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2013年3月

2013年3月28日 (木)

晴れて自由の身に

5年前にカラコルムに行くときに、フルタイム勤務から週1勤務にさせてもらった会社を3月末で業務から完全に外してもらうことになりました。諸般の事情から形だけは籍が残ることになったので、送別会の対象とはならなかったけれど、実質的には晴れて自由の身になれたので、これからはやりたい放題をさせてもらいます。「今までだってやりたい放題やってきたじゃないか」って言われると確かにその通りで、生活自体が大きく変わることはありませんが、精神的な意味では大きな自由を得たような気分です。
この春は息子の卒業就職と言い、本当に自分に取って、大きな転機となる節目続きでした。

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2013年3月27日 (水)

天竜川河口まで下降

天竜川河口まで下降
正月に飯田線全線乗車をした際に、せっかく水源の諏訪湖まで天竜川沿いに行きながら、豊橋から中部天竜までは天竜川から離れてしまっていたので、中部天竜から太平洋までは別にトレースしておかなければと気にかかっていたのを18切符を利用して解消しておくことにした。
夜行のムーンライトながらは小田原で日付が変わるので、18切符を有効に活用するためには、小田原までは別に切符を買わなければいけないのだが、ついでに先日行った相模川上流ランニングの続きを今度は自転車で行うことにした。前回は大月まで走ったが、大月〜相模湖は甲州街道を歩いた時にトレースしているので、今回は相模湖をスタートし、相模川の海老名以南も以前にトレースしたことがあるので、海老名をゴールとしていくこととした。
結果的には遅く出発したこともあって、橋本に着いた時点で、このまま海老名を目指すと、ムーンライトながらに乗り遅れかねないということで、橋本、海老名間は断念して次回回しとしてしまった。満席のムーンライトながらで一夜を過ごし、今回のツーリングのスタート地点の中部天竜に向かうが、長篠城で途中下車して、戦国時代の三大古戦場のひとつに数えられる長篠の古戦場に向かう。一番見たかったのは、鉄砲の三段撃ちをしたと言われる(最近は史実でないとされているようだが)馬防柵の跡(あるのかどうかは事前調査不足で不明だが)だったが、結局わからずじまいで、見ることができたのは長篠城址だけであった。
中部天竜からはいよいよ天竜川河口をめざしてのツーリング開始である。桜を愛でながら70キロばかりいくのだが、アップダウンが少なく、特に最後の20キロはフラットな堤を行くもので快適であった。
河口を見てから浜松駅に戻り、18切符を利用した各駅停車のなが〜い旅で帰るのだが、富士で途中下車してわざわざ身延線経由で遠回りして帰る。身延線の身延、富士間が未乗車だったからである。遠回りで多少帰宅が遅れようが、今日中にかえれるんだったら同じようなものである。おかげでJR東海の主要路線は全て乗車したことになる。後は盲腸みたいな支線がいくつかあるだけである。
今回は1日の日程としては盛りだくさん過ぎたかもしれす、消化不良のものもあったが、それを差し引いても充実した1日であった。

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2013年3月26日 (火)

卒業式

卒業式
息子の卒業式に行ってきた。この間、幼稚園に入ったと思ったら、もう大学卒業とは、時の流れの速さを感じざるをえない。
自分の大学卒業式には行かなかったし、娘の時も行ってないので、ラストチャンスになんとか行ってこれたのはラッキーだった。
親から見ると、子供はいつまでたっても気掛かりだが、親としての最低限の務めは果たしたのだから、後は自力で頑張ってもらいたい。もちろん、どうしても困ってしまった時は手を差しのべるけれど
これからは今まで以上に厳しい人生の荒波が待ち構えているけど、息子よファイト!!

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2013年3月24日 (日)

