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2014年3月

2014年3月31日 (月)

霧島登頂

始発の電車に乗って霧島登頂を目指す。ところが霧島神宮で下車して駅前のバス停でえびの高原行きを探すが、それらしきものが見当たらない。近くにいたタクシーの運転手に聞くと、バスは廃止されて走っていないという。そんな馬鹿な!ちゃんとネットで調べて来たのに。運転手の話ではネットを信じて間違って来た人がたくさんいるそうだ。ネットの情報を訂正しないバス会社もひどいものだ。丸尾という所からはえびの高原行きのバスが出ているらしいが、本数が少ないだろうから果たしてうまく接続しているかどうかもわからない。タクシーを利用するしかあるまい。
えびの高原に着くとタクシー代金は5550円だった。予定外の出費となってしまった。運転手がバスの時刻を見てくれて、13時の丸尾行きのバスに乗れば丸尾で霧島神宮行きのバスに乗り継げると教えてくれる。行き先の違う11時発のバスもあったが、どうせその時間には降りては来られないだろうとさして気にもしなかった。
霧島の最高峰である韓国岳への登山道は登りやすい道だった。荷物が軽いこともあり、ぐんぐん飛ばして行き、先行の登山者を次々と追い抜いていく。こんなことは久しぶりである。コースタイム1時間半の所を1時間かからずに登りきる。

期待していたほどの好天ではなかったが、360度の眺望は得られたので、登った甲斐はあった。86座目の百名山登頂である。
霧島登頂

時間的には11時のバスにも間に合いそうに思えたので早々に下山を開始する。降りはじめて間もなくして大浪池のコースを降りていることに気付いたが、多少遠回りになっても違うコースを歩いた方が面白いだろうと、そのまま降りていく。急な木の階段をどんどん降りていくと大浪池が次第に近づいてくる。大浪池を囲む外輪山の一角に辿り着くと、そこからはえびの高原に向かって小刻みなアップダウンが繰り返されるようになり行程が捗らなくなる。このままでは11時に下山するのは難しくなるかもしれないとペースを上げたため、なんとか間に合ったが大汗をかいてしまった。

11時を少し過ぎてバスはやってきたが、運転手に聞くと、このバスはJR駅行きのバスには接続していないので、次の13時のバスに乗るように言われる。なあんだ、急いだ分だけ損したわけか。しかたないので2時間の待ち時間の潰し方を考える。

まずはレストランに入る。宮崎県に入って何日も経っているのにまだ宮崎牛を食べてなかったので、焼肉を注文する。
霧島登頂
食後に外に出てみると近くの国民宿舎で日帰り温泉に入れることがわかったので、有名な霧島温泉にはいってみようかとも思ったが、着替えを宮崎駅のコインロッカーに他の荷物とともに置いてきてしまっており、入浴後にまた濡れた服を着るのも嫌だったので足湯だけで我慢する。これでも霧島温泉に入ったことになるかな。
バスの発車時間までにはまだ時間があったのでどうしたものかと思っていたところ、近くにコミュニティセンターがあったので暇潰しに寄ってみる。こちらは火山に関する展示がメインであるが、昨日の都井岬のそれよりも内容が充実している上に無料であった。

ようやく待ち時間を消化して丸尾行きのバスに乗り込む。思っていたよりも時間がかかって丸尾に到着する。乗り継ぎがスムーズにできるかどうかが気がかりだったが、さほど待つこともなく乗り継ぎができてホッとする。乗り込んでしばらくすると次の停留所は霧島神宮とのアナウンスがある。大勢の乗客が降り始めたので、自分もつられて降りかけたが、運転手にJRの駅は近いか聞いてみる。すると歩くと30分以上はかかるとのことである。振り返ると長い石段の先に鳥居が見えている。ここで降りて参拝して次のバスで駅に向かうことも考えられたが、その場合は予定している電車に遅れるリスクもある。それに自分はお遍路を行っているように仏教には共感を持っているが、神道は好きでないのだ。神社でも自然崇拝から発生した原始信仰の側面が強いものは許せるが、天皇制国家の精神的支柱をなすようなもの(靖国神社、伊勢神宮等)は常々忌み嫌う存在だと思っている。この霧島神宮は天孫降臨伝説に象徴されるようにまさに後者の性格が強い神社と思われるので無視
することとした。

