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2014年4月

2014年4月30日 (水)

国会図書館

国会図書館
連休に出掛ける宝剣中央稜のルート図が入手出来なかったので、足立区に用事があったついでに国会図書館に寄って資料をコピーしてきた。宝剣中央稜は若い頃に何度も登っており、ルート図などは特に必要ない気もするが、リーダーともなるとそういうわけにもいかないのだ。

国会図書館は学生時代には卒論の資料集めで足しげく通ったものだが、社会人になってからはとんと縁がなくなり、クライミングを再開してから海外の山の資料を探すために数回訪れたくらいである。
利用システムもかなりIT化が進んでいるが、久しぶりに来ると慣れるまではいろいろ戸惑うことも多い。それはともかくとして、資料も入手したので、連休は30数年振りの宝剣中央稜を大いに楽しんでこよう。

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2014年4月29日 (火)

植え付け

植え付け
近くの農協にトマトの苗が入荷したので、早速購入して区民農園に植え付けに行ってきた。

最初はトマトと一緒にナスも栽培するつもりだったが、ナスは頻繁に水をやらなければならないことがわかったので、手間のかからないらしい枝豆を直捲することに急遽変更する。

収穫は多分7月頃になるだろうが、果たしてうまくいくかどうか?

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2014年4月28日 (月)

秩父・三峰

大型連休前半の日曜日、家内と秩父の羊山公園に芝桜を見に行き、ついでに三峰神社まで足を延ばしてきた。

羊山公園へは最初は西武秩父から行くつもりであったが、一つ手前の横瀬で大勢下車するのでつられて降りてしまったところ、結果的には正解であった。というのは、横瀬からの方が西武秩父からと比べて少し遠いが、緩やかな登りに終始しているのに対し、西武秩父からの道はかなりの急坂で、歩き慣れてない家内はかなり難渋したにちがいないからである。 

肝心の羊山公園の芝桜であるが、ほぼ予想していた範囲内の景観であり、このためにだけわざわざ遠出するほどのものでもないという気がした。
Photo
一通り眺めた後、西武秩父駅に向かい、三峰神社行きのバスを待っ間に名物のわらじカツを食す。

三峰神社行きのバスは秩父湖まではほぼ平坦であるが、そこから先は急な坂道の連続で神社直下に到着する。

はるか昔の学生時代に三峰神社下から曇取山を目指したことがあるが、すっかり記憶は薄れたものの先を急いでいたであろうから、多分三峰神社を参拝するのは今回が初めてに違いない。
Photo_4

三峰神社参拝の後、近くにカタクリ園があるというので行ってみる。途中に桜、ツツジ、シャクナゲといった本来なら開花時期が一月ずつずれているはずの花が同時に咲いている珍しい光景を目にすることができた。
Photo_2
さらにその先にはお目当てのカタクリ円があった。野生の動物に食べられて絶滅寸前になってしまったため金網に囲まれて可憐な姿を楽しませてくれる。
Photo_3
羊山公園の芝桜と異なり、全く想定していなかった景観だった。

バス停近くまで戻り、バスの時間待ちの間に茶店でコーヒーを飲みながら、周りの山々を眺めながら暫し休憩する。左手奥には若い頃によく登った曇取山と周辺の山々、右手には重厚な和名倉山が望まれる。
Photo_5
Photo_6
ここからは手前の尾根に隠れて残念ながら全貌は見えないが、今秋登ろうとしている和名倉沢もその上部が垣間見られた。

間もなく定刻通りに発車したバスに乗って三峰を後にしたが、日帰りの旅にしては実に内容の濃い1日であった。

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2014年4月19日 (土)

つづら岩アイゼントレ

つづら岩アイゼントレ
GWの宝剣中央稜のためのアイゼントレをつづら岩で行ってきた。宝剣中央稜は若い頃に何度も登っており、GWの時にも登っていて、その時はアイゼンを付けずに登った記憶があるが、最近の記録をネットで見ると、アイゼンを付けて登ったものがあったので念のためにトレーニングをしておくことにした。

