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2015年3月

2015年3月31日 (火)

北海道歩き残し消化の旅1日目

今日の行程は余裕があるので民宿は8時過ぎに出て、昨日バスで通過した厚田に向かう。本当は厚田に泊まって北上するのが効率的なのだが、厚田の民宿に予約をしようと連絡したところ、4月から営業とのことであった。出発をずらそうかとも思ったが、LCCが予約済みで変更手数料が厚田に戻ることによるバスの料金アップの倍以上かかることがわかったので、変則的ではあるが厚田に歩いて戻ることにした。

昨日泊まった柏木までの間には二三集落はあるもののお店は皆無のようなのでお昼の飲食は予め用意しておかなければならない。

今日の行程は27キロ程度だが、トンネルが多く、そのうち2つは三キロ近くもある長いトンネルだ。トンネル歩きは単調だが、100メートルごとに表示があるので、3分の1が終わった、2分の1が終わったと言って気を紛らわせた。
北海道歩き残し消化の旅1日目

厚田にはバス発車時間の1時間ほど前に着いた。いつもギリギリとなってヒヤヒヤする自分にはめずらしいことだ。夕方から雨の予報だったが、歩いているうちはなんとか降られずに済んだが、バスを待っている間に振りだした。

バスは今日1日かけて歩いたところを30分ほどで通過する。そこから先は4年前に歩いた所であるが、雄冬海岸の荒々しい眺めをもう一度見ることも楽しみであった。車窓からではなかなか荒々しさは実感できなかったが、それよりもこんなに長いトンネルの多いところをよく歩いたものだと感心した。今日歩いたところの比ではないが、その時は気合いが入っていたので気にならなかったのだろう。

バスに乗っている間に雨が激しくなってきたが、3時間ほど経って終点に着いた時は小降りになったのはラッキーだった。

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2015年3月30日 (月)

はじめてのLCC

なにやらハウツー本のようなタイトルとなってしまったが、国際線・国内線を通じて初めてのLCCに搭乗して札幌まで行ってきた。ほとんどのLCCが羽田ではなく、成田利用となるのがネックだが、今回のように急に思い付いた計画で、大手エアーの早割が使えない時は、LCCの料金は魅力的である。成田空港というと国際線でしか利用したことがないので、若干の戸惑いはあったが、国際線とは利用階が別になっていたので、特に問題はなかった。直前にドイツのLCCが事故を起こしたため、家内から難色がでたが、LCC自体の問題でないことがわかってゴーサイン出してもらえた。

大手エアーのように搭乗口がいくつもあるわけではないのでたくさん歩かなくてもすむのは助かる。セキュリティを抜けたところが待合室で三つくらい出口があるだけだ。待合室の天井は配管が剥き出しで無駄な所には金をかけないという姿勢がうかがわれる。飛行機まではバス移動となるのが難点だが、雨の日でもない限り特に支障はない。ただし、最後のバスが30分くらい前に出てしまうので、滑り込みで乗り込むことはできないようだ。
はじめてのLCC

機内は前の座席との間隔が大手エアーよりも若干狭い気もするが、国内線のフライト時間程度ならば特に気にならない。飲食のサービスは全て有料だが(荷物預けも同様に有料)、自分に関して言えばもともと必要のないものである。千歳空港には定刻に到着し、今度はバス移動ではなく、ターミナルに直接降りられたのは意外であった。
はじめてのLCC

今回は一週間くらい前に予約して7千円弱であった。もう少し早く予約していれば、さらに安くなるようだ。大手エアーでは一番割引率の高い早割でも、札幌便の場合は一万円ちょっとはするようなので、羽田に比べて成田までは電車代で千円、乗車時間で1時間余計にかかりはするものの割安と言え、早くから予定が決まっていて、荷物が多い時以外は、これからはLCCも大いに利用していこう。

千歳空港には12時半に着いたが、沿岸バスの出発時間の16時過ぎまではしばらく時間があったので、札幌市内を走る3本の地下鉄を全部乗ってしまうという暇潰し策を考え出した。そこで札幌手前の新札幌でJRを下車して、地下鉄東西線に乗り換える。地下鉄全線乗車といっても改札を出るわけではないので、1枚の切符だけ買えばすみそうなものだが、「清く正しく」をモットーとする自分は1日乗車券830円を購入する。東西線の西半分は以前に乗車したことがあるので、大通で下車して東豊線に乗り換えて南北のそれぞれまでの終点を往復して大通に戻った時点でバスの出発時間まではまだ1時間以上余裕がある。残すは南北線のみであるが、あまりギリギリに行ってバスの切符を買い損ねてしまってもまずいので、とりあえじ途中下車してバスの切符だけは買っておくことにした。バスの乗り場を捜すのに思わぬ時間を喰ってしまい、南北線は南の終点まで往復した時点で残り時間20分となって北の終点まで行くことは断念する。往復30分もかからない距離なので、今度また札
幌に来る機会があったら乗ってみよう。JR全線乗車計画は進行中であるが、私鉄全線はとても無理ながら、九大都市の地下鉄全線とJR東海、東日本及び北海道の私鉄は乗車しておきたいと思っている。