最後の?フルマラソン完走

5、6年前からマラソンの記録が落ちる一方でモチベーションも全然なくなってしまったが、止めるきっかけがつかめずに今まできてしまった。今回の荒川マラソンは自分が初めてフルマラソンを走ったレースでもあり、今回で10回連続出場になるので、フルマラソンから足を洗うにはいい区切りになるという気がする。
荒川マラソンにはいろいろな思い出がある。まだサブスリー(3時間を切ること)を狙っていた頃(そんな時期もあったんだ!)、当時所属していたクラブの先輩のサブスリーランナーに食らいついて、折り返し点まではサブスリーペースで行きながら、後半に失速して死ぬほどの苦しみを味わったことや、翌年にリベンジを果たそうと、前半はサブスリーペースで行きながら、後半は猛烈な向かい風で走るどころではなくなってしまったことなどが懐かしく思い出される。その後は記録も低下傾向でサブスリーを狙うことは二度となくなってしまった。
さて今日のマラソンであるが、もう記録は度外視しているのでノンビリムードで、スタート時間になってもまだトイレの前で順番待ちしている始末だ(さすがにこんなことは初めてだ)。もっとも自分の今の記録ではスタート地点に到達するのに5分以上かかる(申告タイム順に並ぶため)ので問題はないのだ。
最後の?フルマラソン完走
走り初めてしばらくすると、満開の桜並木が見えてくる。そう言えば、初フルの時もいつにない早い満開で、ラン仲間と桜を見ながら打ち上げをしたものである。奇しくも最後のフルマラソンでも10年ぶりの早咲きに出会うとは、これもなにかの巡り合わせである。折り返し点あたりまでは比較的快調であったが、だんだんと疲れが溜まってくる。
最後の?フルマラソン完走
36キロ地点のレストステーションはシャーベットが食べられるのが有名である。記録を狙っていた頃には素通りしていたが、今日はもちろんじっくりと腰を据えてシャーベットを味わう。
最後の?フルマラソン完走
やおら立ち上がって走り出すと、もうひとがんばりでゴールが近づく。もうこれでフルを走ることもないのかと万感の思いである。
最後の?フルマラソン完走
ゴール後は、今までやったことがないことであるが、振り返ってコースに一礼する。それは今日のレースだけでなく、10年ちょっとの全レースに対してである。わがマラソン人生に悔いなしである。
最後の?フルマラソン完走

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2013年3月22日 (金)

空き時間を利用したボルダリング

空き時間を利用したボルダリング
今日は午前中は青梅で仕事があり、夕方には家族と高尾にお墓参りに行くことになっていたので、間の時間は西国分のジムでクライミングをするつもりで用具やら着替えも用意してきた。ところが実際に仕事から解放されたのは1時半過ぎで、今から西国分寺まで行ってもたいして登る時間もないのでどうしたものかと思ったところ、高尾に行く途中の拝島には駅近くの公園にボルダリングのウォールがあるのを思い出した。
公園内に無料のウォールがある所などは恐らく全国唯一かと思われ、安全管理上よく許されているものだと感心してしまう。ウォールの高さは5メートル近くもあり、下地はジムのようなマットではなく砂利なので、上から落ちるとかなりのダメージはさけられない。そのため、もっぱら低い所をトラバース(横切ること)するだけしかないのであるが、4面のうち、1面以外は傾斜が緩くて登る価値がないので、実質は前傾している1面のみしか登れないけれども、1時間程度の暇潰しにはちょうどよいところである。
頃合いを見て引き上げて、家族に合流するために高尾に向かった。

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2013年3月20日 (水)

鷹取山と鶴見線

 

今年のGWは穂高の滝谷でクライミングを予定しているが、ルートの北壁は1ピッチ目が40メートルのアブミルートとなっているので、そのトレーニングとしてアイゼンをつけてアブミで登る練習を鷹取山でおこなってきた。
きょうは休日ということもあって、珍しく10人ほどの仲間が集まったが、滝谷組の我々3人だけは別メニューでアブミ+アイゼンのトレーニングに終始した。
まずは垂壁を最初は空身、次に荷物を背負って登る。ここまでは全員問題なくクリア。午後は場所を移して、庇越えのあるやや難しいルートを登る。
自分自身は最近はアブミなどとんとご無沙汰しているので、どうかなと思ったが、昔取ったなんとやらで、特に問題なくクリア。他の二人は庇越えの箇所でだいぶ苦労していたが、なんとか登りきる。
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今度の滝谷ではこんな大変な所はないはずだが、練習でここまでやっておけば、本番ではある程度は余裕をもってあたれるでしょう。
あとは家に帰るだけとなるところだが、今日は帰りにもうひとつ予定がある。鶴見線とその支線を全て乗車してしまおうという計画である。そのために細かくダイヤを調べ、18切符も利用してきたのであるが、東逗子の駅で予定していた電車に少しの差で乗り遅れたため、3ヶ所の終着駅のうち、大川と扇町しか行けず、海芝浦に行くには乗換駅で1時間以上の時間待ちとなるので、次回にまわすことにした。

 

鷹取山と鶴見線

 

鷹取山と鶴見線

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2013年3月17日 (日)

久し振りの天王岩

冬場の奥多摩は寒いので天王岩のクライミングもしばらくお休みしていたが、東京の桜もようやく開花する陽気になってきたので、3ヶ月ぶりに天王岩を登ってきた。

最近はジムのトレーニングも多少行っているせいか調子は上々で、前回はちょっぴり苦労した鬼太郎太鼓10b/cのリードも今日はウソのように簡単に感じた。さらにクラックジョイの隣の11aのルートもトップロープながらもムーヴはわかったので次回はリードでも登れそうな気がしときた。
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2013年3月12日 (火)

