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2013年4月

2013年4月27日 (土)

白峰南嶺初日

10年ほど前に北岳から伝付峠まで歩いて以来、宿題となっていた伝付峠以南の白峰南嶺縦走にGW前半に出かけるということで、前夜から下部温泉駅で仮眠し、始発バスで伝付峠入口で下車。もう1人下車した人はすぐに峠に向かうが、自分は今日は峠まで行くだけなので、近くのフォッサマグナの断層を見に行ったりしてからゆっくり出発する。
P1010672

伝付峠への道は一昨年の台風で崩壊して廃道同然となっているのだが、一昨年、昨年と歩いているので、すっかりナメきっていたが、やはり苦労してしまい、峠下の水場には夕方にやっと着く。
早速テントを張るが、正面に富士山が望める素晴らしいロケーションである。明日の日の出が楽しみだ。
白峰南嶺初日

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2013年4月26日 (金)

麻布界隈散策?




飯倉から元麻布に行く用事があって、ネットでルートを検索すると、六本木交差点、六本木ヒルズを経るえらく遠回りのルートを選択してくる。携帯のGPSがあるのだから直線距離を通って行こうと適当に歩き出す。
鳥居坂から急な坂を下るかと思えば、すぐに暗闇坂の急な登りなる。
麻布界隈散策?
麻布界隈散策?
昔は、うっそうと木が繁っていて昼でも暗闇のようであったため名付けらたそうである。
このあたりまでは順調で、さすがGPSなどと思ったものだが、次の五差路を直進して一休坂に向かったのが間違いの始まりだった。
麻布界隈散策?
途中で方向が違っている気がしたので進路を変えようとしたのだが、この辺りの道は曲がりくねっている上に行き止まりも多く、なかなか思った方向に進めない。と思ったら先ほどの五差路に戻ってきてしまった。
こんどはまちがえないようにと携帯の地図をよく見て、さきほどとは違う道を行ったら、これが正解で、狸坂、中国大使館を通って、六本木からの道と合流することができた。
麻布界隈散策?

用事を済ませ、後は六本木まで戻って地下鉄で帰るだけなのだが、少し歩き足りない気がして渋谷まで歩いてしまった。さすがに渋谷までの道は単調で少々退屈してしまった。明日から山に行くというのに少し無理してしまったかな

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2013年4月17日 (水)

海芝浦

今日は神奈川方面に出かけたので、鶴見線の支線で乗り残していた海芝浦までを乗ってきた。
海芝浦
鶴見線の他の支線の終点の駅(大川、扇町)は何の変てつもない所だが、海芝浦は名前の通り海に面しているので眺望が素晴らしい。
海芝浦
だが、それよりもこの駅を特徴づけているのは、東芝社員専用の駅で社員証がないと改札を出られないことである。改札口の手前にSUICAのタッチパネルがあるので、入退場の記録をして戻ることはできるようにはなっている。
海芝浦
でもこんなことをわざわざしにくるとは、自分もいよいよ鉄っちゃんになってきたかな?

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2013年4月14日 (日)

奥多摩天王岩

奥多摩天王岩
1ヶ月振りに天王岩に行ってきたが、狙っていたドロボーカササギ11aのRPはまだムーブが固まらす、トップロープでのトップアウトのみに終わり、次回以降のお預けとなってしまった。

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2013年4月 8日 (月)

さらば小笠原

結局、終日船内に滞在のまま小笠原二見港を出港した。本日は上陸できなかったお詫びか、遠回りして島の景勝地を回ってからの帰途となる。
さらば小笠原
もうすぐ携帯も圏外となる。

ここまで書いて送信しようとしたら、早くも圏外となってしまって送信できずに終わる。
帰途は波が高く大型船にもかかわらず激しく揺れる。退屈しのぎにビンゴ大会にでてみるが、往路のポイントラリー同様、外れで賞品は貰えず。くじ運が悪いのは相変わらずだ。
さらば小笠原

