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2015年5月

2015年5月31日 (日)

百名山97座目の荒島岳登頂

荒島岳は百名山の中で最も登りたくない山だった。百名山でなかったらおそらく誰も知らない不遇の山であったろうに、選者の深田久弥の故郷の山ということで選ばれただけの百名山に最もふさわしくない山だと自分は思っているからである。そんな山に登る気になったのは、百名山のゴールが間近になったこともあるが、北陸新幹線の開業も大きい。JR全線乗車を目指している自分にとっては、荒島岳に登ることにひっかけて、北陸新幹線と越美北線の二つの未乗車路線に乗れるのは一石二鳥である。ついでに、このあたりでは一番有名な能郷白山も登り(深田久弥も荒島岳といずれを百名山とすべきか迷ったらしいが)、さらには帰り道に永平寺に泊まって座禅を組んでこようという欲張りな計画である。

荒島岳の登山口である勝原までは新幹線経由で切符を買うと往復で32千円くらいだが、大人の休日倶楽部会員限定の北陸フリーきっぷだと22千円とお買い得である。さらにこのきっぷを買うと座席指定もできるのだが、出発間際だったため、全車指定席のかがやきの乗車予定列車は満席であった。自由席のあるはくたかでも間に合うのだが、福井駅での待ち合わせが短かくなってしまうため、やはりかがやきで行きデッキで立ちっぱなしで過ごすことにした。もっとも長野駅でほとんどの乗客は降りてしまったため、空いた席に座ることはできたのだが・・・
金沢駅と福井駅では1時間近くの待時間があったが、中途半端な時間だったので無為に過ごす。

荒島岳の登山口の勝原は終点の2つ手前だが、越美北線の全線乗車を目指すために終点の九頭竜湖までいってから勝原に戻って、荒島岳に登り始める。コースタイムは6時間強だが、4時間弱で登らないと数時間に1本の電車に乗り遅れてしまい、後の行程がかなり厳しくなってしまう。標高差約1200メートルは大倉尾根とほぼ同じなので十分勝算はあったのだが、3時近くに取り付いたせいか、下山してくる登山者からは「今から登るんですか?」と何度も聞かれる。結局、頂上に着いたのは5時10分で2時間20分かかった計算になる。
百名山97座目の荒島岳登頂

すぐに下山を開始するが、乗るつもりだった電車には30分近く遅れてしまう。これからどうするかを腹ごしらえしながら思案する。最終電車までは2時間近くもあるので、自転車で出発することにする。能郷白山の登山口である温身峠まで40キロ以上登って仮眠をするつもりであったが、走り出した途端に雨が降ってきて気勢を削がれる。

しばらく進んだ所で自販機が現れ、左方向に山に向かう道が分岐している。この道は、当初予定していた越前大野駅から能郷白山登山口に向かう道に合流しているはずだが、どうも気が進まない。今は9時過ぎなので登山口に着く頃には日付が変わっているだろうから、雨の中、暗闇の登り坂を長時間ペダルを漕ぐことになる。しかもテントを持参してない今回は雨の中で仮眠しなければならない。やめよう!能郷白山は次の機会に回し、今回は大野市内に宿を求めることにしようと気が変わってしまった。

大野市内の旅館で旅装を解いて寛いでいると、家内からメールがあり、体調が良くないので帰ってきてほしいような文面である。心配するような状態ではないようだが、知らせをもらった以上は帰らざるをえない。永平寺も次回としてキャンセルするか。能郷白山を諦める気になったのも、虫が知らしたのかもしれない。能郷白山に向かってたら簡単には帰れなくなるのだから。

翌朝は大野の町をぶらついてから福井方面に向かう。大野という町は事前になにも調べてこなかったが、昔の風情を残したなかなか魅力的な町である。たまたま月に二度開かれる朝市の日にぶつかったが、よくある観光客目当てのものではなく、地元の人相手に近在の野菜を道端で販売する本来の市であった。

大野からは、そのままJRに乗って帰ってもよかったのだが、時間が余っているので自転車であちこちを観光することにした。まずは一乗谷の朝倉家の遺構に立ち寄る。建造物はなにも残っていないので、今一つピーンとこない(想像力の欠如か)。その代わりに近くに史料館があったので、そちらで、いろいろと興味深いものを見ることができた。次は永平寺である。今晩の参籠をキャンセルしたので、せめて参拝だけでもと出掛けてみた。

