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2015年1月

2015年1月29日 (木)

青梅試走

来月行われる青梅マラソン30キロには数年ぶりに息子と一緒に走ることななったので、コースの試走を息子と行ってきた。

走ったのはコース後半の15キロ強で、本番の半分程度に過ぎないが、前半は比較的平坦で後半はアップダウンが激しいので、本番に備えたトレーニングとしては十分効果があったといえるだろう。

コース試走後は河辺駅北口にあるスーパー銭湯でくつろいでから帰宅した。

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2015年1月25日 (日)

城ケ崎ツアー2日目( シーサイドエリア)

民宿からはシーサイドは10分ほどの至近距離である。懸垂で降りてシーサイドに向かうとそこは他の岩場とちょっと違う独特の雰囲気である。鳳来や二子などと同じくフリークライマーだけの世界がそこにはあった。

まずはハジノライン10a他でアップしてから、今日の目標の風に吹かれて11a/bに向かう。私にとっては約10年ぶりのトライである。前回はたしか途中でテンションが入ってしまいRPできていない記憶があるので、力の落ちた現在は登れる自信は全くなかったが、ダメでもいいからやるだけはやろうと決死?の覚悟を決めていた(どうせ落ちても空中遊泳をするだけでグラウンドフォールする危険もないことだし)。ところが、先行のバーディが初心者で核心に入る前の2ピン目で早くももたついていて、この調子ではいつになったら我々の番になるかも予想がつかない。ついにシビレを切らして風に吹かれてはあきらめて、サンライズに移動することにした。
P1030732

こちらでは仲間からクラックルートの要望があったのでイントロダクション5.9にトッブロープを張るためにリードすることとなった。昔リードしたことがあるルートとはいえナチュプロのリードはそれなりに緊張する。皆の視線を背中に感じながらもなんとか登りきる。ところが、天井クラックにセットしたカムがローブの動きで上にずれてしまったようで、トップロープで後続した仲間はみな回収不能だという。やむを得ずもう一度登り、持参した棒きれでたたいたところ、なんとか回収できてホッとする。

その後、New11aにトライする仲間をしりめに、肘の痛みのある自分は、セットしてあるトッブロープを左に回して無名のクラック(10aくらいか)を登ることでお茶を濁した。

風に吹かれてにトライできなかったのが残念だったが、一緒に行った連中はみな楽しんでくれたようなのでよしとしましょう。

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城ケ崎ツアー1日目( ファミリーエリア)

城ケ崎ツアーの1日目はファミリーエリアを登ってきた。伊豆高原を10時過ぎに出発したのだが、話に夢中になりながら歩いていたら、間違って城ケ崎海岸の方に向かってしまい、途中で道を間違えたことに気づいたものの海岸線沿いのアップダウンが激しく曲がりくねった自然遊歩道を行ったものだから、ファミリーエリアに着いたのは12時近くになってしまった。

昼飯前に城ケ崎で一番人気のあるクラックであるファザークラック10bにトッブロープを張り、早速トライするが、核心が空腹で腹に力が入らずに越えられず、一度降りて腹ごしらえをする。その後、仲間の1人は一撃、もう1人も2回目でクリアしたので、次は自分の番と思ったのだが、外人さん(今日は外人が数パーティー登っていて盛況だった。円安の影響だろうか)からローブを使わせてくれと言われたので、代わりに彼らのローブを使わせてもらってテルトイド11aをトライする。核心の足を踏ん張る所か濡れていることもあって踏ん張れずに敗退する。
その後、みんなは新人クラック10aをトライしてたので、私もトライしてみたが、これがグレード以上に難しく、全員クリアできずに宿題となってしまった。
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簡単なクラックでカムのセットの練習をする仲間のビレーに付き合った後、先ほどのファザークラックに再トライしてなんとか登りきり、今日はこれで終了として民宿に向かう。

泊まった大重丸という民宿は六千円という料金の割には食事が豪勢で設備も整っていて十分くつろげる所であった。泊まりがけのクライミングではいつもは狭い車中やテントが多いのだが、たまにはこんな所で優雅に?過ごすのもいいものである。
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2015年1月11日 (日)

塔ノ岳(マッターホルンのトレーニング)

今夏のマッターホルン登頂に際して、10〜15キロの荷物を背負って丹沢の大倉尾根からの塔ノ岳を2時間半以内、富士山富士宮口から剣ヶ峰を4時間以内で登頂できるだけの体力が最低限必要であることを参加メンバーに伝えてあるが、言い出しっぺの自分がその条件をクリアできてなければ様にならないので、15キロの荷物を背負って大倉尾根を登ってきた。

大倉尾根は10年ほど前のトレランをやってた頃に、毎年ボッカ駅伝に参加して、20キロの砂を背負って大倉から塔ノ岳直下の花立までを四人で繋いだ懐かしのコースである。だいたい1時間20分台で終えていた記憶があるので、2時間半なら楽勝だとも思ったが、その頃と比べると体力もだいぶ落ちているので、果たしてどうなることやら不安混じりのスタートである。