バスの本数が少ないので武蔵五日市発7時40分という早いバスに乗らなければならなかった。千足で下車してそこから1時間30分位の急登で稜線に達して少しトラバースすれば岩場の眞下に出る。こんなに歩かされる所にはフリークライマーはまず来ないだろう。そのせいか高難度のルートもないようだ。もっともつづら岩はフリークライミングが日本に広まるずっと以前から本チャンのトレーニングとして岳人に親しまれてきたゲレンデであり、私が若かりし頃に岩登りの洗礼を受けた所でもある。それはともかくとして、支点は古びたハーケンが中心であり、たっぷり体力トレーニングもできるなど正に本チャンクライマーのための岩場である。

早めに着いたにもかかわらず、もうかなりのクライマーが登り出している。こんな時期に登りに来る人はアイゼントレの人が多いのだろうと思っていたら、ああ勘違いで、後から来た人も含めて20人近くのが登っていたが、アイゼントレは我々二人だけで、他の人はフラットソールでマルチピッチの練習をしているようだ。

アイゼンで登るのは通常は緊張するものだが、今回は宝剣中央稜のトレーニングなので難しい所を登る必要はないため、Ⅳ程度のピッチだけのルートを登ったので楽チンだった。なんてたって、ガバホールドばかりなんだから

登った2ルートはいずれも1ピッチで登りきれるものであったが、それぞれ事情があって途中のテラスでピッチをきってしまった。まあマルチピッチでのロープ操作の練習ができたのでよしとしましょう。この外、アイゼンを付けてのアブミの練習も出来、宝剣中央稜のトレーニングとしては十分な成果が得られたと思う。

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2014年4月15日 (火)

伊豆観光+クライミング

家内が名古屋の実家に帰る途中に熱海まで一緒に行き、初島観光と花火見物をしてきた。初島は特に見るべきものはないが、帰りのフェリーは熱海往復では能がないので伊東行きとして目先を変えてみた。
熱海の花火はなかなか見応えがあった。
Photo
まあ一度見れば、十分だけれども
ホテルは値段的にこの程度でやむを得ないという感じだが、久しぶりの食べ放題飲み放題で元は取ったか?

翌朝は家内と別れて富戸駅で仲間と合流して総勢5人で城ヶ崎でクラッククライミングをしてきた。今回行ったフナムシロックは数年前に行った時は、人気ルートは他のパーティーに占領済みであったが、城ヶ崎のクライミングもシーズンが終わってしまったのか、今日は我々の貸し切りであった。そこでまずは足慣らしにと三ツ星ルートのパープルシャドウ5.8を登ってトップロープを張る。ハンドクラックの良く決まる快適なルートだが、1ピン目をグリップする前にうっかりして足を滑らしてグランドフォールするところであった。くわばらくわばら

次はこれも人気ルートのフラッシュダンス5.9を登る。下部はフィンガークラックを登り、上部はハンドクラックをホールドにして、ルート名の由来となった華麗な?足さばきでスタンスを拾って左上し、最後は甘いジャムに耐えて終了点に這い上がるというものであるが、カムの力も借りてなんとか登りきる。グレード以上に難しく感じるルートで、他のメンバーもかなり苦労していた。
Photo
最後はその右にある5.8のワイドクラックである。途中で大型カムが足りなくなって下で使用したカムを取りに降りて上でまた使ったりしたが、この手のクライミングには馴れているので特に苦労することもなく終了点に。他のメンバーはワイドクラックになれていないためかかなり苦労していた。
今日はそれぞれタイプの違うクラックを登ったので皆さんには良い練習になったと思う。
東京に戻る二人と別れて、我々3人は城山麓の狩野川に移動し河原にテントを張る。

翌朝はワイルドボアを目指して山頂付近まで車で上がるが、久々に来たためアプローチで迷って退却し、南壁に変更する。
メンバーの一人が城山のマルチは初めてだとのことでポピュラーなバトルランナーを登る。私自身はもう5、6回登っているが、終了点の立木まで登ったのは初めてかもしれない。人気ルートだけあって何度登っても飽きないルートである。
 Photo_2バトルランナー終了点