峠の登りがなかなか厳しく、一度は歩いてしまった。永平寺はさすがに名前が通っているだけあって観光客で賑わっていた。自転車を停める場所がわからなかったので、近くの土産物屋の奥で食事をとることにして、店の横に自転車を置かせてもらった。注文したのはもちろん精進料理である。本当ならば、今晩食べたであろう料理を一足先に頂く。意外とボリュームもあり美味であった。
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肝心の永平寺であるが、拝観料は500円とられたが、仏殿から法殿まで広範囲に参拝することができ、撮影もお坊さんの顔さへ撮らなければ自由と、他のお寺ではなかなか見られない開放的なお寺であった。
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1時間近くを過ごしてから、一路福井を目指して山を降りる。尻切れトンボ気味ではあったが、終わってみれば盛り沢山の2日間であった。

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2015年5月27日 (水)

富士山高所&ロープワークトレーニング

マッターホルンに向けて富士山に高所順応とロープワークトレーニングに行ってきた。

 

海外の高い山に登る前には富士山で高所順応を行うことは決まりごとのようになっているが、今回はその他にクレバスに落ちた場合に備えてのトレーニングも併せて行うこととした。マッターホルン自体はクレバスのない山であるが、天候等のために氷河のある山に転進する可能性もあるため、それに備えてのトレーニングである。

 

山開き前にも関わらず、富士宮口はシーズン並の人出である。最初の1時間は獲得標高400メートルといいベースだったが、しだいにペースが落ちて結局は頂上まで6時間近くかかってしまった。

 

テントを設営した後、小屋の裏手でクレバス墜落時の対処方法をテストしてみた。

事前に書物で勉強してきたのだが、まさに畳の上の水練で思うようにはいかなかった。問題点か明らかになっただけでも収穫があったと無理やり納得し、寒くなってきたこともあり、早めにテントに戻る。

 

翌日は天候悪化が必至と思われたため、明るくなると同時に下山と決めて早めに寝袋に入る。四人用テントに四人が寝たため、狭くもなく広すぎもなく、寒さも感じることなく快適な一夜を過ごした。

 

翌朝は曇ってはいるものの思ったほどの悪天ではなかったが、予定どおり明るくなると同時に下山に移る。夏道通しにも行けるが、雪渓の方が早いのでそちらを降りていく。ただ、仲間がひとり日帰りて富士登山にくることになっていたので、すれ違いにならないように、私ともうひとりは途中から夏道を降りることにした。

 

仲間とは八合目の下で出会う。しばらく話をした後、お互いの健闘を約して別れる。五合目には雪渓組よりも30分遅れて到着し、荷物を整理した後、やり残しのロープワークの続きを行うべく、三塚公園に向かう。

 

公園に着いた頃には天気も回復し、富士山が雄大な姿を見せていた。早速ロープワークの続きを行う。たっぷりと時間をかけたせいか、ある程度は要領もわかってきた。ただ実戦に使うにはもう少し練習が必要だが、できれば使わずじまいでいたいものだ。

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2015年5月18日 (月)

坂東三十三箇所札所巡り鎌倉2回目

前回回り損ねた鎌倉の札所2ヶ所を目指す。その前に横浜中華街で食事をということで息子の車で家内と3人で出かける。

日曜のためか中華街は凄い人出である。店が多すぎて迷ってしまうが、適当な店を見つけて入る。お店ご推奨のセットメニューを注文するが、まずまずの味であった。

食後の予定については、事前には家族には告げてなかったので、場合によっては一人でも鎌倉に行くつもりだったが、全員で行くことになった。

道は鶴岡八幡宮の手前で今日はじめての渋滞にあったが、さほどのこともなく鎌倉駅の近くまで来ることができた。ここから家内と二人で三番札所の安養寺に向かう。

歩き出して間もなく目的地に着くが、他には参拝者もいない静かなお寺であった。5月上旬はツツジが見事らしいが、ちょっと時期が遅かったようである(空いていたのはそのせいかもしれない)。また、田代観音という観音様が境内にあるはずなのだが、わからずじまいであった。
坂東三十三箇所札所巡り鎌倉2回目

