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2013年10月 3日 (木)

中山道 関ヶ原に届かず

当初の予定では、今日は関ヶ原まで行く予定であった。だが、すでにふれているように、十三峠越えが追加で行われたことで行程はかなり遅れており、到底今日中に着くことは不可能だ。ただ関ヶ原には今に残る街道の旅籠が営業しており、そこに泊まってみたいという気持ちもあったが、予約してたどり着けない場合には、途中を一部パスするしかないので、頭が痛いところであった。

昨日の終了点まで戻って歩き出して一時間くらいたったところで、関ヶ原の宿に予約の電話を入れると、なんでも翌日に団体の受け入れがあって人手が足りないので、今日は休みにするとのことで断られれてしまう。最初は少しがっかりしたが、よく考えてみると、これで今日の行動のしばりがなくなることになったわけで、結果的にはよかったかなとも思えてきた。

昨日の最後の宿場の鵜沼宿から次の加納宿までは17キロもあって、なかなかたどり着かない。頭上では各務原の基地から飛び立つジェット機の爆音がひっきりなしに続く。遠くには小高い山の上から城下町を見下ろしているような岐阜城がいつまでたっても、小さくならない。

昼前にようやく加納宿にたどり着く。
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加納宿はそこそこ大きい宿場で昔の家並みも多少は残っているのだが、道が曲がりくねっているので、旧道を辿っていくのはなかなかたいへんだ。加納宿を離れてしばらくすると、旧道を見失ってしまった。地区によっては曲がり角毎に表示があるところもあるが、加納宿近辺は少々不親切である。ただ木曽川を越える橋は河渡橋ただひとつなので、その橋を目指して行けば、結果的には迷うことはない。

木曽川を河渡橋で渡った先の河渡宿もわかりにくいところである。散々探し回っても見つからないので、次の宿に向かおうとしていたら、地元の人がわざわざ遠くから教えにきてくれたので、なんとか宿場跡に行くことができた。

ここから先は東海道線を離れて回りこんだコースを通って行くので、中山道沿いには宿泊施設はないようだ。そこで、大垣のホテルに予約を入れて、中山道からホテルまでは往復することにした。まずは美絵寺宿まで行き、、そこから大垣まで戻ることも考えたが、まだ5時過ぎで時間の余裕もあったので、次の赤坂宿まで行くことにした。

赤坂宿に行くには揖斐川を越えていかなければならない。橋は少し高いところにあるので、手元のGPSでは大きく曲がりくねって進むように指示している。ただ、橋は目の前なので、直登すれば1キロ近くは短縮できそうだった。そこで土手を這い上がり、フェンスを越えて橋の上に難なく立つことができた。もっとも暗くなっていたからできたことで、明るかったらちょっと躊躇しただろう。因みに自分のGPSには自動車、自転車、歩行者のモードはあったが、クライマーや忍者のモードはなかった。

そこから赤坂宿まではほぼ真っすくな道であったが、疲れが徐々に現れてきて、最後はバテバテで東赤坂の駅に着き。ここから先は明日また来ることにして大垣のホテルに向かった。

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