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2015年11月

2015年11月30日 (月)

COP21とエネルギー政策

テロ直後の厳戒のパリでCOP21が始まった。主要国が一同に会して地球温暖化防止に向けて大きく前進することが望まれるが、会議ではCO2削減割合が議論されるだけで、それを実現する手段は各国に委ねられるようだ。ここで懸念されるのは妥結した削減割合を実現させるためと称してペテン師の安倍晋三が原発再稼働の動きを加速させないかということである。

2014年の日本のCO2排出量は原発稼働ゼロにもかかわらず3%削減が実現できたそうである。一番の要因は省エネの進展で、次には火力発電の燃料が石油からLPGに移行していることで、そして再生可能エネルギーの増加もわずかではあるが貢献しているようだ。

以上の事例から言えることは、再生可能エネルギーの普及をさらに推し進めていけば、原発に頼らなくてもCO2削減は十分可能だということである。ただし、その場合には電気料金が上がることは避けられないだろう。もっとも原発の電力コストとして廃炉や使用済み燃料の処理費用を含めれば比較にならないほどの高い電気代になるのだが

もうひとつの問題は再生可能エネルギーのうち、太陽光や風力といった天候に左右されやすい割合が高いと、停電のリスクも高まる可能性があるということである。

以上のようにそれぞれのエネルギーにはメリット、デメリットがあるので、エネルギーミックスをいかにするかを決定するのは、財界の利益を代弁する安倍晋三ではなく、すべての情報を公開された国民でなければならないということである。

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2015年11月29日 (日)

辺野古埋立反対の集会とデモ

辺野古埋立反対の集会とデモ
辺野古埋立反対の集会とデモが日比谷野音であったので参加する。娘が孫を連れてきたので出そびれて出発が遅れ、野音に着いた時には満員で入れなかった。野音のまわりには同じように入れずに、集会終了後のデモに参加する人がたくさん立ち止まっている。会場内の声もよく聞き取れない所にいてもしょうがないので、昔とったなんとやらで木によじ登り、ようやく会場内が見渡せるだけでなく、声も聞き取れるようになった。

集会が終わりデモに移るのて木から降りようとしたら、落ちないように幹の股に差し込んでいた足が抜けなくなって少々焦る。こんな所で落ちたら様にならないので、慎重に足を抜いて下に降りホッとする。

デモ行進は新橋から銀座にかけて行ったが、昼間の銀座をデモ行進するのは初めてだ。参加人数が4500人と多くなく、信号待ちでいくつかに分断されたこともあって、今一つ盛り上がりにかけたようで、沿道の人に果たして主張が届いただろうか心配だ。

帰宅するとナンバーカード通知書が届いていた。ナンバーカードは無視するつもりなので捨ててもよいのだが、万一他人に不正使用されるとまずいのでシュレッダーで裁断してしまおうと思ったが、もし将来、カードが必要な時があって再申請を行うとなると、手続きがかなり煩雑なようなので、裁断はせずに金庫(というほどの代物ではないが)にしまっておくことにした。二度と見ることはないだろうが

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2015年11月28日 (土)

栃木県内の残りの札所参拝

前回は栃木県内の札所のうち北部二ヶ所に行ったので、今回は南部の二ヶ所を回って栃木県はおしまいにするつもりだ。前回までは家内と一緒だったが、今回からは訳あって、ひとり遍路となるので自転車を利用することにした。南部二ヶ所と言っても、西の端から東の端まで行くことになるので結構な距離となってしまうが頑張るしかない。

西の端の満願寺は新栃木から往復するのが楽なのだが、東武線の未乗車区間を乗車するために佐野線の終点の葛生からスタートする。こんなことでもなければ、まず来ることもない駅である。もっとも近くには藤坂ロックガーデンという岩場があったようだが、とうとう登らず終いであった。

葛生からスタートすると、ひとつ峠を越えなければいけないが、大した登りではなかったので助かった。むしろ下りがかなりの傾斜で、ここを登らされるのはかなわないという気がするが、帰りは栃木駅に向かうのでここを登らなくていいのはラッキーである。

17番札所の満願寺までは緩い登り坂に終始する。寺の近くにはそばやが10軒以上あり、結構観光客を集めていた。そういえば群馬の伊香保温泉の近くにある札所の回りにはうどん屋が立ち並んでいたが、名物を産する所にたまたま札所があったのか、参拝者を増やすためにお寺が仕掛けた結果なのか?せっかくだからと、とある店に入って、もりそばと野菜の天ぷらを注文したが、いずれもうまかった。
P1040443

ここから東の端の西明寺まではグーグルマップのナビでは60キロ程度なのだが、幹線道路を直進するわけではないので、気がつくとコースを大きく外していることが多く、そのたびに正しいコースに戻ったため、実際の走行距離は最短距離よりもかなり多くなってしまったようだ。そのため、予定では5時には西明寺に着くはずだったのに、その時間はまだ麓の益子のはるか手前であった。ただここまで頑張って来たのだから、暗くなっても参拝はするつもりであった。

やがて益子に着き、西明寺に向かう登り坂が始まるが、それほどの登りもなく、西明寺に着き無事参拝をすることができた。

帰りはあっという間に益子駅に着いたが、次の電車までは時間があったので、近くの台湾料理店で定食を食べる。毎度のことながらものすごい量で、完食すると動くのもいやになるほどだ。

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2015年11月26日 (木)

ふるさと納税って変じゃない?

