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2015年9月

2015年9月28日 (月)

NGOでの初仕事

難民支援をしているとあるNGOの会員になってからの初仕事に行ってきた。と言っても難民支援に役立つ特別のスキルを持っているわけではないので単なる雑用である。今日の仕事は、そのNGOが販売しているカレンダーを発送するための袋入作業である。作業自体が苦痛と言うわけではないが、こんな時間は本業で稼ぐために使って、その収入を寄付した方がよっぼど効率的ではないかという考えが時々頭をもたげてくる。

まあ効率を求めてボランティアをやっているわけではないし、こうやってカレンダーを配布することによって、NGOの収益に役立つ以外に、カレンダーの受取側の難民支援への理解も広がっていくのだろうし、それに協力できているのだから、まあいいかと自分を納得させる。

当面はこんな作業くらいしかできないだろうが、おいおいとボランティア本来の仕事もできるようになりたいものだ。

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2015年9月27日 (日)

坂東三十三ヶ所小田急沿線編

夏の間は暑さに弱い家内のことを考えてお休みしていた坂東三十三ヶ所札所巡りの再開である。前回は小田原郊外の五番札所までお参りしたので、順番からすると六番札所となるのだが、六番札所からの帰り道に日帰り温泉があって立ち寄る予定なので、順不同となるが、七番札所の方から先にお参りすることにした。

秦野駅から平塚行きのバスに乗るのだが、次の六番札所に行く時に乗るバスも同じ神奈川中央バスなので1日乗車券を購入することにした。てっきり1日乗車券を渡されるのかと思ったら、suicaカードに1日乗車の情報を書き込むというものであった。乗降時にカードをタッチする際に通常の料金も差し引かれて二重払いになってしまうのではないかと心配したが、そんなことはなく杞憂であった。

七番光明寺はバス停裏手の至近距離にあり、参拝者も二組ほどあった。帰りのバスも停留所に着いた時は発車時間は過ぎていたが、遅れていたようですぐに乗れてラッキーだった。
坂東三十三ヶ所小田急沿線編

秦野駅に戻って昼食をとってから小田急線で本厚木に戻り、六番札所の飯山観音に向かう。バス停を降りてから登り坂を20分ほど進むが、暑い盛りでなくて汗もさほどかかずに済むのは助かる。小高い丘の上に建っ飯山観音は聖武天皇建立の由緒あるお寺のようでお大師様の像も建っていた。
坂東三十三ヶ所小田急沿線編

坂東三十三ヶ所小田急沿線編

参拝が終ってバス停近くの日帰り温泉に立ち寄る。1時間千円はちょっと高い気もしたが、温泉好きな家内へのサービスと考えればやむを得ない。1時間後に風呂場出口付近で家内と待ち合わせることにしたが、カラスの行水の私は、入浴後もしばらくは脱衣場で汗が引くのを待っていた。その時、脱衣場の扉が勢いよく開いたかと思うとすぐに閉まってしまった。横を向いていたので姿は見えなかったが、多分女の人が間違えて入って慌てて出ていったのだろうと思った。後で家内に聞いてみたら、最初は貸し切りだったが、途中で若い子が入ってきたとのことである。脱衣場の前には大きく殿方用と書いてあったのだが、奥の方にあったので、女性用と信じて疑わなかったのかもしれない。私が脱衣場にいたからよかったものの、入浴中であったならばどういうことになっていたかどうか。惜しかったという気持ちとやっかいなことに巻き込まれずによかったという気持ちがあい半ばである。

本厚木駅に戻り、すぐ先の座間駅で降りて、本日最後の八番札所星谷寺に向かう。駅から歩いて数分の所にあったが、5時を回っていたためか本堂は閉まっていてお賽銭箱も見当たらなかった。昼間でも星が見える井戸の外の七不思議があるらしいがわからずじまいであった。
坂東三十三ヶ所小田急沿線編

今回で神奈川県の札所は全て終わり、次回からは埼玉県に移ることなる。

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安倍の「1億総活躍社会」論は笑止千万

安倍の「1億総活躍社会」論には笑ってしまう。その狙いは安保(戦争)法制反対で高まる安倍批判から目をそらそうとしていることには間違いないが、もうひとつの狙いには彼の敬愛する祖父の岸信介が日米安保条約を成立させた後に次の首相となった池田隼人が所得倍増政策を打ち出して、日本の高度経済成長を牽引していった歴史が念頭にあって、自分は先人二人と違い、たった一人で政治と経済の両面で成果をあげた政治家として歴史に名を残したいという野望もあるのだろう。

安倍が「1億総活躍社会」をどれだけ真剣に考えているのかは知らないが、中国や韓国が批判しているのとは別の意味で彼の歴史認識の浅はかさには呆れ返ってしまう。というのは池田政権が登場した時と今との経済や政治の違いを全く無視しているからである。所得倍増の頃は日本は潜在的な経済成長力の高い時代であった。すなわち、人口構成も若い世代の多いビラミッド形でボリュームも増加している経済成長を支える土台があり、敗戦の復興から立ち上がって、良いものを作れば売れるという国内市場が見込め、一方、摩擦はありながらもアメリカを中心とした海外市場も広がっているという恵まれた環境にあったのである。それに対して今はその条件は全て失われており、「1億総活躍社会」で実現されるというGDP600兆円をかなえる具体的な処方箋はなにも呈示されていないのである。

