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2016年11月

2016年11月27日 (日)

八方園

はっきりしない天気の日曜日、遠出は避けて都内にある八方園の庭園の紅葉を家内と見に行く。目黒駅で下車して八方園を目指して歩いていくが、途中に旧宮家の邸宅と庭園が東京都の公園として開放されていたので立ち寄る。有名な建築家の作だそうだが、門外漢の自分には豚に真珠であったし、庭園の方は工事中で立ち入り禁止となっていたので、入場料900円(ただし、自分はシニア割引で半額だが)は高かったかな。
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寄り道を終えて当初の目的地である八方園に向かう。ここは元々は大久保彦左衛門の屋敷であったが、今は結婚式場として名高い場所である。
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日曜日の今日は何組もの披露宴が行われて大賑わいであった。紅葉の庭園を見物してからレストランでランチをする予定だったが、満員だったため園内での食事を諦めて園のバスで品川駅に向かい、駅構内の飲食店でランチを摂る。

その後、新宿で家内と別れてアルタ前の「沖縄での辺野古・高江の基地建設反対」の集会デモに参加する。北部訓練所の返還という甘いワナにより、高江ヘリパッド建設に対する国民の批判を和らげ、さらには辺野古埋立工事再開するに際しての有力な材料にしようとする意図は明白である。こんなまやかしは絶対に許せないが、どうしたらこの事実を広く知ってもらうことができるだろうか?
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2016年11月26日 (土)

ゴサイクンドトレッキングの記録にエージェントのHPからもリンク

ゴサイクンドトレッキングの記録について、今回お世話になったエージェントのホームページの以下のサイトからもリンクを張ってもらった。私の報告がどれだけ役に立つかはわからないが、少しでも多くの人がネパールを訪れることにつながればうれしいことである。

http://himalayanist.com/hsa/mountain.htm

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2016年11月24日 (木)

ゴサイクンドトレッキングの記録アップ

ゴサイクンドトレッキングの記録をホームページにアップしましたので。ブログ右端の上から二番目の「海外登山の履歴」をクリックし、一覧表示される一番下の「2016年ゴサイクンドトレッキングとスリヤピーク登頂」をクリックしていただけると読むことができます。

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2016年11月23日 (水)

伊豆ヶ岳〜武甲山

勤労感謝の日はずっと雨マークが出ていたので家にいるつもりだったが、前日に天気予報を見たら秩父地方は昼間は晴れマークが出ているではないか。そこで以前から暖めていた計画を実行しようと思い立った。それは伊豆ヶ岳〜武甲山までの奥武蔵の主要ピークを繋げるロングコースである。

正丸で下車したのは8時半前だったが、遅い朝食を食べたりしていたら、出発は9時近くになってしまった。今日は長丁場でもあるので久しぶりにトレランでもしてみようかと思ったが、駅近くからいきなりの急坂で、もう坂をかけ上がる脚力はなくなってしまったので、急ぎ足で進むことにする。前を行くハイカーをごぼう抜きしていったが、いくら抜いても、前には別のグループがいる。伊豆ヶ岳はかなり人気のある山らしく、頂上まで人の列が切れることがない。

頂上直下にクサリ場がある所で右に巻道もつけられていたが、もちろんクサリ場の方を進む。クサリ場と言ってもクサリを使わなくても、岩場の端の踏みあとを辿って行けば手はほとんど使わずに登れてしまう。岩場を登りきった所で巻き道を登ってきたグループっ合流するが、岩場からの道は巻き道と合流する手前にロープが張ってあったので、一瞬、登ってはいけない所を登ってきてしまったのかしらと思ったが、よく考えたら、登りはいいけど、下りは危険だから立ち入らせないためのロープだと気付いた。

伊豆ヶ岳は奥武蔵の東端にあるため、山頂からの関東平野の眺めの素晴らしさで人気があるようだが、今日は天気予報が外れて曇り空のため、眺望は今一つであった。
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伊豆ヶ岳から山伏峠の方に足を踏み入れると途端に人に会わなくなる。ほとんどの人は周回して正丸に戻るようである。山伏峠まで急降下すると、そこには自動車道が通っていてちょっと興醒めであった。峠から先は急登の連続である。武川岳山頂では行動食のビスケットをベットボトルの紅茶で流し込んだが、初冬を思わせる寒気が体温を奪っていくので、コーヒーを沸かしながら談笑しているグループがうらやましかった。
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武川岳からはまた急降下で妻坂峠に降りる。ここは6年前に家内と秩父札所巡りをした時に、秩父の札所をいくつか巡ったあとにこの峠を越えて名栗に下った所で懐かしかった。峠からはしばらくは急登となるが、すぐに傾斜が落ちて大持山へのダラダラ登りとなる。
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大持山の手前で数人と出会ってからは誰とも会うこともない静かな山歩きが続く。大持山、子持山と越えて、今日の最終目的地である武甲山に3時に着いたが、時間が遅かったせいか、有名な山にもかかわらず山頂は無人であった。山頂からは秩父の町が一望でき、まっすぐ降りられれば早いのであるが、正面は石灰石の採石場のため立入禁止となっているので、大きく迂回しなければやらやい。前回は裏参道から往復して秩父夜祭りを見物したが、今日は表参道を下る。
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Img_20161123_150447_burst001_cover秩父の街並み