ふるさと納税は自治体に寄付した翌年の確定申告で寄付した金額の一定割合が控除されるものだが、本年から制度も拡充されて寄付した金額と節税額がほぼ同額となる金額も大幅に増加したことに加えて、寄付を受けた自治体からのブレゼントも充実していることが人気に拍車をかけているようだ。特に年末近くに寄付すれば、節税効果が受けられるまでのタイムラグも短くて済むことから、ネット上では所得に応じた「最適」寄付金額をシミュレーションするコーナーが花盛りである。でもこれってなにか変だ。

寄付というのは、本来は見返りを求めない無償の行為のはずなのに、自治体からのブレゼントを含めると、寄付した金額以上の見返りを求めるというのは、さもしい根性としかいいようがない。さらに政策論として見ても、地方振興という趣旨を逸脱して、自治体からのブレゼントをエサにした自治体間の税金の分取り合戦に堕落したといっても言い過ぎではないだろう。

こんな政治感覚の欠如した制度を作ったのが、上から目線の「粛々と」いう流行語大賞候補にもなった言葉で沖縄いじめを続けている菅官房長官が総務相の時だというから、さもありなんである。しかも、これに懲りずに、企業版ふるさと納税も考えているというから何をかいわんやである。

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2015年11月24日 (火)

高野山町石道と西国三十三札所


現代の高野山を訪れる人のほとんどは鉄道、バス、マイカーを利用するが、本来の参詣道は九度山から大門に通ずる町石道であった。
7時に宿坊でのお経のお勤めと食事を終えて出発する。金剛峯寺、壇上伽藍をお参りしてから大門をくぐって町石道の下降を開始する。石道と言うからてっきり石畳の道なのかと思ったら、道自体は普通の山道で、全部で180の石塔が1町(約109メートル)ごとに立っているのが名前の由来である。石塔には上から順に番号が書いてある(不鮮明なものも多いが)ので、地図と照らし合わせれば現在位置が確認できて便利である。
P1040424

最初のうちはどんどん下って行くので、意外と早くつけるかなと思ったが、そのうちにアップダウンの連続となってきたので行程がはかどらなくなってくる。コースタイムでは登り7時間となっていたので、下りなら5時間くらいかなと思ったが、今のベースではその時間は難しいので少しピッチを上げる。下から登ってくる人が私のペースが早いのでびっくりしていた。今日は連休明けなので、誰も登ってこないかと思ったら5、6パーティーは登ってきたようだ。

石塔の番号が150番で残りが30番となったところで予定の電車の発車時間まで30分となって赤信号が灯る。次の電車となってしまっても構わないのだが、とりあえずギアを切り替えてペースアップする。やがて舗装道路があらわれるが、160番の石塔を見たのを最後に石塔が出てこなくなる。道を間違えたのに気付いたが、今さら戻るわけにもいかないので、そのままかけ下る。やっと下の道路に出たが、どうも予定よりもだいぶ左(西)の方におりてしまったようである。しょうがないので、次の電車で行くことにして、走るのはやめて、九度山駅には1時間遅れて着く。

九度山という地名は来年の大河ドラマの主人公である真田幸村が関ヶ原の戦いで敗れた後に幽閉され、大阪の陣の直前に脱出して大阪方に加わったことで有名だが、この地名には次のような由来があるそうだ。弘法大師が高野山に篭っていた時に母親が会いにきたが、当時は女人禁制であったため麓で待ってもらい、月に九度会いにきたことから名付けられたそうである。

行程が1時間遅れてしまったため、予定していた西国三十三札所の三ヶ所(奈良市と京都南部二ヶ所)に寄る時間があるかどうか怪しくなってきたが、なかなか来れないところなので行けるところまで行くことにした。まずは奈良駅近くにある九番の興福寺である。急ぎ足で着いた時には暗くなりかけていたが、有名な寺だけにまだ何人かの参拝者が見られた。

次の三室戸寺は駅から駆け足でいったにもかかわらず、門が閉まってしまい中に入れず外からお参りせざるをえなかった。さすがに京都の寺だけあって札所では珍しく拝観料500円をとるようなので、受付がいなくなった時間は門を閉めざるをえないのだろう。門の外からお参りをしても御利益はないぞと言われそうだが、今回はあちこちお参りしてたくさん功徳を積んできたので問題ないのである。

最後は醍醐の花見で有名で豊臣家とも縁の深い醍醐寺に行く。どうせまた門が閉められているのだろうと思って近づくと、やけに寺全体が明るい。さらに近づくと、たくさんの参拝客がおり、夜店まででている。なんでも開創900年を記念して夜間拝観を実施しているそうである。ライトアップされた五重の塔や日本庭園はすばらしかったし、本堂での多数の僧侶による読経も壮観であった。拝観料は千円とられたが、なにか特をしたような気分であった(これも功徳の成果かな)。
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醍醐寺でだいぶ時間を潰したため、京都駅では遅めの夕食を慌ただしく食べて新幹線に乗り込んだ。今回は盛りだくさんの計画にもかかわらず、ほぼ完璧に消化でき満足すべき四日間であった。

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2015年11月23日 (月)

熊野古道小辺路二日目

民宿から小辺路の登り口まで戻って高野山を目指して登り出す。最初のうちは山道だったが、まもなく舗装された車道に合流する。結局、午前中はほとんど緩やかな車道歩きに終止する。特に最後の1時間くらいは国道を歩かされたので、車に注意しながら歩く羽目となり、古道歩きの期待は全く裏切られてしまった。

午後は国道を離れて山道を進んで行く。午前中と違いアップダウンもそこそこあり、古道歩きを楽しめる。思っていたよりも時間がかかり、雨につかまってしまったが、雨具を着込み傘まで差したので、歩行には支障はなかった。

