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2014年5月

2014年5月31日 (土)

シベリア大平原を行く

前夜ハバロフスクを出てアムール川を鉄橋で渡ってしばらくしてから眠りについたが、目覚めるとシベリア大平原は夜が明けようとしていた。

草原と灌木の代わり映えのない景色が続くが、今読んでいる大黒屋光太夫や、若い頃に見た黒澤監督の映画「デルス・ウザーラ」での主人公もこういった所を歩いたかと思えば多少は興味が湧いてくる。

体を動かしてないので食欲も湧かないが、カップ麺で簡単に朝食を済ます。食後しばらくして30分の停車時間のある駅に着いたので、駅前のスーパーでチーズ、肉の缶詰、ピクルスの瓶詰め、ナッツ等を買って、単調な食事のメニューに少しはバラエティーがでそうだ。それらをつまみに食堂で買ったビールを飲んで昼食代わりとする。

午後にも15分停車する駅があったので車外に出ると、ちょうどモスクワから来る反対方向のロシア号が停まっていた。モスクワからここまで随分と遠かったんだろうなあと思ったりした。
シベリア大平原を行く

夕食は最初は食堂車でするつもりだったが、食堂車の印象が今ひとつであり、持参した食料を持ち帰るのも馬鹿らしいので、今回も山用の食料で間に合わせることにした。食後に食堂にビールを買いに行き、家内に頼まれたピロキシも注文したのだが、通じなかったので諦める。部屋に戻ってから資料を見てみるとロシア語では別の言い方をするらしい(とすると、ピロキシって一体何語だ?)。

9時過ぎに長時間停車する駅があったので下車してみるがなにもないところですぐに列車に戻る。するとちょうど太陽がシベリア大平原の地平線に沈んでいくところであった。こうして今日も1日が暮れていく。

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2014年5月30日 (金)

シベリア鉄道

ウラジオストクからイルクーツク目指して3泊4日の鉄道旅行に出かけています。この旅を思い付いたのは、家内が社会人一年生の時にはほぼ同じ行程で計画したらしいのだが、14日の休暇が認められずに断念したと聞いていたので、そのリベンジてす。な〜んちゃって単に自分の好奇心で行ってくるだけなんたけど。もっとも家内が計画した時には、ウラジオストクが外国人立ち入り禁止だったため、ナホトカまで船で行き、そこからシベリア鉄道支線に乗ってハバロフスクで本線に乗り換え、帰りも同じ経路を帰ってくるというもので2週間を要したらしいのだが、今は半分の一週間で行ってこられるるようになってしまった。

ホテルから駅までは近道で行けば15分程度だが、寄り道したりして倍以上かけて行く。それでも駅では2時間近くの待時間があった。

今回は奮発して一等寝台の旅だ。数年前にモスクワからサンクトペテルブルグまで夜行列車に乗った時は2等寝台だったが、個室の4人だと、長い期間の旅になると同室者に気を使って大変だろうということで2人部屋の一等にしたというわけである。

列車はウラジオストクからしばらくは海岸沿いに進んでいく。やがて海から離れてシベリア大平原を行くようになると、変わり映えのしない景色が続いて、直に車窓を眺めるのも飽きてくる。途中の停車駅での停車時間は数分程度のところがほとんどのため、車外には出られないが、たまに長時間停車する駅があるとホームに出られるので気分転換にはなる。
シベリア鉄道

シベリア鉄道

さすがに一等車だけあって部屋にはテレビがついているが、当然のことながら訳のわからないロシア語放送ばかりなので見る気もしない。今回退屈しのぎに持ってきた本はドラマ「半沢直樹」で人気沸騰した池井戸潤の直木賞受賞作品である「下町ロケット」と丹念な資料調べに基づく作品作りで定評のある吉村昭の「大黒屋光太夫」上下の文庫本である。後者についてはだいぶ以前に読んだことがあるが、イルクーツクを経てはるばるサンクトペテルブルグまでエカテリーナ女王に謁見するためにシベリアを横断していく物語が今回の旅行にぴったりだし、読書好きの家内もまだ読んだことがないというので、あえて持ってきた。「下町ロケット」は期待にたがわず面白く1日で読んでしまったが、「大黒屋光太夫」の方は明日以降の楽しみに残しておく。後はブログを書いたり、PDAでテトリスまがいのゲームをしたりして時間をつぶす。
夕食は持参した山用のフリーズドライの混ぜご飯とスープである。この列車には食堂車も連結されているが、バカ高いという評判だったので、かさばるけれども3日分の食料を持参してきたのである。どうも貧乏性のために妙なところでケチってしまうのである。

