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2015年12月16日 (水)

海難1890

1890

海難1890を見てきた。トルコの軍艦エルトゥール号が串本沖で難破したのを地元民が必死で救出したことがトルコの教科書にも載っていて、トルコ人なら知らない人はいないくらいに日本人に対する親近感をもっていることが、イランイラク戦争に際してのトルコ航空による日本人救出につながったことを描いた映画である。

実はこの映画でとりあげられている題材は自分にとってはたいへん身近に感じられるものである。というのは映画の後半のテーマである日本人救出があった年の2年前にイラン首都のテヘランに駐在していた兄の所に母を遊びに連れていくということで、トルコのイスタンブール経由でテヘランにいったことがあるからである。因みに兄は2年後の緊迫時になんとか帰国できた。

この時は、イスタンブールに2泊したが、トルコ人が親日的であるのは日露戦争で勝ったからだと思っていて、エルトゥール号のことを知ったのは後年である。イスタンブールからテヘランまではトルコ航空を利用したが、ずいぶんボロい飛行機を使っているなと思っただけで、この飛行機が後で日本人を救出してくれるとは思ってもなかったし、テヘランもまだ戦争の影はほとんど見られず、そんな緊迫する事態が来るとは想像もできなかった。救出劇についてはリアルタイムで知っていたし、その後のドキュメンタリーでパイロットが撃墜される危険を承知で飛来し、空港の管制からは着陸許可が降りないという困難の中で任務を遂行したことは知ったが、空港でトルコ人たちが、自分らの搭乗は諦めて日本人を優先的に搭乗させてくれたことは、この映画で初めて知った。

今年、紀伊半島を自転車で一周した時に、串本でエルトゥール号の遭難碑に立ち寄ろうかと思ったが、潮岬で日没を見たかったので、断念してしまった。結局、潮岬では雲で日没が見られなかったのだから、やはり、遭難碑に立ち寄るべきだったなと悔いている。

余談となるが、この映画が今夏に上映されなくてよかった。なぜならば、自衛隊が救援できない理由として国会の承認が必要なことがあげられていたが、そのことが戦争法の必要理由として取り上げられかねなかったからである。

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