高野山には3時前に着き、予約していた宿坊に着く。前回は満室で泊まれなかったが、三連休の最終日ということもあって、宿坊はがら空きで、街頭を行き交う観光客も疎らであった。
熊野古道小辺路二日目
夕食は当然精進料理であるが、結構ボリューム感があった。
熊野古道小辺路二日目

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2015年11月22日 (日)

熊野古道小辺路一日目

熊野古道のうち小辺路というのは高野山から熊野大社まで繋ぐ道だが、今回は逆のコースを辿ることとし、熊野大社は既に訪れているのでパスし、小辺路の最高峰で200名山の伯母子岳から北上することとした。

伯母子岳に公共交通機関でアプローチするには高野龍神スカイラインの護摩壇山直下から長い林道歩きをしなければならない。

護摩壇山直下行きのバスにケーブルカー駅から乗り込む。奥の院行きのバスは超満員でひっきりなしに発車していくが、護摩壇山直下行きのバス護摩壇山直下行きのバスの乗客が3人だけである。このバスも奥の院に止まるが、高野山は明日行くので今日はパスする。

護摩壇山直下で下車すると、マイカーで来た観光客で賑わっている。直ぐに伯母子岳には向かわずに護摩壇山とその隣の龍神岳を1時間かけて往復してくる。従来は護摩壇山が和歌山県の最高峰と言われていたが、隣の龍神岳の方が約10メートル高いことがわかった。二つの山はなだらかな尾根で繋がっているので最高峰が隣に移ってしまってもさほど労力も時間も変わらずにすむ。
熊野古道小辺路一日目

伯母子岳登山口までの林道歩きは1時間半程度だが、さきほど登った護摩壇山と龍神岳がずっと間近に見えるし、他の山の展望も素晴らしいので退屈しない。

伯母子岳登山口には5〜6台の車が停まっている。ここから伯母子岳を往復する人たちの車だろう。登山口から登りだすが、アップダウンが少ないのでペースが捗る。4時前に山頂に着くが、その直前に最後の登山者とすれ違う。これで誰にも会うことがないだろう。
熊野古道小辺路一日目

今日の宿の野迫川温泉までは1時間半余りの急な下りだが、降り立った時には真っ暗になってしまった。

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2015年11月21日 (土)

今年三度目の関西詣

2月の紀伊半島一周、4月の大峯奥駆についで今年3回目の関西詣である。前2回は熊野古道を行くということも目的であったのだが、熊野古道らしい石畳を歩いたのは那智大社と高野山直下のそれぞれ1時間弱程度だったので、もっとじっくりと熊野古道を味わいたくなったのと、前回は高野山の宿坊がとこもいっぱいで泊まれなかったため、今回は早目に申し込んで宿を確保して開創1200年の記念すべき高野山を満喫してこようとも思っている。ついでに近くの西国三十三札所やいくつかの山も併せて登ってくるという盛り沢山の計画である。

夜行バスを難波で降りて札所五番の藤井寺に向かうつもりで、だいぶ歩いて南海難波駅に着き切符を買おうとしたが、藤井寺などという駅はない。駅員に聞くと近鉄の駅だという。慌てて近鉄に戻り、切符を買おうとするが、橿原神宮経由でえらく遠回りのようで地下鉄経由の方が近そうだ。念のために携帯で調べると、やはり最短は地下鉄経由であった。大阪の鉄道は本当にわかりにくい。

藤井寺は駅から徒歩5分なので駈け足でお参りして駅に戻り、近鉄御所に向かう。次は大阪府最高峰の葛城山に向かうのだが、今日のスケジュールを効率的にこなすために、ここだけはローブウェーを使うことにして、ローブウェー駅までの約四キロの道もバスに乗るつもりだった。ところがバス停で時刻を見ると次のバスまで50分も待ち時間がある。これじゃ歩いても変わらないなと思ったが、10分後に出るバスがロープウェイまでは行かないが、半分くらいのところまでは行くので、そこで下車して後は歩くことにした。結構急な坂道の連続だったが、ロープウェイまで行く次のバスより15分ほど早く着いたので良しとするか

ロープウェイは歩けば1時間以上かかる頂上直下までの登りをわずか6分で運んでくれる。頂上は大阪府で一番高い山だけあってかなり賑わっている。
今年三度目の関西詣
ただこの山は大阪府で一番高い山ではあるが、一番高い地点ではないのだ。隣の金剛山が頂上は奈良県に属するが、頂上直下の大阪府に属する地点の標高はこの葛城山よりも高いのだ。そんなわけで金剛山にも登っておくことにした。それに金剛山は200名山にもえらばれているのだ。

葛城山から金剛山に向かう道はしばらくは両側をススキに囲まれて、いかにも秋の山という風情のある気持ちのいいところである。ところが道は急に凄まじい下りとなり、いやになる頃にようやく峠に着く。その後は急な登りが始まる。1000メートルそこそこの山とは思えないほどアップダウンが激しいところである。ダイヤモンドトレイルと名付けられていて何人ものトレイルランナーを見かけたが、トレーニングには最適なコースなのだろう。

金剛山の頂上にはお寺が立っていて、ここが金剛山の最高地点の表示はあるが、三角点も山名の書かれた標識もない妙な山頂であった。
今年三度目の関西詣
この山にも山頂直下からはロープウェイがあったが、さすがに乗らずに歩いて下る。だいぶ下まで降りたあたりに千早城址があった。楠木正成が鎌倉幕府の大軍相手に活躍したところで、時間があれば寄りたいところであったが残念ながらパスした。まもなくバス停に着き、電車を乗り継いで今日の最後の目的地の札所四番に向かう。

