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2016年8月

2016年8月28日 (日)

御坂山塊縦走

出戻りの台風10号が週明けに本土接近しそうだが、土日はそれほど影響はなさそうなので山に行くことにする。遠出が続いたので、今回は近場にするつもりだが、はてどこに行こうか?そこで思いついたのが富士五湖を取り囲むように位置している御坂山塊の縦走である。なぜ思いついたかというと、今年の春に知り合いと中央線の初狩駅から清八峠に登り、そこから東に道志山塊を歩いたのだが、清八峠から南に三ツ峠に続く尾根と西に富士五湖を取り囲む尾根も歩いてみたいとその時に感じたことを思い出したからである。

河口湖までは往復乗車券とほぼ同じ料金の富士五湖フリー切符を利用する。この切符は富士五湖周辺のバスも利用できるので利用次第ではかなりお得である。三ツ峠登山口まではフリー切符を利用してバスに乗る。最近は同行者の車に便乗してもらってばかりいたので、バスで三ツ峠に行くのは久しぶりである。天気予報が変わって土曜は雨模様となってしまったが、バスはそこそこの数の登山者が乗っていた。

三ツ峠は若い時から、クライミングの練習に相当の回数来ているのだが、頂上に登ったのはひょっとすると今回がはじめてかもしれない(頂上直下の小屋までは来た記憶はあるのだが)。
Dsc00441
頂上から小屋に戻って清八峠方面の道に入ると途端に人に会わなくなる。雨は次第に本降りとなってくる。雨はうっとうしいが、夏の低山ではガンガン照りよりはマシかな?ただペースはどうしても鈍り、最低でも今日中に越えようと思っていた御坂山塊の最高峰である黒岳に達するのは難しくなってきた。

黒岳手前の御坂峠に着いたのは5時を過ぎてしまい、稜線上に水場がなく、水を確保する必要があることから、黒岳は明日に回して水場を探しに峠から一度降りなければならない。しはらく降りて行くと、左側が谷状になってきたので、水が流れているかと期待したが、涸れ沢であった。さらに降りて行くと堰堤が次々と現れてくるが、相変わらず水は流れていない。まだ渇水期ではないはずなのにどうしたことだろうか。対岸に林道が現れ、橋がかかっている所まで降りるとようやく水が流れていたので早速テントを張るが、その頃には土砂降りとなってきた。

一晩中振り続いた雨も夜明け前には止む。天気予報では富士五湖は日中は雨は大丈夫な見通しだったので、予定通り出発することにした。雨を吸って重くなった装備を担いで、1時間強をかけて御坂峠に戻る。黒岳、節刀ケ岳と順調に進んだが、時間は既に12時を回っていた。
Dsc00443黒岳

Dsc00448節刀ケ岳

当初の予定では、本栖湖近くまで御坂山塊を西に縦走するつもりだったが、これから先には魅力的なピークも見当たらないので、下山の準備に入ることとして、十二ケ岳を目指して南に進路を取る。

十二ケ岳の中腹にある岩場は何回か登ったことがあるが、頂上は今回が初めてである。頂上直下には10メートル位の岩場があって何本もロープがぶら下がっている。これまでは一般コースの鎖や固定ロープのある箇所で緊張したことなどなかったが、この日はどういうわけか少々緊張してしまった。岩場が雨で濡れていたためだと思うが、少し焼きが回ってしまったかな。
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十二ケ岳から先は毛無山まで縦走して河口湖に下降するつもりだったが、道がよくないらしいので、十二ケ岳から西湖に直接降りることにした。最初は滑りやすい急斜面に固定ロープが連続している。ロープなしでも降りられそうだが、安全のためにあるものは全て利用させてもらう。その後は尾根が広くなってきて西湖も真下に見え始める。さらに下降を続けると路線バスらしき車が通りすぎたのが道路のすぐ上から見えた。バス停で確認すると、数分前に河口湖駅行きのバスが発車しており、次のバスは1時間後である。その時、振り返ると、時刻表には載ってない河口湖駅行きのバスが来るではないか。手を挙げて聞いてみると、そのバスは新たに運行した周遊バスで、フリー切符での乗車は可能であるが、あちこちに立ち寄るので、時間がかかるという。いくらあちこちに立ち寄ったとしても、1時間待っよりは早いだろうと乗り込むことにした。その結果、新宿行きの快速にぎりぎりで間に合ったのはラッキーだった。

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2016年8月27日 (土)

英雄たちの選択−石橋湛山

NHKの「英雄たちの選択」で石橋湛山が取り上げられていた。石橋湛山については以前にこのブログでも大正デモクラシー期における「自由主義者」の中で例外的に植民地放棄を主張した論客として高橋亀吉とともに取り上げたことがあったので興味深く視させてもらった。

