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2015年10月19日 (月)

反省会

事故の保険関係の手続きもすべて終了したので、その時の相棒と一緒に反省会という名目で屏風岩周遊ハイキングにでかける。

初日は徳沢までなので、のんびりとお昼過ぎに上高地を出発する。紅葉はピークを過ぎていたが、土曜日だったためかなりの人出である。徳沢キャンプ場もテントで賑わっていた。その晩は遅くまで酒を呑んでいたため、珍しく熟睡することができた。

翌朝は秋も深まり夜明けが遅くなったこともあって、出発は7時を過ぎてしまった。快晴の下、紅葉の名残と穂高の岩峰を愛でながら横尾を過ぎると、屏風岩の偉容が現れてくる。

今日は誰も登っていないようだったが、我々の登ったルートや事故現場は遠くからでもはっきりとわかった。無事にこうやって元気でいられる喜びをしみじみと味わう。
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屏風岩を後にして涸沢に向かう。シーズン最後の登山を楽しんだ人が次から次へと降りてくる。涸沢が近づくと、木の葉はほとんど落ち、ナナカマドの赤い実が秋の最後を惜しんでいるかのようであった。涸沢ヒュッテも冬籠もりの準備に入っていた。

北穂から前穂までの大展望を楽しんだ後、これで見納めになるかもしれないと後ろ髪を引かれながら涸沢を後にする。パノラマコースは上級者コースという立札のせいか、パタリと人がいなくなった。それほど悪い道でもないが、1ヶ所だけ迷いやすい所があり、我々も少しコースを外してしまいかなりの悪路になったので、これはおかしいと元に戻って正しい道に出られた。

1時間ほどで北尾根最低暗部に出る。予定では屏風の頭を往復するつもりだったが、今の時間は1時で、往復に2時間はかかるだろうから明るいうちに徳沢に降りるのは難しくなるだろうと、このまま徳沢に降りることにした。

パノラマコースの下山路は屏風の帰りに何度も通ったところなので、当時を思い出しながら下っていったら退屈することもなく、徳沢に着くことができた。時間は3時半とまだ明るく、まずはビールで乾杯し、早めに夕食をとってから、連夜の飲み会となって、徳沢最後の夜は更けていった。

最終日の朝は、テントも凍り付くほどの寒さで出発の準備も遅れたが、8時前にはなんとかテントをたたんで上高地に向かうことができた。平日のため若者は減ったが、代わりに中高年が多数押しかけていた。

上高地からのバスを沢渡で下車して相棒の車に乗り換える。途中で寄るつもりだった日帰り温泉はあいにく休みで、この先は松本までは温泉がないようだったので、半ば温泉はあきらめたのだが、携帯のグーグルマップで探した松本手前の日帰り温泉がやっていたので汗を流すことができた。街中にあるため、露天風呂から紅葉を眺めることはできなかったが、食事代も含めてリーズナブルな値段でまずまずのところであった。

温泉を後にして、今回のもうひとつの目的である松本警察へのお礼訪問に向かう。事故現場でお世話になったお巡りさんは制服姿だと別人物のようで、最初は戸惑ってしまったが、厚く感謝の気持ちを伝えた。この夏の管内の遭難死はかなりの数に上ったようで、あらためて我々が幸運だったことと、救助隊の方々の尽力が多大であったことを痛感した。

すべての目的を果たしたので、帰路に向かう。平日のため途中何ヵ所かで工事による路線規制がおこなわれたが、交通量が少ないためにたいした渋滞にもならずにスムーズに帰ることができた。3日間とも好転に恵まれて目的はほぼ果たすことができたのはラッキーであった。

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