参道には石搭が立っていて丁数が記入されていりので、それが減っていくのを励みにしながら下っていく。やがて妻坂峠からの道と合流する。前に通ったことのある道だと心強い気がするのが不思議だ。しばらく降りるとセメントのプラントが見えてきて携帯も通じるようになる。前回、妻坂峠越えををした時は、セメントプラントに行き交うダンプカーがひっきりなしに通り、二度と通りたくはない道だと思ったものだが、今日は時間が遅かったためにさほどのダンブの往来もなく、ストレスなけ歩くことができた。

コースタイム12時間のコースを休憩時間を含めて8時間半で歩けたし、関東100名山のうち3山も新たに登れたので満足すべき山行か

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2016年11月20日 (日)

忙しかった1日

今日は忙しい一日だった。午前中に仕事を一段落させて街に出る。
まずはネパールで地酒のロキシーやチャンを飲み損ねたので、日本でも飲める所はないかとネットで探したら新大久保のネパール料理店でロキシーを扱っていることがわかり、早速行ってみる。

ラトバレという名前の店は新大久保駅から数分の近さなのだが、路地の中にあってわかりにくい場所にあった。土曜日のランチ時だというのに他の客はおらず、あまり繁盛していない店かなと思った。ネパール料理の中では一番口に合うモモ(ネパール餃子)を注文する。昨夜、娘の家で餃子をご馳走になったが、モモは焼き餃子ではなく蒸し餃子だから別料理だということでこの際気にしないことにする。朝食が遅かったので、たいして腹も減っていかったためにライスは頼まずにお目当てのロキシーを注文する。ロキシーの方が先に運ばれてきたので、先ずは一口含む。そうそうこの味だ。焼酎に似ているがまさしくネパールの味だ。ヒマラヤを眺めながらこれを飲みたかっった❗ こんどネパールに行く時は日本からロキシーを持っていこうかな(なんじゃ、そりゃ?)。香辛料の効いたソースをつけたモモとよく合うので、ロキシーをお代わりしてしまった。帰り際にチャン(ネパールのどぶろく)は置いてないかと聞いてみたが、置いてないという。チャンは日本の酒税法のような規制のないネパールでは家庭で作るのが普通なので商品としての流通はそれほど多くはないのだろう。幻の酒を求めての放浪はまだ続きそうである。因みに店名のラトバレとはネパール語で赤い鳥という意味だそうである。
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ほろ酔い気分で向かった先はなんと国会前である。今日は昨年9月19日に安保法制が強行採決されたことに抗議して毎月19日に開かれている集会の日である。今日は土曜日だから、さぞかし大勢の参加者があるかと思いきや3800人という過去最低に近い寂しさである。
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去年の8月には10万人を超える人が集まったことを思うと「つわものどもの夢の跡」という気もするし、お隣の韓国では日本の半分ほどの人口にもかかわらず、20万人ものデモ隊がまさに政権をひっくり返そうとしていることとの落差を思うと暗澹たる気持ちにもなるが、弱音を吐いてばかりはいられない。今自分にできることを精一杯やっていかなければならない。というわけで、今夜は地元杉並での今度の衆院選小選挙区での野党統一候補を擁立するための議員と市民の懇談会に参加することになっている。

時間的には少しあるので、久しぶりに皇居の周りのランニングをすることにした。というのは3月に練馬で開催されるハーフマラソンにエントリーをしてしまったので、そろそろトレーニングを開始しないといけないと思ったからである。1周5キロを走った時点ではまだ時間は十分あったが、久しぶりに走ったせいか疲れてしまったので、今日はここまでとすることにした。本番まではだいぶ時間があるので、すこしづつ距離を延ばしていくこととしよう。

懇談会に参加するために東高円寺で下車し、夕食をとろうと飲食店を探したが見つからない。しばらく歩くと前方にそれらしき店を見つけたので勇んで歩いて行くとガーンである。そこはなんとネパール料理店であった。さすがにネパール料理店のハシゴをする気にはならず、どうしたものかと思っていたら、交差点を渡った先にラーメン屋があったので、迷わず直行する。

