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2013年1月

2013年1月27日 (日)

吾妻渓谷・不動の滝

仲間五人と不動の滝に登ってきたのだが、他パーティーの事故に巻き込まれて、その救出等に時間をとられて、予定していたことの半分ほどしかできなかった。
川原湯温泉駅近くの駐車場にテントを張り、出かけようとすると、後からきた四人パーティーに追い抜かれる。不動の滝に着くと、件の四人パーティーが登っているので彼らが登っている合間を縫って、私がトップロープを張りに行く。
グレードはⅣ程度だが、50メートル近くあるので、それなりの充実感が味わえる。終了点から懸垂で下降し、二人目が登ろうとしているまさにその時、たまたま後ろを向いていた私は、大きな物音で振り向くと、壁の上から四人パーティーの一人が壁に何度もぶつかりながら落ちてくる。下まで落ちた遭難者は口から血を出して意識がない様子。直ぐに救急に通報し、ヘリの出動を要請する。地上からも救出がくるということで、彼らの誘導のために、車道までに迎えに行く。
間もなく消防団がやってきたので彼らと一緒に現場に戻る。遭難者の意識も戻ったようでほっとする。ヘリによる救出が出来ない場合には地上から搬送するということで、担架も用意される。
1時間ほど経って待望のヘリが飛来する。ただ狭まった谷間なので降下には困難が伴うようで、何度も旋回を繰り返した後に、まず隊員が機上からワイアで降下し、しばらくしてから遭難者を吊り上げて救出が完了する。あとは遭難者が大事に至らないことを祈るばかりである。
Photo 不動の滝の全景と上空の救出ヘリ

消防団や他のパーティーも帰ってしまい、我々の貸切状態となる。救出の待機のために残り時間は少なくなっていたが、まだ登っていないメンバーに登ってもらって、本日は終了とする。

先日の旭岳東稜でも下山時に怪我人救出に向かう消防団と出会った。自分自身がそのような目にあわないように他山の石としたい。

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2013年1月26日 (土)

ああ勘違い

ああ勘違い
今日は息子と一緒に湘南市民マラソンに出場し、10マイルを走る予定だった。息子と一緒にレースに出るのは3年前の青梅以来で二度目である。
早朝、自宅を出て、スタート1時間前には江ノ島に着く。歩いて会場に向かうが、どうも様子がおかしい。通常なら、参加者の列が会場まで続くはすなのに、まるで人がいないのである。よほどマイナーな大会なのかと、疑心暗鬼になる。
江ノ島大橋は物凄い強風で、こんな中を走るのは辛いなと思いながらも、対岸に遠望できる丹沢の峰々の眺めに慰められて、江ノ島に渡り着く。
パンフレットを見て会場の場所を探していた息子が突然「レースは明日だ」と叫ぶ。驚いて私も確認するが、確かに明日だ。またやってしまったか。じつはだいぶ以前にもレースの日にちを間違えたことがあるのだ。
さあてどうする。息子は南紀に旅行にいく途中なので無駄足にはならないが、このまま帰ってしまうのは悔しすぎる。せっかく来たのだからと、コインロッカーに荷物を入れて、湘南海岸沿いを1時間あまり二人だけのレースをする。最近はジョギングばかりで、ひさしぶりのレースペース走は少々苦しかったけれど、さわやかな疲労感が味わえた。
藤沢で食事した後、息子は今夜の宿の松坂に向かい、わたしは転んでもただでは起きないとばかりに相模線・横浜線経由で行き、東京近辺では残り少なくなったJR未乗車区間を塗りつぶして帰宅した。

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2013年1月20日 (日)

湯河原幕岩

Photoヒヒ岩(左の岩、左の赤線はナントヒヒ、右の赤線はトゥデイ)と大滝フェイス(右の岩)

超満員のバスを降りて岩場に向かうと、物凄い数のクライマーがおり、目ぼしいルートにはトップロープが張られていた。知り合いが、大滝で登っているとのことなので行ってみる。大滝は初めてだが、随分奥まった所にあるにもかかわらず、この辺りまでも盛況であった。

 

知り合いたちは大滝でリードの練習をやっていたが、我々は隣のヒヒ岩に取り付く。まずはトゥデイ5.10bを登る。下部は簡単だが上部はホールドも細かく、アップで登るには少々難しく、しばらく試行錯誤を繰り返した後に正解ムーブを見つける。右手アンダーで上体を上げて左上の甘いカチをとらえ、次に右足を上げて、カウンターバランス気味に体を支え、左手のカチに耐えながら、右手を飛ばして上部のカンテを叩くと同時に、体を左に振って体を支えると、後は上部のカチを保持できるというものである。ムーブさえわかってしまえば、やはり10bかなという気もするが、ムーブを探求する楽しさが凝縮されたルートであった。因みに、後で他のムーブも試してみたが、やはり、これが唯一の正解ムーブのように思えた。他の二人も苦戦して時間がかかったため、昼食はちょっと遅い時間となってしまった。