大倉の出発が10時半過ぎと遅かったので、他の登山者はおらず、しばらく登っていると、上から次々と下山してくる。たまたま下山の列が途切れた時に見晴茶屋の下の道が左右に分かれる分岐点にでくわした。どちらが駅伝のコースだったか忘れてしまい、左の方が傾斜が緩そうだったのでそちらを選んでしまったが、どうも遠回りの道だったようで、多少タイムロスをしてしまったかもしれない。

堀山小屋までは大倉から1時間20分で着いたが、ほぼ予定時間内だったので、5分ほど休憩する。ここからの急登を登り終え、花立を通過したときの経過時間は2時間ちょうどで、この時点ではあと30分以内で塔ノ岳に着くことは間違いないと思っていた。

快調だったのはここまでで、最後の登りの途中で足に急に疲れがでて、足が動かなくなってきた。なんとか頂上には着いたが、大倉からの経過時間は2時間33分と予定時間を3分上回ってしまった。道の間違いによるタイムロスと堀山での休憩を考えればなんとか合格点には達したかな。

頂上は寒かったが、大勢のハイカーで賑わっていた。関東平野と表尾根や主脈の展望は素晴らしかったが、富士山は5合目から上は雲に覆われていたのが残念だった。
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昼食と大休止の後に同じ大倉尾根の下降に移る。最初はのんびりと下っていったが、眠っていたトレラン魂が目覚めたのか、次第にかけ下りとなって1時間50分で大倉に着いてしまった。おかげで遅い出発にもかかわらず、陽の高いうちに帰路に着くことができた。
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マッターホルンのトレーニングの第一回としてはまずまずの成果であったが、今後も月一回程度は大倉尾根を登り、本番前には2時間以内で登りきれるようになりたいものである。

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2015年1月 8日 (木)

天竜浜名湖鉄道

天竜浜名湖鉄道
家内の実家に不幸があり、昨日から名古屋に来ていたが、無事葬儀も終わり午後から帰れることになったため、新幹線を使わずに新所原からは前から気になっていた天竜浜名湖鉄道(旧国鉄の二俣線から引き継ぎ)経由の在来線で帰ることにした(JR部分は18切符利用)。
まずは金山駅から豊橋行きの快速電車に乗り込む。乗車してしばらくはほぼ満席状態だったが、大府駅あたりから乗客は減り、安城あたりではがら空き状態となる。安城は子供の頃は「日本のデンマーク」と教わったものだが、今は家がびっしりと建てられて、かつての牧草地の面影はない。岡崎、蒲郡といった若い時に名古屋に勤務していた頃に慣れ親しんだ地名を通り過ぎると乗り換えの豊橋駅に着く。いつもは新幹線であっという間に通過する所を在来線でのんびり行くのもいいものである。

豊橋駅からは二駅で天竜浜名湖線線の始発駅である新所原である。途中の二川駅の少し先からは名古屋に住んでいた頃に登ったことのある立岩の岩場が見えてきて懐かしい。新幹線からも見えるのであるが、在来線からの方が間近にゆっくりと見えるのがよい。

新所原でお目当ての天竜浜名湖線に乗り換える。昔は国鉄だったが、今は私鉄になったため18切符では乗れず、終点の掛川までは1450円の料金がいる。2時間近くの乗車時間となるため、飲食物を買おうとしたが、切符売り場を兼ねている販売所には誰もいなかったため、切符と缶コーヒーを自販機で買う。

新所原を出発してしばらくすると浜名湖の湖岸を走るようになる。JRは湖の南側を通過するのに対して、今回は湖の北西部を通って見慣れない景色が続くためシャッターを切り続ける。
やがて電車は浜名湖を離れて車窓を眺める楽しみもなくなっていくが、夕闇に包まれる時刻と重なるので好都合である。天竜川を気づかぬうちに渡ってしまうと、浜松からやってくる遠州鉄道の終点である天竜二俣駅に着く。沿線では掛川に次いで大きな町のようである。ここまで来ると終点の掛川までは一足である。

掛川駅からはまた18切符の旅が始まるが、在来線でも何度も乗っている区間のため目新しいこともなく、退屈な旅を4時間あまり続けて帰路に着いた。

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肘の痛み

大したことはないのだが、半年ほど前から肘に痛みを感じるようになっている。日常生活にはもちろんクライミングにも支障はないのでほおっておいたのだが、一向によくならない。おそらくクライミング中に無理な力が加わってなんらかの障害が起き、その後も十分な休みをとらずにクライミングをしているため治りきらないのだろう。クライミングを始めて間もない頃には指をバキッたりしたことはあったが、ここ10年ほどは故障とは無縁であったが、よる年波には勝てないということだろうか