ブログにおいては、その後の石橋湛山については、軍国主義の高まりの中で沈黙を守ってしまったと書いたが、この番組を視ると、弾圧を逃れるために直接的な軍国主義批判は避けながらも、婉曲的な言い回しで読者に行間を読ませることにより、主張は続けていたようで、どうも私の認識不足があったらしい。

戦後の石橋湛山については、首相に就任しながらも病のために志し半ばで倒れた人物という印象を持っていたが(彼のような筋金入りの自由主義者を一時的ではあれ、トップに据えることができた当時の自民党は今から思うと隔世の感がある)、退任後は在野にありながら不自由な体にもかかわらず日中国交回復に努めてきたことは初耳であった。またその努力は日中米ソの友好関係樹立による世界平和実現という目標に根ざしていたとのことである。

その考え方は、今でいう集団安全保障というものを半世紀も前に先取りしたものであるが、現状はそれに近づくどころか、却って逆の方向に進んでいることが残念である。日米安保条約はいわば必要悪であり、遠くない将来に集団安全保障体制に移行することが世界平和実現のために不可欠であると考えているが、先人の知恵をあらためて知らしめてくれた番組であった。

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2016年8月21日 (日)

もうひとつの日本横断

日本海から太平洋までの歩きまたは自転車での日本横断としては親不知から静岡までの日本アルブスを縦走するものと、信濃川を源流の千曲川から甲武信岳に詰め、富士川の源流ないし荒川の源流を下るものをやっているが、今回は信濃川+支流の魚野川と利根川+支流の湯檜曽川を繋ぐラインのうち、未踏だった越後川口〜石打を走破してラインを完成させた。このラインのうち、水上から蓬峠を越えて、石打までは歩きで他は自転車利用であるが、後閑から三国トンネルを経て越後湯沢を通るルートやっており、こちらは全部自転車である。

今回の走破した距離はたった40数キロだったが、猛暑のため気合いが入らず、昼前の石打発の電車に間に合わなくなって、石打で3時間も時間待ちをすることになり、日帰り温泉で時間を潰したが、おかげで1日がかりの行程となってしまった。

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2016年8月20日 (土)

守門岳

守門岳
かなり前から登りたいと思っていた守門岳に登ってきたが、18切符と自転車を利用したのでかなり変則的な行程となる。

只見線の大白川駅には2時前に着く。すぐに出発すればいいものを、駅舎の2階で蕎麦屋が営業していたので、ぶっかけソバを食べたりしたため、出発が3時近くになってしまう。

登山口までは距離的には30分くらいかなと思ってたが、部分的には急勾配のところもあって降りて引いて行ったりもしたので、1時間近くもかかってしまった。登山口にはちょうど降りてきた登山者がいたが、私が今から登ると知ってビックリしていた。

コースタイムは往復6時間だが、私は3時間半で帰ってくるつもりだ。調子よく登りだし、ほぼ中間点に50分くらいで着くといういいペースだ。ちょうどそこからは頂上稜線が良く見えて登高意欲が高まる。

後半は登り一直線でなく、アップダウンも多少あったので、ペースはやや落ち、歩き出して2時間ちょっとの6時に山頂に着く。まだ日没までには少し時間はあったのでノンビリしてもよかったのだが、強風が吹き荒れていたし、展望はよかったものの、このあたりの山名には疎くて今一つ興味がわかなかったので、早々に下山することにする。

下っている途中で日没になったが、しばらくはライトなしで歩けた。登りで休憩したあたりでライトをつける。夜道は転倒しやすいので、時間は気にせずに慎重に下っていけば、さほど時間もかからずに自転車をデポした場所に降り立つことができた。

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2016年8月15日 (月)

18切符を利用したJR北海道全線乗車達成

今回は行きに函館本線の支線と日高線の開業区間を乗ってきたので、帰りに根室本線(根室〜厚岸が未乗車)から石勝線を乗り継いで行けばJR北海道の全線乗車が達成されることになる。

北海道からの帰りは根室を朝8時過ぎに出れば特急と新幹線を乗り継いでその日のうちに帰ることもできるのだが、今日はUターンの影響でまだ新幹線が混雑しているだろうし、朝方に根室沖を通過する台風の影響で朝早くは根室駅まで行くのも難渋しかねないので、昼近くの列車でゆっくりと出かけることにした。

