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2012年4月

2012年4月27日 (金)

過去の清算

タイトルだけからすると深刻な状況を思い浮かべてしまいますが、単なる預金の解約です。
20年前以上に仕事場があった所の近くの銀行に口座があり、ふだんは使わないのですが、時たま使うことがあるので、そのままにしてあった口座を近くに行く用事があったので思い切って解約してしまいました。

たいして残高もないのですぐに終わると思ったら1時間近くも手続に時間がかかってしまいました。なんでも自動振替の手続だけが残っているものがかなりあり、その解除手続にも時間がかかったみたいです。東京電力やNTTといった一般的な支払の外に、その時点での特有な支払がいくつかあり、その支払先を見ていると色々なことが思い出され、一時的に昔にタイムスリップしたような気分になってしまいました。

これでひとつの「過去」が清算できました。最近は年のせいか色々と身辺整理をすることがふえてきたみたいです。

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2012年4月24日 (火)

忙中閑有

午前中に届くはずの資料が届かないのでおかしいなと思ったら、不在通知がポストに入ってた。ピンポンが鳴ったのだろうが、最近耳が遠くなってきたので気が付かなかったようだ。まったく年はとりたくないものだ。
そんなわけで資料が届いたのは夕方になってしまい、その間は本当の忙中閑有となってしまい、仕方ないのでロッキー横断の具体的な日程造りを行ってみた。ところがそこで重大な問題が発生してしまった。ソルトレイクの手前に砂漠があるのだが、その間はなんと200キロ以上もあり、人家が全然ないようなのだ。

大量の水を持参して突破しようかなとも思ったが、それは自殺行為にも等しいので手前の駅から鉄道に乗っていくしかあるまい。完全走破は日程的にも体力的にも難しいので、一部に鉄道は使うつもりであったが、シエラネバダ山脈とロッキー山脈を通る道路の最高地点を自転車で越えることでよしとするか

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2012年4月22日 (日)

高低図付きのグーグルマップ発見

自転車モードのあるグーグルマップを発見したことは前に書きましたが、さらに高低図まで付いているものを発見しました。世の中便利になったものだとつくづく感じました。
ソルトレイクからデンバーまでは二通りのルートが取れるので北回りのものと南回りのものを左右に対比してみました。

Photo

これを見ると、北回りの方がアップダウンが少なく最高の標高も3千メートルに達していないので、楽なことがわかります。ただし、ソルトレイクからデンバーまでは日程的にも体力的にも全て自転車で行くことは難しく、多分前半は鉄道かバスを利用することになると思いますので、それならば南回りを通って、今回の最高地点となる標高3700メートルの峠を自転車で越えてから一気にゴールのデンバーまでダウンヒルをした方が感動が大きいという気がします。

こうやって高低図でみますと、心配していた峠越えのアルバイトはそれほどはないことに気づき少し安心しています。後は長丁場をこなす体力と現地の環境にいかに慣れるかということかと思われます。

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2012年4月21日 (土)

閑中忙有り

週末は珍しく外出もせずに仕事づけになりそうです(幸い、天気も悪いようです)。
このブログを読んでいただいている皆様は私がいつも遊びほけていて、いつ仕事をしているのかと思われているかもしれませんが、私だってたまには仕事で忙しい時もあるんです。「忙中閑有り」ならぬ「閑中忙有り」です。

といっても一日中仕事をしているわけではないので、息抜きにロッキー横断旅行の計画を詰めています。
前回、自転車モードのグーグルマップがあることを発見したことを書きましたが、それでルートを調べていくと、サンフランシスコからヨセミテ経由のリノまで600キロの間には100キロ以内の所にはモーテルかキャンプ場のいずれかがあるので、問題はないのですが、リノ~ソルトレイク900キロには2晩程度はいずれもないことがわかり深刻な問題となっています。
単にネットで調べられないで実際にはあるのかもしれませんが、もしなければ、無断で道ばたにテントを張ると射殺されかねないお国柄なので、所有者の許可を求めるか、それがダメなら最後の手段としては真っ暗になってから教会の敷地にでもテントを張るしかないかもしれませんが、このあたりについてはもう少し情報を調べてみます。

