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2015年7月

2015年7月22日 (水)

初収穫

午前中の暑くならないうちに畑に行き、今年初の収穫をしてきた(厳密に言うと1月の初めにも昨年秋に栽培した白菜とホーレン草の最後の収穫をしたが)。収穫はミニトマトと枝豆である。枝豆は茹でてもらってビールのつまみとしたが、この一瞬を味わいたくて、遠くの畑までわざわざでかけているようなものである。ミニトマトはそのまま食べても新鮮でうまかったが、昼食のスパゲッティの具に加えて食べてもうまかった。

 

午後は冷房をガンガン効かせた部屋でパソコンを動かしていたが、あまり快適なので、ついつい昼寝付きとなってしまった。

 

夕方になって外の暑さが和らいだ頃になって、今日も国会へと出掛けて行く。

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2015年7月21日 (火)

安保法制を再び考える

安保法制を再び考える
新宿駅前の安保法制反対街頭宣伝活動に行ってきた。

 

衆議院で強行採決された安保法案については憲法学者のほとんど全員が違憲と判断しており、政府の見解は最高裁の砂川判決などというトンチンカンな屁理屈をこねくるだけなので、違憲かどうかについては議論の余地がないものとしてこの際は置いておくとして、本質的な問題である安保法制自体の問題点について検討してみたい。

近隣に北挑戦のようなギャングまがいの国や中国のように覇権を振りかざす国が大手を振っている現状では安保法制の必要性が高まっているという政府の主張は一見もっともなような印象を与えかねないが、安全保障は外交努力その他の非軍事的行動によってもたらされることが原則ではあるものの、軍事的行動も必要となることがあるという立場をとった場合でも、国民を大きな不幸に落としかねない軍事行動の発動には厳格な条件が不可欠となるものである。現在の法案は存立危機事態についての抽象的な三要件を設けることによって、為政者に軍事行動発動のフリーハンドを与えしまう結果となるだろう。安倍や高村のバカは要件を具体化することは安全保障のリスクを高めるからできないと言うが、為政者にとってはたしかにリスクかもしれないが、要件をあいまいにして為政者にフリーハンドを与えてしまうことによって国民を戦争に巻き込むリスクの方がはるかに危険なことを知るべきだろう。

結論としては、仮に安保法制が必要だとしても、軍事行動の発動に際しては厳格な要件が必要不可欠であるとともに、必要な情報は特定秘密保護法の対象から外して開示すべきであろう。今の法案のままだと国民不在のままで戦争に突入してしまうことになりかねず、さらには戦争をやりやすくするために徴兵制の導入や言論統制といった戦前復帰が起きかねない。そうならないためにも、今が正念場と腹を決めて、安保法制反対の行動をとっていくしかないであろう。

 

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石巻の今

石巻の今 例によって早起きをしてしまったので、朝食前に石巻の今を見に行く。まずは日和山公園を目指す。ここは芭蕉の奥の細道にも登場する景勝地であるが、高台にあって津波の際に石巻市民が避難するために登って行った所である。震災後のボランティアで訪れた際にも何度か登ったことがある。ここからは津波で壊滅的な被害を受けた沿岸部が一望できるが、今は瓦礫もすっかり撤去されていた。かっては人も多く住んでいたらしいこの地も津波の危険から居住地ではなくなり、倉庫などの非居住建物が点在するのみである。

 

日和山から町に戻り、かってボランティアで訪れた商店街に行ってみるが、町の賑わいは戻ったようで安心する。

 

ホテルに戻って朝食をとる。素泊まりに500円アップでのサービスなのであまり期待はしていなかったが、なかなか豪華な食事で他所で食べたら1000円はするだろうと思われる内容は実にお値打ちであった。

 

仙台に戻り、その気になれば新幹線で午前中にも帰宅できるのであるが、せっかく週末パスがあるのだからと各駅停車の旅を続ける。
郡山からは東北本線を離れて磐越東線でいわきに向かう。勝田から関東地方では残り少なくなった未乗車のひたちなか海浜鉄道に乗るためである。同鉄道は週末パスでも利用可能となっている。こんな機会でもないとまず乗ることもないだろう。