だいたい従来のアベノミックスでも第一第二の矢と言われる金融財政政策での効果は大企業や資産家に限られ、一般国民大衆はほとんど恩恵を受けていないし(アベノミックスの最大成果である株高も最近は怪しくなっている)、第三の矢の成長戦略は全くの不発である。この経済政策の失敗の反省なしに次の政策を打ち出して見たところで、絵にかいた餅であることは明白である。

政治的に見ても、池田政権は岸政権が退陣した結果として生まれた政権であり、岸の高圧的反動的な態度に比べて相対的ではあるが、融和的な姿勢が見られたために国民からは一定の支持は得られたのである。これに対して安部政権は民主主義を散々踏みにじっておいてその反省もなく次は経済だと言ってみても、衣の下に鎧が見えるのを懸命な国民はけっして見逃さないであろう。

安倍晋三にもし国民の未来を考える気持ちがあるのであれば(自己の名声を第一に考えているとしか思えないが)、彼にできる唯一のことは即刻、首相の座を降りることである。

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2015年9月25日 (金)

マスコミが報じない真実  その3 (原発の安全基準なんてナンセンスだ )

マスコミが報じないシリーズ第三弾としては原発の安全基準について考えてみたい。

長い間の原発停止にピリオドがうたれて、先日とうとう川内原発1号機の再稼働が行われた。これに対して政府は世界で最も厳しい安全基準をクリアしているのだから安全であると強調し、マスコミもそれに対しては格別異論を唱えてはいないように見える。しかしながら日本のように火山や地震の多い国で、これだけの原発がある国は他にはなく、そんな国で世界一厳しい安全基準などというものはなんの意味もなく、原発をなくすことしか安全な道はないのである。

川内原発の再稼働に対しての火山学者の反対意見は無視されてしまったが、「安全基準」にとっては火山の爆発などは想定外なのだろうか

関西電力が次に再稼働を予定している伊方原発は二つの意味で大きな問題がある。ひとつは原発が中央構造線の上に位置することである。日本周辺には4つのプレートがぶつかり合い、その影響で糸魚川ー静岡構造線と諏訪湖から伊勢神宮、高野山というバワースボットを通って四国北部から九州に通ずる中央構造線という大断層地帯があり、過去度々大地震が発生しているのである。「安全基準」では活断層の有無が重視されるが、活断層というのは地球の長い歴史においてほんの一瞬を取り上げて地震の痕跡があるかどうかを調べているに過ぎず、活断層の有無に関わらず、中央構造線の上に原発などはあってはならないのである。

伊方原発でもうひとつ問題なのは、万一原発事故が起きると関西地区が壊滅的な被害を受ける可能性が高いことである。

福島原発事故に関してマスコミが口が裂けても言えないし、私も原発事故で避難を余儀なくされた方や、風評被害に苦しんでいらっしゃる方などのことを考えると非常に言いづらいのであるが、福島の原発事故が福島の東部で発生したことは不幸中の「幸い」と言えないこともない。それは放射能の8割方は太平洋に流れたからである。もし浜岡原発で事故が発生していたならば、関東・東海地区で五千万人近い人が長期にわたり避難を余儀なくされて日本経済に壊滅的な打撃を与えたであろうと言われている。伊方原発で事故が発生した場合にもそれに近い影響が予想されるだけに絶対に再稼働を許してはならない。

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マスコミが報じない真実  その2(沖縄辺野古問題)

マスコミが報じないシリーズ第二弾は沖縄辺野古問題である。この問題はややもすると保守対革新、日米安保条約是非の問題としてとらえやすいが、安保条約を是認する立場からみても、政府が強行しようとしている辺野古への普天間基地移転計画はおおいに問題があるのである。

キーポイントは抑止力と海兵隊である。

沖縄にある基地のうち、かなりの部分は海兵隊の訓練基地である。海兵隊というのは、敵地に上陸作戦を行うのを任務とするが、源平合戦における義経の屋島急襲のような不意を突いた上陸作戦は現代では考えられず、巡航ミサイルや空爆によって敵の戦闘能力を徹底的に叩いてから上陸作戦が行われるのである。となれば海兵隊の主力を常時、最前線に張り付けておく必要はなく、逆に敵の弾道ミサイルによって、海兵隊の主力が壊滅してしまうリスクがあるため、最前線に置く海兵隊は最小限に留めて他はグァム等に分散配置した方が抑止力はかえって高まるのである。