ヨセミテからソルトレイクまで行くのにわざわざ遠回りしてリノ経由にしたのは、リノ~ソルトレイクには鉄道が走っているので、いざという時にはエスケープ可能ということと、鉄道沿いには幹線道路が通っているのでモーテル等も比較的多くあるだろうと思ったのですが、後者については完全に予想がはずれました。

まず、この幹線道路自体がどうも自動車専用道路で自転車は通行不可のようで、自転車の通れる道は幹線道路に沿った田舎道を進むようです。幹線道路よりは多少距離は伸びるでしょうが、150キロ以上で飛ばす車の脇を通るよりは田舎道の方が安心して走れるので、それはまあいいとしてもモーテルが思ったほどないのは困ったものです。考えてみれば一日千キロ以上は普通に走る車社会で100キロ以内にモーテルがあることを期待するのが無理なのかもしれません。

ソルトレイクからデンバーまで800キロの間にもモーテルはわずかしかありません。ただ、この区間は日程的にも体力的にも全て自転車で行くのは無理かもしれませんので、ポイントだけ走って、他は鉄道等を併用することにすればなんとかなるかもしれません。

その他にも携帯電話の海外ローミングが出来るところが大都市に限られるので、大部分を過ごす田舎での日本との連絡手段をどうするか等の問題もあります。サンフランシスコでプリペイドの携帯電話を入手することなども考えていますが、考え出すと次から次に問題が出てきて仕事が手につかなくなりそうなので、ここらで仕事モードに切り替えたいと思います。

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2012年4月17日 (火)

グーグルマップの自転車モード発見

ロッキー自転車横断についての情報は紙の地図やネットでルートとその沿線のモーテルやキャンプ場については調べることができるのだが、肝心のルートが高速道路なのかどうかがさっぱりわからずに困っていた。アメリカの高速道路には自転車通行可というものもあるらしいが、それにしても150キロ以上で疾走する車の脇は走りたくないものだ。現地のインフォメーションセンターでは自転車用の地図が入手可能とネットには書いてあったが、できれば日本で入手できないものかと思っていたところ、グーグルマップには自転車モードが設定されていることがわかった。早速サンフランシスコからヨセミテまでのルートを検索してみた。上が自転車モード、下が自動車モードである。

Photo Photo_2

重なりあうところもあるがかなり食い違うところもある。最初に通る予定だったサンフランシスコ湾を跨いでオークランド渉るベイブリッジは有料道路で自転車通行不可のようなので、上のルート図のように南の橋を渡るか、フェリーに乗るしかないようだ。このモードがどれだけの精度があるのかわからないが、この情報を参考にして現地での情報も加えた上でルートを選択していきたい。

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2012年4月16日 (月)

フルマラソンから足を洗う?

昨年エントリーしながら、震災のために中止となった長野マラソンに参加してきました。さすがに人気を誇る大会だけに、コース取りやロケーションは素晴らしいものでした。善光寺の参道を一直線に駈け下るところでは何度も背後の善光寺を振り返ってしまいました。途中の折り返しは長野オリンピックのエムウェーブを一周する形で行われるというユニークなものであり、コースのあちこちからは雪をいただいたアルプスの峰々が望まれます。極め付きは最後の7キロ地点で、土手に登った瞬間にゴールの競技場をはるか前方に忽然と浮かび上がるという心憎い演出でした。そして競技場を半周してゴールに飛び込むと、そこにはあの高橋尚子さんが、一万人を越えるランナー一人々々にハイタッチするというサービス付きまでありました。

Photo スタート地点手前。今回もスタート地点ははるか前方

Photo_2 遠くに雪山が望める35キロ付近の給水所

肝心の記録の方は前回の荒川マラソンよりも更に5分遅いワースト記録の更新。調子は決して悪くないにもかかわらず、この記録しかでないのは筋力の衰えとしか考えられません。苦しみに耐えてもワースト記録の更新となってしまう現状ではフルマラソンから足を洗うことも考えなければいけないのかも知れません。