少し先のコンビニに停車していた息子の車に乗って四番札所の長谷寺に向かうが、もの凄い渋滞である。歩いた方が早いくらいだったので、途中から家内と歩き出す。ほどなく長谷寺に着き拝観料300円を払って入場する。先ほどの安養寺と違い境内は観光客で溢れていた。人気があるだけあって、境内はなかなか趣きがあり、湘南海岸が見渡せる展望も得られて拝観料の価値は十分あった。また坂東三十三番札所の四番目にして初めて観音様を拝むことができた。
坂東三十三箇所札所巡り鎌倉2回目

長谷寺から大通りに出たあたりで息子の車に拾ってもらって帰宅の途に着く。横浜市内に入る手前で多少の渋滞にあった以外は息子の的確な経路選択のおかげで順調に帰ることができた。

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2015年5月 9日 (土)

大英博物館展

a家内と上野の国立博物館に鳥獣戯画展を見に行ったら、待時間が3時間と聞いてあきらめ、東京博物館の大英博物館展を見てきた。

7つの海を支配してきた大英帝国が世界中から集めた(中には強奪に近いものもあるかもしれないが)文明発祥から現代に至るまでの膨大な遺産として本場の博物館に貯蔵されているもののなかから100点をセレクトしたものが展示されていた。1時間ちょっとで見終わったが、そこそこおもしろいものであった。

二人ともイギリスには行ったことはないが(私はロンドン空港で一夜を明かしたことはあるが)、いつか本物の大英博物館に足を運ぶことがあるだろうか?
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2015年5月 7日 (木)

尾瀬~那須縦走計画

先日、浅間山(前掛山)に登ったので、関東国境尾根縦走も残すところは、福島県境だけとなった。そのうち、福島・茨城県境は道らしい道がないだけでなく、山脈と言えるようなところもほとんどないようなので、さすがに歩く気はせず、以前に県境付近の林道を自転車で通過したことで代替するとなると、残るは福島・栃木県境である尾瀬~那須縦走がターゲットとなる。ここを縦走するにはどのくらい時間がかかるのか調べようと(市販のガイドブックはない地域なので)、過去に縦走した人の記録からまとめると次のようになる。
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なんと延べ100時間近くかかってしまう計算となる。

縦走する人はほとんどいない山域なので残雪の時期でないと通過が困難かもしれない。来年のGWはうまくいけば10連休とれるかもしれないが、そんな長期の山行をする体力があるかどうかは別としても、1回では無理っぽいので2~3回はトライするつもりでやってみたい。

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2015年5月 4日 (月)

百名山96座目

自転車で登山口まで行くという計画が昨日のトラブル(チェーン切れ)でだめになったので、自転車は駅の駐輪場に停めて、小諸からバスで車坂峠に向かう。車坂峠は2千メートル近くあり、頂上との標高差は500メートルちょっとしかないので楽だろうと思ったのが甘かった。浅間山本峰及びその支峰の前掛山(今日の目標の山)は外輪山に囲まれた昔の火口原の中に生まれたピークなので、一度外輪山から火口原に降りた後にもう一度頂上を目指さなければならないので、なかなか大変な山登りなのである。

車坂峠には9時半に着き、すぐに登りだす。先日の塔ノ岳のタイムトライアルほどではないが、多少リキを入れて登ったので、先行者をゴボウ抜きしていったが、それでも3時間もかかってしまった。
百名山96座目

浅間山本峰は噴火の危険があって立ち入り禁止なので、百名山を目指すている人は隣の前掛山登頂をもって浅間山登頂としているようで、私も不本意ながらそれに従うことにした。前掛山の頂上で大休止している人も結構いたが、御嶽山の例もあるので、シェルターの所まで戻ってから食事を行った。食事中に見ていた限りでは、立ち入り禁止の本峰に登ろうとする者はいなかった。ネットではかなり違反者がいるように書いてあったが、御嶽山の事故が影響しているのかな。

車坂峠に戻ったのが3時半で、後は4時過ぎに出る小諸方面行きのバスに乗れば本日は終了となるはずだが、そうは問屋が卸してくれない。尾瀬から延々と続いている国境尾根縦走が一山向こうの地蔵峠までで途切れているので、この際に繋げておこうと考えたのだ。本来は尾根通しに繋げるべきだが、時間的に難しいので山腹を巻いている林道を利用することにした。関東国境尾根縦走といっても、必ずしも全て尾根通しにいっているわけではないので、この程度のことは大目に見てもらおう。