札所四番の槇尾山施福寺へは槇尾山口まではバスで行く。口というくらいだから槇尾山はすぐ近くだろうと思ったのが甘かった。四キロも急坂を登らされて山門に着いてヤレヤレと思ったら、そこから石段を30分あまり登らされて本堂に着いた時は真っ暗になってしまった。別に納経するわけでもないので、暗くなっても特に支障はなく、いつも通りにお参りして来た道を戻った。槇尾山口のバスは遅くまで運行していたので助かった。後は南海電鉄に乗り継いで和歌山に向かった。

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2015年11月19日 (木)

子供の甲状腺ガンの多発

子供の甲状腺ガンの多発が福島県で多発しており、裁判にもなっているが、それに対して原発事故の影響だという意見とそれを否定する意見が今朝の朝日新聞に出ていたが、否定する側の国立ガンセンターに所属している人の意見を読んで唖然としてしまった。要旨は以下の通りである。

「発症率と放射能濃度との関係はデータが少ないので、疫学的には証明できない。事故から発症までの期間が短く、チェルノブイリと比べて放射能濃度も低いので、発症率の高さは過剰診療が原因と考えられる」というものである。ここでいう過剰診療とは精密な検査を行うことにより、通常の検査では発見できないものまで発見してしまうことを言うらしい。

発症までの期間が短いことやチェルノブイリに比べて放射能の濃度が低いことについてはなんら根拠が示されておらず、恣意的なものと疑われてもやむを得ないし、疫学的な結論を出すのであれば、周辺の放射能濃度が相対的に低い地域での発症率を調べるべきなのに、それを行うと過剰診療を引き起こすから調べるべきでないという。これは論理の破綻以外のなにものでもない。「それでも科学者の端くれか?恥を知れ!」と言いたくなる。厚労省からの圧力があり、問題を闇に葬ってしまおうという魂胆がありありである。その後に、今の調査自体は今後も継続すべきであると書いてあるところに、かろうじて科学者の良心が垣間見られるが、もっと良心を大切にしてほしい。この意見を読んでも論理の破綻に気づかない人はよほどの節穴の目を持っているとしかいいようがない。

国は従来の安全基準である1ミリシーベルを無視して20ミリシーベルまでの地域には避難者を帰還させ、帰還しない者に対しては、家賃補助を打ち切ろうとしている。20ミリシーベルというのは原発作業員の安全基準であるのに、そんなところに子供を住まわせようとしている。これは被災にあった人を切り捨てる棄民以外のなにものでもない。櫻井よしこをはじめとする御用評論家は20ミリシーベル以下であれば安全だという大合唱を行って国のお先棒を担いでいるが、そんなことは自分が20ミリシーベルの地域で生活してから言えといいたい。

安倍晋三はオリンピック招致の演説で福島はアンダーコントロールであるという大嘘を世界についたが(汚染水が日々溜まり続け、格納容器の中がどうなっているかわからないにもかかわらずである)、福島の事故はなかったことにしてしまおうという策謀は絶対に許してはならない。

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2015年11月18日 (水)

パリのテロに思う

今回のパリのテロに関しては、犠牲になった方に対しては心から哀悼の意を表したいが、同時にいくつかのことに思いが至ってしまう。

フランスのオラント大統領は戦争状態を宣言し、IS空爆強化に乗り出し、ロシアを含めた各国の足並みも揃うようであるが、空爆強化はISに打撃を与えるだけでなく、一般人の巻き添えによる被害を飛躍的に増やすことは間違いない。パリのテロには怒りを感じても、空爆による犠牲には痛みを感じないというのは正常な感覚だとは思えない。
テロに対する怒りや恐怖が難民排斥の動きに繋がることも懸念されるが、冷静な対応が望まれるところである。テロリストの入国チェックはバスポート、容姿、指紋等によって行われるであろうから、手間のかかることではあるが、難民の入国チェックも空港と同様の厳格さによって対処すべきであり、難民排斥に向かうべきではない。

我々日本人にとっては、戦争法の成立により、いよいよ日本においてもテロが現実のものとなってきたことが懸念される。東京オリンピックや賢島サミットのことが心配されているが、それ以上に心配なのは原発に対するテロである。原発大国フランスとほぼ同数の原発を有する日本は、安全神話から脱しておらず、警備体制も不十分だからである。

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石原莞爾と昭和天皇

「日本の一番長い日」で名高い半藤一利と同じく昭和史研究家として有名な保阪正康の対談である「賊軍の昭和史」を読んだ。明治維新の官軍である薩長出身者や非薩長出身者でも官軍的思考の持ち主がいけいけどんどんで先の大戦を始めたが、賊軍出身者である鈴木貫太郎や米内光政らが戦争を終結させて日本の壊滅をかろうじて免れさせることができたのは、賊軍としての経験から先を読むことができ負け方を知っていたからだというものである。面白い見方だとは思ったが、その説の当否については判断はしかねるというのが正直なところである。ただし、二点ばかり納得できないところがあったのでふれてみたい。