札幌から向かうのは石狩海岸である。なぜそんなところに行くのかと言うと、宗谷岬から佐多岬までの日本列島縦断は一応、昨年完歩したのだが、厳密に言うと一部歩き残した所があったので、その部分を歩きにきたのである。札幌から2時間ほどかけてきた柏木で下車し、予約していた民宿で旅装を解く。四年前にもお世話になった民宿である。早速、夕食となり、海の幸に舌鼓を打ちながら、日本海に沈んで行く夕日を眺めて、旅の初日は終わっていった。

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2015年3月26日 (木)

常磐線代行バス

常磐線は主として原発事故の影響で福島県内の大半が不通となっているが、今年1月から代行バスが走るようになったということなので、18切符を利用して福島の今を見てくることにした。

代行バスは上り下りとも1日2便しかなく、日帰りで行ってこようとすると、原ノ町を夕方に出る上りに乗るしか選択の余地がない。新幹線を利用すれば、仙台回りでその電車に間に合うのだが、18切符利用となると無理だ。その代わりに福島から相馬に直行するバスを利用すれば大幅に時間短縮となって悠々間に合うことがわかった。そこで福島までは東北線経由ではなく、水郡線経由で行くことにした。水郡線自体は福島のマラソン大会に参加した時に乗ったことはあるのだが、水郡線の支線である常陸太田まで行く路線は未乗車だったのだ。水戸発の水郡線は10分ほど遅れて出発したので乗り継ぎが心配だったが、わずかの遅れで常陸太田に着くことができた。常陸太田の駅で下車すると何人かの鉄ちゃんが写真を撮っていたので私も真似してみる。
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ここから郡山まではローカル線の長い旅が続くが、たまたまメールを開けたら仕事関係のややこしい問い合わせがあったので、その返事を書いていたら退屈することなく福島まで行ってしまった。福島では1時間ちょっと待ち時間があったのでゆっくりと食事をしてからバスに乗って相馬に向かう。途中には大熊町、飯館村といった原発事故直後によく名前を聞いた地域を通過して相馬に着く。

震災直後のボランティアでは宮城や岩手にはよく出掛けたが、福島には行かずじまいだったのは、無意識のうちに放射能から遠ざかりたかったからかもしれない。いよいよ福島第一原発の間近を通ることになるのだと思うと多少は緊張してくる。といっても、1時間程度の乗車時間中に受ける放射能の量はエックス線撮影の50分の1程度ということなので健康面では問題のないレベルらしい。

原ノ町から代行バスに乗り込むと、定員40人くらいに対して乗車しているのは10人ほどで、そのうち半分くらいの人は写真を撮ったりしていたので私と同様に見学に来た人らしい。
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原ノ町自体はどこにでもある地方都市なのだが、しばらくすると異様な雰囲気となる。国道6号線には多数の車が通過しているにも関わらず沿線には生活の匂いがしないのである。営業している店はなく、人家にも人が住んでいる様子が見られない。まさにゴーストタウンである。帰還困難地域に近づくと、側道は全て封鎖され、沿線のお店や人家も進入できないようになっている。
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おかげでノンストップで渋滞知らずのため、第一原発から一キロの至近距離の地点も気がつかないうちに通り過ぎてしまった。浪江、富岡といった事故直後によく耳にした地点を過ぎてしばらくすると久しぶりに赤信号が現れて、なぜかほっとする気分になった。代行バスの終点である竜田駅には予定よりもだいぶ早く着いたが、駅周辺は夕闇迫る頃だと言うのに、明かりがついているのは駅舎と街灯だけで、人家からは灯りは見えず誰も住んでいないようである。駅前のポストがビニールシートでぐるぐる巻きにされていて投函できないようになっているのが、ここはゴーストタウンであることを物語っている。
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行政的には帰還して居住することには問題はないはずであるが、健康面への影響や生活のことを考えると戻る気にはならないのだろう。旧に復するにははたしてあと何年かかるのであろうか