トレイルランニング(山岳走)、アルパインクライミング(山岳登攀)そして高所登山と続いた次はフルマラソンからの引退になるのかもしれません。一抹の寂しさは禁じ得ませんが、外にやりたいことはたくさんあるので、しばらくは老け込むことはないでしょう。

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2012年4月14日 (土)

我がルーツを訪ねて

今日は長野マラソンの前日で現地までの移動日となるが、それを利用して我がルーツを辿ることにした。というのは、我が家は分家のまた分家でほとんど関係ないといえばないのであるが、一応先祖を辿れば、大泥棒の石川五衛門を捕まえたとされる小諸五万石の初代藩主である仙石権兵衛秀久という人であるらしい。
小諸の手前の岩村田の西念寺に秀久公の墓があるので、まずそこに寄っていく。数年前に中仙道を歩いた際にも寄ったことがあるので迷わずにいくことができた。秀久公のお墓の場所もわかっているので、記念撮影をして帰ろうとしたところ、バンフレットに秀久公の位牌が載っているのを家内が見つけ出す。早速、寺の人に聞いて見ると、位牌は本堂にあるが、生憎、法事の最中でしばらく待ってほしいと言われる。やむを得ず今日は諦め、後日、子供も連れてきた時にでもみせてもらうことにする。
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岩村田を後にして、小諸に向かう。小諸城址は懐古園の名で呼ばれ、例年ならば今頃は桜の見頃らしいが、今年は桜どころか梅もまだ蕾の状態である。
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城自体は石垣を残すのみであるが、資料館等々なかなかみるべきものが多い。ただ近くで食べたそばはいただけなかった。昨秋の秩父巡礼で不味いそばばかり食べさせられたので、本場信州と言うことで期待したのだが、空振りであった。
次に向かった上田城は真田一族の居城としてしられているが、実は真田の施政は三代限りで、真田家が松代に国替えになった後、仙石家が小諸から移ってきて、幕末近くまで十代近く治めてきたのだが、観光案内は真田一色となっている。仙石家の末裔としてはおもしろくないが、相手が有名過ぎたのでやむをえない。
こちらの桜はようやく開花を迎えている。
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我がルーツを訪ねる旅は以上で終わり、後は長野でマラソンの受付を済ませ、善光寺をお参りしてから、今晩の宿泊地の湯田中温泉に向かった。
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2012年4月13日 (金)

パスポート更新

午前中に新宿で仕事があったので、帰りに都庁に寄ってパスポートの更新手続きをしてきた。今夏のロッキー山脈自転車横断の帰国予定日ぎりぎりまでは有効期限があるのだが、今回のグリーンランド行のように帰国が遅れることもあるので、余裕をもって更新を行うことにした。

Passport

このパスポートを取得してからは、ほぼ年1回(最近は複数回)は海外登山ないし旅行をしてきたが、発展途上国に行く機会が多かったのでビザの押されたページが多く、白紙のページはわずかしか残されてなかった。

10年後に再度更新する機会はあるだろうか。それだけの体力と財力は持っていたいものであるが・・・

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2012年4月11日 (水)

仕事に来たのか歩きにきたのか

  今日は午後から岡山で仕事があるのだが、それだけのためにわざわざ岡山くんだりまで行くのはもったいないと、正月の帰りに歩き残した茨木から甲陽園までの約28キロを歩いてしまおうと大胆な(?)計画をたてたのだった。そのためには往復を両夜行バスとしたのだが、どこででも眠れるのが特技(?)の自分にとっては全然問題はないのである。

愛知県内のサービスエリアでトイレ休憩した後、うとうとして目覚めると京都の下車時間まであと1時間ばかりであった。現在地を確認しようとPDAを取り出すと、当然、名神高速上を走っていると思いきや、滋賀と三重の県境付近の道のない所をGPSは指している。一瞬、GPSが壊れてしまったのかと思ったが、自分のPDAは3年前に製造中止になた製品で、地図も古いものであることを思い出し、多分新しい道ができたのだろうということで納得した。軌跡はやがて名神と合流し、間もなく京都駅に着き、そこからJRで茨木まで移動してから、西に向かって歩き出す。