 

ひたちなか海浜鉄道は那珂湊からは海沿いを走るのだが、海岸線からは多少離れているため、車内から海が見えないのは看板に偽りありと言えないこともない。
終点の阿字ヶ浦も特に見るべきものもないようなので、駅の外には出ずに、乗ってきた電車でそのまま勝田に戻り、勝田からは常磐線で帰途に着いた。

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2015年7月19日 (日)

復旧仙石線

復旧仙石線 国会前抗議行動も中休みとのことで、土日切符を利用して、今年の5月に全線復旧した仙石線を乗りに行った。土日切符は東北南部までのJR東日本の路線をがフリーパスなのだが、それだけでなく、沿線のかなりの私鉄も乗車できるので、福島から仙台近くまで通じていて前から気になっていた阿武隈急行にも乗ることにした。

 

今回は時差ぼけからの回復が遅く、今日も夜明け前から目覚めてしまったので、予定よりも1時間ほど早く家を出たが、阿武隈急行の本数が少ないため、福島以降の行程は当初の予定と同じくなってしまった。

 

仙石線の復旧に際して、快速運転をする東北線経由の仙石東北ラインというのが新たにでき、各駅停車の仙石線とは別ホームになってしまったため、初めての者にとっては非常に分かりにくなってしまった。自分も危うく各駅停車の仙石線ホームに行くところであった。乗り換え時間がそこそこあったので問題はなかったが、そうでなければ大いに焦るところであった。

 

3年ぶりの石巻は駅前に降りて見た限りでは表面的には震災や津波の爪痕は残ってないようであった。もっとも駅前は比較的高台にあって津波の直接的な被害は受けてなかったが、沿岸部の今がどうなっているかは、明朝にでも確認しておこう。

 

石巻で早目の夕食代わりのサンドイッチを食べて、女川に向かう。3年前に自転車で通った時は、津波によって壊滅的な被害を受けていた線路も見事に復旧されているし、漁も昔どおりに再開されているようだ。

 

女川に着いたときは4時半過ぎだったので、牡鹿半島に足を伸ばすことにした。あわよくば半島の先端まで行ってみようと進むと、「住宅があるのでスピードを落とすように」との表示かある。こんなところに住宅がと思ったら、仮設住宅であった。震災津波はまだ過去の出来事ではなかったのだ。

 

女川原発の手前に6時前に着いたが、このペースでは半島先端までは無理と判断して引き返すことにした。夜道なので慎重に乗ったこともあるが、予約していた石巻のホテルに着いたのはチェックイン予定時間の9時だった。あそこで引き返したのは正解だった。

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3日連続の国会前抗議行動参加

土曜日も国会前に行ってきた。今日は雨模様にも関わらず今までで一番の参加者数だったが、それでも主催者発表で六千人に過ぎない。東京都の人口の0.1パーセントにも満たないのだ。安部政権の支持率が4割を切り、安保法制反対の声が圧倒的多数を占めていると言うのになんたることか。10万人規模の民衆が国会を取り巻くくらいになれば、「独裁者」安倍晋三もさすがに慌てだすだろうに、なぜ多くの国民は立ちあがろうとしないのだろうか
そうなることを信じて、これからも可能な限り国会前に出かけることとしよう。

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2015年7月17日 (金)

本日も国会前

本日も国会前
昨日に続き、国会前の抗議行動に参加する。いつまで続くことやら

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2015年7月16日 (木)

安保法制反対集会

安保法制反対集会
衆議院で安保法制が強行採決された今日、抗議の意思を表明するために国会前の反対集会に参加してきた。本当は委員会で強行採決された昨日も行くつもりだったのだが、あまりの暑さに日よってしまった。なんとも我ながら軟弱なことである。

