レー帰還
ラダック山中の最後の夜が明けてレー帰還の日が来た。
前日、ストック村に着いた時に腰に異常を感じた部分は依然として違和感が治らないが、もう山に登らなくてもいいのだから自然に治るまで待つしかないとあきらめる。
朝食の前にスタッフに慰労の言葉とともにチップを支払う。といっても、ガイドとコックの2人だけである。私一人になったためかキッチンボーイはつかなかったし、荷物はポーターは使用せず、全て馬を使用したからである。馬の御者はいるが、他のパーティーの荷物を運ぶ馬と合わせて見ているので、私の専属ではないためチップの対象ではないようだ(馬にはチップはいらないし)。またチップの相場はドル建て表示で聞いていたのでドルで払うつもりだったが、100ドル紙幣でしか持ってきてなかったので、やむをえず、聞いていた相場をルピーに換算して支払うことにした。もっとも、空港で日本円をかなりルピーに交換したが、全部使いきれないおそれも出てきたので、再両替という面倒なことをやらないためにもルピーはできるだけ使ってしまいたいということもあったのだが。
11時前にタクシーが来て、スタッフとともにストック村に向かった。レーまでは車で1時間もかからない距離なのだが、実は心配事が二つあった。一つは登山前にレーのホテルにノートPCその他の登山に不要なものを預けたのだが、預かり証をくれなかったので本当に戻ってくるかということである。ノートPCが手元にないままになってしまうと、今後の旅行中のブログ等の更新や仕事で打ち合わせる場合(まずないだろうが)に支障が出てしまうおそれがあった。もうひとつの心配は、ガイドと別れてしまった後、翌日のレー観光とレー最終日のデリーまでのフライトについてのエージェントからのサポートがどうなっているかということである。
ホテルにはお昼前に着いた。チェックインを済ませると、ノートPCは無事に戻った。もうひとつの心配については、ガイドが言うには、時間はわからないがスタッフが来るということ(らしい)ので、待つしかなかった。
着いて直ぐにやることはネットへの接続である。前回の宿泊時もホテルの無線LANは最初は制限付きでしか接続せずにネットには繋がらなかったため、やむをえず町のネットカフェに行った後に戻ってみたら、今度はなんとかつながったので、今回は最初から繋がるかという期待でトライしてみたが、やはり制限付接続という表示でネットには繋がらなかた。PDAやスマホという他の無線LAN機能を有する機器を使用しても接続済という表示はでるのに、やはりネットには繋がらない。PCの診断機能ではルーターの障害となっている。これではネットカフェのお世話にならなければならないと思うが、エージェントの人が来るかもしれないので、あまり遠出はできない。このホテルは繁華街であるメインバザールへは急坂を30分以上歩かなければならない辺鄙なところで、ネットカフェはメインバザールにたくさんあるが、ホテルの周辺にも小さなネットカフェが二軒あったので、そこへ行ってみることにした。ホテルでランチを食べてから出かけようとしたが、ホテルのレストランはいつまでたっても電気が消えたままだ(後でわかったのだが、実は停電だったのだ)。ついにしびれを切らして、2時に近くのネットカフッェに行ってみると、一軒の店ではノーパワーだから今はネットを使えないという。ここでインドの電力事情がわかったのだが、昼間の停電は日常茶飯事のようである。もう一軒は理由はわからなかったが、とじかくネットは使えないとのことなので(多分、停電のためだろう)、あきらめる(まだ日本にいる時に知ったネット情報によると、メインバザールのネットカフェの中には停電でも対応できるようにしている店もあるとか)。その時はホテルのネット不調も停電のためだろうと思ったので、食事を済ませてからホテルに戻ることとした。といってもホテルの近くには地元の人のための食堂が数軒しかない。いずれもサモサという野菜のコロッケみたいなものの上に辛いカレー汁をかけたものの単品しかなく、自分だからなんとか食べられるが、一般の日本人はまず口に合わない代物である。おまけに出してくれる水は生水だから日本人は勿論飲むことは出来ずに辛さに耐えなければならないのである。その代わり、一食100円以下の安さではある。
ホテルに戻ると、なるほどまだ停電中である。それではと登山中の着たものの洗濯や荷物の整理、さらには縫い目が切れてしまった荷物収容用の大型バッグの修理(こんなところで裁縫をするとは思わなかった)とひととおり終わってから、やっと自分の時間ができたとシャワーを浴びたら、期待していなかったお湯がでてきたので嬉しかった(前回はお湯がでなかったので、水を浴びるのがいやで先延ばしにしていたというのが真相なのだが)。さっぱりして着替えると時間は5時を回っていたが、エージェントの人間からは音沙汰なしである。その頃、停電がようやく終わったようなので、ネット接続を再トライしてみるが、やっぱり接続できない。どうも停電が理由ではなかったようなので、メインバザールのネットカフェに行ってみざるをえない。ただ前回宿泊時の夕食は7時半だったので、それまでだとあまり時間はないし、その間にエージェントの人が来る可能性もあるので、夕食後に出かけることにした。ところが夕食は7時半になっても始まらない。聞きに行くと、そのたびに少しづつ先の時間を言われて、実際に食べられたのは8時半を過ぎていた。ちょっと時間が遅いかなと思ったが、メインバザールなら遅くてもやっているかもと出かけてみたが、結局店も閉まっており、タクシーも見つからなかったため、帰りも夜道を歩いてきたため、ホテルに戻ってきたのは10時半となってしまった。ネット接続とエージェントの人との打ち合わせは一日かけてもなんの進展もなかったことになる。
このままホテルの無線LANが使えなければ、翌日の時間帯の良い時にネットカフェに出かけてみるしかない。ネットカフェで無線LANも日本語対応のPCも使用できないことに備えて、USBで全て対応できるように夜のうちに準備をしておいた(前回ネットカフェ利用時に、日本語入力はできないPCでも日本語表示さへできれば、USBのデータの方からのコピー&ペーストで最底限のことは出来ることは実証済)、またエージェントとの連絡は最悪の場合は観光はキャンセルとなってしまっても(王宮等の見学は終わっているし)、フライトの送迎さへやってもらえればいいということで、もし明日の午前中いっぱいになってもエージェントからの連絡がなかったならば、こちらからなんとかしてコンタクトをとることにしてみよう(こういう面倒なことになった時にもう少し語学力があればなあと思ってしまう)。
どうも、今日はたいへんな一日だった。ストレスが溜まってしまったのか、昨日からの腰痛が悪化してきているようだ。ヤバイヤバイ
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