« 2012年10月 | トップページ | 2012年12月 »

2012年11月

2012年11月30日 (金)

ヤフー地図の進化

インターネットのポータルサイトで先行していたヤフーも今では完全にグーグルにお株を奪われてしまっている感があるが、自分は未だにヤフーを愛用している人間だ。ワード、エクセル全盛の時代に一太郎とロータスを使い続けている自分は保守的な人間なのだろうか?それはともかく、ヤフー地図の進化がこのところ著しい。

2点間の距離を表示する機能が数カ月前からサポートされたと思ったら、同時に標高差も表示できるようになってしまっていた。
Yahoo_map
ほんの1週間前に松山のインターネットカフェで、45番札所までの距離を検索したときは、標高差の表示はなかったので、ここ1週間の間に新たにサポートされたのだろう。その時は、片道40キロ程度だから日帰りで往復できるだろうと考えて標高差のことは念頭になく、実際にママチャリに乗って標高差700メートルの峠まで登りきっても、まだ半分の距離しか走っておらず、その先もアップダウンが激しそうだったのでリタイアしたのだが、標高差も表示されていれば、最初からあきらめていたかもしれない。

距離と標高差を同時に知りたいときは、従来は楽天のサイトを利用していたが、表示画面が小さいという欠点があった。今回、表示画面が大きいヤフー地図でもこの機能が使えるようになったメリットは大きい(楽天の方はGPSデータも読み込める点が便利だ。なお両サイトとも、現状では国内の地図にしか対応していないようだ)。
今回の新機能でヤフー地図もグーグル地図に対する遅れがだいぶ挽回できたようである。ストリートビューなどという機能はいらないが、緯度経度情報もヤフー地図に盛り込まれるようになったら、自分的にはヤフー地図がグーグル地図に遜色ないものになったといえる気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月27日 (火)

お遍路〜九州その5

お遍路〜九州その5
フェリーは5時に小倉港に着き、周りの乗客は皆下船していくが、今日はゆっくりできるので、しばらく仮眠してから下船して駅に向かう。
午前中は小倉城やその周辺の観光地をめぐって過ごす。
お遍路〜九州その5
松本清張記念館では「日本の黒い霧」のDVDまで見てしまう。今まで知らなかった事実まであって興味深かった。
午後は近くのジムでボルダリングを楽しむ。今治のジムと同様に辛いグレード設定であった。関東に比べてこちらのクライミングのレベルが高いのか?
夕方まで遊んでからホテルに向かい、荷物を置いて駅で友人と落ち合う。十数年ぶりの再会であった。その晩は昔話に花を咲かせなから小倉の夜を楽しんでホテルに戻る。明日からは、また東京でのいつもの生活が始まるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月26日 (月)

お遍路〜九州その4

当初の予定では松山から伊予灘に沿って八幡浜まで歩き、そこから大分に出港するつもりだったが、そうなると60キロ近くの歩きとなって、1日では辿り着けそうもないし、三日間の疲れがたまって、歩くのが辛くなってきている。それよりも何よりも、今回九州から帰ることにしたのは、北九州にいる友人と10数年ぶりに会うのを楽しみにしていたからであるが、大分から北九州までとなると、移動時間だけでもかかってしまうのだ。ところが、ネットカフェで検索していると、松山から小倉までの夜行便があることを発見、これですべての問題が解決することとなった。後は、今日一日をどう過ごすかであるが、松山市内に一日いてもしょうがないので、松山郊外を南に連なっている札所をレンタサイクルで巡ることにした。その中の一番南の札所までは片道40キロ以上あったが、高低差のことは頭になくて、たいしたことはあるまいとたかをくくってしまう。
レンタサイクルを借りてびっくりしたのは変速ギアもついていないママチャリであったからである。
まあなんとかなるだろうと出発する。ママチャリに乗るのはひさしぶりだが、すぐに慣れる。とごろが、傾斜は次第にきつくなり、峠の標高720メートルの標識が現れて一瞬ひるんでしまう。気をとり直して立ち漕ぎで行けば、時間はかかるが、ママチャリでもなんとか峠までたどり着くことができた。
お遍路〜九州その4
ところが、そこでGPS地図で確認すると、45番の札所まではまだ20キロ以上もあってアップダウンも続くようなので、往復すると3時間以上はかかりそうだ。次回に予讃線の松山以南の最寄り駅から往復することとし、今回は46番以降を行くことにした。
峠の下からは松山市街の眺めが一望でき、まあ展望台に上がったと思えば、ここまで上がってきた苦労も無駄にはなるまいと気持ちを切り替えて一気に下り始め、途中で46番の
の小道に入って行く。