ひとつは満州事変を引き起こした張本人である石原莞爾(賊軍出身者)を非薩長出身者ではあるが官軍的思考の持ち主であった東条英機と対比させて肯定的に評価している点である。たしかに石原莞爾が日中戦争に反対して東条英機と対立したことは事実であり、彼自身は満州国建国の目的をソ連との緩衝帯を設けることと資源等の安定供給の確保に置いており、植民地とする意図がなかったということは事実らしいが、そうだとしても中国人民の抗日運動の激化により日中全面戦争につながることと、世界での孤立によりアメリカとの戦争に踏み切らざるをえなくなることを予見できなかったことは大きな誤りである。その一番の原因は満州と呼ばれていた中国東北部を無主の土地と誤認して五族協和の国家を作ろうとしたことである。なるほど当時の満州は軍閥が跳梁していて国民党政府の支配が及ばない地域であり、日露戦争以来の日本軍の関わりから日本にも当然権益があると考えたのだろうが、重大な二点を見落としているように思う。ひとつは満州は清王朝の出身地であり、
長らく中国本土と一体化しており、たとえ実効支配してなくても、アイデンティティーを有しており、満州国建国は当然日本の侵略と映るに違いないことである。もうひとつは満州は無人の荒野ではなく、満州人等が居住しているにもかかわらず、その現地人の意志を全く無視していることである。それゆえに中国人民の抗日運動の過小評価につながったのだろう。

もうひとつの点は、半藤一利において顕著なのだが、ポツダム宣言受諾におけるいわゆる「ご聖断」に関して昭和天皇の「平和主義者」としての側面が過大評価されているように感じられることである。たしかに昭和天皇はヒットラーのような好戦的な人物ではないことは間違いないようであるが、開戦時においては「勝つ可能性があるか」が、終戦時においては「国体が護持されるかどうか」が最大の関心事であり、戦争により多大な被害を被る国内外の人々についてはあまり関心が払われなかったことは、戦犯に該当するかどうかは別として、批判されるべきである。明治憲法下では天皇はいわば飾りのような位置付けであり、通常は決定権は有していないのであるが、開戦や終戦においての御前会議において、国の方針に対する最終的な決定権を行使したように、天皇にその意志があれば、開戦を避けることも、終戦を早めることもできたはずである。もちろん、戦前の軍部指導者はその言葉とは裏腹に幕末の尊皇攘夷の志士と同様に天皇を玉(ぎょく)としてしか見ておらず、天
皇が自己に都合の悪い行動をした場合には、あらゆる手段をとったであろうから(幕末において公武合体論者だった孝明天皇は毒殺されたという説もある)、昭和天皇にそのような勇気を期待すること自体が無い物ねだりではあるが、少なくとも平和主義者と持ち上げるのは贔屓の引き倒しとしか言えないのではないか

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2015年11月16日 (月)

憲法押しつけ論の誤り

今度の参議院選挙では与野党逆転を果たして、戦争法廃止の足がかりをつかむつもりだが、敵もさるもので、参院でも3分の2以上を占めて憲法改正の国民投票に持ち込む魂胆らしい(そんなことをさせてたまるか!)。改憲派の主張の根拠として現行憲法はアメリカに押し付けられたものだから、自主憲法を制定しようとするものがあるが、それがいかに表面的な見方に基づくものであるかということにふれてみたい。

現行憲法がたとえ押し付けられたものであっても、その内容が素晴らしく、平和や自由を希求する国民の願いに合致しているものであれば全く構わないではないかと思っていたが、いろいろ調べてみると押し付け憲法という見方は当たらないという結論に達した。なるほど、表面的には当時の占領軍であるGHQから呈示されたものが現行憲法となったのは事実であるが、当初にGHQからの命令で日本側から出された新憲法の原案は明治憲法を焼き直したものに過ぎず全く問題とならなかったので、GHQが参考となる資料を探したところ、民間の憲法学者である伊藤安蔵が発表した憲法原案が素晴らしいものであることを発見したので、それを基に現行憲法が作成されたらしい。伊藤安蔵も自分の頭だけで考えたのではなくて、明治時代の自由民権運動以来の我が国における憲法議論を参考にして草案を作成したとのことである。ということは、現行憲法は明治以来の我が国の民主主義を求める運動の集大成として作成されたということが言え、押し付け憲法という主張はいかに表面的な見方に過ぎないかということが言えるであろう。

余談になるが、民衆史という分野を開拓された色川大吉先生が五日市の民家から発掘された自由民権運動期の憲法草案が明治憲法と比べて民主性の高いものとして評価され、五日市憲法として脚光を浴びた。伊藤安蔵が直接には五日市憲法を読んではないかもしれないが、自由民権運動において共有されていた思想が五日市憲法に活かされたであろうから、五日市憲法の思想は現行憲法にも引き継がれてきたといって間違いないであろう。美智子皇后が五日市憲法に感銘を受けたということが報道されたことがあったが、現在の天皇家は皇太子も含めて現行憲法擁護派のようである。集会デモの際に右翼の街宣車の車体に大きく「天皇は国民を餓死させないでください」と書いてあり、最初はなんのことかと思ったが、多分、彼らの崇拝する天皇自らが、護憲派であることへのジレンマの表現なのだろう。

安倍晋三に告ぐ。あなたたちの崇拝してやまない天皇も現行憲法を支持しているのだぞ。それでも改憲しようとするのならば逆賊呼ばわりされることとなるが、それでもいいのか!

