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2013年7月28日 (日)

デリー帰還

朝5時に起床して荷物をまとめてロビーに向かう。間もなくエージェントのスタッフも迎えに来てくれて空港に向けてホテルを後にする。空港は市内から近いところだったが、一日に数便しかない飛行場も、この時間帯は3社のフライトが集中しているため、ごった返している。国際便ほどは厳しくないようだが、一般に行われているセキュリティ対策の外に、機内預け荷物について乗客が自分の荷物かどうかの確認の手続きが加わっているのが特徴である。レー市内では日本人とは会わなかったが、空港では日本人の団体客と乗り合わせたので、ラダックというのも、それほど日本人に珍しい場所ではなくなったのだろう。

超満員で飛び立ったにもかかわらず、窓際の自分の隣だけ空席だったのはラッキーだった。きっと誰かさんのようにウェイティングの人のチェックインも間に合わないほどの搭乗直前のキャンセルがあったのだろう。

離陸後しばらくは雲の中だったが、完全に雲の上に出ると、雲海の中に浮かび上がるインドヒマラヤの7千メートル級の高峰をずらり眺めることができた。その内でもインド最高峰であるナンダ・デビは双耳峰の特徴ある形をしているため注意深く探したのだが、山座同定することはできなかった。行きの行程のように峠越えをしながら、山を仰ぎ見るのも良いものだが、今回のように遠望とはいえ高峰を一度に眺められるのも良いものだ。

デリー空港に到着して荷物を回収してから出口を出たが、迎えのエージェントのスタッフがいない。今度は二度目だから自分ひとりでホテルに行けというのかな。まさかそれはないだろうと思って建物の外を見ると、最初に深夜に空港に出迎えに来てくれたスタッフが手を振っているのが見えた。なんらかの基準があって、彼は建物内には入れないのだろうと、こちらの方から建物の外に出てスタッフと合流した。この時、デリーに戻って初めて屋外に出たが、レーと比べて暑いのは当然であるが、思ったほどの暑さではなかった。

ホテルまでは1時間くらいかかったが、これでスタッフとは今日はお別れとなる。なお日程表では明日はフライト予備日となっていたが、予備日は使わなかったために二日後に予定されていたデリー市内観光(おそらくスタッフが同行するのだろう)を前倒ししてもらうことにした。

ホテルで一休みした後、今日ちゅうに片づけなければならない大きな仕事があった。それは、先ほど書いた市内観光の前倒しと同行者不参加による帰国日の空港付き添いがなくなったために、北インド周遊旅行の前に二日間の日程が空いたので、その二日間にマトゥーラというヒンズー教の聖地に行ってくるための予約を行うことであった(他の周遊旅行中のインド国内の鉄道予約は日本国内で業者に依頼済)。なぜ、それがそんな大仕事かというと、ニューデリー駅の二階にある外国人専用窓口に向かおうとする外国人を阻止して不当な値段で切符を買わせようとする悪徳業者が駅構内及び周辺にたむろしているからである。

ある人などは5回トライしながら、ある時は言葉巧みに、またある時は威圧的に二階に上がるのを阻止されて、結局は実際の価格の数倍の値段の切符を買わされたそうである。

悪徳業者と一戦交えるつもりでホテルを出発し、地下鉄を利用してニューデリー駅に向かうつもりであった。ところが、最寄りの地下鉄駅で見た光景は想像を絶するものであった。前回は乗らずに見ただけであったが、その時と違って週末の午後だからであろうか。信じられないくらいの大勢の人がセキュリティチェックの枠の中に押し込められて、潰されそうになりながら通過するのであった。あんなんでセキュリティチェックの意味があるのかなという気もしたが、それよりも命の危険を感じたために残念ながら最初から腰砕けになってオートリクシャででかけることになってしまった。だが、そんな時に限って普段は客引き攻勢の激しいオートリクシャも週末のためか空車がなく、たまに見つけた空車も、目的地を聞くと、なぜだかわからぬが乗車拒否までする始末であった。サイクルリキシャ(人力車のようなもの)ならば空車はたくさんあったが、結構な距離をこの猛暑の中で汗水たらして漕いでいく様を後ろから見ているのが心苦しいという気持ちがあって(それが彼らの仕事なんだと言えばその通りなんだけど)、利用する気にならずにいたところ、オートリクシャの空車をしばらくして見つけた。100ルピー(約180円)という言い値はちょっと高い気もしたが、大事の前の小事だと言い値どおりで乗って行くことにする。