60年安保のあの反対運動の高まりの中でも、声なき声とかうそぶいて、民意を黙殺してしまった民主主義の敵である岸信介のDNAを強く受け継いでいる安部のことだから、いくら反対集会で抗議しようが、蚊に刺されたほども感じないだろうことは百も承知だが、それでも抗議の声をあげずにはいられない。

それにしても参加者の顔ぶれをみると中高年が圧倒的で若者が少ないのはどうしたことか。かつての全学連のような運動がなくなったという背景もあるだろうが、今回の法制の行きつく先に危惧される徴兵制が実施されたら、真っ先に被害を被るのは若者だというのに

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2015年7月15日 (水)

今日のマッターホルン

Photo
web cameraで見るとほとんど雪がない

大勢登っているんだろうな

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2015年7月 3日 (金)

帰国

長かったような短かかったような今回のアルプス登山もいよいよ最終日である。目標としていたマッターホルンは想定外のアクシデントのために登れなかったが、自分としては当初は登るつもりこそなかったものの、結果的にはモンブランに登れたのでよしと考えよう。

 

帰りのフライトは夜なので、その気になれば、シャモニ周辺の観光も十分可能なのだが、主な所はいきつくしてしまっていたので、シャモニの繁華街をぶらつくだけで時間つぶしをおこなった。

 

5年前にシャモニを訪れた時も、これが最後と思ったものだが、今度こそは正真正銘の最後の訪問となるだろう。シャモニ周辺の著名なルートのいくつかは登ったし、モンブラン山群を一周するツールドモンブランも半分以上は歩いている上に、今回はモンブラン登頂もできたので、これ以上望むのは贅沢というものであろう。

 

ほぼ丸一日をかけて我が家に帰り着いたが、晴天続きのヨーロッパと異なり、こちらは梅雨の最中であった。

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2015年7月 2日 (木)

シャモニの休日

予定よりも早くモンブランから降りられたので、今日一日は何もすることかなく、ぶらぶらと一日を優雅に(無意味に)過ごした。仲間は天上の湖と言えるラックブランに出掛けたが、私は行ったことがあるので、今回はパスすることとした。コインランドリーで洗濯をしたり、帰りの空港までの乗り物の確保をしたりして時間を潰し、夜は全員て打ち上げをを行って今回の登山のピリオドとした。

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2015年7月 1日 (水)

モンブラン登頂

モンブラン登頂
夜中の2時にコスミック小屋を出発してモンブランを目指す。モンブラン直下4500メートル付近で高山病の症状により体調不良となったメンバー1人が残ることとなり、残りのメンバー四人で山頂を目指す。

12時までに多少の時間差で四人が登頂し、すぐに下山を開始する。途中でリタイアしたメンバー1人と合流して帰路を進む。

高山病にかかった人もだいぶ元気になったようでこのまま何事もなく終わるかと思いきや、コース唯一の難所の緩い傾斜の壁の下部で1人が転落して足を捻挫するアクシデントが発生する。ヘリコプターを呼べて、負傷者だけでなく残りのメンバー全員もヘリコプターで下山することができたのはラッキーだった(しかもタダで)。おまけに私ともう1人のメンバーはレスキュー隊員の悪い冗談で、シャモニでなくイタリヤ側に下ろされると言われたり、3時間以上はかかるコスミック小屋まで歩けと言われたり散々だった(実際に乗り継ぎのためにコスミック小屋下の台地に下ろされた時は、そこから小屋まで歩くことを覚悟したものだが)。さらには我々二人はホバリングしているヘリコプターから下ろされたワイヤーに吊り下げられたままで飛び立ったので、このままの格好で麓まで行くのかと思いきや、しばらくしてワイヤーが引き上げられてヘリコプター内に収容されたのでホッとしたが、貴重な体験をすることができた。
ユースホステルに着いたのが8時過ぎだったので、周辺の店屋も閉まっていて、ホステルの地下でビールを飲んだだけで夕食代わりとしてしまったが、おかげで2日続きの禁酒とはならずに済むことができた。

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