その後,懇談会の会場に出向くと100人以上の出席者があって盛り上がっていた。
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まずは政策協定案の検討が行われ、続いて民進党と共産党の立候補予定者の挨拶があり、統一候補絞りこみの方法が議論されたが、結論は当然のことながら次回以降に持ち越しとなったが、客観的に見ると民進党候補者に分があるように思えた。いずれにしても現職の石原○○に勝つためにはどちらの候補の方が有利かという観点から考えていかなければならないdろう。石原○○は過去7回か8回連続当選しているが、過半数の得票率を獲得したのは二回い過ぎないので、有権者にとっての魅力的な統一候補を擁立できれば十分に勝機はあるといるだろう。そして現職の大臣を落選させることができれば安部政権に対しても大きなダメージを与えることができるだろうから、自分としても当面はこの運動に全力を尽くしたいと思う。帰り際に「自由と平和のために行動する議員と市民の会@杉並」のポスター2枚を受け取って貼り付けを義務づけ?られた。さてどこに貼ろうか?
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2016年11月 9日 (水)

今年の三大投票結果に思う

今年の三大投票とは私がかってに名付けたものだが、①参院選における改憲勢力に改憲発議権を与えるかどうか、②英国の国民投票でEUに残留するかどうか、そして③本日の米国大統領選での常識か非常識かの選択を問う投票を指しており、いずれも自分にとっては不本意な結果に終わってしまった。

この結果をもたらした共通の背景には目先の自分の損得しか考えない近視眼的な利己主義者が世界中に増殖していることがあげられる。これらの結果として、すぐに世の中がひっくり返ることはないだろうが、確実に世の中が悪い方向に向かっていることは間違いない。

このような状況で自分はどのように生きていくべきかは悩ましい問題である。

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2016年11月 8日 (火)

ネパールから帰って

昨日はドーハでの約7時間の待ち合わせを含んで合計24近くをかけて深夜に帰宅したが、さすがに10日近く留守をしていると仕事もたまっており、朝から顧客先に出向かなければならないが、時差ボケもなく社会復帰ができそうだ。

今回は久し振りのネパールだったが、心配していた地震被害からも順調に回復しているようで一安心であった。カトマンズの街は観光客で賑わっており、地元民の集まる「下町」も活気に溢れていた。山岳地帯も今回訪れたランタン方面はあブローチも含めてインフラは回復しており、トレッカーもかなり入っている状況で、観光業が一大産業であるネパールにとっては喜ばしいことである。

ただそういった観光客は欧米人が中心で、日本人は今回のトレッキング中は一度も会わなかったし、カトマンズの繁華街でも見かけることは稀であったことが気にかかった。

日本人が激減している理由としてはひとつにはボランティア精神の欠如があげられる。地震直後からドイツを中心とした欧米各国は震災復興を目的として積極的にネパール観光に力を入れてきたそうであるが、これに対して日本は東北大震災では世界中から支援を受けたにもかかわらず、他国の災害に対しては支援しようとする姿勢が乏しいようである、これは国民性であろうか

日本人観光客激減のもうひとつの原因としては情報提供不足もあげられる。今回見てきた限りでは、山間部を含めて現地の観光客受け入れ体勢は十分に回復しているにもかかわらず、そのことが日本国内には伝わらず、これがネパール訪問に二の足を踏ませることにつながっていると考えられる。

そのようになった大きな原因は従来ネパールの観光やトレッキングを手掛けてきた日本の旅行業者やそれらに関して情報提供を行ってきた出版業者等にあると思われる。昨年の震災以降、トレッキングツアーは軒並み中止になり、今年になって再開したところもぼつぼつ出始めてはいるが、依然として中止しているところもあるという状況に加えて山岳雑誌でもネパールの復興状況の紹介が不十分なことも重なって、ネパール訪問を躊躇させているのではと推察される。

ネパールの現状を見てきた自分が行うべきことは、ネバール復興の現状紹介と支援につながるネバール観光の意義について、メディアを利用して広く知らしめることだと思うので、その具体的な方法についても検討していきたい。

今回、訪れたゴサイクンドはランタン方面ではあるが、「世界で一番美しい谷」と言われたランタン谷そのものではない。ランタン谷はゴサイクンドよりも高度も低くロッジ間の距離も短いので、もっと年を取ってからでも(今でも十分年は取っているが)機会があれば行ってみたい。

ネパールの主なトレッキング地域で残されているのはアンナプルナ内院なので、ここもぜひ行ってみたい。単なるトレッキングでもよいが、これが最後となるだろうからピークハンティングも併せて行なえれば、それに越したことはない。

その他に行ってみたいところもいろいろあるが、中でも2009年に計画しながらケガで断念した中国シルクロードからインド大陸を経由してチベットに至るルートは登山トレッキングではないが、ぜひ行ってみたい。そのうち、真ん中のインド・ネバールは2013年に仏跡訪問で通っているので、残りの区域をそれぞれ2週間程度でケリをつけてしまいたい。

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2016年11月 7日 (月)