昼食後は、左隣のナントヒヒ10aを登る。下部はクラックをレイバックで登るのだが、スタンスが乏しいため登りにくい。上部のフェースもホールドが細かく、とても10aとは思えない。ヌンチャクをつかんだり、ボルトに乗ったりといったインチキを行って終了点へ。ああ情けない!他のメンバーもやはり苦戦し、二人が登り終えたのは最終バスの時間がせまる頃であった。

今日は岩場が超満員で思う存分登れなかったが、できれば今度は平日に来て、シャクシャインあたりを登ってみたいものである。

 

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2013年1月19日 (土)

反原発の熱気は何処へ

毎週金曜日夜に首相官邸で行われている反原発デモに今年初めて参加した。

昨年夏のピーク時には、警官の制止を無視して国会前の道路を占拠してしまうほどの人数が集まり、真夏の太陽を思わせる熱気を見せていたのに、今は参加者も10分の1以下に減ってしまい、完全に冬の季節に入ってしまったかのようである。
だが、国民の安全という観点からの原発をめぐる環境は好転しているどころか大幅に悪化しているといえるだろう。福島原発の危機的状況はそのままだし、意味のない除染作業で住民の帰宅の目途もいまだに立っていない。それよりももっと深刻なのは安倍反動政権の登場で原発政策が完全に舵が切られることが明確になったことである(もっとも参院選までは抑制されるだろうが)

サイレントマジョリティーではなく、たとえ少人数であっても主張すべきことは主張し続けていきたい。

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2013年1月14日 (月)

旭岳東稜

久し振りの冬期岩稜に行ってきた。七年ほど前にお隣の権現東稜を登って以来であろうか。
旭岳東稜は権現東稜よりもワングレードやさしくなっているが、権現東稜自体は特に難しく感じたこともなかったので、最初は気楽に考えていた。ところがネットで記録を見てみると、意外にも手こずっているし、数年前に同ルートを登った友人も大苦戦している。さらに今回の他のメンバー3人の多くは、この手のクライミングには慣れていないことも考慮して、心して取り組まなければならないと考え直した。その結果、通常は1泊2日のコースであるが、予備日を1日設け、2日目のアタック時は2時起き4時出発として行動時間に余裕を持たせることにした。そのため、暗い時間からの行動となることに備えて、固定ロープの設置と、スノーバーの携行と万全の準備をして臨むこととした。

入山初日の駐車場は、前夜到着時には皆無であった他パーティーの車が多数停車しており、我々は最後尾の出発となってしまった。途中一ヶ所で道を間違える時間ロスがあったが、お昼頃に出合小屋に着く。少し先の二又から上ノ権現沢に入り、すぐに旭岳東稜への登路であるルンゼを詰めて稜線に立つ。翌日の行程を考えると、少しでも上部まで行っておきたいところであるが、四人用テントを張るスペースは上部には限られているようなので、2時頃に見つけたスペースにテントを張り、その後は私とOさんは上部にルート工作、他の二人は夕食の準備と隊を分ける。テント設営地のすぐ上部に懸垂用のロープ、そのすぐ先の下降気味の痩せ尾根にも10メートルほどのロープをセットする。さらに上部にもロープを固定しようと登っていくが、下から見る限りは五段の宮取り付きまでは樹林帯が続いていて、固定ロープの必要性も乏しく思えたので、ロープとスノーバーをデポしてテントに戻る。明日は早出なので、夕食後は早目に寝袋に入る。

翌朝は予定より少し遅れて4時半出発となる。テントを撤収して登り始めるとすぐに昨日セットした懸垂下降点に着く。
P1010465

暗闇の中の懸垂が終わってロープをまとめてから歩き出して次の固定ロープの箇所まで来ると、他のメンバーは通過し終わっていたので、私はOさんに確保されながら慎重に通過する。そこから先は急傾斜の樹林帯の中をひたすら高度を稼ぐ。昨日のデポ地点で装備を回収して再び登りだすと、しばらくして東の空が次第に赤く染まっていき、太陽が顔を出すが、五段の宮はまだ遠い。途中2パーティーに抜かれたが、五段の宮の下の雪壁まで辿り着く。Yさん、Oさん、Mさんに交互にリードしてもらってロープを固定して、他のメンバーはユマールで登り、私はラストでロープを回収し、その先端をセカンドで登る者のハーネスに付け、セカンドは固定ロープの上端に達したら、そのままリードしてロープを伸ばすという方法で4ピッチ進んだが、途中で2パーティーに追い越されてしまう。