お遍路〜九州その4

さすがに自転車だと早く、最後は暗くなってしまったが、51番まで6つの札所を効率的に回ることができた。ただめったにいないことではあるが、歩き巡礼の人に逢うと後ろめたさを感じてしまう。やはり巡礼は歩いて行くからこそ価値があるとのだろう。
51番の先に道後温泉があるので立ち寄り、道後温泉を代表する建造物の温泉に入ってから市内に戻り、自転車を返した後、リムジンバスでフェリーの乗り場に向かった。
お遍路〜九州その4道後温泉

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月25日 (日)

お遍路〜九州その3

今日の行程は40キロ以上と長いが、途中には札所はなく、他にも特に見るべきものもないので、単調な一日となりそうである。
6時過ぎにどしゃ降りの中を宿を出て駅に向かう。実は前回来たときに小松、氷見間は札所巡りをしながら歩いたので、たった1キロちょっとではあるが、今回はパスして電車に乗り、歩行時間を少しでも減らそうという魂胆である。
隣駅の氷見で下車すると雨は小降りになっていた。いよいよ長い一日の始まりである。40キロ以上も歩くことを考えると、それだけで嫌になってしまうので、身近な目標だけを目指して歩くことにする。
気分が乗らないせいか、半分も歩いてない段階で、荷物が軽いにもかかわらず背中が張ってくる。おまけに、足に豆はできるは、捻挫の後遺症は痛み出すはで、果たして丸一日歩き続けられるかどうか、危ぶまれてくる。ただ途中で旧街道に分岐するので多少気分が紛れてくる。そこはへんろ道の標識も出ていたが、今どき、札所間の距離が40キロ以上もある所を歩く人が果たしてどれほどいるであろうか。
今日は国道を行くので、登りはないと思っていたら、後半は緩やかながら登りが続くようになる。ただ、そのほうがかえって、気持ちに張りが出たのか元気になってくる。
大相撲をラジオでききながら、白鵬の優勝を確認してコンビニに立ち寄ったのが、ゴールの三島まで12キロの地点で、松山までの最終の一本前の電車に十分間に合う時間だ。途中、時間と距離を確認してながら歩くが、段々余裕がなくなってきたのて、スピードを少しあげて、腹が減っていたが、コンビニも素通りする。
三島まで数百メートルの所まで来て、駅と反対方向にコンビニがあるのを発見して、車内用の飲食物を買って行こうかとも思ったが、気が急くので駅に直行する。駅には予定の電車の発車時間の10分以上前に着いたが、案の定、駅前には開いている店はない。コンビニまで戻っている時間はない。やむを得ず、自販機で腹の足しになるものを買って電車に乗り込む。
車内ではブログ書きで時間をまぎらわして空腹をしのごうとしたが、さすがに特急は早く書き終わらないうちに松山に着く。早速、駅前のラーメン屋でビールで乾杯して、最低目標であった高松、松山間の踏破を祝う。
食後にホテルを探そうと思ったが、もう日付も翌日となった時間でもあり、たまたま隣にネットカフェがあったので、今夜はそこで過ごすことにした。
お遍路〜九州その3ネットカフェ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月23日 (金)