終了後に遅い昼食を食べてから各人が好きなルートを登る。私は昔トライして落とせなかったハートルート10dをトライする。最後の核心はムーヴ自体は解決したが、ランナウトが怖くて敗退。別ルートから苦労して登って残置ヌンチャクを回収して本日は終了となる。

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2014年4月 8日 (火)

九州新幹線

今回の九州遠征のフィナーレは九州新幹線の乗車である。
東京までの直通はなく博多または新大阪での乗継である。今回は始発に乗ったので博多乗継である。
車内設備はモダンといえばそういえるが、慣れのせいか従来の新幹線の方が落ち着ける気がする。山陽新幹線もトンネルが多いが、それ以上であり、車窓を楽しむことは期待でき
ない。しかし鹿児島から博多まで2時間以内で行けるというのはすごいことである。
Sakura

今回、博多からはのぞみに乗り換えて1時前には東京に着いてしまった。東京から鹿児島まで2本の足で時間をかけて歩いたところを半日程度で着いてしまうというギャップを味わってみたかったというのも新幹線で帰ってきた理由ではある。行きの早割の飛行機代の倍以上の費用はかかってしまったのであるが
 

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開聞岳

朝目覚めたが、足その他に疲れや痛みはなかった。これならば開聞岳に登ることも出来るだろうと準備にとりかかる。根占でバスを降りてフェリーに乗り、鹿児島湾を横断して薩摩半島に上陸する。ここからバスに乗り換え、開聞登山口で下車して、開聞岳登山が始まる。さすがに100名山だけあって平日だというのに多数の登山者と出会う。もっとも1時近くに登り始めたため、下山する人とすれ違うだけであるが。

標高1000メートル以下の低い山ではあるが、海抜0メートル近くから登るので、なかなか登りがいのある山である。

五号目下あたりまで来ると、前方に人が横たわっている。連れの人に聞くと、転倒して足を骨折し、消防には救助を依頼済みとのことであった。お手伝いを申し出たが、特にお願いすることはないというのでそのまま登ることにする。

八号目で休んでいるのが、最後の下山者かなと思ったら、その上にゆっくりと頂上を目指している人がいた。すぐに追い抜かせてもらったが、やけに大きな荷物なので、頂上付近で泊まるつもりなのかもしれない。

九号目あたりで反対側の大海原が見渡せるサプライズがあると、頂上は間近い。100名山87座目となる頂上は360度の大展望が開けていて昨日到達した佐多岬まで望むことができる。
開聞岳

下山は同じ道を開聞駅までかけくだり、駅前で夕食をとってから、鹿児島中央駅に向かった。後は九州新幹線の乗車初体験を残すのみである。

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2014年4月 6日 (日)

日本列島徒歩縦断完結!

根占のホテルを暗いうちに出発する。外は結構強い風が吹いていて今一つ息が上がらない。明るくなってくると風も止んで、体の方も次第に調子が出てくる。この分なら昼前には岬手前のホテルまで行けるかなと思ったのが甘かった。伊座敷までは海岸線沿いの平坦な道であったが、そこから先は急な坂のアップダウンが続いてガクンとペースが落ちてしまった。それでも1時過ぎにはホテルに着いたので上々のペースである。丸1日ろくなものを食べてないので、レストランで「ご馳走」を食べる。食後にフロントで確認すると、岬までは送迎サービスがあるとのこと。助かった!これで帰りは歩かなくて済む。距離的には6キロ程度なのだが、アップダウンが激しい上、部分的に強い風の通り道もあってなかなかたいへんなので、帰りを歩かなくて済むというのは実にありがたいことなのだ。

佐多岬の最後の800メートルは遊歩道となっている。坂道を一歩一歩踏みしめて登っていくと展望台に着くが、これより南にはもう陸地のない本土最南端の地だ。
日本列島徒歩縦断完結!
5年の歳月を要して日本列島徒歩縦断完結である。達成してみると、思ったほどの感激はなかったが、宿題をやり遂げたという充実感はあった。