ここでまっすぐ駅に向かう前に、腹が減っては戦が出来ぬとメインバザールで下車して遅い昼食を摂ることにする。ガイドブックに載っていた経営者の奥さんが日本人で日本食も出すという店を捜し出した。藤原紀香も来たことがあるらしい店で日本食のメニューは豊富であったが、その中でカツ丼を注文した。別に日本食に飢えていたわけではなく、肉食に飢えていただけである。味はというと、日本国内で商売してたらリピーターは期待できないかなというレベルである。その際に暑かったこともあり、日本人が経営しているという油断もあって、アイスティーを同時に注文してしまい、しばらくは飲んでいたが、やはりこれはヤバイと気がついて、半分くらいで飲むのを止めてしまった。そもそも煮沸したものを冷やしたという保証はないし、氷が溶けた部分は生水を飲んでいるのと同じことになるからである。自分はA型肝炎の抗体を持っているので、普通の人よりも生水に対する危険は低いとは思うものの、今回は長丁場でもあり注意をするのに越したことはないだろう。

さて腹も満たしたので、いよいよ本番突入である。そこから駅までは目と鼻の先の距離なので歩いていく。前回はお上りさんだったこともあり、「切符を持っていないと入れない」と言われて怪しげな旅行代理店につけこまれ、カモにされそうになったのだったが、今回は数回呼び止められたが無視していたら、外国人専用窓口まで達してしまい、後は問題なく切符を買うことができた。あんまりスムーズにいったんで拍子抜けであった。手持ちのガイドブックはちょっと古かったんで状況が変わったのか、単にカモと見られなかっただけなのかは謎である(山の帰りで服もヨレヨレになているし)。

大きな仕事?をなし終えて駅の外に出ると、オートリクシャがずらりと並んで客待ちしている。このままホテルまで帰ってしまってもいいかと思って値段交渉してみると、1000ルピー(1800円)だというので一瞬耳を疑った(もう円換算金額ではなく、現地の通貨価値に慣れてきているようだ)。「100ルピーだ」と言って立ち去ろうとすると追いかけてきて120ルピーで言いという。「ああこれがお上りさん相手の商売なんだ。主要駅や空港では気をつけなくっちゃ」と思って乗り込むと、しばらく行ったコンノート広場に差し掛かった所で降りてくれという。この値段では商売にならないと思ったのか、ここで値段再交渉をしようと思ったのか、いずれにしてもしたたかな連中である。しかし、コンノート広場といえば、ホテルの最寄り駅から直通の地下鉄の駅があることを思い出して、100ルピーだけ払って降りてしまう。ここコンノートは真ん中が公園になっていて、その周りをリング状に道路が走り、その外側を高級店がぐるりと取り囲んでいる所である。さきほどのメインバザールが庶民の街ならば、こちらはファッション街ともいえようか。

山帰りの薄汚れたスニーカーを履いているにもかかわらず、靴磨きの少年が纏わりついてくるのには参った。そのうちに少年もあきらめたようなので、そのまま歩き続ける。

ところがいつまで歩いても、地下鉄の入口にお目にかかれない。一度、公園側の地下に通じる階段を降りてみたが、中心部に通じる道にセキュリティチェックがあるので戻ってきてしまった。そのまま歩き続けて、一周してしまったところで気がついた。さきほどのセキリティチェックの先の同心円の中心付近に切符売場とホームがあることを。普通の駅ならば、切符売場の先にセキュリティチェックがあるのだが、ここコンノート広場では四方八方からやってくる乗客をひとつのセキュリティチェックで対応するとパンクしてしまうため、セキュリティチェックを先に設けて分散させているのだろう。そのため、セキュリティチェック自体はホテルの最寄り駅のような混雑はなかったが、切符売場は長蛇の列であった。だいぶ待ってようやく私の番がある。最寄り駅の発音に自信がなかったの、これで通じるか心配だったが、なんとか通じて切符が買えた。切符といってもコインのようなもので、これを日本のスイカの時のようにタッチさせて入り、出る時は穴に投入してしまうというシステムである。昨年のサンフランシスコではなまじ自動販売になっていたために切符の購入に苦労したが、地下鉄のシステムというのは日本国内でもそうだが、各地でバラバラなために要領を飲み込むまでがたいへんだ。