竜田から先は常磐線は通常通り運航しているので、30分ほど先のいわきで下車して夕食を摂った。ここまで来ると震災や事故の影響は表面的には感じられない当たり前の街となっていた。

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2015年3月24日 (火)

アンコールワット

朝5時過ぎに出迎えの車に乗ってアンコールワットに向かう。道路はアンコールワットに向かうツクツク(座席付のオート三輪車)でいっぱいだ。アンコールワット近くにはゲートがあり、1人20ドルを払って一日券を買う。アンコールワットが見えてくるあたりまで来ると日の出を待ち構えているとみられるおびただしい観光客の数である。我々もうろうろしながら日の出を待つ。上空には薄い雲が出ているのが気がかりである。しばらく待っても日の出をみられそうもなく、何人かは帰りだしたので、我々も帰ろうとするが、ガイドの「中央塔の上から日が出てきた」の言葉で振り返ると、待ち望んだ絶景がそこにあったのだ。春分の日前後は中央塔の真上から日が昇るため、それまでは塔の後ろに太陽が隠れてしまって見えなかったのだ。我々は偶然にこの日に訪れたのだが、この日の特別な日の出を見るために、今日はいつになく人出が多かったようである。ガイドの話では、ここ数日は日の出が見られなかったということだし、天気予報では明日からしばらくは悪天が続くと
のことなので、我々は本当にラッキーだったといえる。これも日頃の行いの賜物だろうか?
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ホテルに戻って朝食を摂ってから、現地ガイドと専用車で午前中はアンコールトム、午後はアンコールワットと日本語ガイドを受けながら観光する。いつもの自由旅行では得難い経験なので有益かつ効率よく観光ができた。年も年だし、たまにはこういった旅行もいいかなという気もした。

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2015年3月23日 (月)

ベトナムからカンボジアへ

ハロン湾二日目の目玉は鍾乳洞見物だ。今まで見た鍾乳洞の中では一番規模の大きなものだった。
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鍾乳洞のある島から船に戻る船着き場のすぐ後ろには100メートルくらいの石灰岩の壁があり、いろいろルートファインディングするのが面白かった。鍾乳洞見物が終わると港に帰るだけだが、すぐには上陸せずに港内で停泊してランチを終えてから上陸してハノイ空港を目指す。

駆け足のベトナム旅行を終えて一路カンボジアに向かう。飛行機を降りたシェムリアップは世界遺産アンコールワットの観光基地となる町である。今日はホテルに行くだけで観光は明日のお楽しみである。明朝はアンコールワットから昇る日の出を見るツアーに申し込んでおいた。そこそこの値段だったことでもあり、ぜひ天気に恵まれて日の出を見たいものである。

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2015年3月22日 (日)

バロン湾

バロン湾
海の桂林と言われるベトナムのバロン湾(世界遺産として知れ渡っているが、ベトナム戦争当時はトンキン湾という名前で新聞紙上を賑わしていた所である)に家内とツアーに来ている。

初日は深夜にハノイに到着し、翌朝は早朝からハノイ市内を観光してから4時間近くをかけてバロン湾にやってきた。昨年クライミングで出かけたタイのブラナンと同様の石灰岩でできた無数の岩峰群である。ただプラナンでは陸地側に多くの岩場があるのに対して、バロン湾ではもっぱら海の中から岩がつきだして無数の島となっているのが異なっている。もっともバロン湾でもクライミングが行われているようであるが、今回は観光オンリーということで事前に調べて来なかったので、どこが登られているのか、さっぱり見当がつかない。

お昼過ぎに乗船したが、小笠原にクルージングした時よりもはるかに小さな船である(定員は20人で日本人は我々だけであるが、珍しくツアー参加となったため、日本語ガイド付の気楽な旅である)。日本人が参加するバロン湾ツアーは半日のスケジュールが多いのだが、今回は一泊ツアーに申し込んであるため、余裕のある行程で珍しい水上生活者の暮らしぶりを垣間見ることもできた。

2日間にわたる行程なのでどこまでいくのだろうと思ったら、夜の間は波の静かな所に停泊したままだったのは予想外であった。まあそれものんびりしていて悪くはないのだが。

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2015年3月14日 (土)

