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2015年12月20日 (日)

茨城北部札所巡り

今日12月19日は戦争法が強行採決されてから3か月目にあたる。前2回の19日は平日にもかかわらず、4千5百人が国会前に集まったので、土曜日となる今回は久しぶりに万単位の人が集まるだろうと期待していたら、なんたることか、今回は国会前ではやらずに屋内で講演会を行うとのことである。全国的には多数の集会が開かれるというのに、お膝元の東京中心部で開かれないとは・・・
そこでやむをえず、やり残している茨城北部の札所巡りを行うことにしたが、列車移動期間中は、自転車を収容している袋にメッセージを書いた紙をぶら下げ、自転車走行中は(あまり、人には会わないだろうけど)、背中のザックに「アベ政治を許さない」のメッセージを張り付けて抗議の意思表示を行うことにした。
茨城北部札所巡り

今回最初に行く21番札所の日輪寺は福島との県境にある茨城県の最高峰の八溝山の中腹にある。八溝山に以前に自転車で出かけた時にすぐ近くを通ったので立ち寄ればよかったのだが、その時は札所巡りをするなどということは考えてもなかったので、立ち寄らずに通り過ぎてしまい惜しいことをしてしまった。この札所は最寄りの水郡線から距離にして20キロ以上、標高差にして800メートル近くあるという坂東三十三札所の中では屈指の難所である。もっとも、途中まではバスがあり、自転車の持ち込みも可能であることは確認済みなので、片道だけ利用させてもらうことにより時間短縮を図り、できればあと二つの札所も巡って、茨城県の札所はすべてクリアしたいと思っている。

水戸を4分遅れで出発したので、常陸大子でバス乗換時間が5分しかないことから少々心配したが、途中遅れは取り戻したようで、ほぼ定刻どおりに着き、バスにもなんとか乗り込むことができた。バスで輪行するのは国内では初めてである。

バスを降りて急いで自転車を組み立てる。水郡線に降りてからの電車の時刻の関係で大急ぎで済ませたため10分余りで終わり、すぐに出発するが、まもなく急な登りとなり、たまらず降りて歩きだす。それからも傾斜の緩い所以外は歩いたため結構時間がかかり、予定していた電車に乗るのは難しくなってくる。

携帯のGPSは圏外となって使えなくなるし、タブレットのGPSもスリープ状態にしてあったせいかメモリー不足できかなくなり、再起動するのも煩わしいため現在位置がわからないまま登っていると、傾斜が緩くなったなと思ったら左に日輪寺に向かう道が分岐していた。

日輪寺は結構賑わっていたが、みなさん車で来ていらっしゃるようだ。車で来れば全く楽な札所になってしまう。なお本日の北限となるので放射線量を測ってみると、時間あたり230マイクロシーベルであった。年間の安全基準が1ミリシーベルだから、1時間あたりにすると約110マイクロシーベルとなるのに対して倍以上の数値だ。短時間いる分には全く問題はないのだが、福島県内だけでなく隣接県においても居住するとなると健康面の心配をせざるをえないのだろう。原発の被害の深刻さを思わずにはいられない。
茨城北部札所巡り

予定していた電車には乗れそうもないので1時間半後の電車に乗ることにしたのでのんびりと下り始める。こんな所を登って来たのかと思うほどの急な坂でブレーキをかけっぱなしで降りていく。登りは汗をかいた道も下りはこの冬一番の寒気を含んだ風に吹かれるとたちまち体が冷え込んでくる。傾斜が緩くなってきたあたりで陽もさしてきたので、少しは寒さもやわらいできた。

水郡線まで降りてきたところで、次の22番札所の佐竹寺までの行き方を考える。このまま自転車で佐竹寺まで直行しても、駅で30分くらい待って常陸太田までまわっていっても、時間は大差ないのである。すっかり冷えきってしまい自転車で行くのはしんどい気がしたので電車で行くことにした。

上菅谷で30分ほど待ち合わせてから常陸太田に向かう。この路線は水郡線の盲腸のような支線で、以前にわざわざ遠回りして乗りにきたことがあったが、今回来ることがわかっていれば来ることもなかったわけだ。

常陸太田駅から佐竹寺までは往復で約5キロの半端な距離である。自転車の組立と収納の時間を考えると走った方が早いように思うし、次の電車までは50分あるのでじゅうぶん間に合うと判断して、短い間だからと自転車は袋に入れたまま駅に放置して札所に向けてダッシュするつもりであった。ところが、終点の二つ前の駅を出て橋を渡っている時に窓の下の方にちらりと人影が見えた。こんな所に人がいるわけないし見間違いだろうと思ったら電車が急停車する。最後尾車両の車掌室の所に人が集まっているので覗いて見ると、なんと鉄橋の線路の横の保守用の側道に人がいるではないか。早く引き上げて発車すればいいのにと思うのだがなぜかモタモタしている。その時だった。自転車が引き上げられたのでビックリした。なんとあの狭い側道を自転車で渡っていたのだ。多分、近道をしようと鉄橋の側道を渡っていたのだが、途中で怖くなって立ち往生してしまったのだろう。線路内に人が立ち入ったということはよくアナウンスされるが、自殺未遂だとばかり思っていたら、こんなケー
スもあるんだ。それにしてもはた迷惑な人だ。

終点には13分遅れで着いたので、札所を往復するのは時間的に厳しいと思われるため、最後の札所のある笠間までは電車でなく自転車で行くことにした。40キロくらいあり、夜間でスピードは出せないが、なんとか最終には間に合いそうである。

札所までの道はわかりづらく、何度も迷ってしまったので、走らなくてよかったと思った。笠間までの道はわかりやすい道で迷うことはなかったが、とにかく長かった。笠間市街地に入ったので、札所を探さなければならないが、なかなか難しい。地図では神社の奥の方に位置しているが、神社の裏の方にまわっても、崖になっていて道はない。もういいやという気分になって、代わりに神社に参拝して終わりにするつもりであった。ところが、駅の方に向かって進んでいると、左に曲がる道がある。もしやと思ってそちらに曲がると果たして札所はあった。ただ本堂は長い階段を登った先のようであり、そこまで行ったら最終には乗り遅れるかもしれないということで階段の下からお参りするという横着をする。まあ隣の神社に寺の代りをしてもらってお参りするよりはマシだろう。

これで曲がりなりにも目的を果たせたので、笠間駅に向かう。夕食をとっていなかったので、途中のコンビニで買い物をしたかったのだが、気が急いていたので駅に直行する。時間的には多少余裕をもって駅に着いたが、駅前には店屋はなくガッカリする。乗り換える小山駅の乗り換え時間もわずかなので、今日中の夕食にはありつけないことになった。

笠間駅の最終には間に合ったが、小山駅での最終の上野行きの乗り換え時間が4分しかないのが心配だ。不安が的中して、最終電車は始発駅を4分遅れて出発とのアナウンスがある。それでも途中で遅れをとりもどしたようなので、ホッとしたのも束の間、小山の少し手前で単線のためすれ違う電車が遅れたのを待ったため、結局、小山には4分遅れで着く。隣のホームには上野行きがすでに到着している。最終なんだから遅れた水戸線の乗客は待ってくれるだろうとは思いつつ、回りが皆走るので、自転車を担いでホームと階段を必死で走る。年金を貰っている人のやることではないなと思いつつも頑張ったお陰でなんとか乗り込むことができた。ハラハラしどおしの1日だった。

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