せっかく18切符が使える時期だから急ぐ旅でもないので、のんびりと行くことにしたが、ここで問題となるのは以前によく利用した夜行はまなすが北海道新幹線廃業とともに廃止となったために道南と本州を普通列車で連続して旅することは困難となってしまったことである。そこで道東と道央のみで18切符を利用することにしたが、さらに問題となるのが、1駅区間だけ未乗車となっている新得〜トマム間を乗車するために石勝線に乗る必要があるのだが、石勝線は新得〜新夕張間は特急しか走ってないということである。もっとも18切符の乗車ルールの特例として同区間に限っては18切符でも特急自由席に乗れることになっているそうだ。ただし、この特例には制限があって、特例対象区間を越えて乗車してしまうと特例は一切適用されなくなってしまうので、先の区間まで行きたい時は、一度下車して先の区間の乗車券と特急券を買なければならなくなることである。

今回の場合にさらにハードルを高くしているのは、新夕張に着くのが夜遅くなるため、一泊しないことには先に進めないことである。(新得発の次の最終特急があるのだが新夕張には停車しない!)。ところが、新夕張は特急停車駅にもかかわらず、調べた限りではホテルなどはなく、また田舎の駅ではないので、駅で仮眠するわけにもいかない。18切符利用は新得までかと諦めかけた時に妙案が浮かんだ。千歳駅前にネットカフェがあるようなので、そこまで自転車で行けばよいのである。数時間はかかるようだが、ネットカフェなら何時に着こうが問題はない。

パズルを解くように試行錯誤を行って18切符を最大限に活用する解決策を見つけだした。こんなことに熱を入れるようでは自分の鉄っちゃん度もだいぶ高いといとの言えるかな?まあそれはともかくとして、復旧予定のない日高線の運休部分を除き、JR北海道全線乗車は18切符を利用して達成されることになった。

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2016年8月14日 (日)

北海道太平洋岸ツーリング最終日 なんとか根室まで辿り着く

台風が北海道に接近中で天気は下り坂とのことなので、キャンプ場を4時に出発するが、朝になっても蚊の活動は活発で、テントの撤収と荷物の自転車へのくくりつけには難渋した。

根室までの最短経路は厚岸駅方向に戻っての内陸部を行くものであるが、多少遠回りになっても海沿いに行きたいということでいくつかの峠を越えて海を目指す。

峠越えの道は朝も早いため車の往来もほとんどなく、クマの恐怖が頭をよぎる。クマの出没の表示がいくつか現れ、それがみなごく最近のものばかりなので、一層恐怖心が増して、笛を吹きっぱしになる。

霧たっぷ近くまで来て、ようやくコンビニが現れ、今朝の朝食が早かったので、二度目の朝食をとる。そこから先も小刻みなアッブダウンが延々と続き、行程が捗らない。できるだけ海沿い行きたかったか、断崖絶壁で道を作るのも難しかったのか、道は海を離れて北を目指すようになる。

しばらくして、根室市に入った表示が現れる。♪は〜るばる来たぜハ〜コダテならぬネ〜ムロであるが、根室中心部まではまだ40キロ近くはあるのだ。少し行くと根室本線の駅に突き当たる。といっても周辺にはお店はおろか人家も一軒もない秘境駅である。ここからは道は線路と並行するようになるので、アッブダウンがなくなって楽になり、2時頃には根室駅に着くだろうと時間も読めるようになってくる。

今走っている国道には1キロごとに表示されているのだが、携帯のグーグルマップによれば、次の交差点を左に曲がると数キロ距離が短縮されることがわかり、迷わず左折した。ところが、すぐに後悔することになった。舗装道路が砂利道に変わってしまったのだ。ロードバイクではないので、多少の砂利道ならばパンクすることはないのだが、スピードは大幅に落ちてしまった。それでも頑張って海沿いの国道に降り立つことができ、そこからまた根室駅を目指すことになる。

しばらくして風蓮湖の脇を通ると、観光客が大勢、写真を撮っている。そこで私も自転車を止めて写真をとろうとしたのだが、足の回りに蚊が群がって一斉に刺し初めたのでたまらずに退散する。

根室駅には2時過ぎに着いたが、これからどうするかを思案した。当初の予定では、日本最東端の納沙布岬で夜明けを迎えて、日の出を見ることを今回の旅のピリオドとするつもりだった。納沙布岬には宿もないし、キャンプ場もないので、岬でごろ寝をするつもりだったが、昨日からの蚊の攻撃でその気持ちも萎えてしまった。ましては明朝は台風接近で道東は荒れ模様なので、ごろ寝は論外である。明日は自転車に乗れる天気ではなさそうたし、かといって往復に3、4時間かかる距離を今から走るのはちょっとつらいものがある。そこで納沙布岬はバスで往復するこてにした。今回の目的は根室までのツーリングであって、納沙布岬はおまけのようなものだから、これでいいのだ。