霧島神宮駅に着いてからは、このまま宮崎駅に直行してしまえば楽なのだが、JR全線乗車を目指している自分は、あえて薩肥線・吉都線経由の遠回りで帰ることにしたために霧島神宮駅でも2時間近い電車待ちを余儀なくされることになってしまった。だが、このために東京の金券ショップで本来なら1枚2300円のはずの青春18切符のバラ売り券を3500円も出して買ってきたのだから仕方ないのだ。それにこのコースをとることにより、今日は西面南面を通ってきた韓国岳を北面、東面からも眺められるという楽しみも生まれるのだ。

吉松駅で14分停車して列車は薩肥線から吉都線に移る。薩肥線自体は吉松から人吉まで続いているのだが、なにしろ上下線とも1日5本しか運行しない超ローカル線なので、これを踏破するのは至難の業である。

吉松駅を過ぎると霧島の山々が近づいてくる。行きに通ってきた日豊線からは数10キロも離れていた山並みが今では10数キロしか離れていないのだ。ただあいにく時間が遅くなってきたためにシルエット的にしか見えないのが残念だ。明るい時であれば、さぞかし雄大な眺めだろう。

やがてシルエットも暗闇の中に吸収されてくると日豊本線との乗換駅である都城駅は近い。都城駅では乗換時間が30分ほどあったので、駅前のコンビニで弁当などを買って8時過ぎになってようやく食事にありつける。さらに1時間ほど電車に乗って宮崎駅に着き、予約してあった駅前のホテルで旅装を解いて長い1日が終った。

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2014年3月30日 (日)

宮崎の休日

今朝は天気が回復しているようなら霧島山に行くつもりであったが、朝のうちはまだ雨が残っているようだし、天気が確実に回復するのは午後からで、自分の登山時間となる午前中の山の天気が読めなかったので、確実に好天が見込める明日に登山は延期して、今日は休養を兼ねて今回歩きでは立ち寄れない城下町の飫肥と野生の馬の生育で有名な都井岬を巡ってくることにした。

飫肥は1時間しか滞在時間がとれないので、下車してすぐに町に向かう。朝早いため、店はまだ開いておらず、名物の飫肥天は食べ損なってしまった。それでも大手門までは行き、そこからは武家屋敷通りを通って駅に戻った。
宮崎の休日

油津でかなりの待ち時間の後、志布志行きに乗って串間で下車。さほどの待ち時間もなく都井岬行きのコミュニティバスに乗り込む。乗ってきたバスは15分で串間駅に戻って行くが、それではあまりに滞在時間が短くなってしまうので、次のバスにすると、今度は3時間以上後になってしまって、どうも融通の利かないダイヤである。

都井岬に近づくとあちこちに野生の馬が見られて旅情を誘われる。バスを下車してまずはビジターセンターに向かう。要するに馬の生態についての解説がメインで入場料300円の値打ちは感じられなかった。そうそうに退出して、早めの昼食をとる。ゆっくり食事をして、展望台で景色を眺めてもまだたっぷりと時間は余っていたので灯台まで往復してくる。けっこうな登りで、今日は休養日なのにと思ったが仕方ないない。
宮崎の休日

帰りのバスでは寝過ごしてしまい、もう少しで串間駅に降り損なうところであった。列車の待ち時間がずいぶんあり、土産物屋を覗いたりビールを飲んだりして時間を潰す。

ここから宮崎までは83キロとの表示があり、明後日から3日間にわたって逆方向からほぼ鉄道に沿って歩くことになるわけだ。どうか元気に歩けますように

宮崎に着いてから、こちらに住んでいる姉夫婦と食事を共にして、宮崎の休日を終えた。

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2014年3月29日 (土)

降雨の前進

朝から強い雨が続く中を宮崎目指して南下する。足下がびしょ濡れとなり、昨日足にできた豆は更に悪化してきている。

朝は昨日と同じく40キロ近く歩くつもりであったが、宮崎駅までの30キロが限界であった。当初は翌日は霧島を登るつもりであったが、午前中は大荒れ予報のため、翌々日に変更するつもりであるが、ひょっとして天候が急速に好転する可能性が0ではないとかんがえ、早朝出発となった場合でも対応できるよう準備万端を整えた。

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2014年3月28日 (金)

日向灘を歩く

二晩連続で熟睡できなかったので、今朝ネットカフェで高鍋の宿を予約する。ここから40キロ先にあり、午後8時到着予定と入力したが、果たしてそれまでに辿り着けるか?