食後は何もすることがないが、深夜まで頑張って起きてみる。というのは極東ロシア最大の都市ハバロフスクで下車してみたいからである。やがて列車はハバロフスク駅に静かに滑り込む。30分の停車時間があるので駅前に降りてみる。駅前から眺めただけでもウラジオストクを凌ぐ大都市であることがわかる。これで満足したので寝台車に戻り、シベリア鉄道初日はピリオドとなる。
シベリア鉄道

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2014年5月29日 (木)

ウラジオストク

ウラジオストク
ウラジオストクに来ています。旧ソ連時代には外国人立ち入り禁止でしたが、今では成田から2時間のフライトで着く一番近い(多分)海外かもしれません。ただ東京よりも西にあるにもかかわらず、2時間先行しているため10時になってもまだ薄暗いという妙な街です。

今日は夕方に着いたためホテル近辺を歩いただけだが、東京よりはだいぶ寒く感じる。帰国は来週火曜日の昼過ぎの予定です。

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2014年5月28日 (水)

一応、完治

今日医者に行き、外科的には完治ということになった。まだ指のしびれは残っているので、しびれを取るビタミン剤を1ヶ月分だしてもらったが、完全にしびれが取れるにはだいぶ時間がかかるらしい。

日常生活にはほとんど支障はないが、本格的にクライミングにいつから復帰できるかがもっとも気掛かりである。我が家の室内ボードで簡単な所を登る限りは問題ないので、来月中には本格復帰を果たしたい。

完治したからというわけではないが、仕事の方も一段落ついたし、明日から短期間ですが、海を渡ってぶらり旅にでます。

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2014年5月25日 (日)

井の頭線ぶらり途中下車の旅

農園にはいつもは一人で自転車で行くが、今日は家内と一緒なので吉祥寺まで電車で行き、そこから神田川沿いに歩いて農園まで行くことにした。

30分ほど歩いて農場に着き、まずは支柱を補強する。トマトの方は既にいくつかの実を付けている。枝豆も地面すれすれに花が咲きだし、収穫が待ち遠しい。
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今回は初めてトマトの脇目を摘んでみた。要領がよくわからないので摘みすぎたのではないかと心配になったが、これで主茎の生育が良くなってくれると良いのだが
トマトの苗15本の内、道路側の2本は強風で倒れて枯れてしまったので、そこに何を植えようか思案中である。キュウリは時期的に遅いので小松菜あたりかな

農園を後にして久我山駅まで歩き、そこから下北沢まで足を延ばしてみる。若者の街、下北沢にはまだ行ったことがなく、こんな機会でもないと行くこともないだろうからである。

下北沢はやはり我々にとっては場違いの街だったので、スタバで時間をつぶしてから帰ることにした。妙な1日だったが、目的は果たしたのでよしとしよう。

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2014年5月21日 (水)

エベレストに思う

シェルパの大量遭難でイモトがエベレストを断念したことはテレビを通じて全国に知れ渡ったが、その中で全隊が今季のエベレストを断念したと報道されて、「何てふがいのない連中ばかりなんだ、シェルパの力を借りなくても登ろうという気概のあるヤツはいないのか」と思っていたら、おっとどっこい少数の隊は登山を継続しているようだ(以下のニュース参照)。

http://www.afpbb.com/articles/-/3014938

最難所のヒラリーステップに固定ロープがすでに張られているのかどうかは知らないが、仮にまだ張られていないとしたら、実力のある登山者にとっては千載一遇のチャンスだろう。初登頂のときはもちろんだが、それから約20年後の田部井さんが登った時でも固定ロープはなかったはずで、それとほぼ同じ条件で登れるのは今季を逃してはないのだから

でも、彼らが登っても日テレはその事実を絶対に報道しないだろう。なぜなら、イモト隊が本来のヒマラヤ登山といかにかけ離れているものかを明らかにしてしまうからだ。

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2014年5月19日 (月)

抜糸

事故から2週間たち、ようやく抜糸できた。後1回、抜糸後の様子を見てもらって、外科的には完治となる見込みだ。指のしびれはまだとれないが、日常生活には支障はないのでしょうがないか