ホテルに荷物を置いてバスで納沙布岬に向かった。
Dsc00415
岬は残念ながら展望は得られなかったが、それよりも違和感を覚えたのは北方領土返還要求の表示が強調され過ぎている点である。ソ連により不法選挙された四島の返還を要求することは必要であるが、失われた領土を平和裡に回復した例はほとんどないという現実(沖縄も、米軍基地と地位協定の存在を考えると真の復帰とは言い難い)を直視して、納沙布岬が日本の施政権が及ぶ最東端であることを示した表示があってもよいのにと思われた。

10日間に及ぶ旅はこうして終わった。後は猛暑の東京に帰り、いつもの日常に戻るだけだ。

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2016年8月13日 (土)

北海道太平洋岸ツーリング9日目 寄り道

今日は頑張れば根室まで行けないことはなかったが、日数に余裕があり、少々疲れぎみのことでもあるので、ゴールのノシャップ岬までの距離の3分の1くらいの所の厚岸から少々寄り道したところにキャンプ場があるので、休養がてらに寄り道をすることにした。

スタートしてしばらくして登り坂となるが、のんびりムードのためか力が入らず、バテバテになってしまう。さらに悪いことには前輪に異様な音がするようになる。最初は気にしてなかったが、どうもブレーキ部分の一部ががタイヤと触れる時に音が出ることがわかった。

このまま走り続けても問題がないかはわからなかったが、音がわずらわしいので、前輪のブレーキを外してしまう。たいした急傾斜の下りがあるわけでないので、後ろのブレーキだけでも格別問題はない。

厚岸手前のラーメン屋に昼飯を食べに入ったが、超満員でいつ食事にありつけるかわからない。業を煮やして店を出てしまい、その先にあるコンビニで弁当を買って昼飯としたが、厚岸まで来るば、海産料理の店がたくさんあったので、もう少し我慢すればよかった。

厚岸から橋を渡って、半島の先端に上陸する。グーグルマップのキャンブ場検索ではすぐのところにあるように表示されていたが、実際はさらに3キロほど先に進まなければならなかった。

キャンプ場は210円という低料金にもかかわらず、がら空き状態であった。適当な所にテントを張り出したが、たちまち蚊の集中攻撃を受け、十数ヵ所を刺されてしまった。こんな凄いキャンプ場は初めてである。キャンプ場ががら空きなのはこのためだろうか。もっともバンガローや他のテント泊まりの人は屋外で平気で調理や食事をしているが、私はテントに篭りきりである。蚊に弱い自分は探検家にはなれなかったなあとつくづく思った。

明日はツーリングの実質最終日なので、今夜は早く寝て鋭気を養っておこう。

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北海道太平洋岸ツーリング8日目 釧路到着

今日は150キロ近い長丁場であるが、釧路到着は遅くなっても構わないので、オリンピック放送をきりのいいところまで見てから出掛けたのて9時過ぎになってしまった。

釧路方面への道は帯広への道と別れるととたんに交通量が少なくなる。変化に乏しい内陸部の景色ということも重なって睡魔に襲われてしまうので音楽を聴きながら自転車を漕ぐ。

緩やかなアップダウンを繰り返して進んで行くと、やがて大河を渡る。十勝川である。ここからしばらくは十勝平野を行くので平坦な道が続き楽をさせてもらう。ただ50キロ以上もコンビニはおろか自販機もないのには参った。

ようやく自販機を見つけたが、まだしばらくはコンビニも飲食店もないようだし、時間も2時近くになっているので、持参した菓子を昼飯代わりとする。

小さな峠を越えると南下してきた根室本線と合流する。これで万一の場合でもJRで帰ることができると安心することができた。

帯広からの道と合流すると、また道が混んでくる。所々にある狭い道では後ろからの車に神経をすり減らす。今日中に釧路まで行ける目処は立ったが、暗くなってからも行動するのは危険を感じる。完全に暗くなる前に釧路の四つ手前の駅に着いたので、ここからは列車で釧路まで行くことにする。実は数年前に知床半島から自転車で釧路まで来た時に、釧路空港の下車駅であるこの駅までは列車に乗らずに自転車で来たので、今回はここから釧路までは列車を利用してもよいと計画段階から考えていたのだ。

釧路駅で下車して、とうとう道東の中心地までたどり着いたのだという安堵憾を味わう。釧路までたどり着けるかどうかわからなかったのでホテルは予約していなかったためまずはホテル探しから始まる。釧路にはたくさんのホテルがあるし、ホテルは駅に近い方から埋まっていくものなので、駅から遠いホテルから当たっていくと、すぐにホテルは見つかった。シャワーを浴びてから着替えて居酒屋に向かい、釧路到着と根室ノシャップ岬までの目処が立ったことに対して祝杯をあげる。