現在、沖縄に多数の海兵隊が配置されているのは作戦上の必要からではなく、訓練の必要からである。そこで沖縄に配置する海兵隊の規模を最小限に留め、訓練基地の規模もそれに見あったものに縮小すれば、普天間その他の住宅密集地近辺の基地を移転することにより、沖縄の基地問題のかなりの部分は解消されるはずである。なにしろ沖縄の訓練基地は亜熱帯の土地に中東の砂漠地帯を想定したものまであるというのだから

アメリカに従属した安部腰抜政権では無理な話だが、民主党への政権交代時の鳩山政権の時ならば、国民の支持をバックに海兵隊の部分移転による普天間問題解決の可能性はあったはずである。事実アメリカ政府内でも海兵隊の沖縄集中のリスクを指摘する声はあったのである。それを普天間基地自体の県外移設にこだわったために、みすみすチャンスを逸っする結果となってしまったのである。

沖縄県民の党派を越えた闘いには敬意を表するが、それだけでは限界があり、基地負担をめぐる沖縄と本土との争いにもなりかねない。沖縄の基地問題の解決の道筋は本土の民主勢力と連帯して安部政権を打倒し、アメリカに対してものが言える政府を樹立して、海兵隊の配置縮小とそれに伴うスペースへの普天間基地等の移設の交渉を行って行くことが最も現実的な方法であると考えられる。

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マスコミが報じない真実 その1(シリア難民)

ここのところ安保(戦争)法制のことばかり書いているので、たまには他の問題についても、マスコミがあまり報じない観点から書いてみたい。

ISの暴虐から逃れようとする幾万ものシリア難民がハンガリー経由でドイツ方面を目指す状況はマスコミでもよく報道されているが、そこにはどこか傍観者的な意識が垣間見られてならない。地理的な遠さもあってか、日本には直接関係ないという気持ちがあるのかもしれないが、実は関係大ありなのである。

ISがシリア・イラクに広がったのはイラク戦争によってイラクの治安が大きく乱れたことが影響しているが(シリア内戦ももちろん影響しているが)、フセインが大量破壊兵器を保有しているという嘘の情報で世界を騙してアメリカが始めた大義なき戦争を日本も支持して自衛隊をイラクに送り込んだという点において、日本もシリア難民に対して充分の責任を負っているのである。

安倍晋三はいまだにイラク戦争を支持した日本政府の政策の誤りを認めないばかりでなく、昨年の難民申請5千人に対してわずか11人の認定、シリア難民については数人の認定という非人道的な対応を行っている。積極的平和主義というならば、せめて欧米並みの数万人単位の難民受け入れを行うことが最低限必要なのに、それどころか今回の安保(戦争)法制によって、好戦的なアメリカ軍の支配下に入って世界中での戦争に参加して新たな難民を作り出そうとしているのだ。

武力の行使は憎しみの連鎖を生み、決して平和をもたらさないという歴史の真実がわからない安倍のバカにはさっさとやめてもらい、危険きわまりない安保(戦争)法制は一刻も早く廃止させなければならない。

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2015年9月24日 (木)

1週間ぶりの国会前抗議集会

1週間ぶりの国会前抗議集会
ちょうど1週間前は安部政権が安保(戦争)法制の委員会での可決を予定しているとのことだったので、夜を徹しての抗議行動をおこなったものだが、毎週木曜日は安保(戦争)法制反対運動を行っている「総がかり実行委員会」が定例の集会を行う日なので、あいにくの雨模様ではあったが、ここで反対運動が盛り上がりを欠いてしまうと安倍晋三になめられるので参加することにした。。

1週間前もかなり雨が強く降っていたにもかかわらず、それをものともせずに、勤め帰りの人が次から次へと押し寄せたものだが、先週ほどの緊迫感が薄れてしまったと思われがちな今週はどれだけ参加者が集まるかが気がかりであった。

集会スタートまでの間にカンパを集めに回っている人がいたので、よく確認しないでカンパしたところ、もらったビラには千葉動労の名があるではないか。若い人は知らないかもしれないが、千葉動労といえば昔、三派全学連として名を鳴らした革マル派の巣窟であり、とんでもないところにカンパしてしまったものだ。といっても革マル派と敵対していた中核派のシンパだからというわけではない。暴力革命を標榜する輩にカンパしてしまったからである。徹底した非暴力を貫く今回の総がかり行動の中にも危険分子が紛れこんでいるとは

集会参加人数は五千人とややさびしかったが、皆さんもお疲れなのでしょう。安保(戦争)法制廃止の闘いは息の長いものになるでしょうから地道にやっていきましょう。

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2015年9月23日 (水)

さよなら原発、さよなら戦争集会

代々木公園で行われた「さよなら原発、さよなら」集会に参加してきた。二つのテーマが合体した集会というのも珍しいが、共通するのは国民の命を守るというという点か

さよなら原発、さゃなら戦争集会

さよなら原発、さゃなら戦争集会
主催者発表で二万五千人参加とのことであったが、先日の国会前の集会に比べると、労働組合による動員が多いかなという印象である。それは兎も角として、こういった運動をどんどん広げて安倍晋三の政策に対する反対が弱まるどころか強まっていることを見せつけなければいけない。