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中国脅威を振りかざしたシーレーン防衛論の誤り

集団的自衛権の必要性として法案審議の初期においてはイランによるホルムズ海峡封鎖に備えるこてが主張されたが、当のイランから封鎖意図はないことが表明される等、その主張の非現実性が明らかになったため、審議終盤には安倍晋三自らその主張を撤回したことは記憶に新しい。ところが、南シナ海での米中緊張高まりとともに中国脅威を振りかざしたシーレーン防衛論として集団的自衛権を行使して日本も同海域に艦船を派遣すべきだという意見が浮上してきたが、この主張には二つの誤りがある。
ひとつは、たしかに南シナ海は日本にとって有力なシーレーンではあるが、それが唯一ではなく、インドネシア諸島を経由してフィリピン東方を通過するルートも多少は遠回りかもしれないがあるからである。南シナ海であれば、中国が制海権を握ってシーレーンを封鎖することも可能かもしれないが、西太平洋において米軍を抑えて中国が制海権を握ることはあり得ないからである。

二つ目は、日米との全面戦争といった事態にならない限り、経済的要因から中国がシーレーン封鎖を行うことは考えられないからである。なんとれば封鎖の対抗として中国の貿易の1位と2位を占める日米による経済制裁が行われれば、中国経済は大打撃を被ることになるのは確実であり、そんなリスクを冒してまでシーレーン封鎖を行うことは考えられないからである。また日米との全面戦争も非現実である。なぜならば、経済的要因の他に軍事力において、中国は軍備を急ピッチで拡張しているとはいえアメリカが圧倒的に優勢だからである。

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2015年11月15日 (日)

エベレスト3D

新宿アルタ前で安倍政権批判の集会が開かれるまでの時間潰しに「エベレスト3D」を見る。今まで見た山岳映画は山の世界の内側の人間として見てきたが、今回初めて山の世界の外側の人間として見ることとなった。正直言って、こんな辛さや恐ろしさをもう味わう必要はないのだと思うと、本当に気持ちが楽になる。

映画の内容自体は現場に同行していたジャーナリストのクラカワーの「空へ」で詳しく報告されていて、特に目新しいものはないが、今まで見た山岳映画とは比べらべものにならないくらいに臨場感に富んだものであった。よくぞ、撮ったりと思えるアングルが多数あり、退屈しない2時間であった。
Everest

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2015年11月13日 (金)

原発擁護論の誤り

原発擁護論のひとつとして見られるものとして、「原発は危険かもしれないが一度作ってしまったものは、何十年もかけて廃炉にしてしまわなければ危険性は除去できないのだから、あるものは利用していくのが合理的だ」というものがある。この論法は二つの点で致命的な誤りがある。ひとつは停止中の原発で燃料棒を抜き取ってあるものは、稼働中の原発と比較して何らかの事故が起きた場合の危険性は格段に低いことを見過ごしていることであり、このことは多くの専門家が認めているところである。ふたつ目は、原発を稼働するということは、処分方法のない核のゴミをさらに増やしてしまうことだ。既存原発の中でも危険度がきわめて高いといわれている伊方原発(地震、米軍機墜落、津波等の危険)は再稼働ではなく、即時廃炉とすべきである。その場合に四国電力は本来は巨額の損失が発生して債務超過に転落する危険性があるのだが、それに対しては国民としては納得がいかない面もあるが、廃炉費用は長期に渡って損金化する一方で電気料金に上乗せするという道筋もできているようなので、廃炉をしやすくなっているという面ではプラスとも言えなくもない。

原発擁護論として一時ほどは強調はされなくなってはいるが、依然として根強い神話である安価なエネルギーだという説がある。これに対しては使用済み燃料の処理、廃炉、事故といったことを考えると原発は超高コストだということは、ほぼ定説になっていると思われる。ただ、残念ながら現時点においては再生可能エネルギーは火力発電よりはかなり高コストであることは事実であり、危険性の相対的に低い原発に限っての再稼働をおこなった場合でも残る①危険性、火力発電が大量の二酸化炭素をまき散らすことによる温暖化という②有害性、再生可能エネルギーの比重を高めることによる電気代上昇という③経済性の三つを天秤にかけて、その割合をどうしていくかは安倍晋三が決めるのではなく、国民全体のコンセンサスが必要と思われれる。

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2015年11月12日 (木)

河野行革相は安倍政権のガス抜きだ

自民党の中では珍しく脱原発を明言している河野行革相が自民党版事業仕分けにおいて予算の無駄遣いを指摘している様子がテレビで放映されて溜飲を下げてる向きもあるかも知れないが、これは安倍政権のガス抜き以外のなにものでもない。なんとなれば、この指摘にはなんの強制力もなく、予算編成や執行に活かされる保証は全くないからである。自民党の中では限られた良心とも言える河野太郎氏の主張をもし安倍晋三か政策に取り入れるつもりがあるのであれば、強制力や予算権限のある省庁のトップに抜擢したであろうが、あくまで安倍政権に不満を持つ人に対するガス抜きとしてしか考えていないのであろう。

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闘いの展望

多くの市民運動の中で今現在、自分が最も関心を持っているのは安保(戦争)法制廃止、辺野古埋立阻止そして脱原発であるが、このうち安保(戦争)法制廃止に向けては方向性は明快である。参院選そして次の総選挙で今の野党が過半数さへ取れれば、集団的自衛権の閣議決定の取消しと安保(戦争)法制廃止法案を成立させればいいだけだからである。そして野党の選挙協力さへ実現できればその可能性は高まるのだから、市民運動として今もっとも望まれるのは、集会、デモその他によって野党に対して選挙協力を実現するように野党(特に民主党右派)に圧力をかけることに集約されるだろう。

これに対して辺野古埋立て阻止は与野党逆転を果たしても実現は困難であろう。なんとなれば、民主党自体が政権にあったときに迷走の末に普天間基地の辺野古移設を容認してしまった経緯があるからである。また本土及び沖縄でいかに運動が激化しようとも、安倍政権が方針転換するとも思えない。国民の大多数が反対し、国会周辺で空前の反対運動が盛り上がっても一切無視して安保(戦争)法制を成立させてしまう安倍政権だからである。このように考えると八方塞がりのように思えてしまうが、ひとつだけ道がある。それは沖縄での闘いをさらに押し進めてアメリカに海兵隊の沖縄撤退を決断させることである。