日向駅の近くまで行けば飲食店くらいあるだろうと思っていたのだが、あてが外れて全くない。やむを得ずコンビニ弁当を買う。コンビニ弁当も結構うまいんだけど。

昨日のガイドに装備の一部を返し忘れていたので予め調べておいた南日向駅近くの郵便局から送る。自分の装備も昨日コンビニから送ってあるので荷物は軽くなっているはずなのに荷物の重みで背中が張ってくる。先週末の鹿島槍の時の重荷の後遺症の影響なのだろか。

背中の張りと眠気で歩くのが辛くなってきたので、まだ昼前だが、道の駅に入って休憩する。食堂あったがろくなメニューがなかったので、外に出て歩きを続ける。

しばらく歩いていると空腹を感じてきたが、レストランはおろかコンビニも現れない。国道をあるいているんだからコンビニはそのうちに現れるだろう。2回連続のコンビニ弁当もやむを得ないかと諦めかけた時に海鮮レストランが現れたので迷わず入店する。なんでもこのあたりから神武天皇が船出したという言い伝えがあるそうで、それに因んでなづけたらしい船出定食というのを注文する。海の幸が満載で、日向灘を眺めながらの食事は格別である。
日向灘を歩く船出定食

満腹となってしまい暫くは歩くのが億劫なので午前中の出来事をブログにまとめていたら時間がかかってしまい、レストランに思いかけない長居をしてしまった。

午前中から足に豆ができていたが、だんだん我慢できないほど痛くなってきたので、コンビニで針とマッチを買って豆をつぶして多少は歩きやすくなった。だいぶペースが遅くなってきたので、このままでは20時にはホテルには着きそうもないとベースを上げて20分遅れでホテルに到着、なんとか40キロを歩けたが疲れた!
そのホテルは60歳以上は証明書を見せれば1割引きとのことでラッキーだった。60歳以上となって久しいが、こんな御利益?に浴したのは初めてかもしれない。少し気恥ずかしい気もしたが、孫ができておじいちゃんにもなることだし、まあいいか!?

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2014年3月27日 (木)

比叡山ニードル左岩稜

比叡山ニードル左岩稜
国際線ロビーでの一夜が明け、国内線への連絡バスで移動して宮崎に向かう。空港でJRに乗り換えて延岡に向かい、更にバスに乗り換えて比叡山の麓まで行き、そこで待ち合わせたガイドの車に登山口まで乗せてもらう。
1時少し前にクライミングを開始する。ニードル左岩稜のルートはノーマルとスーパーがあるが、今日はノーマルを行く。ノーマルルートも1ピッチ目は初登時にとられた簡単な階段状のルートとその左のダブルフレークと呼ばれるやや難しいルートがあるが、後者を登る。とっかかりのフレークがレイバックもジャミングも決めにくくて少々難しく、ヌンチャクを掴んでしまう。2番目のフレークはさほど難しくなく快適に登る。2ピッチ目からは5.9を超えるところはなく、ぐいぐい登って行ける。短くピッチを切っていったので全部で10ピッチ近くあったが(トポでは6ピッチ)、終了が4時前だから3時間程度といいペースで登ることができた。お陰て予定していたのよりも1本早い延岡行きにほとんど待たずに乗れるというラッキーにめぐまれ18時丁度に延岡に戻ってくることができた。このまま駅前のホテルに泊まってしまってもよかったのだが、あまり早くホテルに入ってもやることはないし、宮崎交通の1日共通切符を買ってしまったこともあるので、前回到達し
た門川駅近くまでバスで行き、そこから6キロほど先の日向まで歩いたところ、たまたま通りかかったところにネットカフェがあったので、そこで旅の第一夜を過ごすこととなってしまった。