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支柱立て

トマトの生育は十分とはいえないが、とりあえず1メートル強の支柱を立ててみた。
Photo
15本植えた苗のうち、1本は強風で倒れて枯れてしまったので14の支柱を立てたが、うち1本は少し弱っているようなので収穫まで至るかどうか心配だ。
ただ支柱が立つとちょっぴり農園らしく見えてくる。

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2014年5月15日 (木)

ストーンマジック

夏に30数年振りに劔岳に四人でクライミングに行くことにしているが、メンバー同士で面識のない人もいるようなので、顔合わせを兼ねて相模原にあるストーンマジックというジムで準備会を行った。

ストーンマジックは10年ほど前は何回か行ったことがあるが、ここの売物であった確保者がいなくてもルートクライミングを可能とさせてくれるオーテビレイシステムも他のジムでも導入されているところもあるため、最近はとんとご無沙汰してしまっている。

今回は最初は外岩でやるつもりだったのだが、雨のためにジムに変更となったのだが、わざわざ遠くのストーンマジックを選んだのには訳がある。それはストーンマジックではアブミ練習専用のエリアがあるからである。

今回登ろうとしているルートの中にはアブミを使用するものがあるが、一昔前はクライマーにとって必須であったアブミの技術もフリークライミングの隆盛のために昨今はアブミに慣れてないクライマーも多いと聞いているので、メンバーのアブミの週熟度を確認することが目的である。

山行全般の打ち合わせを済ました後にアブミのエリアに移動して、まずは私が登ってから皆にも登ってもらう。壁の傾斜がややきついためにアブミの巻き込みがうまくできないメンバーもいたが、傾斜の緩い壁ならば最上段にも立てるようなので、後は練習してもらうしかない。本番でもアブミのルートを登るかどうかは、直前に隣のルートを登るので、その際によく観察して判断したいと思う。

アブミの練習が終わった後、他のメンバーはフリークライミングを行っていたが、私はケガした箇所への影響が心配なので一足先に帰らしてもらった。

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2014年5月14日 (水)

医者の梯子

今日の夕方は歯医者で虫歯の治療、続いて外科でケガの手当と医者の梯子となってしまった。普段は医者とは無縁の生活を送っており、我が家の取り柄は丈夫なことで医療費控除の申告などしたこともない。

医者に出かける時間が迫るにつれて緊張が高まり、玄関を出る時には極に達した。出征兵士の気持ちもかくばかりか。

いざ歯医者に着いてみると、麻酔のお陰でほとんど痛みもなかったし、ケガの手当の方は包帯を替えるだけなので痛くもなんともない。案ずるよりうむはやすしである。

ケガをして8日目だが、自覚症状としてはケガ直後とほとんど変わらないものの、医者の診断では来週月曜に抜糸できるとのことなので回復に向かっているのだろう。まずは祝杯をあげなくては

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2014年5月12日 (月)

久々の区民農園

久々の区民農園
連休前に行って以来10日振りの区民農園である。本当は連休直後に行くつもりだったのだが、ケガによる入院でそれどころではなかった。

長期間ほったらかしてあったので心配だったが、10日前とはかなり様子が変わっていた。良いことはトマトに花が咲いていたことと枝豆の芽が出てきたことだが、悪いこともいくつかあった。トマトの背丈が少し伸びていて、仮支柱では足りなくなったり、仮支柱自体が倒れて一緒に倒れているトマトも数本あった。全般的に萎びているように感じられたので、明日は雨だろうけど、たっぷりと水をやっておいた。仮支柱の修理、草取りを済ませて今日は終わりとする。

無事に生育してくれるかどうか、まだ半信半疑である。自分のケガの回復具合と同じくらい気になってしまう。

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2014年5月10日 (土)

K2初登頂の真実

退院こそしたものの、まだケガの箇所が多少は痛むので、山に行ったりサイクリングをする気になれない。たまたま今朝の新聞で「K2初登頂の真実」という映画が今日から上映されるという記事を読んで、歯医者で治療を受けた後、有楽町の映画館まで足を延ばした。
K2

この映画の主人公の一人であるワルター・ボナッティは自分が若い頃に最も憧れたクライマーだったが(それに続くのはヘルマン・ブールかリオネル・テレイかな)、彼を主人公としてモンブラン・フレネイ中央岩稜の悲劇を描いた「さらば白き氷壁」も若い頃に見て印象に残っている。

K2初登頂の経緯については有名なので映画のあらすじは書かないが(知らない方は映画を見てください)、ガッシャーブルムに行った時は、コンコルディアでは、行き帰りともK2の頂上付近しか展望がなく全容を眺めるチャンスがなかったが、この映画で存分眺められたのは良かった。