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2016年8月12日 (金)

北海道太平洋岸ツーリング7日目 アポイ岳登頂と襟裳岬観光

アポイ岳を目指して6時過ぎにキャンプ場を出発する。登山口に届けのノートがあったので記入する。一番乗りだろうと思ったら、もう2名の記入があった。

登り初めてしばらくは樹林帯を行くので、熊対策に要所要所で笛を吹きながら行く。しばらくして先行する二人を追い抜く。これで一番乗りかと思って頂上につくが、意外なことに先行者が二人いた。誰かが届けを出さなかったのだろぅ。

頂上はかなり木が繁っていて展望が今ひとつだったのは残念だった。また途中も含めて高山植物が期待したほどではなかったが、これは直前に幌尻や朝日連峰で素晴らしい高山植物を見てしまったためかもしれない。
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下りは駆け足で下るが、次から次へとハイカーが登ってくる。相当に人気のある山なのだろう。登山口には9時半に降り立ち、登山届けに下山時間を記入する。往復の時間3時間15分は標準の5時間に比べれば早いタイムなのだが、以前の記録を調べて見ると、数日前にはなんと2時間のタイムがある。田中陽気も真っ青の記録だが、上には上がいるものだ。

キャンプ場から襟裳までは約20キロあるが、岬もすぐ近くなのだろうと勘違いしてしまったが、そこからさらに15キロも先であった。そこで、道沿いにある飲食店で腹ごしらへをしてから岬に向かう。

1時間もあれば岬に着くだろうと思ったのが甘かった。海沿いは断崖絶壁で道が作れなかったためか、丘陵地帯を行くためにアップダウンが激しく、思いの外に時間がかかってしまう。だが、丘陵地帯の眺めは素晴らしく、4年前のロッキー山脈越えを思い出させるものであった。

襟裳岬に着くと物凄い人の数にビックリした。まずはお決まりの灯台の写真を撮ってから岬の先端に向かう。
北海道太平洋岸ツーリング7日目アポイ岳登頂と襟裳岬観光
岬からの造形美の眺めは素晴らしく、観光客の多さとともに、今まで見た岬の中では最高のものであった。
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岬の眺めに満足して岬を後にしようと自転車を漕ぎかけた時に売店のコンブソフトというメニューに妙に心が誘われた。そこで自転車を停めて、降りかけた時に、荷物を自転車に固定した紐に足が引っ掛かり、バランスを崩して転倒してしまう。けがはしなかったが、大勢の観光客の前で赤っ恥をかいてしまう。歳は取りたくないものである。さて犠牲払って手にしたコンブソフトの味はと言うと、コンブの粉末が香ばしく、満足できるものであった。
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岬から東側の道は西側とは逆に平坦な道で、このまま今日の泊まり場の広尾まで行けるのではないかと思われた。ところが、黄金街道と名付けられた広尾手前までの30キロの道に入ると、トンネルの連続となって後ろからの車に神経をすり減らし続けることになる。両側の歩道は自転車が通るには狭すぎるので、車道の端を通らなければならないのだが、最長では五キロ近くもあるトンネルの連続は本当に疲れるもので、広尾の街並みに入ったときはホッとした。

広尾はこのあたりではかなり大きな町で、中心街で夕食を取ってから外れのホテルにたどり着いた。今日は午前中はハイキングに時間を費やしたこともあり、走行距離は約70キロであった。

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2016年8月10日 (水)

北海道太平洋岸ツーリング6日目 アポイ岳キャンプ場まで

今日は比較的涼しかったので自転車ツーリングには良いコンディションだった。アポイ岳キャンプ場まで110キロの走行だったが、アップダウンも少なく快適だった。

アポイ岳は標高800メートルそこそこのハイキングの山だか、高さの割には高山植物の見事な山として名高いので明日の午前中に登ってから襟裳岬に向かうつもりだ。

キャンプ場は山の上にあるものと違い、隣にある山荘には日帰り温泉まであるという至れり尽くせりの快適なものであった。
北海道太平洋岸ツーリング6日目アポイ岳キャンプ場まで

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2016年8月 9日 (火)

北海道太平洋岸ツーリング5日目 幌尻を終えて

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昨日登頂を終えた4パーティーは全員一緒に下山することになった。途中の林道までは徒渉の連続となるが、沢歩きに慣れてないメンバーも多いようなので、自然と私が先に立ってルートファインディングをするようになる。
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無事に林道に降り立ち、靴を履き替えて7キロ先のバス乗り場に向かう。単調な林道歩きも話が弾んだせいか、退屈することもなく乗り場まで歩くことができた。