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2015年9月22日 (火)

知多半島一周

福井の山に行かなくなって1日余裕ができたので久々の日本列島海岸線の旅として知多半島一周ツーリングに出かけてきた。

名古屋の家内の実家を7時に出発し、一路南下する。昨日のように歩道橋の急なスロープを登らされることもなく、スムーズに進むことができた。

常滑までは2時間で行けると思ったら、道迷いしたこともあり、3時間近くかかってしまった。先が思いやられる。常滑から先はほぼ海岸線に沿って行くので道に迷うこともなく、内海には11時半に着けた。ここには食べ物屋がたくさんあるので適当な店に入る。連休中なので混雑しているのではと思ったが、それほどでもなかった。昨日まではお昼はコンビニ弁当か行動食だったので、まともなものを食べようと刺身定食を注文した。観光客相手の商売のためか期待したほどの味ではなかった。
知多半島一周

腹もふくれたし、半島最南端の師崎までは小一時間で着くということで余裕も出てチンタラ走っていると、ママチャリのオバチャンに追い越される。今回はロードレーサーではなく、キャンプ装備一式を積んでいるとは言え、24段変速もあるのにママチャリに追いこされたんでは様にならない。力を入れて走り、あっという間に追い抜いて息の荒い状態て暫く走ったので、もう追いつかないだろうと思ってペースダウンしたら、件のママチャリにまた追い越される。予定外のバトルとなってしまったが、ゴールの師崎まで突っ走ってなんとか名誉は保った。おかげで師崎には随分と早く着いてしまった。

師崎は漁港があるだけで、これといった見るべきものもなかった。ここまで来ると、一応今回の最低の目標と考えていた半田までは目と鼻の崎なので余裕も出る。
知多半島一周

半田には3時過ぎに着き、これで今日は終わりとしてもよいのだが、まだ時間が早いので、もう暫く先に進むことにする。最初は豊橋まで行くことを考えたが、60キロ近くもあってちょっと無理だ。そこで川を渡った対岸まで行けば知多半島はすべて走破したことになるので、それでお茶を濁すことにする。ただし、対岸までの海底トンネルは自転車は通行できないので、上流の橋まで大回りしなければならない。と言っても10キロ程度で時間潰しにはちょうどよい距離だ。

対岸のちょっと奥にある駅から名鉄で豊橋まで行き、そこから新幹線に乗って帰京した。連休のUターンで新幹線が混雑することが予想され、自転車を持ち込むことを考えると気が重たかったが、こだまということもあってかがら空きで少し拍子抜けしてしまった。

半島ツーリングは紀伊、房総、伊豆とこなしてきたが、今までは数日以上要していたのに対して、今回は1日で済んだから、半島としては小さかったのだろう。次の半島ツーリングは同じ愛知県の隣にある渥美半島になるかな?

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2015年9月21日 (月)

木曽川河口

今日は堤防の上に道が通っている所が多くスムーズに移動できた。河口には3時過ぎに着く。他の大河もそうであるが、海に注ぎ込むところまでは立ち入ることができず、写真を撮ったところを河口として引き返した。
木曽川河口

ただ難関はそれからだった。河口から名古屋市内の家内の実家までは20数キロあり、連休中は家内が里帰りしているので今晩は泊まらせてもらうことにしてたが、国道が川を越える道が全て歩行者、自転車は通行禁止となっており、橋の直前で歩道専用の橋まで階段の中につけられた急なスロープを押していかなければいけないので、かなりたいへんだった。

木曽川は上流部分は中山道の街道歩きの際に川沿いに歩いており、水源の山である鉢伏山に通ずる源流部分には道がないので、日本アルプス縦断の際に梓川から木曽川への峠越えで通った木曽川の支流をもって源流に代えることとして、木曽川の源流から河口までの踏破は終えたことと考えたい。

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2015年9月20日 (日)

木曽川中流

夜中になにかがきしむような音がして何度も起きてしまったが、別に悪さをするわけでもないので、そのまま眠ってしまった。なんの音かはわからずじまいであった。

6時に小屋を出発するが、さすがに下りとなると早く40分ほどで木曽川まで降りてしまった。そこからは木曽川に沿って下っていく。中山道の街道歩きで木曽川の上流沿いは歩いているので、今回は自転車ではあるが、河口まで行ってみようと思っている。

国道は木曽川と大きく離れて通るので、木曽川沿いの道を捜すが、途中で通行不能となってしまうので、そのたびに一度は木曽川から離れて進み、また木曽川沿いの道を見つけることの繰り返しとなり、時間がかかる。おまけに今回は途中にある笠置という有名なボルダリングエリアにも立ち寄ることにしているので忙しい。