佐多岬は夕方だというのに結構観光客で賑わっていたが、わたしのような徒歩縦断をしているものはいないと思ったところ、串間で出会った同好の士とバッタリ再会する。しばらく話をしてから別れるが、今日は岬の一角の風の弱い所でテントを張るとか。送迎の車でホテルに戻り、快適な夜を送る自分が少しうしろめたかった。

今日泊まるホテルはいままでのような寝るためだけのホテルと違い観光客用であるが、日曜のためかがら空きである。目標を達成した晩だから、このくらいの贅沢はあってもいいだろう。

目標をやり遂げたのだから明日帰京してもよいのだが、予備日がまだ余っているので、明日体調が良ければ、100名山の開聞岳を登ってから帰るつもりだ。

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2014年4月 5日 (土)

鹿児島湾に到達

昨晩宿泊した健康ランドは大隅半島のほぼ真ん中にあるが、今晩の宿泊地である鹿児島湾に面している根占までのコースは、ほぼ真西に鹿児島湾まで行き、そこから海岸線を南下するものと、根占までずっと山間部を行くものがある。後者の方が1キロ以上短いので、こちらを選択したが、アップダウンがきつい上、途中にお店がないので、食料を持参していかなければならない。

今日は特にトラブルもなく、予定していた5時ちょっと過ぎに根占のホテルに着く。大隅半島をほぼ2日かけて横断し、ようやく鹿児島湾に到達したのだ。
鹿児島湾に到達
後は佐多岬に向かって海岸線を南下していくだけだ。

明日1日で佐多岬に行ってくるのは40キロ以上歩かなければならないのでなかなかたいへんだ。このプロジェクトの最後の仕上げになるわけだからアドレナリンを出しまくってがんばってみよう。

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2014年4月 4日 (金)

大隅半島横断中


昨日空身で歩いた大隅夏井まで電車に乗り、そこから歩き始める。1時間ほど歩いて志布志駅に着き、行程の遅れを取り戻す。後は今日中にあいらの健康ランドまで行くだけだ。
国道は志布志からしばらくは海岸と平行して進むので、ところどころから志布志湾の青い海が眺められる。
大隅半島横断中
やがて国道は海岸線を離れて山間部に入っていく。といっても標高は高い所でも数10メートルあるに過ぎない。

今晩泊まる健康ランドまではしばらくは国道を行くのでGPSでコースを確認することもなかった。鹿屋市に入るとすぐに長い登りが待っていた。闘争心を掻き立てられて長い坂を登りきってGPSを見たところ、「アッチャー」、坂の手前で健康ランドへの道は国道と分かれていたのだ。一キロばかり無駄に歩いてしまった。それから先は道が複雑に折れ曲がっているので、GPSとにらめっこしながらの歩きとなる。GPSがなければ多分道を踏み外したに違いな。もっとも健康ランドの近くまで来ると、GPSは健康ランドの裏口の方を誘導するものだから、建物に入ることができない。そこでGPSを無視して表口から入ったが、間抜けなところもあるGPSだ。

ホテルではシャワーを浴びていただけだったので、久し振りに入る大浴場でリフレッシュすることができた。今日頑張ったお陰でようやくゴールが見えてきたようだ。

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2014年4月 3日 (木)

いよいよ鹿児島へ

早朝にテレビで確認すると九州は津波の危険がないということで安心したが、そのまま朝まで眠れなかった。

今日は昨日までの海岸線とうって変わって山間部をいくことになる。海岸線の眺めも飽きてきた頃なのでちょうどいい気分転換である。

国道の表示の串間までの距離がGPSのそれよりも一キロ長いなと思ってたら、GPSのコースは国道から別れて農免農道を行くようになっていたのだ。国道は鉄道に沿っているので、それほどアップダウンはないだろうが、GPSのコースは峠をいくつか越えるようなので距離は少し短くても、楽かどうかはわからない。ただ車の往来の激しい道をチンタラ行くよりも山道を行った方が気持ちいいであろうと、農道を行くことにした。結果的にはこちらを選択して正解だった。桜や名前はわからない花が咲き乱れ季節のうつろいを感じさせる旅をすることができた。
いよいよ鹿児島へ

