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2015年2月24日 (火)

南紀・熊野古道ツーリング五日目

始発バスで熊野川沿いに新宮に下る。朝もやの中をゆったりと流れる熊野川が印象的であった。

新宮に着いて、まずはもうひとつの熊野三山である速玉神社を参拝し、その後、神が降り立ったとされている神倉神社を参拝してから自転車で那智に向かう。途中マクドナルドに寄ってwifiで那智駅のバス時刻を調べると、あと25分でバスが出るが、それを逃すと次は1時間待ちとなってしまう。ここから那智駅までの距離は6キロ弱なので、十分間に合うだろうと慌てて片付けをして出発する。

那智駅には時間までに着いたが、バスが見当たらない。一瞬焦ったが、那智駅始発ではなく、勝浦発だったのでほどなくやっとバスがやって来る。自転車で行ってもいいのだが、途中で有料道路となり、そこからは急な坂道を登らなければいけないらしい。体の疲労具合からバスを利用した方が賢明であると判断した。那智の滝は高校生の時も見た記憶はあるのだが、那智大社を参拝した記憶は全くない。熊野古道が注目されるずっと前のことだから参拝してないのかもしれない。

那智山信仰は江戸時代までは神仏混合で一体化していいたものが、明治維新後の廃仏毀釈で熊野三山にもなっている神道の那智大社と西国三十三箇所の第一札所となっている仏教の青岸渡寺は別物となってしまったとのことである。
南紀・熊野古道ツーリング五日目

那智山からの新宮行きまでのバスはだいぶ時間があったので、大門坂という参拝道を下ることにする。30分くらいの石畳の歩きだが、今回初めての熊野古道である。これでブログのタイトルに偽りがないことになった。次の目的地である捕陀洛山寺につながる道は自動車道を横切って更に新宮方面に延びていたが、1時間以上もかかるようだし、舗装道路でもあったので、バスで行くことにする。

新宮に着いてから駅近くの捕陀洛山寺に立ち寄る。南の海上に極楽浄土があると信じられていて、何度もここから船出し、死出の旅路となったそうである。境内にある建物の中には実際に使われたものと同じ船が展示されていたが、よくぞこんな小さな船で向かったものだと感心した。

次は潮岬の玄関口である串本を目指す。そろそろ昼飯をと思ったが、最初のうちは反対車線側にある店だからとか、コンビニ弁当はちょっととか贅沢を言っているうちに全くお店がなくなってしまった。ようやく営業中と書いてある店を見つけて入ってみると、この時間はやっていないとのことである。夕方まで空腹を我慢して串本が近くになってからようやく食事にありつけたが、この時間では夕食と兼用である。

串本の町に入り、しばらくして潮岬へ向かう道が分岐する。潮岬に向かう途中で東にある大島への橋につながる道もある。この大島は明治時代に沖合いで難破したトルコの船の乗組員を住民が救助したということでトルコ人なら知らない人はいないそうで、以来親日の国になったようである。島の東端にはその記念碑があるらしいが、時間がないので割愛する。

本州最南端にある潮岬の灯台には日没直後に到着する。岬の公園にはテントを張っている人もいてちょっと心が動いたが、酒を持ってきていればともかく、この時間からテントを張っていては暇をもて余すということで半島の西側を回って串本に戻ることにする。

串本で酒とつまみを仕入れてから紀伊半島の西側に進路を取る。夜なので安全運転で2時間近く進んだ所で国道を離れた空地にテントを張り、今夜のねぐらとした。熊野三山も潮岬も行けて今回の目的はほぼおわったようなものである。後は二日間かけて和歌山までチンタラ行くだけである。

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