五段の宮の取り付きに着いて見ると、岩稜と草付きにそれぞれ1パーティーが登っており、我々の前に2パーティーが順番待ちしているという大盛況である。
P1010468
岩稜を登っているパーティーはかなりうまい連中でドライツーリングの要領でピックを岩に引っかけてスイスイ登っていく。遠くから見る限りではかなりホールドも豊富に見えたので、普通の登り方でも十分登れるように思えた。
岩稜パーティーが2ピッチ目になっても、順番待ちのパーティーが取り付こうとしないので、変だなと思ったら、彼らはみな草付きルートだということがわかり、我々が岩稜ルートに取り付くことになる。まずは先行パーティーと同じようにドライツーリングを試みるが、引っかける岩の部分が水平ならまだしも、斜めになっているので、その斜面と垂直方法にブラさずに加重しなければならない。理屈ではわかっているが、普段そんな練習はやったことがないので、体が反応せずに早々とあきらめる。次に右足をハイステップして立ちこめば、上のホールドに届くことはわかったが、荷物が重いので無理だということがわかった。最後はもう少し下の外傾したスタンスに上がっても、上のホールドに届くこともわかったが、フラットソールだと問題なく足を置ける外傾スタンスがアイゼンだと滑りそうで恐くて乗ることができない。
万策つきて敗退という文字が頭をよぎったが、ここは窮余の一策で空身で登ることにして、右足のハイステップで乗り切る。その上のテラスでザックを引き上げて再び荷物を担いで登り出す。その上は正面の直登も出来ないことはないと思えたが、傾斜が急なこともあり、左側から回り込んで灌木を利用して上に這い上がることにした。ここもなかなかパワーを必要とするところであった。その上は右側から回り込むのだが、クラック登りができたので、なんとか乗り切ることができた。トポではⅣとなっているが、体感的にはⅤ+はあるように感じた。後続のYさんは比較的スムーズに登ってきたが、Mさんは荷物を背負って登ることができず、確保地点まで空身で登ってもらうことにした。その間にもう1パーティーの後続が来たが、彼らも草付きルートの方へ行ってしまった。結局、本日の6パーティーのうち、岩稜を登ったのは我々を含めて2パーティーだけだった。

2ピッチ目はⅢなので、比較的楽に通過する。これからはナイフリッジを5ピッチで縦走路に出る。最終ピッチは暗くなってきたのでヘツデンをつけて登る。最後のOさんが旭岳山頂に到着したのは6時ちょっと前だった。ここからは一般路なので気軽にと行きたいところだが、私はリードの緊張から解放されたためかどっと疲れが出て、他のメンバーから遅れ気味になる。Oさんが、私のロープを持ってくれるというが、リーダーが荷物を持ってもらったのではサマにならないので、皆に遅れないように必死に頑張って行く。
ようやくツルネに着き、ここからはツルネ東稜を一気に下るだけだ。このころには私もやっと元気が出てきて、ビバークはせずに済みそうになってきた。それでもツルネ東稜は長かった。日付の変わる前になんとか出合小屋まで辿り着く。そこから駐車場まではまだ3時間ほどかかるので、もう本日は営業を終了しましたといわんばかりで、テントを張ってしまう。予備食としてビスケット類はあるのだが、食欲がわかないので、小屋の手前で汲んだ水を沸かしてコーヒーや白湯で喉の渇きを癒して横になる。

翌朝は本格的な雪だったが、先行パーティーが通った後なので、ラッセルは免れたが淡々と駐車場目指して歩いていく。最後は背中の張りに耐えて駐車場になんとか辿り着く。これで帰りに温泉にでも入れれば最高だったのだが、大雪のために高速は通行止め、一般道は大渋滞という中を家路を目指すことになってしまった。

久しぶりの冬期登攀を予備日も使ったにせよなんとか登れたこと自体はうれしかったが、以前に隣の権現東稜を登った時と比べると、体力・技術とも衰えは隠しきれず、ホロ苦い気持ちを味わうことになってしまった。



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2013年1月 8日 (火)

グレートサミット

NHKBSで放映されているグレートサミットは毎回楽しみにみているが、新春早々にハンテングリ、ワイナポトシと比較的最近登りに行ってきた山が登場したので、懐かしかった。

Photo ハンテングリ

今回ハンテングリを登るのはピオレドール受賞の平出和也である。彼とはガッシャーブルムⅡ登山の時にベースキャンプで一緒になったが、学生時代にハーフマラソンを1時間5分で走ったという抜群の体力には舌を巻いたものである。その彼にしても、高所順化にはそれなりの時間がかかっているのは興味深かった。
ショルダーから頂上までは自分は行っていないだけにどんな所か関心があったが、それと同時に、登頂できなかった悔しさが改めてこみあげてきた。

Photo_2ワイナポトシ

ワイナポトシの方は、ボリビア最高峰サマハの事前準備として登られたようであるが、それでもボリビア到着から1週間程度はかかっていたようである。私の場合はその半分以下の日数で登ってしまったが、昔は我ながらそこそこは強かったんだなあと改めて思ったりもした。今はそんな体力もないが、無理のない範囲で、これからもグレートサミットを登り続けていきたい。

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2013年1月 5日 (土)

御岳ボルダー散策?