隅田、荒川近辺散策

今日は午前中は田端、午後は西新井で仕事で、両者を結ぶには日暮里舎人ライナーが便利なのだが、時間が余っていたので、扇大橋まで春を探しに?日光街道をのんびり歩いてみた。道は隅田川続いて荒川を渡って行く。隅田川は何年か前に浅草から川岸をジョギングしたことがあり、今度は桜を眺めながらジョギングしたいと思いつつ、まだ果たしていない。今年あたりは出来るかな?ただ、このあたりは護岸に囲まれた殺風景なところで、走っていても楽しくはなさそうだ。その点、すぐ先の荒川は広い河川敷に恵まれて、気持ちの良いところだ。

隅田、荒川近辺散策

河川敷内の道は約2週間後に自分の最後のフルマラソンと決めている荒川マラソンのコースの一部だ。走り出して10数年。記録が低下傾向になってからも、なかなか止める踏ん切りがつかなかったが、今回で10年連続出場(その他にエントリーしながら大会中止が2回あり)となるのを区切りとして、フルマラソンから足を洗う決心がようやくついた。荒川マラソンには色々な思い出があるが、共通しているのは30キロ過ぎからの苦しさである。せめて最後のレースくらいは無理せず走って、笑ってゴールしたいものである。
扇大橋からは舎人ライナーに乗って行く。無人のモノレールの先頭に乗って車窓を眺めるのはちょっとした観光気分である。

隅田、荒川近辺散策

西新井の仕事を終えてから、路線バスにしては珍しい長距離バスで池袋方面に乗り、終点の手前で下車して、インドビザ申請センターでビザを受け取る。これで晴れてインド入国ができることとなった。
隅田、荒川近辺散策

今日はこれだけにとどまらず、さらに新宿の登山用具店によってロープを買っていく。シングルロープ60メートルを買うつもりだったところベアールの9.4ミリが収納袋付で1万6千円という特別価格で売っていたので、こんな細いロープで本当に大丈夫かという気がしないでもなかったが、安さにつられて買ってしまった。一昔前ならダブルロープとして使われた細さだが、シングルロープとしても使えるだけの性能向上がなされているのだろう。有名メーカーの製品だし、UIAAの規格にも合格しているのだから問題ないのだろう。
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クライミングを再開して10数年の間にこのロープで6本目である(ダブルロープを含む)。
ランニングの方は力尽きてしまったが、クライミングの方はまだしばらくは現役でやれそうなので、あわよくばもう一花?咲かせたいものである。

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2013年3月11日 (月)

あの日を忘れない

東日本大震災から2年たった今日をどう過ごそうかと思案したが、仕事に終われて結局は、その時に黙祷しただけで終わってしまった。
震災か人々の記憶から風化していくことは、ある意味ではやむを得ないことかもしれないが、少なくとも自分自身はあの日のことを決して忘れずにいたいと思う。

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2013年3月10日 (日)

反原発の集会とデモ


東日本大震災二周年を翌日に控えて反原発の集会とデモ行進が日比谷公園及びその周辺であったので参加してきた。
集会では加藤登紀子のライブがあったり、被災地の名産品の出店があったりと盛りだくさんの内容であった。
反原発の集会とデモ
デモ行進の方は、最近の低調がウソのように、数万人と思える規模で行われ、最盛期の時のように、上空にはマスコミのヘリコプターが数機、飛来していた。反原発の灯はまだ消えているわけではないようだ。
反原発の集会とデモ

経済重視の観点から、原発再稼働の期待が日増しに高まっている最近の風潮だが、原発のコストは表面的には安いように思えても、万一の事故だけでなく、絶対に必要となる使用済み核燃料の処理まで考えると、決して再生可能エネルギーより安いとは言えないのである。百歩譲って、再生可能エネルギーの普及までの間に一時的に原発再稼働が必要だとしても、安全性が100%保証されたものに限られるだろう。もっとも地震大国の日本は、その可能性はゼロに近いと思われるが

デモ行進の後、せっかく来たのだからと、皇居の回りを走ってみる。ただ、出かける時は夏の陽気で薄着で来たものだから、午後になってからの前線通過による急激な温度低下に耐えきれずに一周のみで切り上げることとした。

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2013年3月 9日 (土)