ネパール最終日

いよいよネパールも最終日となった。最初はレンタサイクルで環状道路をツーリングしながら観光地を回る予定であったが、早く目覚めてしまいレンタサイクル屋もまだ営業していない時間であらうからスワヤンブー寺院までなら30分くらいの歩きで着くはずなので、朝日を浴びて歩き出す。日曜日だというのに大勢の人が活動を始めている。早起き三文の特に得と言うが、早朝に歩くと生活息づかいが聞こえてきそうなのがよい。
スワヤンブー寺院の麓にはサモサを売っているとネットに書いてあったので探してみたが見つからす階段を登り出す。四国金比羅山に匹敵する長い階段で、30分ほどで山頂に着くが、既に参拝客でいっぱいである。五体投地する人、マニ車を回す人などチベット仏教特有の風習が見られる。寺院は高台にあり、カトマンズ市街全体が見渡せる。一通り写真を撮った後、反対側に降りる。途中、猿が多数たむろしていたが人には慣れていたし、「犬猿の仲」にもかかわらず、争いも起こさずにいた。

降り立ったところは環状道路沿いで店も結構あったので、サモサを売っている店を探したが見つからなかった。サモサは日本人が考えているほど、ネパールで良く食べられているわけてはないのかもしれない。反対車線側に渡ると、サモサを売っている店を見つけ朝食代わりに二つ食べた。じゃがいもがいっぱい入った特大サイズで1個20円である。だいぶ前はたしか1個10円だったはずで、ネパールもインフレなのかもしれないが、日本の100円以上に比べれば格段に安い。

カトマンズの西端にはスワヤンブー寺院があり、東端にはボーダナート寺院があって、この二つがカトマンズの代表的な寺院であるが、環状道路を通るバスに乗ればタメルに戻るよりり早いはずだ。問題はボーダナート行きのバスに乗れるかどうかだ(表示の文字は読めないし、車掌の言っていることもわからない)。ただほとんどのバスは環状道路を走るだろうし、もし環状道路をはずれれば、その先で降りればいいだけだ。

ボーダナートはかなり以前にいったことはあるが場所はうろ覚えであり、前日にネットで調べた際も場所の確認はできなかった。まあ適当な所で降りて道をきけばいいやと思いながら乗っていて、そろそろ目的地が近いかなと思って外を見ると、ボーダナートとおぼしき建物か見えるので、慌てて降りることとなった。ここどもうひとつ問題が起きた。料金がいくらかわからないのである。
乗車区間をチェックしているわけではないようなので、均一料金には違いないが、下車する時に払っている紙幣が確認できない。車掌が乗客から受け取った紙幣を握りしめているのが、最小紙幣の5ルピー紙幣と10ルビー紙幣だったので、かなりの枚数の5ルピー紙幣を車掌に呈示すると全部持っていこうとするので、そうはさせじと強く握りしめたら、何枚かは返してくれた。結局、料金がいくらだったのかも、車掌がいくらネコババしたのかもわからずじまいだった。まあ日本円で数十円の話なんですけどね

道路を渡ってボーダナートの境内(というのかな?)に入った途端に新た疑問が現れた。ネットの情報ではボーダナートは地震の被害を受けて修復中のため、一般公開されてないとあるのに、無傷のままで公開されているではないか。単に私が見た情報が古かったのか、それとも今見ている寺院はボーダナートではないのか。いくつもの掲示があるが、ネパール語で書かれているので判読不明である。唯一英語で書かれている掲示には、過去の経緯についての説明はあっても地震に関する言及はない。

これ以上詮索してもしかたないので、次の予定はカトマンズに隣接する古都のパタンであるが、そこまでの行き方はいくつか考えられる。ひとつは、このまま環状道路をバスで進み適当な所で下車してパタンまで歩くというものである。ただし、パタンまではかなりあるかなければならない。もうひとつは中心街のタメルまで一時間ほど歩いて戻り、ミニバスでパタンに移動するというものである。ミニバスの乗り場がわかれば楽ではあるが。タメルまで戻ったついでにレンタサイクルで行くという手もある。ただし、前回レンタサイクルを利用した時にはパスポートを預けた記憶があるので、出国当日にパスポートを預けるのもなあという気もしていた。

とりあえずタメルに戻って昨日も行ったカフェに寄って遅い朝食を摂る。昨日は体調不良でおかずなしだったが、今日は日本でいうモーニングセットを注文する。300円以下の値段の割には豪華な内容であった。食事後にレンタサイクルに行くとパスポートを預ける必要はないと言うことで自転車を借りることにした。

パタンの町までは比較的スムーズに行けたが、寺院を探すのに多少手間取ってしまった。最初に訪れた寺院は見た目には地震の影響は感じられなかったが、2番目に訪れた寺院は地震の被害をかなり受けていて修復している建物か見られた。二つの寺院の影響の違いは建物または地盤の強度の差なのか、はたまた地震の伝わり方の違いなのか。