出港して30時間後、八丈島南方まで来て、ようやく携帯が通じるようになる。あと半日で横浜港だ。

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2013年4月 7日 (日)

小笠原二見港二日目

小笠原二見港二日目
昨夜から今日の鯨ウォッチング中止は決まっていたが、朝になってみると岸辺までの連絡船も不通となってしまった。昨日中に行くべきところは行ってしまったので、別に困らないのだが、室内でテレビを見たり本を読んだり、ロビーでお茶を飲んだりホールでコンサートを聞いたりして過ごしてる。何もすることがないというのは最高の贅沢なのだろうが、貧乏性のためか何かしていないとどうも落ち着かない。
今夕現地を出港するので、もう二昼夜優雅な?時間が続くことになる。

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2013年4月 6日 (土)

小笠原父島初日

我々の乗ったパシフィック・ビーナス号は大きすぎて接岸できないため、小舟に乗り換えて上陸する。
今回予約していた鯨ウォッチン々のスケジュールは明日なので今日はフリーである。今日の鯨ウォッチングな波が高くて中止になったとのことで、明日はさらに条件が悪くなることが予想されるが、今のところは明日を信じるしかない。
今日はレンタサイクルで家内と一瞬に南を目指す。登りにめっぼう弱い家内は登りでは自転車を降りてもっぽら押していったが、なんとか扇浦に着く。きれいな砂浜である。その端っ子には小さい岩壁がある。ちょっとさわってみるが、脆くて登れたものではない。せっかくザックの底にクライミングシューズを忍ばせてきたのに残念であった。
小笠原父島初日
ここで引き返すことにしたが、家内は来た道を戻り、私は山の方を回って帰ることにする。
ママチャリで変速ギアがつぃていないため、たいした登りではないといえ、長い登りだと、自転車を降りて押していく体たらくである。だが、苦労していっただけの甲斐はあった。随所から小笠原の海岸の絶景が眺められたのである。
昼前に出発点で家内と合流する。船に戻れば食事の用意はあるのだが、島寿司を食べてみたいということで、亀の寿司を注文する。ちょっと表現し難い味であるが、もう一度注文したいという気にはならない。
その後は、家内はお土産を、私は酒とつまみを買って船に戻るが、今日1日で小笠原は堪能したので、明日は悪天で下船もできないとしてもよしとしよう。

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ようやく小笠原へ

36時間の航海を経てようやく目的の小笠原父島が見えてきました。
ようやく小笠原へ
遠洋では携帯が圏外だったためネットに接続できませんでしたが(船内には有料のPCはありますが)、島に近づいたため、やっとネットに接続できます。
船内ではたった正味1日(2晩)でしたが退屈でした。いろいろとイベントもありますが、さして興味深いものもなく、テレビも国際放送しか写らなくなるので、食事(1日5、6回?)と読書、それにたまに通過する島を眺めて時間を潰すくらいで、貧乏性のためからこれ以上長期のクルージングには耐えられそうもありません。
これから船内で朝食をとった後、二日間の島内観光を楽しんできます。
ようやく小笠原へ

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2013年4月 4日 (木)

小笠原クルージング初日

小笠原クルージング初日
家内と小笠原クルージングに来ています。フェリーには何度も乗っていますが、客船に乗るのは初めてである。かなり前に職場でギリシャに行った時に、他のメンバーがエーゲ海クルージングを楽しんでいる時にアテネマラソンに参加したためにクルージングに参加し損ねて、家内にあきれられたが、やっとクルージングに参加する機会が巡ってきた。
クルージングなんぞは、自分の趣味には合わないような気もするが、まあたまにはいいだろう。

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2013年4月 2日 (火)