北関東鉄道の旅

一気に春めいてきた週末は北関東鉄道の旅に行ってきた。
関東地方のJRのうち、未乗車で長い路線は両毛線だけなので、まずは高崎まで行きそこから小山まで両毛線に乗る。小山からは栃木まで二駅戻る。というのは栃木から宇都宮までの東武宇都宮線にも、この際乗ってしまおうという計画だからである。
本来、鉄ちゃんではない自分としては、鉄道に乗ることだけを目的とせず、必ず別の目的とかけることにしており、今回は宇都宮郊外にある古賀志山というクライミングのゲレンデはまだ行ったことがなかったので、数本登るつもりで、ロープの他に最低限のギア類もザックに入れ、アプローチのためにロードレーサーまで持参してきたのだ。そして最寄り駅は鹿沼駅なので、宇都宮駅からはJRに乗り換えるつもりであった。ところが、東武宇都宮駅にはJR宇都宮駅の表示がない。不思議に思って駅員に聞くと、JR宇都宮駅までは歩くと30分くらいかかるというではないか。
オーマイゴッド!!自転車を担いでそんなに歩くのは無理だし、一度ここで両輪を着けて、JRの駅でまたはずすなどという面倒なことを、わずかの距離の走行のためにやるのは馬鹿らしい。そこで宇都宮駅から直接に古賀志山を目指すことにした。これで楽しみにしていた宇都宮名物の餃子を食べる時間がなくなってしまったが、良く調べずに来た自分が悪いのだからしょうがない。
ところが、GPSで古賀志山を検索してもヒットしない。しょうがないので鹿沼を目指すことにした。鹿沼までは思ったより時間がかかかり、この分ではクライミングする時間は多分なくなるだろうが、取り付きまで行って、目でルートを追うだけでもいいやとペダルを漕ぎ続ける
鹿沼の近くまで来ると、古賀志山らしき岩山が見えてくるし、GPSの地図にも古賀志山の名前が表示されているので、そちらに向かって進んでいく。
北関東鉄道の旅
ところが、岩場の分岐点を見過ごしてしまったようで、そのまま林道を進んでしまい、古賀志山頂への道に入ってしまったょうである。途中で間違いに気付いたが、もう時間もないので岩場は諦めて、鹿沼駅を目指して降りる。鹿沼駅から乗る日光線は前にも乗ったことがあるが、使用する列車が、今度のダイヤ改正で変わってしまって見納めになるためなのかどうか、沿線にはカメラマンがたくさんいて撮影をしていた。もっとも自分は鉄ちゃんではないので、そんなことには無関心なのだが
宇都宮に戻って、このまま東京に戻ってもよいのだが、実はもうひとつ寄って行きたいところがある。それは宇都宮の2つ先の宝積寺という駅から分岐している烏山線という東北線の支線である。盲腸みたいな路線であるが、JR全線乗車を目指す以上は外すわけにはいかない。JR全線乗車を目指す人は普通は終点の烏山まで行ったら、また同じ路線を戻ってくるのだろうが、それでは芸がない。今回はせっかくロードレーザーをま持参してきているのだから、なかなか乗る機会のない真岡鉄道の終点である茂木までの17キロは自転車で繋げることにした。予定していた電車の乗り換え時間は1時間半くらいはあるので十分間に合うだろうと思っていた。とごろが、前半は登り坂でスピードがでず、後半の下り坂は暗くなってしまったため、これまたスピードが出せずというわけで、思いの外時間がかかってしまい、予定の電車に乗れるかどうか微妙になってきた。その電車が帰宅するための最終電車かどうかがはっきりしなかったので、もしそうだったらまずいなと少々焦る。
茂木の駅に着いたのは、乗車予定の電車がまさに出発しようとする時間であった。車両1両のみのワンマン電車は乗客ゼロだったので、そのまま積み込んでしまう。運転手さんが振り返って、「自転車をそのまま乗せてはダメだ」と言っているが、発車時間となっているので、実力行使するまでもなく、電車は走り出す。走り出してしまえばこちらのものだと言わんばかりに、おもむろに車輪を外して袋に収容する。こうなれば文句はあるまい。
終点の下館からは、これまた未乗車の関東鉄道に乗って取手経由で帰るつもりだったが、それだと帰宅がかなり遅くなってしまうので、関東鉄道は次回にまわして、今回は小山経由のJRで帰ることにした。
実に長い1日だった。

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2013年3月 4日 (月)

八ヶ岳バリエーション( 石尊稜他)