沖縄返還時にアメリカは海兵隊を撤退させるつもりだったが、日本政府の強い引き留めにより駐留を継続させたという最近公開された公文書でも明らかなようにアメリカにとっては沖縄に海兵隊を駐留させなければならない戦略上の必要性は乏しく、ただ日本側からの協力があって、沖縄は居心地がいいから駐留し続けているといっても過言ではないのである。よく沖縄の地理的条件ということが言われるが、尖閣防衛に関しては自衛隊がその任にあたり、海兵隊は無関係であることは日米で合意済みであるし、台湾有事の場合を考えても、沖縄の海兵隊を海上輸送する艦船は沖縄にはなく、佐世保から艦船を廻さなければならないことを考えると、グアムに海兵隊を置いた場合に比べた優位性は全くないと言える。これに対して嘉手名基地は米軍の極東戦略の要となっており、アメリカにとっては絶対に手放せないものであるが、辺野古埋立て反対の運動が盛り上がって、それが嘉手名基地反対の運動に飛び火することをアメリカは最も怖れている。であるから沖縄での辺野古埋め立て反対の運動がさらに盛り上がれば、アメリカが海兵隊の撤退に動き出す可能性は十分考えられるので、沖縄での運動を一層盛り上げて行く必要がある。もちろん運動の主体は沖縄住民でなくてはならないが、それを支援するために本土からの応援もやはり必要となるであろう。またアメリカからの海兵隊撤退の申し出に対しては日本政府は引き留めにかかるであろうから、そうさせないように本土での運動を盛り上げる必要があることはいうまでもない。

原発に関しては、重要なベースロード電源であると位置付けている自民党以外の政党は程度の差はあれ脱原発を主張しているので、政権交代さへ行われれば、脱原発の方向には進むであろう。しかしながら脱原発の道は容易ではない。私が参加する集会デモでも原発再稼働絶対反対が叫ばれるが、つなぎ電源としての再稼働容認という主張は当然のことながら全くなされない。その根拠としては先日の川内原発再稼働まで一年以上に渡って原発なしで乗り切れたことがあげられるのだが、これは少々乱暴な議論であると思う。老朽化した火力発電所をフル稼働し、巨額のLPGガス代金を海外に支払い、二酸化炭素を撒き散らしてなんとかやりくりしたものであり、こんなことは何年も続けられるものではなく、再生可能エネルギーが完全に軌道に乗るまでは、つなぎ電源としての原発再稼働も容認せざるを得ないのではないかと思われる。ただ脱原発の運動を行う際に、どの原発はつなぎ電源として再稼働は容認するなどということは運動論としてはなりたたないと思う。運動としてはすべての原発再稼働を反対する中で、政府が脱原発の方針にある限りは、その脱原発のスケジュールに従って、相対的に危険性の少ない(=反対運動の弱い)原発のみを稼働させていくだろうから、運動側は伊方原発のような(中央構造線上にあって地震の被害を受けやすく、過去に何度も近くに米軍機が墜落している等の)危険性の高い原発に対して猛反対をしていきさえすればよいのではないかと思われる。

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2015年11月 8日 (日)

坂東三十三箇所札所巡り( 栃木北部編)

坂東三十三箇所札所巡り(<br />
 栃木北部編)
初日は宇都宮北部にある大谷観音だ。大谷石で有名な所であたりは至るところに巨岩が見られる。大谷観音は日本最古の石仏だそうで、寺院も岩をくりぬいた(?)穴の中に作られている。

参拝後に宇都宮まで戻り、日光でバスに乗り換えて中禅寺温泉に向かい、中禅寺湖畔のホテルに泊まる。

翌朝は雨が本降りだったため、家内はバスして一人で中禅寺観音に向かう。ホテルからは歩いて20分くらいのところにあり、昨日の大谷観音に続いて拝観料500円をとられた。坂東三十三では珍しいことではあるが、本堂でのお坊さんの説明付きだったから、無理もないか
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今回は栃木北部ということで放射能の線量を測定したのだが、宇都宮も日光も健康レベルは十分クリアしていたので一安心である。なお栃木の札所は南部に2ヵ所残してしまったが、いずれも交通の不便な所なので、アクセス方法をよく検討する必要がある。

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2015年11月 6日 (金)

放射能線量計

放射能線量計
坂東三十三箇所札所巡りその他で今後、北関東や南東北に行く機会が多くなりそうなので、そのあたりが福島原発事故によってどの程度放射能が高くなっているのかを確認したくて線量計を購入した。一応安全と言われている都内においてもホットスボットと呼ばれる局部的に線量が高い場所もあるようなので、普段外出する時も持ち歩いていろいろと計測してみようと思っている。自分の年齢では多少線量が高かろうと大した問題ではないのであるが、孫の行動圏内にホットスボットがないなどうかについては関心を持たざるを得ない。

杉並の自宅では健康には全く問題ないとされる1時間あたり0.1マイクロシーベルをはるかに下回る0.05程度であったものが、東京の西北部に移ると0.07近くまで上がり、ここから進路を北に向けて埼玉南部に向かったので、さらに数値が上がるかと思いきや、また数値が0.5程度まで下がったので、東京・埼玉南部に関しては、ホットスボットを除けば健康に影響するような高濃度の地域はないようである。

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2015年11月 5日 (木)