日南市と串間市の境が峠になっており、そこで昼食をとってから串間側へ降りる。国道と合流すると、串間駅も間近い。その時、後ろから声をかけられて振り向くと、昨日、南郷の手前で追い抜かれた人だ。その時はあっという間に先に行ってしまったので、今日はずっと先を歩いているとのかと思ってたら、人の1日に歩く距離にはさほど差はないのかもしれない。

私と同様に佐多岬を目指しているとのことだが、なんでも毎日神社にテントを張っているそうだ。

串間の駅で彼と別れて、ホテルに荷物を置いてから、志布志に向かって空身で歩き出す。前にも書いたことだが、JR全線乗車を兼ねている関係で、串間と志布志間は往復しなければならないのだが、片道は空身で歩いてから列車で戻れば体力の温存もできて一石二鳥である。

志布志駅のひとつ手前の駅までしか行けなかったが、ここまで行ければ十分である。それに志布志市には入れたので日本列島徒歩縦断の最後の県に足を踏み入れたことになるのだ。志布志駅までは電車で行き、駅前の居酒屋で鹿児島県到着を祝って地元の食材を肴に焼酎を楽しんだ。

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2014年4月 2日 (水)

日南海岸第2日

日南海岸第2日
足の豆を潰した痕が痛むので、そろりそろりと歩いていく。さらには風邪が悪化して体の節々が痛み、最悪のコンディションである。体調が良ければ素晴らしい景色を楽しみながら歩けるのに難行苦行の1日であった。ただ行程的には大きく遅れることなく30キロ近くは歩けたのでまずまずであった。予定では海岸線から離れた山間部にある駅で仮眠するつもりであったが(近くにホテル等がないため)、2日連続の仮眠は辛いため、少し手前の日南海岸の民宿に泊まることにしたのだが、チリ地震による津波の危険に直面することになってしまった。明日は早朝に起床して津波情報を確認しておこう。

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2014年4月 1日 (火)

日南海岸第1日



ホテルから日南海岸までの最短路をとろうとGPSにルート設定して、それに従って歩いていると渡ろうとしている橋は通行止めとの表示が出ている。最初は車はだめでも歩きならOKかもしれないと思って進みかけたが、やはり思い直して少し遠回りにはなるが、別の橋を渡っていくことにした。そちらの橋から見てみると、通行止の橋は半分くらいが橋脚だけとなっており、思い直してよかったと思った。多分懸けかえでしょうが、完成は平成33年という気の長い話である。予算の関係からかしら?

宮崎に着いた日に雨で靴がずぶ濡れになりながら歩いたためにできた豆の痕が、水泡を潰して水は全部だしているにもかかわらず、水泡の下の皮膚がまだ固くなってないために歩くとかなり痛む。バンドエイドや靴下を替えてみても効果がなかったので、明日も痛むようならば、包帯でぐるぐる巻きにして、患部のショックをやわらげるようにしてみよう。
空港と運動公園の横を通っていく道は単調だったが、やがて日南海岸が見渡せるようになると多少は気が紛れてくる。今回は時間短縮のために国道を歩いたので小高い所から海岸線を眺める形となった。
日南海岸第1日
青島あたりは半世紀前まではハワイなぞは高根の花であったので、新婚旅行のメッカだったようだが、今はさびれてしまったと聞いている。それでも遠くからみる限りは建物がたくさん建ち並んでいるそこそこの町に見えるが、青島から南になると人家もほとんどなくなり、静かな海岸線だけが続くようになる。
日南海岸第1日
コンビニも夕方に飲み物を買い求めた店が最後でこの後は油津までは20キロ以上コンビニがなくなってしまうのだ。この事は事前に調べてあったのだが、うっかり忘れてしまって買い出しもせずに、6時頃に伊比井駅に着いて初めて思い出した。今晩はこの駅で仮眠するか、もう少し歩いてホテルに泊まるかのいずれかとしていたが、食料がなくては駅に泊まることもできないので、数件あるホテルに電話してみると、いずれも定休日だという。ウソーといいたくなったが、やむを得
ず電車で二駅戻って、先ほどのコンビニで食料等を買い込んで、駅での長い夜を過ごすことになった。

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