉄道で行くというのも、今の体力からするとありかなとも思っている。まだ出発までは十分時間があるので、じっくりと準備を進めていきたい。

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