パタン観光が終わり来た道を戻ってもよかったのであるが、前回レンタサイクルでパタン観光をした帰りに環状道路を反時計回りに進もうとして環状道路から外れてしまったことを思いだし、もう一度行ってみようという気になった。今回はGPSに対応したオフライン地図という強い味方があるのだ。しばらく進むと前回間違えた地点がわかった。GPS に対応した地図がないと引き込まれやすい分岐路があったのだ。もちろん今回は間違えずに進む。反時計回りに進んでいると、この辺りは北上することになり名前こそわからないが、ヒマラヤの峰々が正面に見られてなんだか得した気分になる。

もうしばらく進むと朝の幻のボーダナートになるが、そこまで行くと朝の経験ではタメルに戻る道がわかりにくくなるので、手前でタメル方面に真っ直ぐ延びる道に進路を変える。しばらくしてカトマンズの南部にもいくつか寺院があることを思いだし、そこが地震の被害を受けていないかが気になってきた。そこで途中から進路を南に取ったのだが、その道は一方通行で南下はできなかった。やむを得ずに歩道を進んだのであるが、次第に歩行者が多くなって自転車を降りて引いて行かざるをえなくなった。ところが、さらに歩行者が増えてきて歩道はいつしか車道と離れて建物に挟まれた狭い通路につながるようになってきたが、人の波に押し流されるしかなす術がない状態となっとしまった。ちょうど年末のアメヤ横丁の雑踏に自転車を乗り入れてしまったようで、日本でならば非常識だと非難されかねないが、そんな常識はここネパールでは通用しない。なんとその雑踏に向かってオートバイが爆音を響かせながら、次々と突っ込んでくるのである。かと思えば頭よりも高い荷物を背負ったおじいさんが、人をかきわけかきわけ前進してくる。まさにアジアのエネルギーが爆発しているような一帯であった。私はと言えば、この混沌とした世界から何とかして逃れたいと、少しでも空いている所に移動しようと必死にもがいていた。ようやく自転車が走れる道路に脱出できると、もう寺院が地震の影響をどの程度受けたなどということはどうでもよくなり、多少なりともヨーロッパの香りが感じられるタメルに逃げ帰った。

タメルでは行きつけの日本料理店で天ぷらと寿司にビールで今回のトレッキング+旅の無事終了を祝った。長いような短いような10日弱であった。

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天まで続く階段

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サルとカトマンズ展望


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バス車内


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幻のボーダナート


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パタンの寺院の修復


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カトマンズの雑踏


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2016年11月 5日 (土)

カトマンズの休日

昨日カトマンズに戻って暴飲暴食(というほどでもないが)をしてしまったことと、トレッキングの疲れが重なったためか、夜中に胃が痛くなりヤバいと思ったが、朝には痛みも収まったので市内観光に出かける。といっても病み上がり?なので無理をせずに近場だけにして、wifi 環境のある喫茶店でトーストとミルクティーを注文して調べものをする。お昼頃まで粘って二百円ちょっとですんじやうので申し訳ないような気もした。


その店の近くに到着時に宿泊したホテルがあったので、ダメ元で紛失したカメラがなかったかどうかを聞いてみる。トレッキング出発時にスタッフにホテルまで探しにいってもらってもみつからなかったので期待はしていなかったが、自分の耳でないことを確認して納得した。まあ拾った人が日本語表示で自分は使えなくても転売すれば相応の身入りはあるだろうから、これもネパールへの寄付と考えることにした。

帰りに宿泊しているホテル近くの日本料理店による。普段はあまり海外で日本料理などは食べないのだが、体調を考えてうどんを食べようと思ったからである。注文したのは胃にやさしいきつねうどんであるが、日本で食べるのと遜色のない味であった。宿泊しているホテルから近いこともあり、後数回のこともあり「贔」にしてみよう。

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午後になってドアをノックする音がするので明けてみると美人の女性が立っている。全く心当たりがなかったので最初は部屋を間違えたのではないかと思ったが、話を聞いてみるとトレッキングのエージェントの社長からのパーティーのお誘いであった。そう言えば5年前のクスムカングル登山終了後にも同様の誘いがあり、その時は参加したのだが、他の出席者はいずれも外国人だったので、英語でコミュニケーションをとるのに結構疲れたことを思い出したので、あまり嬉しい誘いではなかった。それに体調が万全でない状態で、誘われるままに飲食して体調に悪影響がでるのも心配だったので、今夜は用事があると言って丁重に誘いを断った。もっとも用事があるというのは満更嘘でもなく、旧王宮方面に行くつもりだったのである。何の目的かは、少し話しが長くなるがお付き合い願いたい。