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羽田空港国際線ロビー

羽田空港国際線ロビー
始発のフライトで九州に向かうのだが、始発電車では間に合わず、かといってわざわざ空港近くのホテルに泊まるのもバカらしいので、羽田空港が国際空港となったのに伴い24時間営業となったので、国際線ロビーで朝まで過ごし、九州行きフライトにあわせて国内線ロビーに移ろうとするものである。同じような考えの人間が多数いるようで、どうみても国際線に乗るとは思えない小さい荷物しか持っていない旅行者が多数ロビーのベンチに横たわっている。

空港で一夜を明かすのは、ロンドン、コペンハーゲンについで3回目だが、治安のよい日本なので安心である。

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2014年3月24日 (月)

敗退ルート核心の復元

先日、奥多摩の三ノ木戸の岩場で敗退したルートの核心部分をマイボードで復元してみた。
Photo
右手でAのガバを持ち、左足をBまでハイステップで上げてからCの甘い縦カチを取って上体を引き上げ、左手でデッド気味にDのガバを取るというもので、ほぼ実際どおりに復元できているが、本番と同様にDのガバを取るところが全くできない。最初はCの左横にあるホールドを利用してみたのだが、深くえぐれているため保持が効きすぎて練習にならなかったので、Cの甘い縦カチを新たに取り付けたものである。

今のところは取りつく島もない感じだが、練習を重ねてできるようになったら、このルートに再トライしてみよう。

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2014年3月23日 (日)

鹿島槍東尾根敗退

鹿島槍東尾根敗退
鹿島槍は何年か前に北壁を目指して天狗のコルまで天狗尾根を登って以来である。春の締まった雪を利用して一気にピストンするつもりだったのだが

天候不順が予想されたため決行するかどうかためらわれたが、初日の悪天は避けられないとしても二日目の天気は午後は回復する見込みがあるものの午前中は微妙なため、とりあえず出掛けて頂上アタックの可否は現地で判断することとした。

朝7時過ぎに富山からやってきたTさんと合流して3人で林道を歩きだす。1時間ほどで東尾根の取り付きに着くが、そちらの方にもしっかりトレースがついていたのでホッとする。取り付きから急登が続くが、他のパーティーと前後して登っていくので気が紛れる。傾斜がやや落ちてくると森林限界が近くなり、尾根も痩せてくる。次第に風も強くなり冬山の厳しさが身に滲みてくる。

一ノ沢の頭には3時に着き、ここにテントを張ることにする。さらに上部を目指した他パーティーも深雪に行く手を阻まれて引き返したため、この日東尾根に入った4、5パーティーはすべて一ノ沢の頭付近に幕営することとなった。

テント設営中にますます風が強くなり、スノーバーとピッケルでテントが吹き飛ばされるのを辛うじて防ぐ。不注意からシートを飛ばしてしまい、シートなしで一夜を明かす破目に。テントの中に入っても猛烈な風でテントが潰されるんじゃないかと思われるほどポールがしなり、全くくつろげない。もう体力的に冬山は無理なんじゃないかと弱気にもなってくるが、今は無事にパーティーが下山することが先決た。

うとうとしながら長い夜を耐え、明け方に外に出てみると、天気は回復しているもののおびただしい積雪量であり、ラッセルの労力及び時間と雪崩の危険を考えると下山以外に選択肢はなかった。下山となれば急ぐ必要もないので、完全に明るくなってから起き出す。他のパーティーもみな下山と決めているようだ。ゆっくり出かけたほうがトレースが利用できるというずるい考えもあって9時過ぎに下山を開始する。

樹林帯に入るまでは急峻な痩せ尾根が続くので慎重に降りていく。樹林帯に入れば後はチンタラ降りていくだけだ。後立山の山々の素晴らしい眺めを楽しんだりしているうちに林道に降り立つ。駐車場には2時過ぎに着き、大町温泉に立ち寄って、昨日とは別世界のようなくつろいだ気分を味わってから高速バスで帰京する。

今回の下山は納得ずくであり、悔しさは全くないが、もう少し条件の良い時期に再度トライしてみたいという気持ちがするのも否めない。

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2014年3月19日 (水)