上野-東京ライン乗車等

本当は奥多摩方面にクライミングに行きたかったのだが、同行者が見つからなかったため、3月14日のダイヤ改正に合わせたにわか鉄っちゃんになることにした。

まずは北陸新幹線を撮影するために浮間船渡駅に向かう。以前、荒川マラソンに出場していた頃に新幹線が見えた記憶があるからである。それで駅のホームを降りたところ、埼京線の隣を新幹線が走っているのに気づき、しばらく待って北陸新幹線が通過したところでなんとか撮影に成功した。
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次に荒川に向かい中山道の鉄橋から狙ったのだが、袖壁が高くて天井部分しか映らなかった。ただここは10回連続出場した荒川マラソンのゴール手前の場所だけに懐かしさでいっぱいとなった。
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駅に戻り、赤羽で高崎線に乗り換えて上野-東京ラインに乗車する。今日は車内はてっちゃんでいっぱいである。
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品川で下車して、ここから常磐線の始発に乗り換える。
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東京駅で下車して鉄っちゃんの旅は終えて、皇居ランニングに切り替える。二重橋のコインロッカーに荷物を預けて青梅マラソン以来の一か月ぶりのランニングである。一週目は調子がでなかったが、二週目になると徐々に調子が出始め、前方に格好のペースメーカーがいたこともあって、最近にはないスピードが出るように感じられた(といっても以前に比べると比較にならないが)。どうもそのスピードに体が対応できなかったのか、2週目の終わりあたりで転倒してしまい、肘で脇腹をしたたかうちつけてしまった。直後には息もできないぐらいだったが、しばらく休んだらなんとか歩いて帰ることはできた。

最後にとんだ目にあってしまったが、つくづく無理のできない体になってしまったんだなあと落ち込んでしまった。ケガの方は単なる打撲であってくれればよいが、一両日様子を見て痛みが引かなければ病院にいってこよう。とほほ・・・である。




















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2015年3月 8日 (日)

新潟で鉄道と雪を楽しむ

JR東日本から大人の休日倶楽部十周年記念として4日間乗り放題の切符が15千円で発売されたので、仕事も一段落着いたことだしと新潟県内の鉄道と雪を楽しむために利用してみた。
JR東日本の路線は9割方は乗車済みであるが、比較的近場では新潟駅近辺の何本かの路線と越後湯沢からガーラ湯沢に分岐する上越新幹線の支線は未乗車である。

まずはガーラ湯沢を目指すこととして、せっかくガーラ湯沢まで行くのならスキーをしなくてはもったいないが、道具のレンタルやリフト券の半日分は11時45分からとなっているので、8時過ぎに家を出ても十分に間に合うのである。

久しぶりのスキーでレンタルのシステムに戸惑ったりしながらも、ゴンドラでゲレンデに上がる。まずは初中級者コースで足慣らしをしたが、久しぶりだったこともあって思ってたほど簡単ではなかった。本当はリフトで高倉山の頂上まで上がって滑ってくるつもりだったが、正面から見ているせいかかなりの傾斜があるようでビビってしまった。
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結局は簡単な所を4本ほど滑っただけでお茶を濁し、最後はゴンドラを使わずに2.5キロのロングコースを駅まで滑って終了した。なんとか一回も転ばずにすんだが、それだけスピードを出していなかったということかな。

予定ではガーラ湯沢は7時過ぎに出るつもりだったが、結構滑ったし、まずまずの天気で上越の山々も見渡せて満足しきったので 、5時過ぎにはガーラ湯沢を後にする。ほとんどの乗客は東京方面に向かうようだが、私は越後湯沢で下車して新潟方面に向かう。といっても直接新潟には行かずに、未乗車路線を繋いでいくので、だいぶ遠回りになる。それでも8時前には新潟に着き、駅前のホテルで旅装を解いて旅の1日目はピリオドとなる。

翌日も曇ってはいるが、まずまずの天気で予定どおりに新潟県内JR未乗車路線の旅を続ける。新潟駅から白新線、羽越本線、信越本線、弥彦線と未乗車と乗車済み路線を乗り継いで大回りで弥彦駅に着く。

弥彦と言うとだいぶ以前のことであるが、正月に弥彦神社の参拝客が参道の階段で将棋倒しになる事故の記憶が印象に残っているが、その神社の参拝と背後に控える弥彦山の登山が弥彦訪問の目的でもある。当初は2時間くらいの滞在を予定していたのだが、それでは少しきついので、弥彦駅発もう1時間遅らせるように計画を変更していた。ところが、もう一度計画を確認してみると、変更後では柏崎までの経路が未乗車の越後線ではなく、東三条経由の乗車済み路線となっており、これでは越後線は未乗車のまま残ってしまうことになる。柏崎行きの越後線はなんと3時間に1本しかないのである。そのため、計画を当初のものに直さなければならないが、2時間弱の滞在で目的を達成するのはかなりハードである。
まずは20分ほど歩いて弥彦神社を参拝する。階段で将棋倒しになったというので、長い階段があるのかと思っていたら、10段以下の階段だったので少し拍子抜けした。神社の横からロープウェイ乗場までの無料シャトルバスが出ているということで行列ができていたが、たかだか600メートルの距離ということなので急ぎ足で歩いたところ、途中で目的バスに抜かれはしたが、そのバスの乗客と同じロープウェイには乗ることができた。