ネパールの地酒にはどぶろくの一種である「ちゃん」と蒸留酒である「ロキシー」があることは以前に書いたが、若い頃ネパールに来ていた頃は、当時はバッティと呼んでいた茶店では普通にそれらの酒が提供されていたので、ヒマラヤの峰々を眺めながら飲むことがトレッキングの楽しみのひとつであった(登山の場合もベースキャンプまではトレッキングとなんら変わらない)。5年前にクスムカングルで久しぶりのネパール登山をした時もちゃんをしこたま飲んだ記憶があるので、ネパール全体で大きな変化はないのだと思い込んでいた。ところが、今回ランタントレッキングに来てみると、バッティは消えてロッジばかりとなり、提供されるアルコールもビールか洋酒はかりになっていた。これは欧米人によるトレッキングが盛んになって彼らの好みに合わせるようになったからであろう。クスムカングル方面でちゃんが飲めたのはトレッカーはあまり入らない地域のため、昔の風習が残されてきたからであろう。

そんなわけで楽しみにしていた地酒を飲めなかった欲求不満がたまっていたところ、ネットで調べると、旧王宮付近に夕方になると屋台が出て地酒か飲めると書いてあるではないか。これは行かずばなるまい、ただ体調か万全ではないので口に含んで雰囲気を味わうだけでもよいと思った。

カトマンズでは観光客がたむろするタメル地区ばかりいたので、地元民が生活している旧王宮までの道を歩くのも新鮮で楽しい。ただ大変なのは交差点を渡る時である。一応信号はあるのだが、停電が影響しているのかあかりのついている信号はない。大きな交差点ではお巡りさんが交通整理をしているが、その他ではドライバーまかせ、歩行者まかせである。
信号に慣れきっている日本人ではととも渡れないだろうというところも、地元の人は巧みにすり抜けていく。そこで地元民の後に従ってなんとか目的地に着くことができた。旧王宮前では少しうろうろしたが目的地である「屋台」を見つける。建物の間の通路にパラソルとテーブルとイスを置いたもので、既に何人かの客が入っている。BSで「世界一入りにくい居酒屋」という番組をやっているが、この空間に旅行者が一人で入っていくのは相当勇気がいるだろう。それに一度入ったらぐでんぐでんになるまで返してもらえそうもないようにも思えた。というわけで退散することとなったが、ホテルに戻る途中、件の日本料理店に寄り、カツ丼を食べてから帰った。ネットでベタ誉めしてあったので期待が膨らみ過ぎたのか、思ったほどでもなかった(十分美味しくはあったのだけど)。

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カトマンズに戻る

朝のバスでドンチェを離れてカトマンズに戻ることになる。
町を出るところにチェックポストがあり、荷物検索を受ける、ザックの底に登山靴をしまってあったので、外側からさわって不審物と思われたのか取り出すように言われる。幸い私のザックは下部にもファスナーがあったので、そこを開けて確認して済んだが、そうでなかったら荷物を全部取り出さなければならないところだった。だいたい指定地域に入る時の検査はともかく出る時にも検査をする意味がわからない。

道はすぐに山岳地帯に入り悪路となる。行きも通った道であるが、すれ違いの際に行きは谷側車線だったのが帰りは山側車線となるのだけ気が楽になる。もっともそれ以外はすれ違いのできない一車線なので危険度に違いはないが。

バスの窓にはfree  wifi と書いてあったので無線lanが使えるのかと思い、これは退屈しのぎになるとタブレットで検索してみたが、ネットワークは存在してなくて宛が外れてしまった。車内では訳のわからない音楽が大音響で鳴り響いていてタブレットの音楽を聞く気にもならず暇をもてあましたため、悪路に耐えながらブログの原稿を書いてみたが、揺れ激しくてまともに書けそうもないので直に止めてしまう。この間に誤字脱字があったらご容赦を

道はやがて坂道を下って行ったが、それとともに次々と乗客が乗り込んできて車内はすし詰め状態となる。私の隣に座っているガイドは通路に立っている女性から子供を引き取って膝の上に乗せてやっている。
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そのうちに停留所ごとに積み残しされかねない乗客と車掌との間で一触即発の騒然とした状態となり、なかなかバスが発車できない。3年前にネパールをバスで横断した時も随分バスに乗ったが、こんな事態は初めてだ。
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カトマンズまでこんなことが、続けばいくら時間がかかるかわからないと思ったら、次第に乗客は降りて車内も空いてきたので、懸念したような大幅な遅延はなかった。それでも昼をかなり過ぎても食事休憩をしないので、遅れを取り戻すためかと思って昼食抜きを覚悟したところ、遅い時間ながらも食事休憩に入ったので、今回最後となるであろうダルバートを食べた。
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後は峠越えをしてカトマンズ盆地に入るだけであるが、峠付近で思いがけずもランタンを含むヒマラヤ峰々が見られたので嬉しかった。その後は渋滞にあいながらも、十分明るいうちに市内に入り、予約してあったホテルに着いてガイドたちと別れた。決して高級ホテルではないのであるが、昨日までのようなロッジ生活に比べれば王公貴族のような気分になることができた。

 

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2016年11月 3日 (木)

ランタントレッキングの記録(wifi 版)

シンゴンパから行きと同じ変わりばえのしない景色の中をドゥンチェに戻りましたが、ロッジにはwifi 環境がありましたので、携帯版ではあまりアップできなかった写真を中心にアップします。

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ランタンリルンの朝焼け

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左がガイド、右がポーター(アシスタントガイド?)