1時間ほどの乗車で昨日早朝に出発した山荘に着く。これから先は各パーティーの行き先が違うので、別れ離れになる。短い時間ではあったが、酒を酌み交わしたり行動を共にしてきたので、別れ難い気持ちにもなった。

気持ちを切り替えて太平洋岸ツーリングを再開する私は太平洋岸の富川を目指す。富川に着いたのは5時前だったので、まだ先に進むことは可能だったが、今晩はランドリーとシャワーを利用したかったので、この先にはホテルがあるかどうか不明なため宿泊することにした。

盆休み直前のため、部屋が空いているかどうか心配だったが、なんとか泊まることができた。体も身の回りもさっぱりしてから100名山達成の祝杯をあげに居酒屋をさがしに駅近くに向かったのだが、見つからずにうろうろしていると、釈迦の生誕地であるルンビニという名のインド料理店が目にとまり、北海道でインド料理でもあるまいと思わないでもなかったが、カレーを肴に生ビールで祝杯をあげることになってしまった。。

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北海道太平洋岸ツーリング四日目 幌尻岳登頂( 100名山達成)

3時の1便のシャトルバスで第2ゲートに向かう。4時に第2ゲートに着き、ここからしばらくは林道歩きが続く。1時間半ばかり歩いたあたりで沢靴に履き替えて徒渉が連続するようになる。と言っても、今日は膝くらいの深さしかないので快適である。

幌尻小屋には7時半過ぎに着き、不要な荷物をデポしたりして、8時丁度に幌尻岳を目指す。胸がつかえるような急登を先行者を追って力を入れて登っていく。1時間当たりの獲得標高500メートルのペースで登っていくが、一向に先行者に追いつかないので、あきらめてペースダウンしてしまう。

1500メートルを過ぎた当たりから、幌尻岳から続く稜線が望まれる素晴らしい展望に疲れも吹き飛んでしまう。
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頂上間近まで登っていくと、先行者が早くも降りてくる。随分と足の達者な登山者である。

頂上に着くと、別のコースから登ってきた登山者が休んでいる。100名山を達成したからと言って特物の感慨はないものの、お祝いの意味で缶ビールを持ってきていたが、山頂で酒を飲むなどマナー違反のような気もしたので、100名山達成のお祝いだと話すと、拍手されたり、握手されたりしたので驚いた。私の登ってきたコースの後続者が山頂に着くと、彼らにも私の100名山達成のことが伝えられて、時ならぬ祝福ムードになり、気恥ずかしい思いがした。
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頂上でゆっくりしてから下山に移ったが、それでも小屋に戻ったのは3時前で、同じコースを登った登山者と話ながら時間を潰した。彼らはまだしばらく北海道に滞在してあちこちの山を登るようであるが、私の場合は自転車ツーリングはともかくとして、山登りに関してはひとつの目標を達成してしまったためか、気持ちの張りが消えてしまったような感じは否めないというのが偽らざる心境である。

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2016年8月 7日 (日)

北海道太平洋岸ツーリング三日目 とよぬか山荘へ

鵡川始発に間に合うように6時半に目覚ましをかけておいたのだが、4時過ぎに明るくなって目がさめてしまったので、早起きの人に怪しまれるのも嫌なため、予定よりもだいぶ早く起きてしまう。

苫小牧を往復してから、鵡川駅前を9時過ぎにスタートする。今夜の泊まり場のとよぬか山荘までは60キロ弱なので楽勝かと思ったが、猛暑の影響で結構消耗が激しかった。

国道から離れて登山道に入ると傾斜が増してくる。小屋まで8キロという表示が出ていたので、それが減ってくるのを楽しみに漕ぎ続ける。後2キロの地点でグーグルマップを見ると、ジグザグの道が続いている。てっきり、急な登りが続くものと覚悟していたら、どんどんと下って山荘に着いてしまった。最後は拍子抜けだったが、3時過ぎと早い時間に着いたので、風呂に入ったり、ビールを飲んでくつろぐ。

同宿者の情報では、台風の接近で明後日の悪天は避けがたいようなので、予定を変更して早朝のバスに乗り、できれば1日で下山するという方向に傾き始めた。果たしてどうなることやら