お遍路〜九州その2

今朝は寝坊してしまい、出発が9時過ぎとなってしまう。今日も前回歩き残した所なので今治から南下するわけだが、同じく歩き残した57番から59番の札所をどう組み込むかが問題となる。58番の仙遊寺は標高300メートルの山の上にあり、三つの札所を結ぶコースは優に一日がかりのハイキングにも匹敵するものである。最初はレンタサイクルを利用することも考えたが、雨模様であり、本降りにでもなったら、傘をさしながら漕ぐわけにもいかないだろうし、やはり歩いて参拝した方が御利益もあるような?気がしたので歩いていくことにした。
57番の永福寺まではほぼ平坦な道だが、途中で食料を持ってきていないことに気付くが、まあ1食くらい抜いても、行動には支障はないだろうと、そのまま歩き続ける。
仙遊寺に向かう道はすぐに本格的な登りとなる。車が次々と通るので参拝者は多いようだが、歩いて登る人は皆無である。一人だけ自転車で来ている人がいたが、こちらが歩いて登っていると、優越感を感じてしまうのは妙なものである。
仙遊寺はちょうど紅葉シーズンで見ごたえがあった。
お遍路〜九州その2
59番の国分寺へは自動車を離れて遍路道を行くので、しずかは下りが楽しめる。途中にコンビニがあったので、弁当を買って遅い昼食をとる。
59番の国分寺には3時過ぎに着き、これで松山ー高松の札所25箇所は全部行ったことになるが、88全部を行くのはいつになることやら。
国分寺を出たのは3時過ぎだったが、まだ20キロ近く歩かなければならない。途中で宿に電話して宿の予約者をとったが、宿に着いたのは10時近くになってしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

お遍路〜九州その1

お遍路〜九州その1大山寺
今月末締切の仕事も終わってないのに、またお遍路にきてしまった。
松山空港に始発便で着き、前回歩き残した大浦までの23キロを歩き出す。まもなく道は海岸線を離れて、52番の大山寺に着く。今回のお遍路での一番西のお寺である。次の53番の円明寺までは2キロ程度と近いのだが、54番までとなると30キロ以上もあって1日で歩き通すのも大変だ。今日は大浦までなので、夕方には着き、電車で今治に向かう。今治では時間が十分あったので、ジムでクライミングを楽しむ。なかなかグレードの辛いジムであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月18日 (日)

天王岩登り納め

今年何回目かの天王岩に行ってきた。これからはアイスやクラックのシーズンなので、おそらく本年最後のクライミングになるであろう。
あいにく、前日の雨で、いつもアップで登るルートも濡れていておっかなびっくりで登る。いつもだと次はクラックジョイ(5.9)となるのだが、今日は他パーティーの貸し切り状態のため、やむを得ず勉太郎音頭(5.10bc)を登る。
Photo
だいぶ前に何回か登ったことはあるのだが、すっかりホールドを忘れてしまい、テンションをかけてしまう。ホールドを確認してから、トップロープで登ったら、問題なく登れたので、次はリードでもノーテンで登れるだろう。調子に乗って、その右側のイレブンのルートにトライしたが、とりつく島がないという感じで宿題になってしまった(11bcだからいつできるかわからないが)。下に降りてくると、ちょうど隣のクラックジョイが空いたのて、長い間宿題となっているYさんのためにトップロープを張りにたてつづけに登る。5.9とはいえ休みなしではさすがに上部では腕が張ってくる。クラックに足をねじ込んで腕を休め、なんとかテンションを免れた。夕闇せまる中をYさんは早速トライ。苦戦しながらも無事完登し、懸案の宿題をなんとか年内にクリア。めでたしめでたしである。

帰り道は、Fさんの車を停めてある所までの30分あまりの渓谷沿いの道だったが、紅葉が晩秋の渓谷に映えて、なかなか風情のあるものであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月16日 (金)