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尾根上からのランタン山群展望

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シンゴンパ

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シンゴンパ前の宿泊したロッジ

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ロッジ前の憩い

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ラウレビナピークを目指して

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ランタンリルン

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ガネッシュビマール山群

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ゴサイクンドの湖

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スリヤピーク(5145メートル)山頂

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山頂からのランタンリルン

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山頂からのゴサイクンド方面

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スリヤピーク残照

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ゴサイクンド小屋の石積(色の変わっている上部が再建部分)

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ゴサイクンド小屋の子供


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晩秋の高山植物

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タルチョとランタンリルン

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右端がマナスル、左がアンナプルナ山群

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上部が地震で倒壊したままの小屋

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ドゥンチェに戻って眺めた残照のランタンリルン

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2016年11月 2日 (水)

ランタントレッキング( 携帯版) ゴサイクンドからシンゴンパへ下山

ランタントレッキング(<br>
 携帯版)  <br>
 ゴサイクンドからシンゴンパへ下山
トレッキング四日目
行程的には今日中にドゥンチェまで降りることも十分に可能なのだが、そんなに早くついても、カトマンズで暇をもて余すだけなので、当初の予定通りシンゴンパ止まりとし、カトマンズへは1日早い到着として観光に当てることとした。

 

帰りは行きと同じコースを通るので、記録として新たにアッブするものは少ないが、今回の目的の一つである震災復興に関するものもアップしていきたい。

 

事前の情報ではランタン方面は壊滅状態で、この秋からロッジも復旧されてトレッカーの受け入れが始まったということであったが、今までは地震の爪跡を感じることはなかった。ゴサイクンドで泊まった写真のロッジも一見したところは以前からのロッジがそのままあるように見えるが、近くから見ると倒壊を免れてそのまま残っている石積みと新たに積んだ石の境が色の違いではっきりとわかった。日本のように柱を使う場合には上部半分だけ壊れるということはないが、石積みの場合には普通のようで、少し下ったあたりでも、上部の石積みだけがこわれたままで再建されないままの建物が見られた。

 

マナスルやアンナプルナは行きの時は振り返らないと見られなかったが、帰りは正面に見ることができて楽しい。マナスルは昔アンナプルナ周遊の際に眺めているはずなのだが、記憶がはっきりしないため、今回初めて見たことにしておこう。

 

8千メートルは全部で14座あるが、そのうち登ったのは1座、間近に眺めたのは12座となる。そのうち、アンナプルナは連山となっていて特定が困難なので、内院にトレッキングして間近に見てみたいし、ナンガバルバットも飛行機から間近に眺めたことはあるが、地上から仰ぎ見てみたい。残りの2座も機会があれば見てみたい。

 

シンゴンパまでは休み休み歩いても3時前には着いた。ここまで来れば、ゴールのドゥンチェは目と鼻の距離だし、高度も3300メートルまで下がって高山病の心配もないので、地元の酒(どぶろくの1種のちゃんや蒸留酒であるロキシーが有名)で酒盛りでもしようか

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ランタントレッキング( 携帯版) シンゴンパからゴサイクンド及びスリヤピーク登頂

ランタントレッキング(<br>
 携帯版)  <br>
 シンゴンパからゴサイクンド及びスリヤピーク登頂
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 携帯版)  <br>
 シンゴンパからゴサイクンド及びスリヤピーク登頂
ランタントレッキング(<br>
 携帯版)  <br>
 シンゴンパからゴサイクンド及びスリヤピーク登頂
トレッキング二日目
今日はラウレビナまでの標高差600メートル余りの短い行程である。時間的にはゴサイクンドまで十分に行けるのであるが、高度を上げすぎると高山病になりやすいので、このくらいでちょうどよいのである。

 

例によって早朝から目覚めてしまっての携帯でブログの続きを書いていたら、昨日は圏外だったのに電波状態が良くなったのか、電柱が3本も立っているではないか。それだけでなく、パケット通信もできるようになっていたので、早速ブログの更新をしたり、iモードでPCメールの確認やヤフーの閲覧も行った。実にラッキーだったが、この先どこまで携帯が使えるだろうか

 

今日も快晴である。乾季にしか行かないヒマラヤでは雨に降られた記憶がない。今回も雨具は使わずじまいかもしれない。

 

