« 2016年11月 | トップページ | 2017年1月 »

2016年12月

2016年12月31日 (土)

名鉄全線乗車

JRについては全線乗車を目指していて西日本と九州のJ Rを除いては完乗達成ないし目前となっているが、さすがに私鉄となると全線乗車はとても無理だが、とりあえず名古屋以東は完乗を目指している。その場合に未乗車区間が多く残っているのは名鉄各線である。若い時に名古屋に5年間勤務していて多くの名鉄線には乗車しているはずなのだが、終点まで乗った記憶があるのは岐阜から豊橋までの本線と犬山線くらいしかない。そこで年末年始に家内の実家の名古屋に滞在する間に本線と犬山線の完乗路線を除く全線を乗車することにしたが、名鉄では2日間有効のフリー切符を発売しているのでこれを利用することにした。
 
初日は豊川稲荷から国府までの豊川線を皮切りに三河から尾張南部の各線に乗車し、2日目は名古屋から岐阜にわたる各線に乗車した。1日目は乗車開始が昼近かったので深夜までかかってしまったが、2日目は早朝から乗車したので暗くなる前に終えることができた。その代わり、乗り換えが頻繁なために乗り越さないようにと、ゆっくり本を読む余裕もなかった。愛知県の私鉄等としては地下鉄の半分近くと愛知環状線が未乗車で残されているので、機会があったらトライしたい。

2016123111210200
2日間で4000円のお得なフリー切符

2016123111211500
豊川稲荷駅からの豊川線でスタート

2016123111213500
中部国際空港セントレア


2016123116170100
尾張瀬戸駅からの瀬戸線で締めくくり


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月25日 (日)

西国三十三箇所札所巡りと淡路島一周 三日目

泊まった民宿からフェリーの船着き場までは46キロなので、3時間もあれば十分だろうと、11時20分の便に乗るべく8時過ぎに宿を出る。ところが、道こそ平坦ではあるものの、向かい風のために自転車がおもうようには進まず、乗船時間の1時間前に距離を確認すると20キロ近くあり、このペースでは間に合わなくなると俄然ベースを上げる。

岩屋港は明石大橋の少し先にあるので、まずは明石大橋が見える地点まで急ぐ。乗船時間20分前に吊り橋の柱の上部が尾根の向こうに見えてきたが、まだまだ遠い。懸命に漕いで道が大きく曲がるところで橋全体が前面に見えてきた。9分前に橋の下を通過した時はこれで間に合ったと思ったが、岩屋魚港を過ぎても肝心のフェリー乗り場にはたどり着けずに少々焦る。5分前にようやくフェリー乗り場に着いて辛うじてセーブとなる。まあ、この船に乗れなくても40分待つだけなのだが、予定していた船に乗れないと気分が悪いものなので、乗れて良かった。フェリーから2日間滞在した淡路島の写真を撮って淡路島の旅は終わる。

明石に着くと、電車で茨木に向かい、初日に参拝し損ねた札所巡りを行うことにした。順番は逆になるが、明石からは近い22番持総寺からまわるために茨木で下車する。真っ直ぐの道はないが、東海道線沿いに行けばよいので、迷わずにたどり着くことができた。

次の21番善峯寺までは24キロと長いが、時間もまだ早かったので、門の閉まる5時までには十分着けると鷹をくくっていて、それよりも最後に予定していた20番太穴寺に門の閉まる5時までに着けるかどうかを心配していた。ところが、途中で何度も道に迷ったりして時間を食ったが、極めつけは最後に延々と続く勾配率10以上の登りの連続である。最後はもちろん歩いてしまたが、途中で閉門間近のアナウンスが入って焦ってしまい、自転車はその場に置いて空身で登って、辛うじて五時前に山門をくぐる。さらに本堂の方に進もうとしたらブザーは鳴るし、「本日は終了したので、直ちに山門から退出してください」のアナウンスは入るわで、本堂までは行けずに遠くから参拝と写真撮影を行って退散する。

この時点で18キロ離れた亀岡郊外の太穴寺に行っても門が閉められていることは確定的だったが、希に地方の札所では山門が閉められていないこともあるし、山門が閉まっていたとしても、亀岡にはなかなか行く機会がないので、とりあえず行くことにした。

移動距離はそこそこあるが、アクシデント等で途中リタイアとなっても、最終の新幹線には十分間に合うと踏んでいたので、安心して進むことができた。幸い、21番のような登りはなく楽にたどり着けたが、門はやはり閉まっていた。とりあえず写真だけ撮って帰ったが、途中で参拝をしてないことに気付き、お寺の方を振り返えって参拝だけはしたが、こんなことで果たして御利益はあるのかしら

