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2015年12月11日 (金)

沖縄へ

戦後70年の節目の年に広島と長崎の原爆式典に出席したが、今年もうひとつ訪れておかなければならないのが沖縄である。本来ならば沖縄戦が終わった6月23日に訪問すべきだったのかもしれないが、個人的な事情から訪れることができなかった。そうこうするうちに12月になってしまったが、この間の日本政府による沖縄いじめは激しさを増して、もはや許しがたい段階まで来てしまったので、やっと思い腰をあげることとなった。

那覇行きの便は早朝だったので、前夜から羽田空港の待合室で仮眠するつもりだったが、国内線ターミナルに行ってしまったので、だれも仮眠している人はおらず、警備員から閉め出しを喰らいそうになる。ここで仮眠できるのは国際線ターミナルであることを思いだし、最終のモノレールで国際線ターミナルに移動すると、こちらには仮眠客がたくさんいたので、その中に紛れ込む。

翌朝は大きな遅れもなく那覇に着き、モノレール、バスを乗り継いで嘉数高台公園に着く。ここは沖縄戦の激戦地でトーチかの跡も残っている。公園の展望台からは眼下に普天間飛行場が眺められる。密集する人家すれすれに爆音を轟かせて軍用機が飛んでいる光景を思い浮かべていたのだが、実際は数機のオスプレイが滑走路に停まっているだけの静寂の世界でちょっと拍子抜けであった。
沖縄へ

そこから少し歩いたところからバスに乗り、2時間近くかかって辺野古で下車。なんの変てつもないところで日本中を揺るがせている大騒動が起きている場所とはとても思えない。埋立の是非が争われているのだから海の方に行けばあるに違いないと進んでいくと、たしかにテント村はあったが、数人の人がいるだけで静まりかえっているので、またもや拍子抜けであった。聞いてみると、少し離れた基地のゲート前で座り込みをやっているというので、そちらに向かってみる。途中に食物屋があったので朝からろくに食べていないこともあり、立ち寄って沖縄名物のソーキそばを注文する。店の人に「旅行ですか?」と聞かれる。辺野古の地元の人は雇用問題が大きいからか、辺野古移設容認の人が多く、反対運動を快く思っていないと聞いていたので、「そうです」と応えてしまう。

食後にしばらく歩いていると、大きな掛け声とカラフルな旗が見えてくる。総勢20人くらいの少し寂しいデモ隊であるが、元気にシュプレヒコールを繰り返している。どういうわけかちょっと違和感を覚えたので、今日はデモ隊の中には入らず、反対側の歩道から眺めるだけにした。まもなく4時となってデモ隊は解散したので、私もちょっと手前の金武の町に戻って、予約してあったゲストハウスで今日はのんびりすることにした。

ネット右翼の書き込みでよく見られるのが、座り込みの騒音で住民の生活が脅かされているというものがあるが、これが全くのデタラメであることが現地を訪ねてみてわかった。というのは座り込みの場所は辺野古住民の居住しているところからは二つ離れたバス停付近であり、どんなに騒ごうが、絶対に騒音は聞こえるはずはないからである。強いていえば、機動隊の暴力によって負傷した市民を搬送する救急車のサイレンや右翼の街宣車の騒音があるかもしれないが、それらは全て、運動の妨害者の責任である。ひょっとして住民というのは基地の中にいる海兵隊のことかな。それだったらあるかもしれないが、そんな所にいる方が悪いのである。

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