本格的な山岳映画は数年前に上映されたメスナーのナンが・ルパール壁を題材とした「運命の山」以来であるが、今年はこの後に、6月にはエベレスト初登頂、9月にはアンナプルナ南壁での遭難救助を題材とした映画と目白押しである。一体どうなっちゃているんだろう。

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2014年5月 9日 (金)

退院

退院
ようやく退院できることとなった。3日間の自主的?な禁酒も終わって、これで堂々と酒を飲めるようになったことが一番嬉しいかな。クライミングは早くとも抜糸までは無理だろうが、元々、しばらくは大きなクライミングをやるつもりはなかったので、まあいいか

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2014年5月 7日 (水)

外出許可

外出許可
入院といっても朝晩に点滴をするだけなので、昼間は家に帰れることになった。夕食を終えてから病院に行くのだが、外来診療が終わって暗くなった病棟に通って行くのは妙な気分だし、なにか新鮮な気持ちにさへなる。もっともこんな生活も2、3日のことだろうけど。

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2014年5月 6日 (火)

緊急入院

緊急入院
連休最後の日、庭の木を切ろうと高い所でチェーンソーで作業していたら、誤って手のひらを切ってしまった。出血はさほどでもなかたが、皮膚がぐちゃぐちゃになってしまったので近くの緊急外来に出向いた所、幸い骨や腱には異常はないようで10箇所以上縫ってもらった。入院は絶対というわけではないが、傷口にバイ菌がつくのを防ぐためには点滴を続けることが有効だということで、とりあえず今日は入院することとなった。考えてみれば生まれてこのかた、入院は初めての経験である。

ここ5〜6年でこの病院にお世話になるのは、冬の剣での凍傷、自転車レース転倒による鎖骨骨折に続く3回目である。今のところ今回が一番軽いようにも思うが、今までは遊びでの事故だったが、今回は家事なので、それほど肩身の狭い思いはせずにすみそうだ。それにしても不覚をおったものである。

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2014年5月 4日 (日)

久々の宝剣中央稜

GWに中央アルプスの宝剣中央稜に行ってきた。若い頃には何度も登ったルートであるが、実に30数年振りのことである。

初日はまだ登ったことのないサギダル尾根経由で宝剣山荘前のテント場を目指す。サギダル尾根は予想した通りの簡単な尾根で13時過ぎには稜線に出る。どうも我々の行動がパトロール隊にマークされていたみたいで、稜線に着くや否やパトロール隊の連中がやって来て、いろいろと注意事項を与える。宝剣山荘の到着予定時間を聞かれたので、大分以前に一人で同じ時期に逆方向から縦走した経験を基に3時頃と答えると、その時間では無理だろうと言われる。その時は多少遅れても4時までには着くだろうと鷹をくくっていた。ところが荷物の重さと思わぬ悪天下の行動で四人のメンバーの一人が調子を崩したために時間を要して、宝剣山荘に着いたのは何と6時となってしまった。それから大急ぎでテントを設営して夕食の支度をする。ラッキーだったのは、宝剣山荘で水とトイレの便がはかられたことである(テント代一人800円を徴収されはしているが)。

その晩は風が強くてテントが激しくはためき、明日も今日のような天気だったら中央稜は中止せざるを得ないかなどと考える。

翌日は昨日とうってかわった素晴らしい快晴の朝を迎える。夜間に強かった風も出発する頃にはおさまり絶好の登山日和を迎える。

中央稜には先行パーティーがいたが、我々は四人バーディーなのですぐに引き離される。ルート中にはいくつかの派生ルートがあるが、易しいルートを選んで登って行くと、このルートのハイライトとも言うべきオケラクラックにぶつかる。傾斜の緩いクラックでフットジャムもよく決まるので、支点もいらないほどであるが、せっかくカムを持参してきたのだからと三ヶ所ほどカムをセットする。そこから上は簡単な1ピッチで宝剣岳の頂上に出る。
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ここから先は昨日も通った所なので迷うこともなくテントに戻る。
予定では一人だけが千畳敷からロープウェイで下山し、他のメンバーは翌日に伊那前岳経由で北御所に下山する予定であったが、天気が下り坂のこともあり全員で千畳敷ロープウェイで下山することになり、当初は予備日も入れて4日間で計画した山行も終わって見れば2日間の山行となってしまった。

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