今回は12番から22番までを巡り、全体の三分の二は巡ったことになるが、遠方なだけになかなか行くこともままならないので、大願成就はいつになることかわからない。
2016122523033900
フェリーからの淡路島

2016122609015100
閉門寸前の山門をくぐる

2016122523040100
当然ながら閉門されていた

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月24日 (土)

西国三十三箇所札所巡りと淡路島一周 二日目

淡路島に渡るフェリーの出る明石までは電車で行ってもいいのだが、自転車を収納したり、組み立てする手間を考えると15キロくらいなら大差ないと自転車で行くことにしたが、途中で確認したら明石までの距離は20キロ弱であることがわかったものの、後の祭りである。おまけに船着き場の位置を正確に確認してなかったので、海側に行きすぎてしまい、正しい場所に移っている間に乗ろうと思っていた8時半のフェリーは出てしまい、30分待たなければならなくなる。

フェリーには自転車を持った人がたくさんいるが、みんな軽装である。一周すると150キロ以上あるのにこんな時間に出かけて日帰りするんだろうか(一周するとは限らないが)。

フェリーは10分足らずで対岸の岩屋港に着く。淡路島は徳島への行き帰りで夜行バスでは何度も通過しているが、自分の足で立つのは初めてである。のんびりしていたら、他の自転車は先に行ってしまい最終のスタートとなる。東側の海岸沿いの道はフラットで走りやすく、時速20キロ以上で快調に走ってたら、後ろから自転車の一団にあっという間に追い抜かれる。次のフェリーで来た人達だろうが、あのスピードならば日帰りでも一周できるんだろうとなと納得する。

最初の目標は洲本に午前中に着けるかどうかで、思いの外時間がかかるようならば、南端まで行かずに今晩の宿がある西海岸の湊に直行しようと思っていたが、案外順調に進み11時半には洲本に着いたので、予定通り南端に向かうことにした。

これから先にはあまり人家もないだろうから腹ごしらえをすることにした。この辺りの飲食店では魚料理が定番だろうが、今晩の民宿でも魚料理が出るだろうから、重ならないものにしたいなと思っていたら、シラス丼の文字が飛び込んできたので迷わず注文した。これにはわけがあって、数年前に湘南海岸に行った時に、名物のシラス丼を注文したら、今朝は不漁なので出せないと言われ、それ以来食べる機会がなかったので、じっくりと味わっていただいた。

腹もふくれたので、南端を目指して出発する。道は今までの平坦ではなく、緩い登りが続くようになる。これは海岸が絶壁となるため、山間部に道が取られているからであるが、疲れがたまってきたために、登りの最後では歩いてしまった。

坂を登りきって海岸に降り立つとまた快適な走行が楽しめた。肝心の南端部も気が付かずに通り過ぎ、後は西側の突端部を忠実に海岸線を通っていくか、それとも突端部はショートカットして宿のある湊に直行するかであるが、知らぬ間に海岸線の道と離れてしまい、戻るのも面倒なので突端部はショートカットして湊に直行してしまった。お陰で民宿には予定よりもだいぶ早く4時頃には着いてしまったが、たまにはこんなことがあってもよいだろう。
2016122422570500
フェリーからの明石大橋


2016122422573200 
シラス丼


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月23日 (金)

西国三十三箇所札所巡りと淡路島一周 一日目

最初は12月の三連休は沖縄の高江のヘリパッド建設反対運動に参加するつもりだった。ところが、ヘリパッド基地は年内に概ね完成する模様で三連休の前日である22日にヘリパッド基地建設の見返りとされる北部訓練乗の(実質的には基地機能の強化であるという点で)まやかしの返還式典が行われることになったので、その直後に訪れるのは後ろめたい気もしたので今回は取り止め、罪滅ぼしというわけではないが、中途で終わっている西国三十三箇所札所を巡ることにした。本当はもっと早い時期に高江を訪れたかったのだが、高江は辺野古よりも更に遠く、始発の便で飛んでもその日のうちには高江にたどり着けず長期の滞在が必要となるため遅れてしまったものである。ただヘリパッドが完成しても反対運動が終わるわけではないので、近いうちに再開が予想される辺野古新基地建設に対しては反対運動に参加することになるであろうから、その際は是非とも高江にも足を延ばすこととしよう。

