常磐線代行バス
常磐線は主として原発事故の影響で福島県内の大半が不通となっているが、今年1月から代行バスが走るようになったということなので、18切符を利用して福島の今を見てくることにした。
代行バスは上り下りとも1日2便しかなく、日帰りで行ってこようとすると、原ノ町を夕方に出る上りに乗るしか選択の余地がない。新幹線を利用すれば、仙台回りでその電車に間に合うのだが、18切符利用となると無理だ。その代わりに福島から相馬に直行するバスを利用すれば大幅に時間短縮となって悠々間に合うことがわかった。そこで福島までは東北線経由ではなく、水郡線経由で行くことにした。水郡線自体は福島のマラソン大会に参加した時に乗ったことはあるのだが、水郡線の支線である常陸太田まで行く路線は未乗車だったのだ。水戸発の水郡線は10分ほど遅れて出発したので乗り継ぎが心配だったが、わずかの遅れで常陸太田に着くことができた。常陸太田の駅で下車すると何人かの鉄ちゃんが写真を撮っていたので私も真似してみる。
ここから郡山まではローカル線の長い旅が続くが、たまたまメールを開けたら仕事関係のややこしい問い合わせがあったので、その返事を書いていたら退屈することなく福島まで行ってしまった。福島では1時間ちょっと待ち時間があったのでゆっくりと食事をしてからバスに乗って相馬に向かう。途中には大熊町、飯館村といった原発事故直後によく名前を聞いた地域を通過して相馬に着く。
震災直後のボランティアでは宮城や岩手にはよく出掛けたが、福島には行かずじまいだったのは、無意識のうちに放射能から遠ざかりたかったからかもしれない。いよいよ福島第一原発の間近を通ることになるのだと思うと多少は緊張してくる。といっても、1時間程度の乗車時間中に受ける放射能の量はエックス線撮影の50分の1程度ということなので健康面では問題のないレベルらしい。
原ノ町から代行バスに乗り込むと、定員40人くらいに対して乗車しているのは10人ほどで、そのうち半分くらいの人は写真を撮ったりしていたので私と同様に見学に来た人らしい。
原ノ町自体はどこにでもある地方都市なのだが、しばらくすると異様な雰囲気となる。国道6号線には多数の車が通過しているにも関わらず沿線には生活の匂いがしないのである。営業している店はなく、人家にも人が住んでいる様子が見られない。まさにゴーストタウンである。帰還困難地域に近づくと、側道は全て封鎖され、沿線のお店や人家も進入できないようになっている。
おかげでノンストップで渋滞知らずのため、第一原発から一キロの至近距離の地点も気がつかないうちに通り過ぎてしまった。浪江、富岡といった事故直後によく耳にした地点を過ぎてしばらくすると久しぶりに赤信号が現れて、なぜかほっとする気分になった。代行バスの終点である竜田駅には予定よりもだいぶ早く着いたが、駅周辺は夕闇迫る頃だと言うのに、明かりがついているのは駅舎と街灯だけで、人家からは灯りは見えず誰も住んでいないようである。駅前のポストがビニールシートでぐるぐる巻きにされていて投函できないようになっているのが、ここはゴーストタウンであることを物語っている。
行政的には帰還して居住することには問題はないはずであるが、健康面への影響や生活のことを考えると戻る気にはならないのだろう。旧に復するにははたしてあと何年かかるのであろうか
竜田から先は常磐線は通常通り運航しているので、30分ほど先のいわきで下車して夕食を摂った。ここまで来ると震災や事故の影響は表面的には感じられない当たり前の街となっていた。
| 固定リンク
「旅行」カテゴリの記事
- ベトナム旅行記(後半)(2025.01.22)
- ベトナム旅行記(前半)(2025.01.18)
- 小樽からの帰京(2024.07.16)
- 釧路から旭川への移動(2024.07.15)
- ひたち海浜公園 はとバスツアー(2024.04.25)
コメント