折り畳みヘルメット

折り畳みヘルメット
折り畳みヘルメット
首都直下型地震の危険が叫ばれて久しいが、首都圏脱出の願望も諸般の事情から実現が難しくなってきたこともあり、屋外での落下物による被害を少なくするために折り畳みヘルメットを購入してみた。自転車用は緩衝材が側面にもついているが、防災用は上部にあるだけで落下物対策専用に考えられているようだ。

登山用の折り畳みヘルメットもエーデルリットから同じくらいの値段で発売されているようだが、登山用具店には在庫がなく注文しても入荷は5月になるということだったので、たまたま自転車用ヘルメットの紐の部分が壊れていることもあり、登山用と比べて強度的にも問題がないように思われるため、登山と自転車兼用として、防災用の方は家族用として購入してみた。

登山用としては、従来使用してきたものをそのまま使用した方が強度的にはいいのかもしれないが、ザックにこれ見よがしにぶら下げていくのは好きでないので、ザックに入りきらない時には折り畳みの方を持って行くこととしよう。

いずれにしても街中でこれを使用するような事態にはなってほしくないものだ。

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2014年3月18日 (火)

春本番の三ノ木戸の岩場

春本番の三ノ木戸の岩場
三ノ木戸というまだ登ったことのない岩場に行かないかというお誘いがあったので参加させてもらうことにした。最近はクライミングに対するモチベーションも低下する一方で、難しいルートを登ろうとする気持ちはあまりなくなり、知らない岩場を登ってみたいという半ば観光気分が強くなっている。

三ノ木戸の岩場は奥多摩駅の先で青梅街道と分かれて山道を行く先にある。先月の大雪がまだ残っており、人家のある所までは除雪してあったが、そこから先は車を降りての歩きとなる。といってもたいした歩きもなく、目的の岩場に着く。あまりポピュラーな岩場ではないこともあり、平日の今日は我々の貸し切りである。

先ずは5.9のルートでアップを行い、次に10bのルートにトライするが、これがなかなか難しいルートで、この岩場はかなりグレードが辛いようだ。午前中はこの2本しか登らず、後は早目の昼食をとったり昼寝をしたりして過ごす。

午後になって、仲間の人たちが以前から宿題としている課題があるというので、私も参戦させてもらうことにした。ルートグレードは10cということだったのでたいしたことはあるまいとたかをくくって取り付いたところ、最後の核心部分は30分以上粘っても落とせずについにギブアップ。10cのルートでこんな完膚なきまで打ちのめされたことはかってないことであった。これでモチベーションはますます落ちてしまい、この後は中間部にシンクラック状の部分がある短いルートを一本登ったのみで、後は仲間のクライミングを見物して時間を潰した。

モチベーションのあがらない1日ではあったが、春本番の陽気の中で、まだ雪をあちこちに残す奥多摩の山々を眺めながら岩場で過ごす1日はそれはそれで楽しいものであった。

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2014年3月16日 (日)

日向和田カーネルロック

日向和田カーネルロックを2ヶ月振りに登る。先ずは正面の5.9と10aをアップで登る。ここまでは前回も登ったルートであるが、次に前回は登っていない東面の10cを登ってみる。傾斜はあるが、ガバの連続の容易なルートである。10cは甘いんじゃないかと思ううちに終了点へ。

午前はここまでとし、午後からは各自が好みのルートを約一本づつ登る。自分は前回オンサイトし損なった11aのルートの再登も考えられたが、他パーティーが攻略に苦労しているルートを簡単に登ってしまうのも悪い気がしたので11bのルートをトップロープでトライしてみる。取り付きでヌンチャクにテンションをかけるインチキはあったもののなんとかトップアウト。次回は11aとともにレッドポイントを狙ってみよう。
日向和田カーネルロック

終了後はQさんと吉野梅園へ。物凄い人出であったが、その割には梅の開花はいまひとつであた。それでも酒が嫌いでない二人は花よりお酒とばかりに薄暗くなるまで飲み明かして楽しい1日を過ごした。
日向和田カーネルロック

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2014年3月15日 (土)