かんじんの地下鉄自体も猛烈なラッシュだったが、なんとか乗車して最寄り駅で下車できたのでホテルはもう目と鼻の先だと思った。というのは、午前中に空港からホテルまで送ってもらう時に、地下鉄の駅の少し先を南にまがってしばらく先にホテルがあることを確認済で自分的にはホテルの位置は頭の中に入っていると思い込んでいた。そのため、ホテルの住所や電話番号を書いた紙も持参せずGPSの軌跡もとらず仕舞いで、うっかりするとホテルの名前も忘れるほどであった(実際には何度も忘れて、道を聞くために必死になって思い出したというのが正しいが)。記憶を辿って歩いていくが、どうも午前中に車で通った記憶と一致する部分がない。交通整理かなんかで立っている警官に聞いても知らないという。ここまで迷い初めて1時間近く経っており、多少焦り始めていた。ただGPSで現在地の確認はできていたので、パニックにはならずに済んでいた。ここでやむを得ず、先ほどは乗らないと書いたサイクルリクシャにやむをえずに乗り込む羽目になった。客待ちの少年サイクラー(正式な名称は知らないので仮称である)がそのホテルを知っているというので100ルピー(ちょっと、高いと思ったが、この際、背に腹は代えられなかった)で向かってもらう。少年とはいえ、さすがにプロである。でこぼこ道を客への衝撃を最小限にしていくハンドルさばきは見事であった。ところが、なんとしたことか、さきほど下車した地下鉄の下をくぐって(この部分ではもう地上に上がって高架となっている)、北に向かおうとする。こいつ道も知らないくせに適当に走っているなと怒って、乗車した場所近くまで戻って、100ルピーを払って下車してしまう。それからしばらく右往左往したが、全くわからずに途方に暮れていると、たまたま出会った警官2人連れの一人が知っていると教えてくれた方向はなんと先ほど少年が行こうとした方向ではないか。ここで初めてもう1本北側に地下鉄があり、自分はホテルの場所を完全に思い違いしていることに気がついた。そこで下車した最寄り駅まで戻り(GPSを持ってて良かった!)、客待ちしているサイクラーの中からベテランそうな人を選んで50ルピーでホテルまで連れてってもらって一件落着となりホットした。結局3時間近くデリーの郊外を彷徨っていたことになる。Wanderrerの面目躍如である()

汗でびっしょりとなった衣服を着替え、シャワーを浴びてさっぱりしてからホテルが隣に併設しているレストランで遅い夕食を摂る。スープとヌードルと春巻を頼んだが、どれももの凄い量の上に辛さも半端ではない。水は出してくれるのだが、これは飲むわけにはいかない、辛さをじっと我慢していると、隣の家族連れは皆コーラを飲んでいる。なんでこれを頼まなかったんだと思ったが、もう腹一杯になっていたので、今さら頼む気にはならなかったところ、隣組は食後のデザーに甘そうなアイスクリームまで食べ始めた。もう目の毒なので、食事は半分ほど残っていたが、部屋に戻って、ペットボトルの水や部屋に用意されているコーヒー。紅茶を大量に飲んだ。最後の彷徨∔激辛料理でだいぶ水分不足に陥ってしまったようだ。今日は夕方までは順調だったんだが、最後で大失敗だった。疲れてすぐ寝たいところだが、書くことがあり過ぎてブログ書きに時間がかかり、なかなか寝られそうにない。山の中の平穏な生活が羨ましい!

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