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2015年4月 9日 (木)

歴史認識

昨夜のプライムニュースで右翼の論客の西部あまねと石原慎太郎が歴史認識を巡って、戦前の日本が歩んだ道は、個々の局面では行き過ぎもあったかもしれないが、全体をみれば欧米列強に対する自立のためのものであり、太平洋戦争を侵略戦争とみるのは間違っているという暴論を述べていたが、それこそ全体を見ずに個々の自分たちの意見に都合の良い部分しか取り上げていない議論であると言わざるをえない。

仮に百歩譲って、日露戦争・朝鮮併合までは列強(特に南下するロシア)に対する自立のための側面があったとしても、それらの圧力が弱まったのを幸いとして火事場の泥棒的に大陸への進出を強め、ついには傀儡国家である満州国をでっち上げて、中国の正統政府と全面対決に至る過程は侵略戦争と呼ばずになんと呼べよう。そして軍部が主導権を握っていく下では、 アメリカを中心としたいわゆるABCD包囲網が圧力を強めていくのに対しては日本の選択が極めて限られてしまったのも事実である。そうなる前に日本として取りうる選択がなかったのかが重要である。その場合に一番問題となるのは明治における日本という国家の作り方である。経済的には地主小作制度を温存し(天皇家が最大の地主であった!)、国内の購買力が乏しいがゆえの体外進出を容認する国民的合意が形成されてしまったことである。一方、政治的には山県有朋の後世に対する二大大罪ともいうべき、統帥権の独立と治安維持法の制定で、軍部の独走と民主主義の弾圧が行われる下地
を作ってしまったことがあげられる。日露戦争までの日本という国家のありようは、けっして司馬遼太郎のいうような明るい時代ではなく、後の暗黒時代を作り出す爆弾を抱えてしまった時代だといえる。そのような認識にたてば、ルーズベルトは日本の開戦を待ち望んでいたなどと、あたかも戦争の責任はアメリカにあったかのごとき議論は、木を見て森を見ないね皮相に見方としか言えない。
肝心なのは過去を反省して、将来同じような過ちをしないことにあるが、過去を反省しようとしないものが主流となってしまった国はいつの日か、大きな苦難を国民にしわ寄せすることになるであろう。

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