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2016年7月18日 (月)

八丈島・三宅島の旅一日目

海の日を含む三連休に八丈島・三宅島に行ってきた。この時期、関東地方の梅雨明けは望み薄だが、八丈島あたりまで南下すれば、多分、梅雨明けしてるだろうと思って旅の目的地を選択した。八丈島だけではもったいないので、三宅島にも立ち寄ることにした。最初は飛行機を利用することを考えたが、自転車で島内一周をしてみたかったので、八丈島までのANAは問題ないだろうが、三宅島から横田までの離島専門航空会社が果たして自転車を運んでくれるのかどうか不明だったので、船を利用することにした。行きの船は夜行だったので、家内のために個室を予約しようとしたら、最上級である特等にしか個室がなかったので、清水の舞台から飛び降りるつもりで特等席を予約した。

三連休前のピーク時期だったので、予約できなかった席なし客が通路にたくさん寝そべっていて足の踏み場もないくらいであったが、快適な特等席の我々は、少しの優越感を抱く一方で、申し訳のないという気持ちも感じた。折角の特等席なのだから熟睡すればよいものを、枕が変わると眠れなくなる神経質(?)な自分は3時前から目が覚めてしまったので、運よく東側の部屋に泊まれたこともあり、船室からの日の出観賞を期待したが、あいにく水平線には雲があって日の出は見られなかった。

三宅島や御蔵島への寄港を経て、終着の八丈島底土港には予定より少し遅れた9時過ぎに到着した。最初は家内には電動アシスト自転車をレンタルしてもらって半周くらいは一緒に行こうかとも思ったが、登りは電動の力を借りればともかくとして、下りの長くて急なダウンヒルは慣れてない家内には恐ろしく感じるかもしれないと思い直して、家内には島内バスの終点まで往復してもらって、民族歴史資料館で落ち合うこととした。

港から南回りの道は行きなりの急坂である。300メートルあまり登って登龍峠に着き、一休みしながら眼下の海を眺める。
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これで登りは終わったと思ったのが甘かった。そこからさらに100メートルほど登りが続くのには参ってしまった。

ようやく下りにさしかかり、家内が帰りのバスに乗るはずの末吉に降り立つ。バスの発車時間までは10分弱なので、バス停に家内はいるはずだと思ったが誰もおらず、携帯を呼び出しても応答がないので、やむを得ず出発する。しばらくすると後ろからきたバスに追い抜かれると、車内に家内が乗車しているのが認められた。後で聞くと、近くの温泉に入っていて、バス停には発車時間ギリギリに間に合ったとのことである。

そこから先は比較的平らな道が続いたので、さほど待たせることなく資料館で合流することができた。資料館は一般的な昔の暮らしぶりを伝える生活用具の展示の外に、八丈島ならではのものとして、流人の歴史の展示もあった。関ヶ原の戦いに西軍の副将として参加して破れた宇喜多秀家以来、数百人が流されたそうである。
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資料館見学後に近くで昼食をとるつもりだったが、飲食店が近くには見当たらない。だいぶ離れた所に一軒見つけたが、店の外に行列ができていたので、あきらめてスーパーで弁当を買い、資料館の庭のベンチで食べることにした。

昼食後に家内は民宿に向かうためにバスに乗ることにしていたので、私は家内と別れて、島の北半分のツーリングにでかけた。こちらの方は南半分と違って大した登りもなく、一時間半で回ることができた。これならば家内も電動アシストで一緒にツーリングできたかなと思えるほどだった。時間はまだ早かったので、八丈富士に十分行ってこれるほどだったが、猛暑の中をツーリングしてきてお疲れ気味だったし、照り返しの中をさらに頑張る気がしなかったので、八丈富士は明日の早朝に回すこととして、民宿の近くの民芸品での家内のショッピングにつきあうことにした。

八丈島には元々ホテルは少なく、予約しようと思った時は全て満室だったので、久しぶりの民宿泊となる。ダイバー利用の多い民宿で、庭に作られたプレハブのような建物の中でのバーベキューはそれはそれで変わっていて面白かったが、風呂の湯が熱すぎて入れずにシャワーしかできなかったのには参った。その晩は、明日の八丈富士登山に向けて早々と寝てしまった。

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