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北海道太平洋岸ツーリング二日目 函館から森の海岸線

朝食は函館駅前の朝市横の海鮮専門店で食べる。特別うまいわけでもなく、安いわけでもない(むしろ、かなり高い!)が、まあ気分の問題だろう。
北海道太平洋岸ツーリング二日目函館から森の海岸線
食後は港町の歴史を伝えるレンガ倉庫の脇を通って北海道最南端の立待岬に向かう。森昌子の歌くらいしか知らなかったか、与謝野晶子や多くの歌人が訪れていて、その筋では名高い所らしい。
北海道太平洋岸ツーリング二日目函館から森の海岸線

岬の先端が公園となっていて、先日訪れた下北半島の大間付近も望めるらしい(と言っても、とこが大間かはよくわからなかったが)。あたりは高山植物が咲き乱れ、クライミングエリアともなっている函館山南壁の荒々しい岩肌も見られて一見の価値のある所だ(路面電車でも岬近くまでは来られる(後は歩きとなるが)。

岬から今日の目的の森までは約120キロもある長い長い海岸線のツーリングである。走り出してまもなくサイレントが鳴り響く。一瞬何かと思ったが、すぐにわかった。広島被爆犠牲者追悼のサイレンである。昨年は慰霊祭に出席したことを思い出しながら、海に向かって(何で海なんだろう?)黙祷する。海岸線の前半は下北半島が間近に眺められる他、廃線の鉄橋跡が見られるのも興味深い。後半は最初は退屈で睡魔に襲われたため、バス停の小屋(北海道は冬のためにほとんどのバス停には風雪をしのげる小屋がある)で休憩したり、音楽を聴きながらペダルを漕いだりして、なんとかしのいだ。終盤になって駒ヶ岳の雄大な眺めが見られるようになると眠気は飛んでいってしまう。幸いなことに今日は昨日とはうってかわった雲ひとつない晴天で、駒ヶ岳の展望はバッチリである。写真を撮ろうと思ったが、気が急いていたので、森に着いてから撮ればいいやと、せっかくのシャッターチャンスを逃してしまった。森駅には予定よりも1時間ほど前に着いたのだが、
ビールや弁当を買いに行っている間に日没となってしまい、肝心の駒ヶ岳の写真を撮り損ねたのは残念であった。
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森から苫小牧までは徒歩ないし自転車で踏破しているので、今回は2時間ちょっとの特急乗車で通過してしまうのだが、苫小牧でホテルでくつろげると思ったら、そうは問屋が卸してくれなかった。今回の目的は北海道海岸線ツーリングの他にJR北海道の全線乗車があることは前回書いたが、それらを実現するためには、苫小牧に宿泊してしまうと行程がきつくなり、どうしても苫小牧の先の駅で仮眠しないと(ホテルもない辺鄙な駅のため)いけなくなってしまったのである。まだ旅の初めで体力が残っているうちだから、何とかなるだろう。

そう思って、千歳線の沼の端駅に下車したのだが、ローカルな駅名とは裏腹に十分に街中の雰囲気のある駅で(無人駅ではあるが)、駅前の広場には盆踊りの屋台が組まれていて大勢の若者が深夜にもかかわらずたむろしている。おまけに幹線路線のためか、貨物列車がひっきりなしに通過する。「こんな所では寝ちゃいられない」と、日高本線の駅に移動することにした。だが、途中の駅の場所がわからず、24キロ先の終点の鵡川まで行く羽目になってしまった。本日の走行距離は150キロを越える頑張りとなってしまったが(鵡川到着は日を跨いでしまったが)、その分明日の行程が楽になるだろう。

鵡川の駅舎のドアにはカギが掛かっていて入れなかったが、駅前は誰も来そうもない雰囲気だったので、駐輪場の脇で仮眠することにした。連日睡眠不足が続いたので、横になるなりバタンキューであった。

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2016年8月 5日 (金)

北海道太平洋岸ツーリング初日(北海道新幹線乗車と駒ヶ岳)

本年最高のツアーの開始だ。目的は3つある。最大のものは、タイトルにもある北海道太平洋岸ツーリングで函館から根室までの太平洋岸を自転車で走破(ただし、森から苫小牧までは走破済みなのでJR利用)することで、これにより日本本土最北端の宗谷岬から最南端の佐多岬までの太平洋岸を自転車と徒歩で踏破することになる(同区間の徒歩縦断は数年前に達成済み)。二番目は100名山の最後となる日高山脈の盟主である幌尻岳の登頂である。最後はおまけのようなものであるが、9割以上は乗車しているJR北海道の完全乗車達成である。もっとも災害で長らく運休している日高本線の鵡川以降は残ってしまうが、経営の苦しいJR北海道は多大な費用をかけて赤字の同区間を復旧するつもりはないだろうから、今回の予定達成をもってJR北海道は完乗とみてよいだろう。また北海道には私鉄がなく、JR以外の鉄道と言えば、札幌の地下鉄と函館の路面電車くらいしかないが、前者は完乗しており、後者も一部未乗車を残しているのみなので、余裕があれば完乗しておきたい。