土素人の農園事始め

区民農園が今日から利用可能となるので早速出かけてみる。家から自転車でも30分以上かかるのだが、たまに行く程度だからしょうがないか。

割り当てられた区画は日当たりの良い場所で思っていたよりも広く(四畳半程度)、とらぬ狸のなんとやらだが、結構収穫も期待できそうだ。

土素人の農園事始め作業前

土素人の農園事始め作業後

今日のところは土を耕して石灰を撒いただけだが、次回に苗を植えてからが本格的な栽培となる。

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2014年3月11日 (火)

あの日から3年

3年前の今日は北海道最北端の宗谷岬を目指して留萌から歩いている途中だった。大災難の最中に旅行などしている後ろめたさもあり、直後はボランティアや寄付にもそれなりに努めたが、3年の月日とともに、自分の中でも、震災の記憶が風化しつつあることは否めない。
Photo 震災直後の石巻市内


Photo_2 同じく、日和が丘から海岸方面を望む

たまたま今月末から九州最南端の佐多岬を目指しての旅が宮崎から始まる予定だが、自分が震災に対してなにができるのかを歩きながらもう一度じっくりと考えてみたい。

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2014年3月 6日 (木)

宿題を残して帰京

朝ホテルを出て高松駅に向かうが、雨は小降りになっている。この分なら高松近郊の札所のいくつかは参拝できるのではないかという気になってきた。そこで駅のコインロッカーに不要なものを預けて身軽にして出発することにした(今回もパンク修理用具を携行し忘れた)。

行き先であるが、屋島寺は昨日の状況から現状では困難が予想されるため、結願の88番札所の大窪寺と手前の87番札所の長尾寺に行くことにした。

ただ高松駅から行くとなると遠すぎるので、インチキして琴電で長尾駅まで行き、そこから自転車に乗ることにした。それでも距離にして17キロ、標高差が500メートルあまりある。県道だから多分ないだろうが、急坂がないことを願う。

長尾駅をスタートしてすぐに長尾寺がある。その後、しばらくは平坦な道が続くが、ダムの下から急坂となるので、いよいよ急坂が始まるのか身構える。だが、ダムの上にでてしまうとまたなだらかな登りが続くのでほっとする。結局、たいした登りもなく大窪寺に着く。
宿題を残して帰京「結願」の八十八番札所、大窪寺

1番札所から順番に巡って来た者にとっては感動のゴールだろうが、私のように不規則な巡り方をしている者にとっては、多くの札所のひとつにすぎない。茶店のおばさんに休んでいけと声をかけられるが、その気にもなれず、帰りの時間も気になるので、すぐに降りてしまった。

今回、行き損ねた札所は今秋にでもリベンジしたいと思う。今回、全部まわれなくて却ってよかったとも思っている。というのは、自転車でまわっているとどうしても有り難みが落ちる気がするからだ。残された札所は歩き遍路でまわりたいものだ。

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2014年3月 5日 (水)

香川県でも苦戦

徳島県内の21番以下の札所巡りと3県最高峰登頂は残った日数では無理なので、高松までの海岸線ツーリングと香川県内で残された83〜88番の札所巡りに作戦を変更する。
徳島から高松までは73キロあるが、最初は海岸線を離れて進んで行く退屈な道で、おまけに徳島市内をようやき抜け出しても鳴門市でまだ香川県ではない。しばらくしてようやく海岸線に達する。久し振りにみる瀬戸内海である。こころなしか穏やかな海に感じる。まもなく香川県に入るが、高松まではまだ50キロほどある。その後しばらくは海岸線沿いに行くが、やがて海岸線を離れて峠を二つ越えると86番札所の分岐点に近づく。

86番札所は国道からさほど遠くないところにあるのですぐわかった。次の85番札所はかなり登らせられた。傾斜割合21%という今まであまり経験したことのない急坂が始まったので、たまらず自転車を降りて押して歩き出す。急坂は延々と続くので、ついに自転車をデポして歩き出す。なんとか明るいうちに本堂に着く。さすがにこの時間になると参拝者は誰もいない。背後にクライミングに絶好な大岩壁を控えた凄い立地である。ここは八乗寺というのだが、途中源平の屋島合戦の碑があったので屋島寺と勘違いしてしまい、もう海岸線の長い登りがある札所は終わったものと思ってGPSに登録してある次の札所を検索すると、ガ〜ン、屋島寺であった!