スマホに乗り換えられず

今秋始めから携帯が行方不明で困っていた。携帯には家のカギをつけてあり、土曜日に帰宅後に行方不明になったので家の中にあるのには間違いないのだが、家中さがしてもみつからないので、ついに買い替えることにした。
今どき買い替えるなら当然スマホだろうと思っていたが、そう一筋縄ではいかなかった。ドコモショップで聞いてみると、スマホの電池は半日から1日しかもたないという。コンセントを利用できない環境にいることが珍しくない自分の場合には、大量の予備バッテリーを用意しなければならなくなる。さらにPCに保存してある携帯の電話機データはスマホでは利用できないということを聞くに及んでスマホへの乗り換えをあきらめた。
携帯のiモードでも不満はないし、移動中に高速ネット環境が必要ということもさほどないので、正直言ってスマホの魅力は感じられない。
それよりも、モバイル機器としてはウルトラブックの方に魅力を感じている。候補の機種も挙がっているのだが、ひとつだけ問題が残されている。それは候補の機種が無線LANだけに対応していて有線LANには対応していないことである(有線LANに対応している機種は重いのだ)。ホテルには有線LANだけしかないところもあるので、どうしたものかと思案中である。ポケットサイズのWiFiルーター(LAN回線を差し込むと無線LANが使用可能になるらしい)もあるようだが

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月14日 (水)

最後の?フルマラソン申込

Photo
今日からエントリー開始となる荒川マラソン(現在は板橋CITYマラソンと名前が変わってしまったが)に早々と申し込んでおいた。今回で連続出場10回目となるので、これをひとつの区切りとしてフルマラソンからは足を洗ってもいいかなと考えている。

荒川マラソンは2002年に自分が初めてフルマラソンを走った記念すべきレースであり、2005年には自己の2番目の記録である3時間16分51秒の記録も出している。このときは前半はサブスリーペースで行きながら、後半に失速して苦しみ抜いて完走した思い出深いレースでもある。本当は一昨年で連続10回を実現していたはずなのだが、途中で暴風雨と震災で2年連続中止となったため、来年まで持ち越すことになったものである。

ここ数年はめっきり体力が落ち、若い時の捻挫の後遺症も悪化してきていることもあって記録は低下する一方で、走るモチベーションもほとんどなくなってしまったため、そろそろ引退かなと感じるようになってきた。

フルマラソンでの目標であったサブスリー(3時間以内で走ること)はとうとう達成できなかったけれど、市民ランナーの三大目標のうち、フルでのサブスリー以外の100キロでのサブテン(10時間以内で走ること)と富士登山競争での制限時間内完走は捻挫の後遺症に耐えながらも実現できたので、自分としてはランニングにはもう何の未練もないというのが正直な気持ちである。

来年の荒川マラソンが終わったら、次にまた走りたくなってくるかもしれないが、その時はその時であり、今はこれが最後のフルマラソンであるという気持ちで取り組むつもりである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月11日 (日)

二子中央稜

四日連続の山行となると、さすがに体が重い。
当初の計画では翌日も二子にとどまってフリークライミングの予定だったが、日曜が雨模様のため土曜のみの日帰りとなったのが有り難い。もっとも日曜まで滞在するのであれば、皇海山にはいかなかったであろうが

関越もさほど渋滞もなく、林道から股峠の登り口には10時頃には着く。
中央稜には過去2回登ったことがあり、1回目は下部はスーパータジアンからのバリエーションで、2回目は午前中は弓状バットレスでフリークライミングの後、午後からオリジナルを登ったのだが、最初の時は上部の簡単な所になってから、先行パーティーのラストが身動きできなくなったので、その順番待ちに耐えかねて懸垂下降してしまい、次の時はやはり同じ場所で先行パーティーのトップがグランドフォールしてヘリでの救出に立ち会う羽目となって、完登しそこなったため、今回で三度目の正直を狙うことになった。
といってもいずれも10年近くも前のことであり、記憶も定かでなくなっていたので、最近登ったことのある、Nさん、Oさんに先行してもらったところ、どうも行きすぎてしまったようなので、二人を呼び止めて多少戻って正しい取り付きに達する。
2パーティーが先にいて、直前のパーティーはシャモニで会ったことのある、八ヶ岳山麓で夫婦でガイドをしている人であった。装備の準備をしていると、上から懸垂で降りてくるパーティーがあったが、先ほどの夫婦ガイドの片割れの女性ガイドであった。何でも核心の3ピッチ目で登れない客がいたので下降したそうだが、これで多少前が空くだろうとホッとした。