医者に行けばなんらかの治療はしてくれるのだろうが、併せてクライミングにもストップがかかる可能性が強いだろう。クライミング人生がこれからも長く続くのであれば、じっくりと養生することも選択肢となるのだが、そろそろクライミングから足を洗おうと思っている現在となっては、一度クライミングを止めてしまうと、モチベーションが落ちてしまい、もうクライミングをする意欲が起きなくなるような気がする。マッサージとシップ薬を併用しながらクライミングを続けて様子を見てみたい。それで症状が改善ないし現状維持できるならば良しとするし、仮に悪化した場合にはクライミングから足を洗う良いきっかけになると思う。もう、クライミングは十分登って未練はないのだから

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2015年1月 3日 (土)

鶴見川で初乗り

正月最後の日は最初は南アルプス前衛の山を登るつもりだったが、急に面倒になってしまった。さあてどうするということで、前から気になっていた鶴見川の源流から河口までを行ってみることにする。40キロ程度の距離なので以前ならばランニングで行くところだが、今は練習ではとてもそんなに走れそうもないので、自転車で行くことにする。

水源は唐木田駅から少し離れた所にあるらしいので、新百合ヶ丘乗り換えで都内唯一の未乗車路線であった唐木田線に乗って行く。唐木田の駅から水源までは随分迷ったが、無事に源流の池に着く。かなり立派な池だが、標識が一切ないので携帯のグーグルマップがヒットしなければ、たどり着くことはできなかったかもしれない。
鶴見川で初乗り

ここから先は川に沿って行けばいいわけだが、道が川と離れた所を通るので、時々現在地点を確認しなければならない。鶴川あたりからは川の両岸に道があるので効率よく進める。河口までの距離が500メートルごとに標示されているので、それを目当てに進んでいく。だいぶ進んで河口まで3キロ近くまで来た所で道が工事中で通行止めとなる。やむをえず一般道を行くが、川が河口近くで蛇行のしているので、地図を見ても進むべき方向が判然としない。右往左往しているうちになんとか河口近くまで来るが、他の川と同様に河口の手前は工場等が立ち並び道がないので、ここをゴールとする。
鶴見川で初乗り

帰りは最寄り駅から輪行してもよいのだが、まだ時間は早いので取り敢えず多摩川は越えて都内までは行っておくことにする。奇しくもこれから進む道は数時間前までは箱根駅伝の勇者たちが死力を尽くした第一京浜である。激戦の跡は交通規制のお知らせの垂れ幕以外には残っていなかったが、その余韻に浸っているうちに多摩川が目前にせまってきた。

多摩川を越えてから自宅に帰るには環七または環八経由となるのだが、今日はライトを忘れてしまったため、途中で無灯になってはまずいと、品川から輪行で帰ることにした。

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2015年1月 2日 (金)

初登り・初走り

初登り・初走り
家内が親の介護で急遽実家に行くことになり、期せずしてチョンガー生活となったため、時間的には出遅れてしまったが、御嶽ボルダーに初登りに出かける。

御嶽ボルダーに着いたのは1時を過ぎており、ボルダリングの後に青梅マラソンのコース試走も予定しているので、あまり登る時間はないが、今日は岩を触るだけでよいと考えているのて問題はない。

前回びしょ濡れの岩で下部だけを登ったマミ岩の2級の課題をやってみようと思ったら、正月だけあってすごい人数のボルダラーがマミ岩にも取りついている。ここで知り合いに会い、彼はマミ岩の2級の課題はすでに登っているというので模範演技をみせてもらう。真似してやってみるが、なかなか彼のようにはいかない。それでも、だんだん要領がわかってきたので、もう少しトライすれば登れる可能性は見えてきたが、今日は本気モードにはなれなかったので、次回の楽しみに残しておくことにする。その後、いくつかの岩を正月モードで触った後に青梅マラソンのコース試走に移る。ランニングの開始時間が予定よりも1時間ばかり遅れてしまったため、御嶽から青梅マラソンの折り返し点までの往復10キロ弱のランニングでお茶を濁すこととなってしまった。

御嶽ボルダーと青梅マラソンのコース試走を1日で行うことは何年か前までは冬の定番の練習メニューだったが、久し振りに昔返りをやってみた。もっとも昔のような真剣モードとはほど遠いものであったが、次回正月明けに行く機会があったら、昔の真剣モードに少しでも近づきたいものである。

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写経

写経
今年の目標はいろいろあるが、とりあえずは前からやってみようと思っていた般若心経の写経をできるかぎり毎日続けることにした。写真にもあるとおり、A4用紙1枚におさまる程度の分量なので大したことはないのだが、大部分は古代インドの言語であるサンスクリット語に漢字を宛字したものなので、字だけ見てもさっぱり意味がわからない。色即是空 空即是色というのは世の中にあるものはすべて実在するように見えても実体のないものだというような意味だということを以前に読んだ記憶はあるが、他の部分は全て忘れてしまっている。意味もわからずに写経してもあまり意味はないような気もするが、まずは写経というものに慣れることを優先し、おいおいと意味もわかって写経をしていくことにしよう。

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