雑誌のアプローチの略図で行き方はわかるのだが、距離表示がないのでどのくらい時間がかかるのか見当がつかない。現地でもクライミングエリアの標識はたくさんでてくるが、距離表示のあるものは皆無である。
自転車で30分ほど登ったところで、勾配が10%以上となってきたので、自転車を置いて歩き出す。すぐに着くだろうと思ったら、結局1時間近くかかってしまった。今回はクライミングシューズも持って来なかったので、写真をとるだけで下山する。登り口の駐車場には関東地方のナンバーも数台停まっていたが、連休なのでボルダリングリンクツアーで遠出してきたのだろう。
木曽川中流

結局2時間半を寄り道に使ってしまったので今日の行程が厳しくなってきたが、頑張って行くしかない。下流に向かってしばらく進んでいると、どうも川の流れがおかしい。下流だと思っていた方向から水が流れてくるように見える。ひょっとして上流に向かっているのか、そんなバカな!地図、磁石、GPSで確認しても、いずれも下流に進んでいることになっている。結局、高低差がほとんどなく、水は静止しているのだが、風で水が動いて逆流しているのだろうと考えたが無駄な時間を使ってしまった。

その後、しばらくは川沿いに進んだが、看板が立っていて、川沿いの道は4キロより先は路肩が崩れて通行止めになっているので、迂回路を行くようにとのこと、ガーンである。まあ路肩が崩れていても自転車には影響ないだろうし、ゲートが閉まっていてもゲート破りの常習犯だから問題ないだろうと前進する。

20分ほど進んで現れたゲートを見て驚いた。全くすきのないゲートで、こんなの初めてである。唯一の可能性は荷物を外して軽くした自転車をゲートの上から越えさせることだが、反対側のゲートの上部に鉄条網でも張られていたら袋のネズミとなってしまうということで、ゲート破りに初めて失敗してもときた道を戻る。往復で40分のロスとなってしまった。

川沿いに進むという当初の目的は達成されなくなってしまったが、やむを得ず迂回路を行く。5%以下の勾配なのでチンタラ行けばいいだけだが、登らされた高さはなんと600メートルもあり、その後はアップダウンが連続し、木曽川沿いの八百津という町におりてきたのは7時を回っていた。
もっと早い時間に八百津から自転車で1時間くらい先の美濃大田に着くことができれば、長良川鉄道で福井県の境近くまで行って翌日は能郷白山という山に登るつもりだったのだが、それも不可能となったので、八百津近辺で寝るしかなくなった。

まずは腹ごしらえと飲食店を探すが、8時前だというのに店はみな閉まっており、かろうじて見つけたラーメン屋でチャーハンを注文する。出来上がりを待っている間に携帯でニュースを見ると、学者グループが安保法制廃止の運動に立ち上がったとのこと。嬉しいニュースである。安倍晋三よ覚悟しておけ!それは兎も角として問題は今晩の宿である。近辺のホテルや旅館はすべて満室で、大型連休を少し甘く見ていたようである。こうなれば、キャンプしかないが、近くにはキャンプ場はないようなので、適当な場所に張るしかないだろう。

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2015年9月19日 (土)

南木曽岳

国会包囲の興奮さめやらぬときであったが、中央アルプス南端に位置する南木曽岳を登ってきた。連休中に大規模集会でもあれば参加するつもりだったが、23日まではなさそうだった(主催者側もお疲れなんでしょう)。

南木曽岳に登るコースは北側と南側にあるが、今回は南側のコースである。1時に南木曽駅から自転車で出発して30分くらいで妻籠の宿に着き、ソバと五平餅を食べる。何年か前の年末に中山道を歩いている時に立ち寄って以来である。前回も観光客で賑わっていたが、連休の今回はそれ以上の人出である。しかし、宿を一歩出ると観光客の姿は見えなくなる。

飯田に向かう道と別れて額付川沿いに南木曽岳登山口に向かう。途中、オートキャンプ場があり、テントを張っていこうかなと思ったが、明るいうちに少しでも先に進んでおきたいので、そのまま坂道を登っていく。しばらくして登山口に着き、自転車と不要な荷物を置いて、空身同然で3時半に出発する。頂上までは標高差約700メートルだが、かなりの急登が連続する。途中傾斜がちょっと落ちる辺りから頂上が望める。ピラミダルな形をしたなかなかカッコいい山である。二百名山に選ばれているのもむべなるかなである。

頂上には5時15分頃になって到着する。眺望のない山であるが、西の空はすでに赤くなっている。しばらく休憩してから下山を開始する。下山道と書かれた標識があったので、あれ!そんな道があったかなと思いつつ、そちらの道をしばらく進んでみたが、これは北側の道だと気付き、あわてて頂上に戻り、往路をそのまま下る。危ないところであった。
南木曽岳

登山口には7時に着いたか、清潔そうな避難小屋があったので、そちらに泊まることにする。キャンプ場と違って無料だし、テントを張る手間も省けるが、一人で寝るのは、ちょっと気味が悪い。

小屋で携帯ラジオのニュースを聞いていたら、共産党は従来の方針を変更して他の野党との選挙協力を行うこととしたということだし、民主党は来年の参院選では安保法制を最大の争点としていくとのことである。安保法制廃止に向けての条件が揃いつつあるようだ。