ガイドパーティーの3人のラストが5メートルくらい登りだしたところで我々も登攀開始。時間は11時半頃である。今回は我々4人のメンバーのうち、経験の浅いFさんは私がリードして先行し、後続をつるべで登るOさんとNさんのために要所にはカムとお助けヒモを残置していくというスタイルである。
1ピッチ、2ピッチは問題なく通過して、核心の3ピッチ目に達する。

Photo 3ピッチ目を行く先行パーティーのガイド

前登った時はもう少し角度があるように思ったが、今日はやけに寝てみえる。核心というほどのこともなく登りきるが、今回初めて中央稜をリードで登る後続パーティーのためのカムやお助けヒモをどこにセットしようかと考える方が大変だった。
3ピッチ目が終わると大テラスに出るが、後続パーティーはなかなか登ってこない。しびれを切らしてFさんに確保してもらって覗きに行くと、まだだいぶ下の方で、かなり悪戦苦闘しているようだ。
Photo_2

後続パーティーのトップが大テラスに到着するのを待って、4ピッチ目を登り出す。以前に先行パーティーにアクシデントがあったいわくつきのピッチなので慎重に行くが、4、5ピッチともに全く問題のない簡単な所で何故アクシデントが起きたのか理解できなかった。

5ピッチ目が終わると、事実上終了のようなものだが、後1ピッチⅢの簡単なピッチがあるので、そこだけは終始セカンドで登ってもらったFさんにリードを任せて、トップで登る雰囲気を味わってもらう。慣れてないFさんは変な方向に行きかけるので、下から正しいルートを指示してやると、問題なく登りきる。その上は確保の必要のない階段状の岩場なので、コンテで行って一般コースに出てロープを外す。時間は2時半だから約3時間のクライミングであった。のんびり登った割にはまずまずの時間である。後続パーティーの到着を待って稜線でしばし憩う。
Photo_3
Photo_4 中央稜の全容

西岳の頂上を経て、股峠に戻った時はまだ3時で、自分自身としては中央稜だけでは不完全燃焼でフリーの難しいルートもやってみたい気もしたが、他のメンバーは満足しきっているようなので、代わりに弓状バットレスの前傾壁の見物をしてもらう。
Photo_5
おそらく初めて見るであろう異次元の世界に皆も興味津々のようであったが、私も何年か前に取り付いてまだ完登してないルートのことを思い出し、機会があったらまたトライしたいと思うようになった。

しばらく見物した後、峠に戻って帰途についたが、帰りもたいした渋滞にもあわずにラッキーであった。快晴と紅葉の下の楽しいクライミングの一日であった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年11月 9日 (金)