しばらく歩くと見覚えのあるオブジェが見えてくる。大阪万博のシンボルとなった岡本太郎氏作の「太陽の塔」である。大阪、名古屋と2回の万博を見る機会があったにもかかわらず、ヘソ曲がりの自分は皆が行く所には行きたがらないという困った性分のため、両方とも行き損ねてしまった(別に残念とも思わないが)。

Photo_3

今日は気合を入れて、皮靴は鞄にしまい運動靴に履きかえ、鞄は紐を出して背負って歩いたのでペースが進み、午前中は豊中たりまでかなと思っていたが、伊丹近くまで歩くことができ、伊丹空港下の長いトンネルを潜ってしばらく歩くとJRの伊丹駅でsった。

仕事の方は首尾よく終わり、伊丹から続きを歩き始める。午前中に16キロ歩き、残りは12キロ弱なので気楽なものである。夜道はわかりにくいし、最後の5キロほどは路地を縫っていくので、迷いやすいところであるが、ナビまかせなので安心である。ところが、ナビの選択したルートを確認すると大きく迂回してゴールするようになっている。地図上ではほぼまっすぐゴールまで続いている細い道があるので、 ナビのルートを外してそちらの道を進む。並行していた新幹線がトンネルに入ってしまった先からはかなりの登り坂となってくる。夜の山道だったら不安になるところだが、人家が密集しているので安である。ナビのルートとだいぶ離れたので、今度は今歩いているルートを選択するだろうと再検索すると、やはりさきほどのルートまで戻って迂回するよおうになっている。強情なナビめと呪ってナビは無視することに決め込む。道はますます急傾斜になって最後は丘の上まで階段が続いている。もしやと思って設定を確認すると車モードとなっていた。これで謎が氷解。どおりで午前中も高速道路ばかりを選択したはずだ。徒歩モードを選択しても再起動しないと有効にならないが、階段が終わってから再検索をすると進路上のルートを示していた。モードには自転車モードというのもあったが、これだと果たしてこの階段部分はどう判断されるのだろうか。担いで登れば通過はできるのだが。自転車専用道路などほとんどない現状ではこのモードの意味はほとんどんないように思える。もっともレインボーブリッジは自転車通行不可で歩いて渡ったことがあったけど・

そこから先は関西学院の横の急な道を通ってゴールの甲陽園駅まで道が続いている。ところがゴール直前でナビのルートがまたしてもちょっと迂回している。そこで迷わずに最短路を行く。回りくねった細い道だが、車が通れないこともない。やはりお馬鹿なナビだ。

ゴールの甲陽園まではだいぶ昔に須磨から六甲山脈を通って歩いたことがあるので、これで日本徒歩縦断の西端は須磨海岸まで達したことになる。甲陽園からは電車で大阪駅まで戻り、居酒屋に入ってビールで喉を潤したが、夜行バスの集合時間まではまだ1時間以上ある。どう時間を潰そうかなと考えていたところ、大阪環状線はまだ一周はしていないことに気付き、乗り鉄としてはこれはいかざるをえないと1週してくると、丁度いい時間となった。こうして、仕事に来たのか歩きにきたのかよくわからない一日が終わった。次回の日本縦断はGWに須磨海岸から山陽道を西進して四国上陸まで目指す予定だ。

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2012年4月 9日 (月)

城ヶ崎イサリビロック

先週、城ヶ崎イサリビロックに行く予定だったところが、帰国の遅れで中止となってしまったものを1週間遅れで行ってみる。同行者にその旨を連絡するも、なんの連絡もないので多分不参加だろうと思ったが、ひょっとして現地に直接行っている可能性もゼロではないと予定どおり出かける。

予想どおり駅には予定時間には誰も来なかったが、万が一を考えて現地に向かう。当然、現地には来ておらずというか、誰もいない貸し切り状態であった。そんなわけで、まるっきりモチベーションがあがらなかったが、せっかく来たのだからと、前回濡れていて登れなかったイサリビクラック1本だけでも登ることにする。まずは易しいルートでアップを行うが、ロープが直上せずに斜上するので、結構緊張する。