まずは初めての北海道新幹線に始発に乗って新函館を目指す。満席で席なし特急券も発売されるほどの盛況であるが、早々と座席を予約していたので、新函館までの長丁場を快適に過ごすことができた。もっとも帰りの日にちが決まっておらず、いずれにしてもお盆の期間中になることは間違いないので、当日に座席を確保することは不可能に近く、4時間強のデッキ滞在を余儀なくされるだろう。

新青森から先が本当の意味の未乗車区間ということになるが、新函館までの乗車時間が1時間程度短縮されるだけではインパクトは弱いと言わざるをえない。もっとも九州から北海道までが新幹線で繋がるという象徴的な意味の方が大きいのかもしれないが。私も今回で鹿児島中央駅から新函館北斗駅まで新幹線を乗り通したことになる。
北海道太平洋岸ツーリング初日(北海道新幹線乗車と駒ヶ岳)

新函館で在来線に乗り換えるが、函館には戻らずに北へ向かう。これはひとつには200名山にも選ばれている駒ヶ岳を登るためであり、二つ目には函館本線の支線の海岸沿いの路線を森駅から乗車するためである。

函館本線を赤井川駅で下車する。ここが駒ヶ岳に登る唯一の登山道の登山口である。駒ヶ岳は200名山であることもさりながら、道南のどこからも眺められる雄大な山容を有し、日本列島徒歩縦断の一環として冬の道南を歩いていた時も常に眺めながら登高意欲を掻き立てられていた山である。もっとも山頂付近は火山活動のために立ち入り禁止で8合目の馬の背までしか行けないが、グレートトラバースの田中陽気君もそこで引き返しているようなのでやむを得ないことである。

赤井川駅を12時に出発して1時間半ほど自転車で進み、傾斜が急になってきたのでしばらくは押して進んだが、だんだんと砂地となってきて押して上がるのも辛くなってきたので、自転車をデポして軽い荷物で歩き始める。すぐ上に駐車場があり、かなりの台数の車が止まっている。

登山道を登り出すと、次から次へと下山してくる人とすれ違う。稜線まで1時間と案内が出ていたので、30分で登るつもりだったが、実際は40分かかってしまった。それでも最後の10分は時間換算では750メートルの獲得標高に相当するペースで登れたのでまずまずであった。

稜線上の馬の背には、この時間はもう誰もおらず静まり返っていた。あたりは濃い霧に覆われていてピラミダルな形状の山頂付近を望むことはできなかった。ここから頂上までは1キロちょっととのことだが、火山活動を警戒して立ち入りの張綱が張ってある。誰もいないので頂上までいってしまっても咎められることはなさそうだが、よい子はもちろん来た道を戻ることにする。
北海道太平洋岸ツーリング初日(北海道新幹線乗車と駒ヶ岳)

下りは急なためにたちまち自転車のデポ地まで着き、そこから先は快適なダウンヒルである。予定よりだいぶ早く戻れそうだが、早く降りられても結局は同じ電車に乗ることになり、人家もない赤井川駅で長時間待たされるのはかなわないので、ひとつ戻った大沼公園駅ならば観光地でもあり、お店もたくさんあるだろうからと予定を変更することにした。

大沼公園の駅前で冷たい牛乳で喉を潤してから、予定を再検討すると、さらにもうひとつ戻った大沼駅からは1時間強の待時間で森駅行きに乗れるようだ。大沼と森の間は函館本線が海側と山側に別れて走るのだが、海側は未乗車だったので、当初は時計回りに一周するつもりだったが、大沼に戻って反時計回りに行くと函館には約1時間早く着けることがわかった。

大沼駅はお隣の大沼公園のような観光地ではないが、駅前にコンビニがあったので、待時間の間に缶ビールを飲んだりアイスクリームを食べたりして退屈せずにすんだ。海岸沿いの函館本線からの駒ヶ岳の眺めを楽しみにしていたが、相変わらずガスに覆われていて残念であった。明日も自転車で海岸沿いを走るので明日に期待しよう。

森駅では1時間半くらいの待時間があるので、海鮮物を食べたいと思って町をぶらっとしたが、居酒屋しかなく、結局コンビニで夕食を買う羽目になってしまった。

函館には9時過ぎに着いたが、今からホテル探しもわずらわしかったので、駅近くのネットカフェを今夜の宿代わりとすることにした。

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