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2015年9月18日 (金)

闘いは今から

天下の悪法である安保法制は自公の多数のごり押しで成立してしまったが、敗北感は全くない。それどころか闘いは今からだとファイトが湧いてくる。この闘いの中で、新しい市民運動の形ができ、自分もそれに参加できたわけだが、この運動がさらに発展して、民主主義と平和主義の日本が作られることを期待したい。

当面は安倍政権を退陣においこむことが差し迫った課題である。国会前の集会は今後も続けられるだろうから、できる限りは参加したい。そして安倍退陣の声が燎原の火のように全国津々浦々に広がってほしい。安倍が辞めても自民党の首相候補は代わり映えのしない連中ばかりであるが、日本を破滅に導かねない危険人物の安倍晋三よりも多少はましな政府ができるであろう。

本題の安保法制廃止の道筋については、ひとつは市民運動が直接関わるわけではないが違憲訴訟がある。安倍政権は最高裁の人事に介入して、政権よりの裁判官で固めてくるだろうが、与党推薦の参考人が違憲論を展開した前例があるだけに、法律の番人である最高裁がどのような審判を下すかに注目したい。

そしてもうひとつは来年の参院選とその次の総選挙で自公の過半数割れを実現して国会の場で安保法制を廃止させることである。市民運動として特定の政党を支援するわけにはいかないだろうから、「安保法制に賛成した議員は落選させよう」というような形になるのかもしれないが、公職選挙法の縛りも絡めて、これから議論が深められていくだろう。私も次の総選挙まではプライベートのメールや文章の末尾には「安保法制に賛成した議員は落選させよう」の文言を書くつもりだ。

このブログでは安保法制関係の話題が続いたので、うんざりされていらっしゃるかもしれませんが、私の方からすると、これだけ書き続けても全くコメントがつかないのが拍子抜けでした。事故についてのコメントよりも、安保法制についてのコメント(賛成の意見も含めて)を欲しかった。私のブログは毎日30人くらいの方が見ていられるようだが、声なき声というか顔の見えない読者というのは、かってな言い草ながら、あまり気持ちのよいものではありません。

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2015年9月17日 (木)

夜勤明けの出勤はつらい

朝5時まで国会前でシュプレヒコールをあげ続けて解散となったが、9時から委員会が開始されるため、それに圧力をかける必要から早い時間に戻ってくるとなるとほとんど寝る時間はなかった。

さすがに一睡もしてないと体に力が入らず、シュプレヒコールも腹の底からではなく、口先だけとなってしまう。

委員会は9時開始予定だったが、与党の稚拙な運営と野党の抵抗により、膠着状態となって議事が進まず、与党のスケジュールよりもかなり遅れてきている。我々としては喜ぶべきことなのだが、昨晩が山場と睨んで徹夜をしてしまった自分としては、山場が今晩にずれ込んでしまうと、さすがに仮眠なしの連続夜勤をする体力気力がないため、本当の山場となりそうな今晩に徹夜で抗議行動ができそうもないのは残念なことである。

今日は台風の影響もあるのか朝から土砂降りでデモ日和とはいいがたいが、それにもかかわらず、平日の昼間だというのにすごい人の集まりである。これで夜になったらどれだけ集まるのか想像がつかない。それだけ安倍政権に対する怒りが激しいのだろう。

ところが、その後状況は一変する。今夜あたりかと思われた強行裁決が夕方におこなわれてしまったのである。もちろん、これで法律が成立したわけではなく、本会議での裁決が必要で、その前に首相に対する不信任が出されるだろうし、場合によっては牛歩戦術がとられるかもしれない。そうだとしても連休前に法案成立を図るという安倍政権の方針を覆すのは難しいであろう。しかしながら、ここで落ち込む必要は全くない。たとえ、この法律が一度は成立したとしても、それを葬ればいいだけのことである。具体的な方法は次回に論じることとして、その前にやるべきことがある。安倍晋三が敬愛してやまない祖父の岸信介が安保条約成立後にその非民主的なやり方について国民の怒りを買って退陣においこまれたように、民主主義と平和主義の敵である安倍晋三を退陣に追い込まなければならない。そのためには安保法制反対に向けられたエネルギーをどれだけ安倍退陣に集約できるかがポイントとなるだろう。さしあたっては、強行裁決を知った後の今夜の集会参加者数がひとつの試金石となるであろうが、心配した仕事帰りの参加者は正確な数はわからないものの、今までと遜色ないかそれを上回るように思われたので一安心である。なお今日はここ数日の過剰警備(反原発デモの時の数倍か)よりもさらに警備が強化されたように見えるのは警察幹部に強行裁決の情報が流されたためだろうか。いずれにしても目に余る過剰警備は安倍のこの法律に対する執念の現れか?こんな無駄なことは止めて、鬼怒川水害の復旧に注力しろ!