この冬は毎月八ヶ岳のバリエーションを登っているが、最終となる今回は石尊稜をメインにその前後をアイスクライミングを楽しもぅというまたもや欲張りプランである。
夜遅く高尾駅でピックアップしてもらって美濃戸口で車内泊。翌朝石川や群馬からの仲間と合流して赤岳鉱泉に向かう。テントやらザイルやらで荷物の重いことたらなかったが、なんとか耐えて鉱泉に着く。
翌日、我々の登る石尊稜の隣の中山尾根を登る仲間のテントを張る。ただ彼らはルートの偵察に出かけているようで不在であった。我々も一休みしてからジョーゴ沢にアイスクライミングに出かける。下部の簡単な滝では初心者らしき数名が練習していたが、それより上部にはトレースがなく、さらに進んでいくと乙女の滝にぶち当たる。
八ヶ岳バリエーション(<br />
 石尊稜他)
威圧感のある見事な滝だが時間的に登りきるのは困難なため、見物だけにとどめてテントに戻る。

翌朝は4時起床だが、隣のテントの中山尾根隊は当日帰るので、我々もが出発準備中にテントを出ていった。我々は予定を少し遅れて6時半に石尊稜に向かう。
中山乗越に向かう道と別れて沢に入ると、目的の石尊稜が眼前に見えてくる。よく見るとルートに取り付いているパーティーも認められる。さらに石尊稜の取り付きのところで更に1パーティーに抜かれ、結局、我々がこの日の最終パーティーとなってしまった。
ルートの取り付きに着くと先行バーディーが登りだすところだったので、しばらく順番を待つ。トップは順調に高度を稼いでいくので、やはりⅢ級だけあって簡単なのだろうとたかをくくる。ところが、自分の登る番になって軽い気持ちで登りだすとすぐに行き詰まる。Ⅲ級でこんなに難しいはずはないので、ルートファインディングを誤ったのかもしれないと少し降りてみるが、やはり他にはルートはないようだし、さっき登り始めたルートの上部にはハーケンもみえるのでやはりここを登るのにちがいないと本気モードに切り替えて登りだす。小さい足場にアイゼンの爪一本で立ちこみ、しっかりとは保持できない手がかりにジワッと荷重する緊張の一瞬だったが、無事に乗り切る。それから上はさほどの困難もなく、岩壁部分は終わり、雪稜4ピッチを確保しあって登る。
我々は2パーティーに別れて登っているので後続パーティーが到着するのを待つが一向に現れない。ただきょうは無風快晴の絶好のクライミング日和で、北アルプスから御岳、中央アルプスまで見渡せる素晴らしい天気なので待っていても苦にならない。1時間近く経ってようやく後続パーティーがすがたを現したので、我がパーティーは行動を再開する。そこからは雪稜を確保なしで200メートルほど登って上部岩壁に突き当たる。
上部岩壁はさほどの困難もなく終わり、岩交じりの雪路を経て稜線に達する。
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30分ほどして後続パーティーも来たので、一緒に地蔵尾根経由で赤岳鉱泉に戻るが、中山尾根隊はすでにテントを撤収して帰った後だった。夕方にメンバー1名が入れ替わって、この日は終わった。

寝過ごして5時に起床。今日はマイナス20度近くまで冷え込んでいるため、冬山用でない我々のテントはチャックが凍り付いて、開閉に一苦労である。
今日の大同心大滝は貸し切りだろうと思ったら、アプローチの途中でガイドパーティーに追い抜かれる。大滝は近付いて見るとさすがに威圧感がある。今日も2パーティーに別れて登る。
いつもなら私がリードするところだが、今日だけ参加したOさんのために下部のリードを譲る。
上部の垂壁はアイスの得意な若いK君にリードを任せる。K君は快調に登っていくが、次のMさんは落ちまくりながらもなんとか登りきる。
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次は本来なら私がリードする番だが、石川へ帰るMさんは夕方には美濃戸口に戻らなければならず、そろそろ大滝を去るべき時刻が迫っていたので、私は登るのを断念し、大滝登攀に意気込みを見せているOさんだけがフォローで登ってもらうことにした。
Oさんは問題なく登りきって、間もなくMさんが懸垂で降りてくるが、ここでトラブルが発生。半マストによる懸垂下降のシステムが機能しなくなり、それをなおそうと残置した支点に荷重したところ、今度は荷重した支点からカラビナが外せなくなる等のトラブルが続出。パニックになりかかったMさんを下からなんとか落ち着かせ、カラビナ2枚を利用した別の懸垂システムを教えてあげてなんとか無事に下降する。このトラブルで1時間あまり時間がかかり、Mさんの帰りも遅くなってしまったが、自分に原因があるのでやむをえまい。
全員が下降後、鉱泉に戻ってテントを撤収して美濃戸口に着いた時には真っ暗になってしまっていた。

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