食後にイサリビクラック右にトライ。何度も登っているルートだが、出だしが被り気味の緊張するところで、踏ん切りがつかずになかなか離陸できない。トップロープで相棒が終了点にかけたロープを引っ張ってくれる場合は勿論、自分がリードする場合でも頭の上のクラック(割れ目)にカムをセットしてそれにロープを通すだろうから、カムより上に登るまでは落ちる心配がない。ところが固定ロープを一人で登る場合には安定した所まで登り切って固定ロープにセットした登降器を引き上げるまでは、もし落ちると下まで落ちてしまうので、緊張するわけだ。まあ落ちても大した距離ではないのだが

何度も逡巡した後に思い切って体を引き上げて、上部のフレークを右手で掴み、左手で登降器を引き上げてほっと一息をつく。そこから上はそれほど難しくはないのだが、固定ロープが左ルート寄りにセットされていたため、登るにつれてロープが左上する形いなり、もし落ちると体が左に振られることになって恐くなってくる。そこで一度ロープにぶらさがって左に移り、左ルートを登ることに変更する。

左ルートの方はクラックが濡れていていやらしかったが、途中何度かロープにぶらさがりながらも終了点まで登りきる。右ルート用にロープの位置を変えようとも思ったが、面倒くさいので、そのままロープを使って降りて、左ルートを下から忠実に登ることにした。ところが下に降りてみると、左ルートの最初の部分は右ルート以上にいやらしかったのを思い出し、今日はモチベーション不足で、これ以上の緊張感を味わいたくなかったので、時間は早いがこれで打ち切りとすることにした。

このまま帰ったのでは早すぎるので、途中寄り道をしていくことにする。それは国府津で途中下車して松田まで往復することだ。JR全線乗車にトライ中の自分にとって、関東地方での数少ない未乗車区間がこの区間である。御殿場線の御殿場~沼津間は小田急線新松田経由で何度も乗っているが、東京地区に住んでいる者にとっては、国府津~松田間を乗車するという機会はまずないことである。幸い今日は青春18切符を持っていてただで往復できるし、時間もあるので懸案を解決することができた。

ローカル電車でガラ空きかと思いきや、本数がすくないためかかなり混雑していた。初めて見る車窓には満開の桜が並んでいて目を楽しませてくれる。1週間ほど前にいたグリーンランドは雪と氷の世界だったが、四季のある日本はやはりいいなあとしみじみ思えた。

クライミングと乗り鉄の両方を楽しめて有意義な一日でした。

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2012年4月 7日 (土)

お花見ランニングのはずが

久しぶりに皇居をレースペース(昔の自分ならジョグペース?)で1週した後、お花見を兼ねて隅田川をジョギングするつもりで晴海埠頭まで行くが、どうも足の調子がおかしい。無理して1週間後の長野マラソンに響くとまずいので、走るのを止めて永代橋まで歩く。川べりはお花見の人でいっぱいでした。

Photo

永代橋で隅田川と別れ、茅場町から東西線に乗って中野に行き、ジムに寄ってから帰宅しました。

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2012年4月 6日 (金)

三大極地

地図を見ていたら、今回行ったグリーンランドはこの時期は北極と氷で繋がっていることがわかった。大甘に言えば北極に行ってきたといえないこともないようだ。

三大極地とは地球上で最も高度又は緯度の高い所で、エベレスト、南極点及び北極点を指し、昔から探検者のロマンを駆り立てたところで、三つに一人で到達した人は世界でも数えるほどしかおらず、日本人では先年、ヒマラヤで遭難したカメラマンの中村進氏だけのはずである。これに挑戦すること自体は私にとっては不可能であるが、その疑似体験ならば、今回のグリーンランドを北極の一部に数えられれば、エベレストは展望台のカラパタールから至近距離で望んでいるし、カラコルムでは8千メートルも経験しているので、後は南極大陸に足跡を残すだけである。

南極ツアーは最近は多数行われているが、金持ちの贅沢といった感じで費用が半端でないので、ちょっと参加は無理である。しかし南米最南端からの現地クルーズならば比較的リーズナブルな価格なようだが、問題は現地までの往復を含めて日数が非常に多く必要なことである。そのため今は無理であるが、仕事をリタイアして念願の南北アメリカ大陸縦断を実現できる日が来たら、ちょっと足を伸ばして南極大陸の突端にでも足跡を残して、三大極地の端っこを体験することだけならば実現できそうだ。