そんなわけで準備不足もあって、大垣行きの夜行ながらの切符が取れなかったが、かといって始発の新幹線で行くと現地到着が遅れるのでどうしたものかと思っていたら、ヤフーオークションで入手することができた。指定席券520円のところを1500円で落札したが、ポイントがたまっているということで実際に負担したのは800円程度であった。

乗車券はもちろん18切符を利用するが、ながらの東京駅出発は23時10分なので、ここから18切符を利用すると、日付が変わる最初の駅である小田原駅までの乗車券分しか使えずもったいないし、かといって小田急経由で小田原駅から乗車すると料金的には安くなるが、今回は自転車を持参しているので収容スペースを確保できるかどうかわからないので、小田原駅までの乗車券は別に買って東京駅から乗車することにした。

ながらを利用するのは久しぶりだが、指定券は売り切れているにもかかわらず空席が目立つ。きっと小田原駅から乗り込む人が多いんだろうと思ったら案の定、小田原駅で満席状態となった。ところが、いつまでたっても発車しようとしない。車内放送があって静岡方面で強風が吹いているので、発車を見合わせるとのことであったが、結局50分遅れで小田原駅を出発してくれた。

名古屋駅に着くちょっと前に目覚めたが、寝ている間に遅れは取り戻したようで、名古屋には定刻に到着する。二つ先の大垣が終点だが、電車の接続時間が3分しかないので、自転車を抱えて階段をかけあがるのは大変である。米原駅では接続時間がさらに短く2分しかないので大変だと思ったら、同じホームの隣の番線だったので、階段を登らずにすんで助かった。

今日の最初の札所は13番石山寺である。駅からのアプローチが近かったのは良かったが、京都近辺のためか拝観料を取られるのには少し抵抗感がある。

次の12番岩間山は登りがきつく、朝食をしっかりと食べてないこともあって、途中から歩き出してしまった。こちらも拝観料が必要だが、本堂の手前に集金所?があるので、その外から拝む分にはお金はとられなかった(御利益がないかな?)。

次の14番三井寺に向かっている途中でよもやの雨が振り出し戦意がにぶる。おまけにアラレが激しく降りだして散々である。三井寺に着いた時には雨も止み、琵琶湖も望めて満足であった。

以上で滋賀県の札所は全て終わり、京都府の札所に移るが、移動距離は長くなる。長いといっても10数キロなのでたいしたことはないのだが、道間違えを頻発して、距離の割には時間がかかってしまう。さらに目的地まで三キロくらいになってからは、一向に目的地に近づかないのである。というのは、自動車モードを選ぶと高速道路に導かれ、徒歩モードを選ぶと山道につながったりで、いずれも引き返しを余儀なくされるからである。ようやくどつぼから抜け出して15番札所入り口の表示を見つけた時にはほっとしたが、試練は終わってなかった。入り口を曲がってしばらく行くと、西国とは別の札所なのだが、25番と書いてあったのを15番今熊野観音と勘違いしてしまったのである。参拝が終わって帰りかけた時に気づいたからよかったものの、そうでなければ苦労して近くまで来ながら参拝を逃すところだった。

次の16番は有名な清水寺である。修学旅行等で訪れた人も多いだろう。今日も物凄い観光客の人数である。中学の修学旅行以来であるが、改築されたのか昔の趣はなくなってちょっと幻滅である。日没が迫ってきたので、先を急ぐ。17番六波羅蜜寺は間に合ったが、18番六角堂と19番革堂は5時を回っていたため門が閉められていたので、門の外から参拝せざるをえなかった。

天候悪化や道迷いから予定の半分くらいしか消化できなかったが、明日は淡路島に向かうのでこれで切り上げて電車で神戸に向かった。
2016122323441000
25番と15番を間違える


2016122323435300
けばけばしくなってしまった清水寺


2016122323433300
門の閉められた札所


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月15日 (木)

ネパールのどぶろくチャンを求めて

ネパールのどぶろくチャンを求めて、知り合いとの飲み会にかこつけて、泉岳寺にあるネパール料理店に行く。
少し早めに着いたので泉岳寺に立ち寄るが、赤穂浪士討ち入りの日ということで、お見せもいっぱい出て賑わっていた。
Img_20161214_175206_3

食欲をそそるものがいっぱいあったが、ネパール料理のために胃袋を空けておかなければとじっと我慢する。
定刻前に料理店に行き、知り合いがきてからネパールのエベレストビールで乾杯してからコース料理を楽しむ。
あまり庶民は食べない高級料理中心なのか、ネパール餃子であるモモ以外は初めて口にするものばかりであったが、どれもおいしかった。
Photo

