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2013年4月 2日 (火)

上信国境尾根縦走一段落

ここ何年もかけて手掛けている上信国境尾根縦走にそろそろけりをつけようと5日間山に入ってきた。

初日は佐久の小海から北柏木村の三寸木までバスで入る。30分以上かかったのに、村営のためか料金は100円と申し訳ない安さである。
前回、十国峠から往復した拇峠までは2時間ほどの林道の登りである。そろそろ峠かなと思うあたりで忽然と消えてしまう。左右の急斜面にはいずれもテープが張ってあり、かすかな踏み跡がある。まずは左側の道を登ってみる。ちょっと登ると踏み跡は左右に分かれる。いずれも不明瞭だが左の方が多少はましかなとそちらへ行ってみる。ところが、岩に行く手を阻まれて下の方に回り込んでいたら、結局さきほどの林道に降りざるをえなくなってしまった。こんどは右側の斜面を登ってみる。ところが、登りきった先は切れ落ちていて峠に向かう道ではないようだ。やむをえず先ほど登った左側の斜面を途中から右にしばらく行ってみると、上部に水平な道が走っているように見えてくる。木の枝をつかまりながら斜面を這い上がると、今までよりは幾分ましな踏み跡があった。林道の終点少し手前に分岐する道があり途中で引き返したのだが、その道が続いているのかもしれない。しょっぱなからのトラブルは前途を暗示しているかのようだ。
峠からの新三郎岳の登りも判然とせず、登りきったところは東側の山だったようで西側に戻ってから南下する。ぶどう岳を経てぶどうとう峠に降り立った時は暗くなりかけていたのでテントを張る。今回は水は雪を溶かして雪を作るつもりだっだが、峠付近には雪は全くない。下界から運んできた水で足らすしかない。
上信国境尾根は上越と比べて高度が低いせいか、たくさんの自動車道が横切っているが、ぶどう峠から南にはない。それだけ明日からの行程は山深いところを行くということなのだろう。
Photoぶどう峠

翌日はどこまでいけるか全く検討がつかない。午前中に弥治平まで行ければ、主稜線からはちょっと外れるが、この山域では名山として知られている御座山を往復したいと思っていたが、実際に着いたのは2時だったので、今回はあきらめて別の機会に登ることにした。弥治平には多少は雪が残っていたので、雪を溶かして水を補給するが、時間がかかってしまい出発は3時となる。ここから三国山まではめったに人が入らないところなので道が判然としなくなってくる。途中で道が曲がっているところでは、もう少しで隣の幅広い尾根に迷いこみかけてしまった。ガスで視界がきかなかったので、GPSがなかったら、もう少しで道迷いをするところであった。
今日中に石仏の頭を越えてしまいたいと思ったが、登りの途中で夕闇が迫ってくる。頂上は間近に見えているが、頂上まで行ってしまうと雪が無くなり水が得られなくなる怖れがあったため、傾斜地ではあるが、雪のある斜面にテントを張ることにする。雪の量が多ければ均して平坦にできるのだが、わずかの雪では傾いた状態で一晩を過ごすしかなく、最低の居住性のために熟睡できなかった。

三日目は過去の記録ではヤブが深いとあり、三国山までは二日がかりとなることを覚悟していたが、登山道の整備が進んだようで、ヤブの刈り払いが行われていて歩きやすくなっていた。その反対に、登山道の氷化はないだろうと判断してアイゼンを持参しなかったことは失敗だった。標高が2000メートル近くになると北斜面は氷化しているところが多く、ピックをうちこんだりするなどして登ったが、時間と労力を要してしまった。
登山道の整備のおかげで行程がはかどり、今日中に上信国境尾根のゴールである三国山まで到達できる見通しがでてきた。多少余裕もでてきたので、日航機遭難事故のあった御巣鷹山が見える分岐点では、近くから鹿の角を見つけ出してお供えとして立て掛けて、遭難者への鎮魂の思いを込めて合掌した。
Photo_2 御巣鷹山方面