ロープウェイの終点から山頂までは15分くらいの登りであるが、雪で滑りやすくて歩きにくかった。山頂からは日本海から蒲原平野まで見渡せたが、天気がいまひとつなのが残念であった。
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山頂に着いた時点での弥彦駅出発までの余裕時間はちょうど1時間しかなかったのですぐに下山に移る。もう1時間あれば下りは歩いて帰ることもできたのだが、山頂から1時間で弥彦駅まで行くのは無理な気がしたので下りもロープウェイを利用する。そのため弥彦駅までは余裕をもって帰ることができ、柏崎までの越後線の未乗車路線も乗車することができた。

これで当初の目的は果たせたので、後は信越本線で新潟駅に戻り、上越新幹線で帰るのが早いのであるが、実はもうひとつの欲張った目的がある。それは今週末に北陸新幹線が開通するのに伴い姿を消す特急「北越」や「はくたか」に乗るために直江津まで足を延ばすのである。柏崎駅のホームには多分同じ目的と思われる大勢の鉄っちゃんがカメラを構えていた。
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直江津駅に着くと、鉄っちゃんの数はさらに増し、ほくほく線の沿線にも多くの鉄っちゃんがカメラを「はくたか」に向けていた。自分にとっても「はくたか」はよく利用させてもらった愛着のある特急であり、最後に乗ることができたのは幸せである。

「はくたか」は雪の越後路をノンストップで通過して越後湯沢に到着した。最後の勇姿をカメラにおさめてから新幹線に乗り継いで、2日間の小さな旅を終えることとなった。
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2015年3月 6日 (金)

リハビリ・クライミング

肘の痛みから1ヶ月近くクライミングを控えていたが、だいぶ具合もよくなってきたようなので、仕事のついでによく出かける入間のジムによってきた。半ばおそるおそるだったが、肘への負担が少ないようにガバのどっかぶりの課題を6級から始める。5級までは一撃で落とせたが、4級となると遠いホールドを取りに行く所がやや難しく3回目のトライでようやく落とす。調子に乗って3級の課題にもトライするが、こちらは簡単には落ちそうもなかった。その後も無理をせずに適当にお茶を濁すが、これからもボチボチと登っていくしかないだろう。

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2015年3月 5日 (木)

スノーシュー山行

スノーシューは数年前の上信国境尾根縦走に際して購入したのだが、未使用のまま藪の中で紛失してしまって以来、いまいましい存在として買わずじまいであったが、今回、南アルプス前衛の守屋山と北八ツのスノーシュー山行の募集があり、いずれも行ってみたいところだったし、スノーシューも貸してもらえるとのことだったので、参加させてもらった。

守屋山はスノーシューをつけるほどの積雪ではなかったが、練習のためにスノーシューを装着してみた。歩き方自体はワカンとだいたい同じようなもので、特に問題はなかった。守屋山は東峰と西峰があり、西峰の方が若干高いようで皆は西峰まで出かけたが、私は故障中の人と一緒に東峰止まりとした。東峰でも十分な展望が得られ、北中南アルプスから八ヶ岳までほしいままの眺めであった。

その晩は参加者の一人の別荘に泊まらせてもらって、女性陣による料理に舌鼓をうちながら、たらふく酒を飲んで楽しい一夜を過ごした。

Snowshoo

翌朝は前日とは打って変わった降雪模様である。ダメもとでロープウェーに乗ってピラタスまで上がる。ロープウェーを降りると思ったほどの悪天ではなく、登り出すと一時的に薄日がさしたり、周囲の山々が瞬間的に望めたりしたので、当初の予定よりもコースを短縮してスノーシューで散策することとなった。途中、ツボ足では踏み抜いてしまうような所でもスノーシューならば沈まないことがわかってスノーシューの威力を実感した。

下山するにつれて天気は悪化したが、無事山麓駅に到着してここで現地解散となった。途中、境川のPAで前回完食できなかったWカツカレーのリベンジも果たし、満足できる山行であった。

 

 

 

 

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