上信国境尾根縦走一段落

ここ何年もかけて手掛けている上信国境尾根縦走にそろそろけりをつけようと5日間山に入ってきた。

初日は佐久の小海から北柏木村の三寸木までバスで入る。30分以上かかったのに、村営のためか料金は100円と申し訳ない安さである。
前回、十国峠から往復した拇峠までは2時間ほどの林道の登りである。そろそろ峠かなと思うあたりで忽然と消えてしまう。左右の急斜面にはいずれもテープが張ってあり、かすかな踏み跡がある。まずは左側の道を登ってみる。ちょっと登ると踏み跡は左右に分かれる。いずれも不明瞭だが左の方が多少はましかなとそちらへ行ってみる。ところが、岩に行く手を阻まれて下の方に回り込んでいたら、結局さきほどの林道に降りざるをえなくなってしまった。こんどは右側の斜面を登ってみる。ところが、登りきった先は切れ落ちていて峠に向かう道ではないようだ。やむをえず先ほど登った左側の斜面を途中から右にしばらく行ってみると、上部に水平な道が走っているように見えてくる。木の枝をつかまりながら斜面を這い上がると、今までよりは幾分ましな踏み跡があった。林道の終点少し手前に分岐する道があり途中で引き返したのだが、その道が続いているのかもしれない。しょっぱなからのトラブルは前途を暗示しているかのようだ。
峠からの新三郎岳の登りも判然とせず、登りきったところは東側の山だったようで西側に戻ってから南下する。ぶどう岳を経てぶどうとう峠に降り立った時は暗くなりかけていたのでテントを張る。今回は水は雪を溶かして雪を作るつもりだっだが、峠付近には雪は全くない。下界から運んできた水で足らすしかない。
上信国境尾根は上越と比べて高度が低いせいか、たくさんの自動車道が横切っているが、ぶどう峠から南にはない。それだけ明日からの行程は山深いところを行くということなのだろう。
Photoぶどう峠

翌日はどこまでいけるか全く検討がつかない。午前中に弥治平まで行ければ、主稜線からはちょっと外れるが、この山域では名山として知られている御座山を往復したいと思っていたが、実際に着いたのは2時だったので、今回はあきらめて別の機会に登ることにした。弥治平には多少は雪が残っていたので、雪を溶かして水を補給するが、時間がかかってしまい出発は3時となる。ここから三国山まではめったに人が入らないところなので道が判然としなくなってくる。途中で道が曲がっているところでは、もう少しで隣の幅広い尾根に迷いこみかけてしまった。ガスで視界がきかなかったので、GPSがなかったら、もう少しで道迷いをするところであった。
今日中に石仏の頭を越えてしまいたいと思ったが、登りの途中で夕闇が迫ってくる。頂上は間近に見えているが、頂上まで行ってしまうと雪が無くなり水が得られなくなる怖れがあったため、傾斜地ではあるが、雪のある斜面にテントを張ることにする。雪の量が多ければ均して平坦にできるのだが、わずかの雪では傾いた状態で一晩を過ごすしかなく、最低の居住性のために熟睡できなかった。

三日目は過去の記録ではヤブが深いとあり、三国山までは二日がかりとなることを覚悟していたが、登山道の整備が進んだようで、ヤブの刈り払いが行われていて歩きやすくなっていた。その反対に、登山道の氷化はないだろうと判断してアイゼンを持参しなかったことは失敗だった。標高が2000メートル近くになると北斜面は氷化しているところが多く、ピックをうちこんだりするなどして登ったが、時間と労力を要してしまった。
登山道の整備のおかげで行程がはかどり、今日中に上信国境尾根のゴールである三国山まで到達できる見通しがでてきた。多少余裕もでてきたので、日航機遭難事故のあった御巣鷹山が見える分岐点では、近くから鹿の角を見つけ出してお供えとして立て掛けて、遭難者への鎮魂の思いを込めて合掌した。
Photo_2 御巣鷹山方面