三国山のひとつ手前のピークには4時に到着したので、今日中に三国山まで行けることを確信した。ところが三国山との鞍部まで下っている途中で磁石を見ると、東に向かわなければならないのに北に向かっているではないか。GPSで確認すると、北側の支尾根に紛れこんでいることが判明した。ここまでは赤テープもところどころにあり、踏み跡もしっかりしていたので、一瞬GPSが間違っているのではないかと思ったが、下ってきた道もここから先は途切れているようなので、登り返すことにした。途中まで登ると、正しいコースと思われる尾根が近かづいてきたので、分岐点まで登り返すのも面倒と、直接隣の尾根に横切ることにした。同じような間違いをする人が多いのか、しっかりした踏み跡を通って正しいコースに戻ることができた。それにしても、間違ったコースについていたテープや踏み跡は一体なんだったんだろう。

コースを間違ったために今日中に三国山までいくことはできなかったが、三国山との鞍部にテントを張ったので山頂は目と鼻の先である。上信国境尾根のゴール到達と翌日中の下山を確信して、お祝いに翌日分の焼酎まで飲んでしまい、多少酔いが回ってくる。明日中の下山のためには早出が必要なので、酔いが覚めないうちに早々と寝てしまう。

翌朝は3時過ぎに出発し、夜明け前に三国山頂に着く。とうとう上信国境尾根縦走のゴールに辿りついたんだという感激が湧き上がる。

Photo_3

山頂で日の出を見てから十文字峠に向かう。十文字峠までは思ったより時間がかかって、11時半となってしまい、今日の夕方の川又の最終バスに間に合うかどうか心配となってくる。ただ小屋に行けばビールが飲めると期待してきたのだが、冬季は無人のようで期待を裏切られてしまった。
下山道はアイスバーンとなっていたので、アイゼンなしでは神経を使ったが、それもわずかのことであった。歩きにくい細い道をずっと歩いてから急降下して河原に降りると避難小屋があった。もちろん無人である。もう最終バスには無理なようであったが、下山予定日は明日なので問題はないのだ。ただそこから先はいける所までは行っておこうと歩を進める。
ここから先は沢沿いに行くのかと思ったら、ぐんぐんと高いところまで登っていく。相変わらず細い道で神経を使う。そのうちに道が崩落している箇所に出会う。崩落個所には金網がかぶしてあるが、登山シーズンまで修復はお預けのようだ。仕方がないので、現場に残されていたロープを使ってなんとか突破した。
いつまでたっても川よりも数百メートルも高いところを進んで行くのでいやになってきたが、河原に降りない以上はテントを張るスペースがないので、じっと我慢の子であった。ようやく急降下が始まって河原に降りたときはもう真っ暗になていたので、ここにテントを張る。食料は十分あるのだが、昨晩に酒を全部飲んでしまったのが痛かった。まあ意図せざる休肝日ということで我慢しよう。

最終日は行程も短いので、急ぐ必要もないようなものだが、始発バスの時間がわからないものだから、始発バスに乗り遅れると次は何時になるかわからないということで、暗いうちからに出発する。ここから先は10数年前までは森林軌道が走っていたということで、広い道で歩きやすい。3時間程度で川又に着くが、早朝のため人通りはない。はずれまで行ってバス停を見つけたが、時刻の記載がない。そこでバス会社に携帯で時刻を問い合わせると、始発はなんと11時40分とのこと。それまでどうやって時間をつぶそうかなと考えていると、隣に村営バスの停留所があり、こちらは途中の温泉までしか行かないが、温泉まで行けば別のバスの便があるかもしれないし、なければ温泉に入って待っていればいいということで、村営バスで行くことにした。ラッキーなことには、温泉に到着すると、三峰口駅行きのバスがやってきたので、それに乗ったために2時頃には帰宅することができた。

今回の山行により、30年近くかけて踏破済みの上越国境尾根と湯河原までの十文字峠以南の県境とがほぼ繋がることになった。関東全県境尾根踏破のためには浅間山山頂の登山禁止解除と福島県境踏破が必要だが、前者については自分の力ではどうにもならないものですし。後者については、栃木県境は雪がある時期ならなんとかなりそうだが、茨城県境はヤブ漕ぎの連続となりそうなので、どうしたものかと思っている(とりあえず県境に近い道路を自転車でなら通っているのだが)。
Kantou

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