もうひと頑張りしなくちゃと進み出すと、八十八ヵ所共通の「四国のみち」という道標の屋島寺への方向がGPSのそれと逆方向になっているではないか!!GPSが壊れたのかと、携帯のグーグルマップで確認してもやはり逆方向だ。すっかり頭が混乱してしまい、右往左往して時間を浪費してしまう。

結論はGPSに従うといことになり、国道をしばらく進み、屋島寺への分岐点を曲がったところで疑問は氷解した。屋島寺へ続く道は自動車専用道路だったのだ。先程の道標に戻っても、その先には自転車では通れない山道があるかもしれず、どれだけ時間がかかるかもしれない。ここで今日中に88番札所まで行ってしまおうと今まで張りつめていた糸がプツンと切れてしまった。もうお遍路はたくさんだという気持ちになり、予備日は残しているけど明日は大雨になるという予報もあることだし、このまま帰ってしまおうと、高松駅に向かい、夜行のサンライズの空席を確認するが、あいにく満席であった。やむを得ず駅近くのホテルに泊まり、明朝帰宅することにした。

その晩は満たされない気分で悶々としていたが、酒の力を借りて早めに寝入ってしまった。

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2014年3月 4日 (火)

リタイアか

牟岐線の始発に乗るために暗いうちからホテルを出る。今日は牟岐線終点の海部駅から札所めぐりをしてホテルに戻ってくるため不要なものはホテルに置いてきており身軽である。必要な物は前夜に点検してザックに詰め込んできているつもりであった。ところが、予備のチューブや空気入れといったパンク対策の用具をホテルに忘れてきてしまった。まあ過去に2回しかパンクしたことがないから、今日に限ってパンクすることはあるまい。万一パンクしたら何時間かかろうとも自転車を引いて最寄りの駅まで歩くだけだ。

終点の甲浦で下車して昨日の続きを走り走り始める。午前中には日和佐に着いて国道沿いにある23番札所を参拝した後、近くにある大浜海岸の岩場に行ってみる。ここは海亀の産卵地としても有名な所で、朝のドラマのうぇるかめの舞台にもなったそうである。

リタイアか
岩場は洞窟状になっていて登ったチョーク跡がかなり上の方まで残っているが、怖いので下の方でちょこちょこと登る。

22番札所までは国道は内陸部を通るので、少し遠回りだが景色の良い海沿いの道を行く。こちらの方が遍路道のようで、たくさんの歩き遍路の人に会う。自転車でお遍路している自分が少し恥ずかしくなる。

22番札所は国道から2キロ外れた所にあるので問題がなかったが、21番札所への道がわからなくなり、右往左往して時間をロスしてしまう。ロープウェイを利用しなければならないことがわかり、1時間ほどで乗り場に着くが、最終はすでに終わっている。もう暗くなりかけているが、ライトをつけて歩いて登ろうとするが、対岸に渡る橋が見当たらない。地図で探しても川の上下ともなく、夜間参拝は無理なようだ。
荷物を全部持ってきてれば明日の朝までここに留まるのだが、ホテルに置いてきており、帰らざるをえない。

自転車1時間、列車2時間をかけてホテルに戻るが、明日またトライする気にもなれない。おまけに天気は下り坂というので、予備日は残しているものの、どうしたものかと悩んでしまう。リタイアの文字が浮かんでくる。

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2014年3月 2日 (日)

半休日

初日から9日連続行動で疲労と膝の痛みもひどくなってきているので、1日休養をとることにした。ただ翌日の行動を楽にするために10キロ先の海部駅までは進んでおくにする。