三国山のひとつ手前のピークには4時に到着したので、今日中に三国山まで行けることを確信した。ところが三国山との鞍部まで下っている途中で磁石を見ると、東に向かわなければならないのに北に向かっているではないか。GPSで確認すると、北側の支尾根に紛れこんでいることが判明した。ここまでは赤テープもところどころにあり、踏み跡もしっかりしていたので、一瞬GPSが間違っているのではないかと思ったが、下ってきた道もここから先は途切れているようなので、登り返すことにした。途中まで登ると、正しいコースと思われる尾根が近かづいてきたので、分岐点まで登り返すのも面倒と、直接隣の尾根に横切ることにした。同じような間違いをする人が多いのか、しっかりした踏み跡を通って正しいコースに戻ることができた。それにしても、間違ったコースについていたテープや踏み跡は一体なんだったんだろう。

コースを間違ったために今日中に三国山までいくことはできなかったが、三国山との鞍部にテントを張ったので山頂は目と鼻の先である。上信国境尾根のゴール到達と翌日中の下山を確信して、お祝いに翌日分の焼酎まで飲んでしまい、多少酔いが回ってくる。明日中の下山のためには早出が必要なので、酔いが覚めないうちに早々と寝てしまう。

翌朝は3時過ぎに出発し、夜明け前に三国山頂に着く。とうとう上信国境尾根縦走のゴールに辿りついたんだという感激が湧き上がる。

Photo_3

山頂で日の出を見てから十文字峠に向かう。十文字峠までは思ったより時間がかかって、11時半となってしまい、今日の夕方の川又の最終バスに間に合うかどうか心配となってくる。ただ小屋に行けばビールが飲めると期待してきたのだが、冬季は無人のようで期待を裏切られてしまった。
下山道はアイスバーンとなっていたので、アイゼンなしでは神経を使ったが、それもわずかのことであった。歩きにくい細い道をずっと歩いてから急降下して河原に降りると避難小屋があった。もちろん無人である。もう最終バスには無理なようであったが、下山予定日は明日なので問題はないのだ。ただそこから先はいける所までは行っておこうと歩を進める。
ここから先は沢沿いに行くのかと思ったら、ぐんぐんと高いところまで登っていく。相変わらず細い道で神経を使う。そのうちに道が崩落している箇所に出会う。崩落個所には金網がかぶしてあるが、登山シーズンまで修復はお預けのようだ。仕方がないので、現場に残されていたロープを使ってなんとか突破した。
いつまでたっても川よりも数百メートルも高いところを進んで行くのでいやになってきたが、河原に降りない以上はテントを張るスペースがないので、じっと我慢の子であった。ようやく急降下が始まって河原に降りたときはもう真っ暗になていたので、ここにテントを張る。食料は十分あるのだが、昨晩に酒を全部飲んでしまったのが痛かった。まあ意図せざる休肝日ということで我慢しよう。

最終日は行程も短いので、急ぐ必要もないようなものだが、始発バスの時間がわからないものだから、始発バスに乗り遅れると次は何時になるかわからないということで、暗いうちからに出発する。ここから先は10数年前までは森林軌道が走っていたということで、広い道で歩きやすい。3時間程度で川又に着くが、早朝のため人通りはない。はずれまで行ってバス停を見つけたが、時刻の記載がない。そこでバス会社に携帯で時刻を問い合わせると、始発はなんと11時40分とのこと。それまでどうやって時間をつぶそうかなと考えていると、隣に村営バスの停留所があり、こちらは途中の温泉までしか行かないが、温泉まで行けば別のバスの便があるかもしれないし、なければ温泉に入って待っていればいいということで、村営バスで行くことにした。ラッキーなことには、温泉に到着すると、三峰口駅行きのバスがやってきたので、それに乗ったために2時頃には帰宅することができた。

今回の山行により、30年近くかけて踏破済みの上越国境尾根と湯河原までの十文字峠以南の県境とがほぼ繋がることになった。関東全県境尾根踏破のためには浅間山山頂の登山禁止解除と福島県境踏破が必要だが、前者については自分の力ではどうにもならないものですし。後者については、栃木県境は雪がある時期ならなんとかなりそうだが、茨城県境はヤブ漕ぎの連続となりそうなので、どうしたものかと思っている(とりあえず県境に近い道路を自転車でなら通っているのだが)。
Kantou

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