車坂峠から地蔵峠までは林道経由で8.5キロ、さらに地蔵峠からはしなの鉄道の滋野駅まで13.4キロあり、合計で約22キロとなる。百名山を終えてからこんなに歩くなんて、テレビでやっていた百名山一筆書の田中陽気みたいだ。しかも滋野駅発9時1分の電車に乗らないと今日中には帰宅できないのだ。22キロを5時間で行かなければならないので時速4.4キロで行かなければならないが、疲れた体で荷物を背負いながらとなるとハードルはかなり高くなる。

まずは地蔵峠までの8.5キロである。地蔵峠は車坂峠よりも200メートルくらい低いので緩い下りが続くだろうから2時間で行けるだろうと思っていた。ところが、途中の尾根を越えるところで300メートル近い登りとなり、地蔵峠までは2時間半を要してしまった。滋野までの13.4キロを2時間半で行かなければならないこととなり、時速6キロ近いスピードが必要なので、最初は急ぎ足、次は駆け足となる。滋野駅のだいぶ手前にコンビニがあり、前回はそこで休憩したものだが、今回は時間ギリギリとなってしまったので素通りして、車坂峠から飲まず食わずで滋野駅を目指す。発車時間数分前にGPSでは滋野駅に到着したはずだが、駅舎が見当たらない。あたりをキョロキョロしていると、あった!すぐに切符を買ってホームにかけ上がると、ちょうど電車がやって来るところだった。危ない所だったが、なんとか滑り込みセーフとなれた。

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2015年5月 2日 (土)

チェーンが切れた!

GWは仲間との日程調整等が合わす、一人で浅間山周辺をサイクリング&ハイキングするつもりで横川に向かった。浅間山は本峰が火山活動により、長らく立ち入り禁止となっていたため、それが解除されてから登るつもりであったが、一向に解除される気配がなく、逆に現在は立ち入りが認められている前掛山もいつ立ち入り禁止となるかわからない状況となってきた。因みに、現在は前掛山登頂をもって百名山のひとつの登頂と見なされているらしい。なにやらインチキめいた気がしないでもないが、他の百名山でも伯耆大山や石鎚山は最高峰をまだ踏んでないことでもあるし、とりあえずは前掛山でもいいから登ってしまって決着を着けてしまいたいということから前掛山登頂を試みることにした。もちろん機会があれば、それぞれの最高峰に登るつもりではあるが

横川から先は、旧中山道を碓井峠まで歩いた外、鉄道マニアの息子が小さい時に廃線となった信越本線を訪ねて廃線跡を「めがね橋」まで歩いたことがあるが、今回は国道を碓井峠まで越えていこうというものである。その外に横川から軽井沢までのバスにはよく乗ったが、これはずっと南側のバイパスを通るもので碓井峠は通らない。

相変わらず他のサイクラーには抜かれっぱなしになるが、マイペースで進んでいく。有名なめがね橋では、昼食をとりながらゆっくりと見物する。めがね橋はてっきり信越本線が廃止されるまで使われいたのかと思ったら、昭和38年に新線ができたときに廃線になったそうである。

碓井峠まで後6キロくらいとなり、30分くらいかなと思った時に「事件」が起きた。踏み込んだペダルが空回りしたので足下を見るとチェーンがたるんでいる。最初はチェーンが外れたのかと思ったが、そうではなかった。チェーンが切れるという恐ろしい事態が起きてしまったのだ。

進むべきか退くべきかの選択を迫られた。横川までは下り一方なので、チェーンが切れていてもさほど問題はない。ただ、このまま帰宅してしまうのならばともかく、軽井沢に向かうのであれば、高崎まで戻って新幹線に乗り換えなければならないので、随分と遠回りになってしまう。それならばこのまま碓井峠までは自転車を引っ張りあげ、峠からはしばらくは下りとなるので、中軽井沢郊外のキャンプ場まで行ってテントを張り、翌日は駅に自転車を置いてバスで登山口に向かい、前掛山を登って帰ることにした方がいいと判断した。

中軽井沢から歩いても15分程度の至近距離にある湯川キャンプ場は近くにコンビニもあって便利である。ただ軽井沢という土地柄のせいかキャンプ料金が2千円と高いのには驚いた。いつもは暗くなってからテントを張ることが多いのに、こんな日の高いうちからテントを張ってしまったので時間を潰すのに苦労する。まあコンビニが近いことでもあるし、酒でも飲んで過ごすことにすか。
チェーンが切れた!

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