牟岐駅で乗り継いで徳島駅まで牟岐線に乗車することにより、今回の旅の目的の一つであるJR四国全線乗車が達成された。

徳島市内は徳島城址と阿波おどり会館くらいしか見るところがないが、ひさしぶりにノンビリすることができた。

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徳島県境手前まで達す

早朝に出発するつもりが、熟睡したために駅を出るのが7時すぎとなってしまった。昨夜は気がつかなかったのだが、国道と平行してサイクリングロードが走っていた。こちらの方が信号もなく、アップダウンも少ないので快適だ。サイクリングロードが終了したので国道に戻り、しばらくすると安芸市を過ぎて大山岬に至ると、国道下に岩場があった。ルートとボルダーの両方ができ、規模は小さいがそこそこ楽しめそうであった。雨で濡れていて登れるコンディションではなかったので、運動靴のまま数メートルの高さまで登ってみたりした。その少し先で27番札所への道が分岐している。札所までの距離は4キロで最初はなだらかな登りだったので自転車を漕いでいたが、だんだん傾斜が増してきたので、降りて押すようになり、さらにキツイ登りとなってしまい、とうとうデポして歩きだすようになる。しばらく歩くと遍路みちの山道が分岐している。こちらの方が距離が短いので登って行くが、急登に次ぐ急登である。こんなキツイ登りは初めてである。札所からの眺めは八十八ヶ所中
随一だそうだが、あいにくの悪天で期待した眺望は得られなかった。

次の札所までは30キロ弱あり、黙々と進んで行く。途中で睡魔に襲われるが、チョコレートを食べたり歌を歌ったりして、なんとか眠気を追い払う。

室戸岬まで15キロくらいのところで26番札所への分岐がある。距離は二キロほどで傾斜も先ほどに比べれば緩いので自転車のままで行ける(その方が下りが断然早い)。室戸市の市街地には25番札所があるが、国道から分岐してすぐのところにあるので楽である。本堂は長い階段の上にあるが、工事中のため本尊が移されている大師堂に参拝をとのことで階段を登らずにすみラッキーだった。

ここまで来ると室戸岬は目と耳の間で、そこにも24番札所があるので急な坂がないことを祈るばかりである。岬が近づくと、国道は下を通っているはずなのに、折り返しながら登って行く道が見える。まさかあれを登るんじゃないよなと思っていたらそのまさかになってしまった。今回は最初から自転車を押していく。ようやく札所に着いたら、その100メートル先に灯台との標識がある。本来はお参りを先にすべきなのだろうが、夕闇が迫ってきたので、灯台の写真が撮れなくならないようにお参りを後回しにする(御利益半減か)。
徳島県境手前まで達す

次の札所までは60キロ近くあるので今日はとても無理だ。甲浦駅までは39キロなので、そこまで行けば草臥れている膝がおかしくなっても、なんとか自力で帰れるだろう。岬の東側は西側と違っていくつかある漁港近く以外には人家もなく、道路の灯りもない。コンビニはもちろんないが、自販機がたまにあるので、飲み物で空腹をまぎらわすことができたので救われた。

甲浦駅には22時過ぎに着く。3日連続の深夜残業となり、労働基準法違反である。駅舎は鍵をかけられており、駅のまわりにも店はない。持参してきたカップラーメンを食べて空腹を紛らわし、酒なしの意図せざる休肝日を送ることになる。何もすることがないので駅の外の庇の下で雨露をしのいで横になりながらブログを書いて過ごす。

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2014年3月 1日 (土)

室戸岬を目指したのだが

昨日遅くまで行動した疲れで、今日は休養したいところであるが、明後日は雨の予報なのでせっかくの天気を利用して行動しないわけにはいかない。

まずははりまや橋に行き、次は高知城に向かう。今治城の時は回りを一周しただけだが、今回は天守閣(築城時のまま現存しているのは珍しいそうだ)まで登ったりしてゆっくり見学した。

市内観光を終えた後、昨日行き損ねた高知市近郊の札所を南から半円形に回って行くが、各札所は離れているので回り終えるのに随分と時間がかかってしまった。途中で観光地として有名な桂浜にも寄り道し、高知以外ではなかなか食べられないくじら定食を食す。くじらの肉なんて何年ぶりだろう。ひょっとしたら何十年ぶりかもしれない。特別うまいものでもないが、子供の頃よく食べた(もっとも刺身ではないが)懐かしい味ではある。
室戸岬を目指したのだが

34番から30番までの高知市近郊の半周コースを回り終えたのは6時近かった。これから室戸岬を目指すなどというのは気違い沙汰であるが、行けるところまでいってみようと出発する。途中29番28番と札所に立ち寄って23時となったところで本日の営業は終了となり、近くの駅で仮眠することとなった。2日連続の深夜残業となってしまった。

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