御岳ボルダー散策?
御岳ボルダー散策?
久し振りの御岳ボルダーである。以前、クライミングとランニングの二足のわらじを履いていた時は、夏場は奥多摩トレランと帰宅途中のジム通い、冬場は御岳でのボルダリングと青梅マラソンコース試走というのが定番だったが、その頃は目標課題を定めてチャレンジしてたので、プレッシャーを感じながらも強いモチベーションを持ってボルダーに向かっていた。ところが今日は全くモチベーションが湧かず、散策気分である。ひとつのムーブに全精力を傾けなければならないボルダリングなのに、果たしてこんな気分で登れるのかしら
たどり着いたのは「とけたソフトクリーム岩」である。私の知る限り、3級の課題が5本あり、うち4本はだいぶ昔に登っているが、ハング課題だけは登れず仕舞いであったので、トライしてみる。ハングの乗越の部分がどうしてもうまくいかないので諦めて、もう少し上流の岩に向かって移動する。発電所の少し先の何回か登ったことのある無名の岩を登ってみる。シットダウンスタートで3級、普通にスタートして4〜5級だが、シットダウンだと離陸もできない。前は問題なく登れたのにと愕然とする。上部の5級程度の部分だけを登ってお茶を濁す。これで一気にモチベーションが下がり、以後は散策モードに切り替わる。
さらに上流には、私が唯一登った2級課題のある中州ボルダーがあるのだが、行ってみると、中州とボルダーの間には水流ができてしまい登れなくなってしまっていた。
対岸に渡って下流に向かうと、すぐに有名なデッドエンドの岩がある。かってはここと忍者返しの岩の1級の課題を毎週のようにトライしたものである(結局は登れなかったが)。
忍者返しの岩まで行って荷物をデポしてからランニングに移る(御岳ボルダー随一の人気スポットである忍者返しの岩はいつも大勢のボルダラーがいて、荷物もたくさん置いてあるので、デポしても持っていかれる危険が少ないのだ)。
この時期の青梅街道は結構ランナーもいて励みになる。青梅マラソンは30キロだが、まだ調整不足なので、15キロ程度をゆっくり走るだけにしておいた。
今回は散策がメインでボルダリングもランニングもおまけのようになってしまったが、正月気分が抜けてないのでよしとして、次回はもう少し本気モードで取り組もう。

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2013年1月 2日 (水)

飯田線全線乗車

年末から元旦にかけて家内の実家の名古屋で過ごした後、2日の朝に私だけ先に帰京する。せっかくだからと豊橋から飯田線全線乗車を経て中央線で帰ることにする。急ぎの旅でもないので18切符を利用した各駅停車の旅で実に93もの停車駅がある。飯田線全線乗車
豊橋を出た電車は豊川稲荷に向かう初詣客を乗せてかなりの混雑である。豊川でがら空きになるかと思いきや、まだ乗車率90%程度である。その後は織田武田両軍が激闘した長篠あたりまでは車窓を眺めていたが、それにも飽きたので、電子ブックで藤村の夜明け前の読み残しの部分を読む。今回歩いてきた木曽路なかでも妻籠・馬籠の宿場を思い起こしながら読み進んでいくのは興味の尽きないものであった。
ちょうど読み終えた頃には電車は天竜峡に差し掛かり、車窓には絶景が続くようになる。電車はやがて伊那谷に入っていく。天気が良ければ左手には中央アルプス、右手には南アルプスの展望が得られるはずなのだが、あいにく厚い雲に覆われている。今回の旅は初日以外は天気にはめぐまれなかったようだ。
伊那谷に入ってからもまだまだゴールは遠かったが、かって山に行く時に通ったことのある地名も現れるので気もまぎれて、暮れ行く車窓を眺めれば、いつしか岡谷に着く。これで飯田線の全線乗車を達成し、JR東海管内は9割方を乗車したことになった。
岡谷から先は何回か乗り換えながら無事我が家に帰ることができた。今年も健康に留意しつつ、いろいろなところへ行ってみたい。

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