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2016年3月11日 (金)

あれから5年、今また石巻へ

5年前のあの日、私は日本列島徒歩縦断中で宗谷岬を目指して歩いていた。片時も離さずに聞いていたラジオからは各地の津波の惨状、それ以上に衝撃的だった原発事故の恐怖が伝えられて居ても立ってもいられない気持ちであった。こんな時にこんな所を歩いていいのかと自問自答を繰り返していたが、家族の無事を確認できた現在、慌てて帰ってもしょうがなかったし、だいいち急遽帰る手段があるかどうかもわからなかった。そこで思ったのは、今は予定どおり宗谷岬までの行程を完歩し、東京に戻ってから罪滅ぼしの意味も含めてボランティアとして現地におもむこうということであった。

東京に戻ってからもしばらくは現地の受け入れ体制が整わず、都庁での救援物質搬出作業のボランティアが続いたが、4月になってようやく現地の受け入れ体制が整ってからは、宮城県内を中心に延べで一月ほどのボランティアを行なってきた。なかでも石巻は1週間ほど寝泊まりした自分にとっては思い出深い土地なので、震災5年目の節目にぜひ訪れたいとずっと思っていた。

石巻は震災後もなんどか訪れているが、駅前周辺は目立った変化はない。というのは町全体が壊滅的な被害を受けた南三陸町などと違い、駅周辺は高台にあるため浸水こそあったものの、被害は比較的軽微であったのである。それに比べて沿岸部は壊滅的な被害を受け、同じ町でありながら全く対照的な状況であった。石巻での記念式典は震災のあった午後となるので、それまでは牡鹿半島方面に行ってみる。牡鹿半島は仙石線が復旧した際に東側を女川原発の少し先まで行ってみたので、今回は西側を行くことにした。半島先端の金華山が見える所まで行ってみたいが、式典に間に合うことを考えるとちょっと難しそうなので、行けるところまで行って引き返すつもりだ。

牡鹿半島の道は前回行った東側と同様に西側もアップダウンが激しく行程が捗らない。おまけに先週の櫛形山の登山口までの時と同様に登り坂ですぐバテてしまう。年のせいかな?こんな調子ではとても半島先端までは無理と判断して早めに石巻に向けて引き返す。

石巻に戻り、さてどこで黙祷をしようかと思案する。石巻市主催の祈念式典は河北という市街地からはだいぶ遠い所でやるので、自転車だと行き帰りが大変だ。近場で適当な所と考えたらハッと閃いた。そうだ!日和山しかない。ここは海を正面にした高さ70メートルくらいの展望のよい所で、震災の際には大勢の市民が必死の思いで避難したそうで、私もボランティアの時を含めて何回か行ったことがある。

日和山を目指して坂道を自転車で登っていると何人もの人を追い抜く。みんな日和山を目指しているようである。日和山に着くと人でいっぱいだった。肉親や大切な人をなくした人も多いのだろう。海の見える所にはたくさんの花がそえられていた。あの日はここから津波に荒れ狂う海を見て恐れおののいただろうし、愛する人を失って悲歎にくれただろうと思うと胸が痛む。今日は海も穏やかだし、5年の歳月がたち、心なしか表情にも落ち着きを取り戻しているようにも思える。

災害の広報が「地震発生時に慰霊のサイレンを鳴らすが災害発生と間違わないように」と盛んにアナウンスしている。だんだんとその時間が近づいてくると、みな姿勢を正して黙祷の準備にとりかかる。テレビカメラや新聞のカメラマンがシャッターチャンスを狙う。やがてその時間がやってくる。ん?サイレンがならないではないか。あたりはざわざわとし始める。5分経過した時点ではかなりの人が帰ってしまった。10分経過した時点で再び災害の広報のアナウンスがあり、「さきほどはサイレンが鳴らなくて申し訳ありませんでした」だとさ。オイオイである。まあ津波のサイレンが鳴らなかったわけじゃないんでいいんだけど、担当者の大失態でなんともしまらないセレモニーとなってしまった。
あれから5年、今また石巻へ

石巻でのセレモニーを終えた後はもうひとつの計画を実行する。それは宮城県から福島県までの海岸線近くを自転車で走破することである。実は5年前の1月にいわき市の少し北までは自転車で海岸線を走破しており、春になったら宮城県までの海岸線を走破しようと思っていたら震災のために行かずじまいとなってしまった。その後石巻以北の三陸海岸は走破したが、空白となってしまった区間をこの際に終わらせてしまおうというものである。

予定では塩釜まで行って駅前に駐輪し、身軽になって仙台に移動して宿泊し、翌日また塩釜に戻ってツーリングを続けるつもりであった。ところが、例によって道に迷ったりしたため、手前の松島で暗くなってしまったため、松島駅前の駐輪場に自転車を置いていくことにした。松島から塩釜までは30分くらいなので今日中に行くことは可能なのだが、松島の景観が震災と津波でどうなったかがきがかりだったので、暗くてはわからない今日は止めて、明日の朝出直すことにしたというわけである。なお仙台に足を伸ばしたのは、自転車の行動に不向きな夜間に仙台近辺のJRや地下鉄の未乗車区間をのり潰しておこうという魂胆からである。

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