皇海山

家内が妹と一泊でディズニーランドに出掛け、私の予定していた仕事がキャンセル、絶好の行楽日和と三拍子揃えば、出掛けない手はないと早速プランを検討。80番目となる百名山の皇海山に決定。最初は日光白根まで縦走しようかと思ったが、調べてみると、途中に道はないし、とても2日で行ける所ではないので断念。かといって皇海山だけで2日も費やすのはもったいない。そこで登山終了後にわたらせ渓谷鉄道を間藤まで行き、そこから自転車で日光まで行き、JR日光線と東武宇都宮線に乗って帰るという乗り鉄の旅を併用することを考えついた。庚申山登山の下山駅である通洞から登り口までは歩くと3時間以上かかるが、今日は自転車を携行しているので、できれば登山口まで行ってしまいたい。
山の上の方は葉っぱが落ちてしまったようだが、麓は今が紅葉の盛りである。
Photo
キャンプ場の先にゲートがあって、車はそこまでだが、自転車はまだ先まで行ける。やがて舗装道路から砂利道に変わったので、自転車を降りる。今日はタイヤの細いロードレーサーだったので、パンクが怖くて砂利道を走る気にはならなかったが、アメリカで使用したグレートジャーニーだったら登山口まで行けただろうにおしいことをした。といっても自転車と荷物のデボ地から登山口までは30分位の歩きに過ぎない。
今日は何時になろうとも頂上を往復してデポ地まで戻る積もりだったのでサブザックだけの軽装である。途中て出会った下山する人がこんな時間に登ってくる人を不思議に思ったのか、「上てお泊まりですか」と聞かれたのて、「いやー」と答えてごまかす。
庚申山は人気のある山のようで道もよく整備されている。中腹にある小屋の上部には大岩壁があって、道はハシゴや鎖を使って登って行く。
Photo_2
岩壁を過ぎると一気に傾斜を増して頂上に達する。頂上到着は4時半で、そろそろ夕暮れである。
Photo_3
庚申山から鋸山までは標高差こそ100メートルほどだがアップダウンが多く時間がかかる。
Photo_4 鋸山から皇海山(翌朝撮影)
途中で真っ暗となり、ライトをつける。ナイト山行は谷川岳に続いてであるが、今回は帰りが何時になってもいいので気楽である。鋸山が近付くと岩稜歩きとなり、ハシゴと鎖が連続する。鋸山山頂に着いて県境尾根に達すると、沼田方面の灯りが見事であった。上空では風がゴーゴーと鳴っているが、樹林帯が多いので直接風を受ける所は少ない。
鋸山からも大きく下ってから標高差300メートルの登りで皇海山頂に着く。7時半であった。
Photo_5
この時は日付が変わる前にはデポ地まで帰れるだろうと思っていた。ところが鋸山を過ぎて岩稜帯が終わったあたりから、深い笹藪で道を見失うことが頻発した。昼間ならば容易に踏跡がわかるところでも暗闇の中では迷路を進むようで、迷うたびに元の地点まで戻って正しい道を探すことを繰り返していたので、時間ばかりが過ぎていき、日付が変わる前に、デポ地まで戻れるどころか、庚申山まで辿りつけるかどうかも怪しくなってきた。昼過ぎから歩きだしたので、まだ12時間も歩いてないのに、体の方も急に疲れを感じ始め、庚申山の手前で道に迷った時は元の地点まで戻る元気もなくなって、その場でツエルトを被り、着の身着のままでビバークすることになった。

思ったほど寒くもなく、夜中に何度か目覚めたものの、まずまずのビバークであった。明るくなると同時に行動を再開する。昨日道に迷ったのが嘘のようにすぐに正しい道が見つかった。1時間くらいで庚申山に着くと、後は下り一方である。林道には9時に着き、もう30分ほどの歩きでデポ地である。しばらく休憩してから自転車で出発地の通洞に戻り、乗り鉄の旅が始まる。ここから直接日光を目指してもいいのだが、わたらせ渓谷鉄道の終着2駅間が未乗車となってしまうため、次の電車まで1時間以上待つことにする。運賃180円に対して自転車料金270円(全線一律)というのが不合理であると感じたがやむをえない。
間藤から日光までは約30キロの行程で途中のトンネルまで200メートルほどの緩い登りがあるが、トンネルから先は快適なダウンヒルで、いろは坂からの国道120号線に合流して日光に向かう。日光の連山が麓の紅葉に映えて見事である。
Photo_6男体山
Photo_7 表日光連山
日光からはJR日光線で宇都宮に向かう。今日は出遅れてしまったので、東武宇都宮線の乗車はあきらめ、他日を期すこととした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月 6日 (火)