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2012年4月 5日 (木)

オーロラ三部作

帰国して3日目、ようやく社会復帰もできつつあります。

オーロラを求めて、世界各地を旅した記録を以下にまとめましたので、よろしかったらご覧ください。

http://homepage3.nifty.com/vibram/hourou/aurora/

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2012年4月 2日 (月)

帰国へ

今日は旅の最終日となる(なってほしい)日である。朝3時に目覚めると、電話2本の着信履歴がある。日本では月曜日の10時だからやむをえない。寝ぼけた声を押し隠して連絡するが、果たして適格な対応ができたであろうか?メールの返事数本を書き終えてもまだ外は真っ暗であったが、例によってジョギングに出かける。コベンハーゲンは長居する予定ではなかったから広い範囲のグーグルマップを切り出してこなかったので、迷ってはいけないと近くのチボリ公園のまわりを走る。公園といっても遊園地のようなところである。

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7週走ってホテルに戻り、シャワーを浴びてから部屋で簡単な朝食をとって空港に向かう。
駅での切符の購入や乗車番線でちょっとした混乱はあったものの余裕をもって空港に到着。心配したキャンセルや遅延もなく、定刻通りコベンハーゲンを離陸。ヘルシンキ乗り継ぎもスムーズで、後は墜落でもしない限り無事帰国できそうだ。

約10時間のフライトで無事に成田到着。もう東京は桜が満開の所も

Photo_3

長い旅だった!

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2012年4月 1日 (日)

帰国の目途立つ

コペンハーゲン空港の一夜が明けて、スカンジナビア航空の事務所に航空券の変更に出かける。用件を告げると、最初はokの返事が出たので簡単に出来ると思いきや、こちらの用件がわかったという意味だったようで、やはり正規航空券でないので、変更は不可とのこと。しかも本日は全てのシートが満席、明日もエキストラシートなら空きがあるが、その場合は二人で100万円近くかかるとのこと。一時はやむをえないとも思ったが、近くの代理店にあたると、ふたりで32万円でokとのこと。さらにカードで払うつもりだったのに、ユーロ払いとのことで手持ちのユーロを数えると2万円程度足りない。これを見た係員はよほど我々が貧乏旅行者と思ったのか、より安い23万円のチケットを呈示してくる。直行便でなくヘルシンキでの乗り継ぎ時間が1時間ちょっとしかないリスクはあったが、安値につられて購入してしまう。これで一応は帰国の目途がたったので、週前半の仕事の予定を後半に変更してもらうよう電話連絡したりして、ようやく大過なく一件落着となってくれそうである。

市内でホテルを見つけて一休みした後、コペンハーゲンの市内観光に歩いてでかける。王宮のまわりを散策したり、伝統的な家並みを見物したりしてホテルに戻る。長かった旅行もようやくフィナーレを迎えられそうだ。

Photo_5 コペンハーゲンの歴史を感じさせる重厚な町並み

Photo_6 王宮

Photo_7 繁華街

Photo_8 チボリ公園

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アイスランド航空の悪夢再び

今日は空港へ行って、コペンハーゲンまで移動するだけの余裕のある行程である。コペンハーゲン到着が夕方なので市内観光でもするつもりでいた。
空港に着くとアイスランド航空便は5時間以上の遅れとのこと。今回グリーンランドでの連続キャンセルで我々を苦しめた同社は最後の最後でまた牙をむきだした格好である。
コペンハーゲンには結局、夜中の12時近くに到着。ホテルを予約していない我々は、今からホテル探しをしても、どうせ翌日は9時までには空港で帰国のフライト確保の手続きをしなければならないので、空港で夜明かしすることに。空港での夜明かしは数年前のテロ騒ぎに巻き込まれたヒースロー空港以来のことであるが、まさか家内同伴の旅でするとは思わなかった。

Photo 一夜を明かした空港ベンチ

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