安倍は法案成立という既成事実さへ作ってしまえば、運動も下火になるくらいに思っているかもしれないが、「なめたらあかんぜよ」である。安倍を退陣に追い込むまであきらめないというのが、集会に参加した人の大部分の気持ちだと思う。

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徹夜の抗議行動

徹夜の抗議行動
いよいよ委員会での強行裁決が予定される日がきた。横浜での地方公聴会がおわってから6時に委員会が開催予定とのことなので、それまでに国会前に駆けつける。今日は少しでも参加人数が大勢の方がいいので、風邪を引いて保育園を休んでいる孫の子守りをしている家内にも娘が戻ってから駆けつけてもらう。

委員会の方は野党の頑張りと国会前で声をからして一晩中シュブレヒコールをあげつづけたデモ隊の後押しで、ついに予定日には裁決できずに翌朝に持ち越しとなった。まずは我々の勝利である。

深夜のシュブレヒコールの音頭とりは若者中心のSealsだったので、ラップ調には最初は少し戸惑ったが、だんだんなれてきた。彼らの「民主主義って何だ」「これだ」というフレイズも今までは違和感があったが、抵抗なく言えるようになっていた。

思えば、60年安保の時は子供だったし、70年安保の時は過激すぎてついていけなくなったが、この年になって初めて、民主主義を体感できる運動に参加できて幸せである。

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2015年9月15日 (火)

国会前に最大の結集を

安倍政権は国民の多数が反対し、ほとんどすべての憲法学者が違憲だとする安保法案をへ理屈にもならない理由をつけて、数の暴力により国民を納得させられる説明もせずに、会期が迫っている焦りから、16日の地方公聴会終了後に委員会で強行裁決をすることを決めたらしい。公聴会の意義を無視して、単なる通過儀礼としか考えていないことといい、やることが全て無茶苦茶で、ヒットラーに匹敵する暴挙と言っても過言ではない。今、日本は戦後70年最大の民主主義の危機を迎えたといってよいだろう。

このブログを読んでいただいている方で安保法制に反対意見をお持ちの方は、明日16日夜は万難を排しても国会前に結集して、安倍晋三に怒りをぶつけていただきたい。私からの切なる願いをぜひお聞きとどけください。

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2015年9月14日 (月)

一日国会前に張り付く


一日国会前に張り付く
1時過ぎに国会前に着き座りこみを始める。次第に参加者が増えてくる。6時半から国会包囲が始まるが、しばらく時間があったので、久し振りの皇居マラソンを腰にプラカードをぶらさげながらやってみる。夕方でランナーも増えてくる時間なので、ブラカードを見て話しかけてくる人がいたら国会包囲に誘うと思ったのだが、あてが外れて誰も声をかけて来なかった。皇居ランナーはみんな右翼か!

今夜の国会包囲は少しエキサイティングだった。先日の30日の時のように車道を占拠しようとする参加者と歩道に押し留めようとする警官隊との間で一触即発状態になったが、次々と増えてくる参加者の波を前にして、これ以上押し止めると不測の事態も起きかねないと判断したのだろう。ようやく車道を解放して勝利の声が起きる。

主催者発表で参加者四万五千人と先日の30日には及ばないが、平日の割には上出来だろう。明日の用事がなければ徹夜で抗議行動をしてもよいと思ったが、明日は早起きしなければならないので残念ながら10時過ぎに国会を後にする。
一日国会前に張り付く

この運動の結末がどうなるかは別として、時代のターニングポイントとなる出来事に主体的に参加しているという充実感は味わっている。さあ明日も頑張るぞ!

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2015年9月13日 (日)

闘いは山場へ!

闘いは山場へ!
決戦前夜の新宿駅南口街頭宣伝

安倍晋三はなりふりかまわず今週中の国会で安保法案の成立を目指す方針とのことで、最後の決戦の場がやってきた。今週は昼間は国会前の座りこみ、夜は国会包囲の抗議行動が続くので、仕事は放り投げて運動に参加するつもりだ。特に明日14日は先月30日に匹敵するかそれ以上の規模の抗議行動が期待されているので、このブログを御覧になっている安保法制に反対の方は18時30分にいらしていただきたい。沈黙は安倍反動政権に手を貸すことになるのだから

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2015年9月11日 (金)

マイナンバー制度を拒否しよう

来年からマイナンバー制度が導入されることになっているが、背番号制の時にはあれほど反対が盛り上がったのに、今回はさしたる反対もなく決まってしまったのが不思議でならない。

別に隠すべき財産や所得があるわけでもなく、個人情報が漏洩するリスクを恐れているわけでもないが、この制度には国家統制の臭いを感じてならず、断固拒否したい。

この制度を利用しないといろいろと不便なこともあるようだが、それは甘んじて受け入れることとしよう。預金については今のところ同意を必要としているようだが、問題は確定申告で申告書にナンバー記入が義務づけられることだ。そうは言っても、電子申告の際にナンバーを記入しないと送信できないことは考えられるが、紙の申告書にナンバーの記入がないからと言って受付を拒否されるとは思えない。今のところそのような規定はないようだからだが