今日の朝食はパンケーキにフライドエッグとミルクティである。いつもはヒマラヤは山登りで行くのでコック付きのため、ロッジで食事することはないが、若い頃にアンナプルナ北方のフ山登りに行った帰りに、コックたちと別れてジョムソン街道をトレッキングした時にロッジ(というよりも小屋だったが)で出された食事は現地の人が食べるカレーや野菜の煮物ばかりだった。その印象が強くて、今回は日本からレトルト食品をだいぶ持ち込んだのだが、ロッジの食事も良くなっ不要だったようである。

 

今日も体調は良好で順調に高度を稼ぐ。途中でランタンリルンが真正面に見える絶好のポイントがあり、ブログの「今日の一枚」はこれで決まりと思ったら、目的地のラウルビナになんと10時半についてしまい。明日の予定であったゴサイクンドまで一気に行くことになってしまったので、さらなる絶景が見られるかもしれない。

 

ラウルビナの小屋前でまた携帯が利用可能になったので、朝方に着信しながら接続できなかった顧客に電話する。用件は無事に終わったが、まさかヒマラヤの山中から電話しているとは思わなかっただろう。

 

ゴサイクンドに向かう前にロッジで昼食をとる。カレーが続く予想が肩透かしにあったので、今回はあえてカレーを注文する。カレーは行きのバスの途中で食べて以来であるが、主峰のランタンリルンは小屋の陰で見えないものの、ガネッシュヒマールの峰々の大展望を楽しみながら食べるカレーはなかなかのものである。

 

ロッジの昼食の準備がもたついて、昼食が終わって出発するまでロッジ前に2時間近くも滞在したことになる。ゴサイクンドまでは3時間ちょっとかかるということだったが、休み休み行ったにもかかわらず、2時間ちょっとで着いてしまった。山々に囲まれた大きな湖の畔に数件のロッジが立ち並ぶ別天地である。「今日の一枚?」にここの写真が追加されるのは間違いない。

 

今日頑張ったお陰で日程に1日余裕が生まれたが、明日はスリヤピークを往復するとして、その後にどうするかは後になって考えヲよう。

 

明日は比較的早めにスリヤピーク登頂に向けて出発するので早めに横になったが、脈拍もほぼ正常だし高山病の自覚症状も全くないので、明日も快調な山登りができるだろう。まあランタンの山の展望台に上がるようなもので、登山というほどのものではないが、一応は5千メートル峰に登るのだから、それだけの気持ちの準備はしておこう。

 

トレッキング三日目
朝6時にロッジを出発する。もうワンパーティーがスリヤピークに向かうとのことで、前後して登っていく。湖の先にも大小いくつかの池があり、道はその脇を通って登っていく。スリヤピークの登路は事前に読んだ登頂記録では湖から別れてすぐに尾根を目指す一般路と峠まで登ってから岩尾根に取り付くアルパインルートがあるとのことであったが、ガイドと別のパーティーはともに峠の方に向かって行く。今さらアルパインルートを登る気もなかったので、一般路を行きたいと思ったが、岩尾根を登らずにガレ場を登って頂上直下に出るルートを行くとのことなので、それに従うことにした。

 

ガレ場なので多少は神経を使うが、それほど崩れやすいこともなく、適度な緊張感をもって登ることができた。さすがに5千メートル近くになると、少し頭がぼわーとしたが、下界とさほど変わらないペースで登れて丁度4時間で登頂したことになる。

 

頂上からは正面にはランタンリルン、西にはガネッシュヒマール、さらにはマナスルと大展望が広がる。今回、ゴサイクンドのコースとそれより北方のランタン谷のコースはいずれにしようか迷ったが、日程の面やコースの面白さからゴサイクンドにして正解であった。ランタン谷のからの方が、主峰のランタンリルンは間近に見えるだろうが、近ければよいというものではなく、全体の眺望はゴサイクンドコースの方が上であると信じたいし、湖や池の美しさはゴサイCクンドコースが勝っていると断言したい。

 

タブレットではたくさん写真を撮ったが、携帯でブログにアッブする際に添付する「今日の一枚」を撮ってないことを思い出して携帯の電源をオンにすると、いきなりNTTからの海外メールが着信して、中国電話の説明が入るとともに携帯の時間が中国時間に変更されてしまった。中国の電波が強いせいだろうが、それだけ中国との国境近くまで来たという証拠でもある。もっとも、すぐに圏外になってしまって中国経由のブログ投稿とはならなかった。

 

携帯で写真を撮った後に下山に移る。今度は一般路を降りたが、ガレ場とまでは謂えないにしても岩だらけでハイキングコースよりも悪い道である。登頂記録にも一般路は遠回りであると書いてあったが、ロッジまで3時間40分かかり、登りと大差ないものであった。ロッジに到着するとガイドたちとビールで乾杯して登頂成功を祝った。

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