お手並み拝見

辺野古の埋め立て予定地で土器が発見されたというニュースが注目される。本来であれば、周辺の調査が終わるまで工事は中断され、その期間は1年以上と言われている。しかしながら、憲法違反の法律を強引に通してしまう安倍晋三が、自分に都合の悪い法律に簡単に従うとはとても思えない。お得意の拡張解釈で法律の規制には該当しないという強弁を使うか、文化財保護よりも国益の方が重要であるという論理を使うのかはわからないが、いずれにしても工事は続行し、法律違反との指摘に対しては法廷闘争で時間をかせぎ、埋め立ての既成事実を作ってしまうことも考えられる。
さて実際にはどのような対応がなされるだろうか。安倍晋三のお手並み拝見である。

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2015年11月 3日 (火)

今日は何の日

今日11月3日はもちろん文化の日であるが、その由来は69年前の11月3日に憲法が公付されたことにあるのだ。それに因んで、憲法を踏みにじる安倍政権に抗議する集会が作家の澤地久子さんの呼びかけにより国会前で開かれ、今後は毎月3日に定例化されるそうだ。

定刻ちょっと前に国会議事堂前で下車するが、ちょっと変だぞ。下車する人もほとんどなく、ホームにも集会に参加しそうな人影が見当たらないのだ。会場に近づくと不安は的中した。参加者は100人に満たないのだ。今までに参加した集会の中では最低の人数かもしれない。それ以上にがっかりしたのは、参加者は中高年が大半で若者がほとんどいないのである。SEALDSが主催する集会以外には若者が来ないのはどうしたことなのか。安倍が行っている反動政策で一番被害を被るのは若者であるのに・・・

集会そのものは木内みどりさんの司会と落合恵子さんその他のゲストや参加者のスピーチで盛り上がったが、今一つ割りきれないものが残った。その後、集会は「国会を開け」を要求する集会に変わって散会した。今週末までは安部は外遊予定はないはずなのに、野党に追及されるのがいやだからと、憲法の定める野党の国会開催要求を無視し続けるのは憲法を踏みにじり続けてきた安倍にとっては至極当たり前のことなのだろう。
今日は何の日 

散会後に近くの経産省前の原発反対のテントに立ち寄る。先日の高裁判決で撤去が時間の問題となり、見納めとなるかもしれないのでカンパをしてくる。
今日は何の日

帰りに新宿駅西口で若者の戦争法制反対の集会があるというので寄ってみる。数は少ないけれども若者も頑張っていることに多少は勇気づけられる。昼間の参加者が少なかったのは夕方の集会があったからかな。集会のハシゴをするほどのヒマ人はそうはいないか
今日は何の日

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2015年11月 1日 (日)

沖縄づくし

タイトルから沖縄旅行記か沖縄グルメの話と誤解されるかもしれないが、辺野古埋め立ての反対運動の話である。午後から新宿アルタ前での集会と新宿駅周辺でのデモがあり、夕方からは大久保駅近くで、沖縄からの現地報告があったので、ダブルヘッダーで参加してきた。

アルタ前の集会では反対側の歩道にも散らばっていたので、そんなに大勢いるようには思えなかったが、デモが始まると、数千人規模と沖縄関連としては珍しい人出であった。東口から西口を回って、また東口に戻ってくるまで1時間あまり行進したが、沿道の人達の沖縄問題に関する無関心さが印象に残った。沖縄の人達を苦しめているのは本土の自分達なのだということをどうしたらわからせることが出来るのだろうか?
沖縄づくし

夕方からの現地報告はたいへん参考になった。わかったことは現地での抗議行動を行う人数が絶対的に不足しているということであった。国側は警視庁から機動隊を100人単位で呼び寄せたり、なりふりかまわず警備・弾圧態勢を強化しているが、これに対抗するには本土からの支援を大幅に強化する必要があるようだ。自分も今までは沖縄の闘いには共鳴しつつも、東京での運動参加で済ますつもりであったが、そんなことは言っていられない状況であることがわかった。沖縄での警察の弾圧は凄まじく、無抵抗の座り込みに対しても逮捕は日常茶飯事だそうだが、派手な抵抗さへしなければ数日の勾留で釈放されているようだから、恐れるには足るまい。今月は無理だが、来月あたりに沖縄に渡ることを真剣に検討してみよう。
沖縄づくし

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安倍の恐怖独裁国家に向けた道を阻止しよう

中国で複数の日本人がスパイ容疑で逮捕され、真偽のほどは定かでないが電気ショックの拷問まで受けているというのに、政府はスパイ関与を否定するだけで、一向に邦人救出に動き出そうとしていない。このことは逆に見れば、スパイ関与している事実を明らかにしていると言えないだろうか?なまじ、中国政府に抗議して問題が大きくなってしまいスパイ関与が公然となるのを避けるために、うやむやにして幕引きを図ろうとしているとしか思えない。スパイなんかどこの国でもやっているという声が聞こえてきそうだが、これは戦争なんかどこの国でもやっているということと同じ論法である。仮にも平和国家を標榜するのであれば、外国の情報収集は外交官がその職務に伴って行うべきであり、スパイ行為という不正な手段によるべきではない。

マイナンバーにより、国民の情報を一元管理し、特定秘密保護法により、国民の知る権利を奪い、教育への介入によって、政府に従順な国民を育て、安保(戦争)法制によって戦争ができる国を作る・・・、安倍の恐怖独裁国家造りは着々と進んでいる。絶対にその道は阻止しなければならない。その道の先には日本という美しい国が再び破滅するしかないのだから

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