とりあえずは来月から始まるカードの交付にどう対応するかだ。捨ててしまうのでは受け取ったことと大差ないので、受け取り拒否の形をとりたいのだが、どのようにすればよいかもう少し研究してみよう。

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2015年9月 8日 (火)

おかしいぞ!自民党

自民党総裁選は一服の清涼剤になるかと期待された野田聖子の出馬断念で無投票となってしまった。「独裁者」安倍晋三の前に異論も出てこない今の自民党は戦前の体制翼賛会そのものだ。昔の自民党には反主流派が存在していたし、リベラルな考えの人もそれなりにいた。またリベラルでなくても、後藤田正晴のようにトップに対してもものが言える骨のある人物がいたものだ。それが今はどうだ。谷垣某も高村某も、口を開けば言うことは同じ、まるで金太郎飴であり、政治家としての見識が全く感じられない。自民党内だけでやりたい放題をしているのならまだしも、国政レベルでも反対意見に耳を貸さずにやりたい放題をおこなっている民主主義のルールを守らない困った連中にはレッドカードを出して退場させなければならない。

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2015年9月 5日 (土)

デモの意義

大阪維新の会の橋下のバカが安保法制反対デモについて、参加者数が有権者の一部にすぎないとデモの意義を過小評価するコメントしていたが、これはいかに彼が民主主義というものに無知であるかということを露呈したものである。

民主主義の実現手段として選挙が消極的な手段ながらももっとも重要であることは論をまたないが、その民意というのは、あくまで選挙当時という過去のものに過ぎない上、無党派層が多数を占めている状況では政権党といえども消去法で選ばれた側面が強く、その政策が全て支持されているとは言い難いのである。このような選挙というシステムが持つ欠陥を補完するために積極的な民意を主張する手段としてデモがあり、その主張には政権党も耳を傾けるべきなのである。ましてや今回はマスコミの各種調査でも安保法制反対が多数を占めており、デモ参加者の主張はまさしく民意を代表しているものと言えるもので、その主張は政策に反映されてしかるべきものといえよう。

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2015年9月 3日 (木)

アフガニスタンへの憧れ

自分の若い頃はインドとヨーロッパを繋ぐアジアハイウェーは多くの旅行者がヒッチハイクやバスの乗り継ぎでアフガニスタン、イラン、イラク、トルコなどを自由に通過していて今から思えば夢のような時代であった。私もそれに憧れて、30歳前後の頃にインドヒマラヤに登った後に、アジアハイウェーを通ってヨーロッパに向かうことを計画したが、運悪く、ソ連のアフガン侵攻やホメイニ師のイラン革命にぶつかって計画を断念してしまった。その後、イランやトルコは旅行で訪れる機会はあったが、アフガニスタンはタリバン勢力下に入って渡航不能な国になってしまった。

アフガニスタンで最も見たかったのはバーミアン遺跡であったが、これもタリバンの爆破により現存しなくなってしまった。Photo_3
次に行きたい場所はカイバル峠であった。
Photo_4
アレキサンダー大王のインド遠征時に越えたことで有名なこの峠は古来、シルクロードの重要な交易路であった。2008年にガッシャーブルム登山終了後にこの地を訪れることも考えたが、パキスタン政府の支配力の及ばない地域で武装した兵士の同行が義務付けられる危険地域ということで断念し、せめて国境に近いペシャワールの町までとも思ったが、外務省による渡航情報では危険度が最高のレベル4(退避勧告地域)に指定されていたため、足を踏み入れる勇気が生まれなかった。

あれから7年たつが、状況は良くなるどころか悪くなるばかりである。私が秘境といわれる地域への旅行ができるのが、せいぜいあと10年とすると、それまでにアフガニスタンに平和が訪れる可能性は残念ながら極めて低いだろう。まあそれまで生きられれば十分ということでアフガニスタンに潜入することも選択肢としてはあるが、万一の場合に、自分の命はともかく、大勢の人に迷惑をかけるだろうということを考えると、二の足を踏んでしまう。

そんなときにアフガニスタンでその次に行きたい場所である北部のワハン回廊を目的としたツアーがあることを知り、びっくりした。

Photo_5
ワハン回廊とはアフガニスタンの北部に盲腸のようにつながっている盆地で重要なシルクロードの交易路である。中国、パキスタン、タジキスタンと国境を接しているが、タジキスタン側からならばツアーも可能らしい。来年はパキスタンのフンザから中国シルクロードに行くつもりだったが、ワハン回廊も魅力的でどちらを優先すべきか悩ましいところである。

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点字サークルに加入

以前から関心のあった点字のボランティアを始めようと地元の点字サークルに加入することにした。

以前のように点字を手打ちする必要はなくなり、点字プリンター専用のファイルにテキストを点訳してくれるソフトがあるので、垣根はかなり低くなっているようだ。

自宅で暇なときに作業ができるので、これから暇を持て余しそうな自分には向いているかもしれない。まあ気負わず気長にやっていこう。

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