石狩川

俳優のうじきつよしが石狩川を自転車で遡るという番組をテレビでやっていた。どうせ自転車で行ける所まで行っておしまいなのだろうと思ったが、大河の遡行をテーマの一つとしている自分にとっては見逃せないものであった。
ところがどっこい、舗装道路が終わって細いタイヤのロードレーサーではパンクが怖くて走りたくないような砂利道になっても平気で進んで行く(工具一式を積んだスタッフの車を従えているからできるんだろうけど)。やがて本流沿いの道が通行止めになっていると支流の大雪山方面に向かう(当初からの予定なんだろうけど)。そして山道になると、地元の精通者に案内されて、万年雪から滴る最初の一滴の地点まで登ったのは意外であった。
石狩川はヒグマが怖いので遡行を諦めていたが、番組を見たらやはり行きたくなってきた。石狩川を忠実に辿るのなら、石狩岳までということになるが、源流には道がないようだし、ヒグマも多そうなのでビビってしまう。それに100名山を片付けるのが先決だ。石狩川も支流にはなるが、トムラウシへの登路とするのが得策だろう。
100名山のうち北海道にある9座中で残るは4座だが、アプローチの短い羊蹄山や十勝岳はともかくとして、山奥深くに聳えるトムラウシや幌尻岳を登ることを考えると本当にヒグマは怖い。
まずは来年は信濃川の遡行をやり、石狩川は再来年以降となるだろうが、その時は、まずはヒグマに遇わないことを第一に考え、ヒグマとの遭遇可能時間を短縮するためにアプローチは自転車を使い、笛や鈴で人の接近を知らせ、それでも運悪く(良く?)ヒグマに出会った場合に備えて、撃退用のスプレーと格闘用のピッケルを用意するしかないか

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月 5日 (月)

北のカナリアたち

Photo_2

別にサユリストというわけではないけれど、この夏家内と訪れた地が舞台となっていて、「日本最北の地、稚内、サロベツ、利尻島、礼文島を舞台に、かつてない衝撃と感動の物語」というキャッチフレーズに惹かれて、JR東日本の大人の休日倶楽部の会員向けに募集していた映画「北のカナリアたち」の招待券に応募したら運良く当選したので、家内と見にいってきた。先日の家内と見に行った高倉健主演の映画「あなたへ」に続くタダ券映画鑑賞となった。

礼文=花の島というイメージに反して大半は雪のシーンであったが、冬の北海道を歩いてきた自分としては、より北海道らしさを感じさせてくれるものであった。
かんじんの映画の方は、2時間があっという間に過ぎてしまうほど引き込まれる内容であった。前回見た「あなたへ」もそうであったように、自分の今までの人生はけっして安穏とはいえないかもしれないが、これらの映画のように他の人の魂に触れるような機会は乏しかったなというのが実感である。その善し悪しは別であるが

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月 4日 (日)

小諸懐古園

娘夫婦や息子も連れて小諸に紅葉見物に出かける。
関越で事故渋滞に巻き込まれて夜遅く旅館に着く。

翌日は抜けるような青空で紅葉を期待して、ご先祖様にゆかりのある小諸城趾の懐古園に出かける。例年だと、紅葉の盛りの時期なのだが、今年は遅れ気味で、色づき始めた程度で残念であった。部分的には下の写真のようなところもあるが、
Cimg0208
北アルプスが遠望できるあたりでは前景は全くといっていいほど紅葉していない。
Cimg0209

花見と紅葉はピークを外してしまうのは毎度のことである。
懐古園を後にして佐久のお寺で遠いご先祖様の墓参りを済ませてから帰京する。
時間が早かったので渋滞にも遭わずにスムーズに帰れたのはラッキーだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月 1日 (木)

シューズ買い替え

シューズ買い替え
昨日は久しぶりに鷹取に出かけて、細かいスタンスに乗り切れないと感じたので、シューズを買い替えことにした。今まで履いていたミウラーはもう5年以上使用していて先端に穴があく寸前だが、エッジにも強く、クラックにも対応できるだけでなく、長時間履いていられるのでマルチピッチでも使用できるという万能シューズなので、今回もミウラーにすることにした。スポーツ店の店頭では一番値段が高かったが、十分それだけの価値があるシューズである。今回のミウラーは今までよりもワンサイズ小さくしたので、より足にフィットしたシューズでのクライミングができそうなので楽しみだ。早く登ってみたいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年10月 | トップページ | 2012年12月 »