お酒はもちろんチャンである。この味をどれだけ待っていたことか
知り合いも気に入ったようで何杯もお代わりをしていた。
Photo_2

しばらくはネパール料理店巡りが続くかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月13日 (火)

吾妻線全線乗車と浅間隠山登頂

12月に入って冬型の気圧配置が続き、群馬の山間部は雪の日が多くなっているが、珍しく高気圧が移動性になる時期を捉えて、吾妻線の全線乗車と浅間隠山登頂を目指して、早朝の高崎線に乗り込む。吾妻線はかなり以前に万座鹿沢口までは乗っているのだが、二つ先の終点の大前まではなかなか乗車するチャンスがなく今に至り、その間に既乗車区間でも川場ダム建設に伴ない湖底に沈む区間が高台に移設されているので、この際に全線乗車をしておきたいし、ついでに浅間隠山という200名山も登ってしまえば一石二鳥ということになる。因みに浅間隠山という妙な名前は、群馬県側から浅間山を見ようとすると、この山に隠れて見えないことから名付けられたということである。ただ、ついでに登るといっても登山口が最寄り駅から18キロも離れているため、自転車を利用することにした。

川場ダム建設により高台に移転した部分はどんな眺めになるのか興味があったが、ほとんどがトンネルで期待した眺望は得られなかった。その少し先の羽根尾で下車して登山口に向かう。

駅前から国道を横切ると直ぐに10%くらいの勾配が3キロほど続き、その後は緩やかな登りとなる。今日登る山はそろそろ見えてくるかなと思ったら、正面に真っ白な雪山が現れたのでビックリ。本格的な冬山装備なんか持ってきてないぞと思ったが、よく考えたらそれは浅間山だった。よく見ると頂上付近では小さな噴煙も上がっていた。浅間山の位置から考えると浅間隠山は進行方向の左手に見える山に違いない。こちらの方は浅間山と違って全く雪がない。多少は雪があるかもしれないと思ってスバッツ(靴被い)を持参したのだけれど無駄だったようだ。

北軽井沢で軽井沢に向かう日本ロマンチック街道という大層な名前のついた道と別れて登山口に向かう。浅間隠山は200名山に選ばれるほどだから結構登られているのだろうが、ほとんどの人は自動車道が峠を越えている二度上峠から往復しているのだと思われる。私も最初はそのコースをとろうかと思ったが、峠まで自転車で上がるのは大変だし、自転車のことも考えると二度上峠コースはかなり遠回りとなってしまうため、手前から登る道も地図には記載されているので、
そちらから登ることにしたのだが、登山口と思われるあたりには表示もないし道らしきものも見当たらない。

地図上の道は沢沿いの道と尾根道とがあるが、沢通しに行けば道も見つかるだろうと登り出すと、案の定ふみ跡が見つかった。比較的踏まれている道ではあるが、標識とかテープ類は皆無なので、山に慣れてないとしんどいかもしれない。1時間近く登って二度上峠からの道と合流すると途端に道は良くなる。時間は既に3時近くになっており、こんな時間に人には会うまいと思って熊避けの掛け声をあげていたら、頂上から降りてくる人とすれ違った。多分、二度上峠からの往復でしょうが、さすがに200名山だけあって結構登られているようだ。

頂上には3時15分に着いたが、さすがにこの時間になると誰もいなかった。その代わりと言うか素晴らしい展望が待ってくれていた。目の前には白銀の浅間山、左に目を転じると奇岩の妙義山、さらには少し雪化粧した日光、尾瀬の連山から完全に冬の佇まいを見せる上越国境尾根の峰々が見渡せて、いつまで見ていても見飽きない。頂上に設置されている案内盤には北アルブスの峰々の表示もあるが、短い好天も終わり西から悪天が迫っているせいか、西の空は雲に覆われていて展望は得られなかった。
2016121321251500背後の山は浅間山

2016121321245900谷川連峰

展望を楽しんだ後に下降に移るが、最初は登った道を戻らずに直進して尾根道コースを降りることにより、周回コースを楽しもうと思っていた。しかし、今登ってきたコースには一部だが不明瞭なところもあり、未知の尾根コースで日没後に道迷いをするとまずいので来た道を戻ることにした。

登山口には真っ暗になる前にはなんとか降り立つことができた。頂上までの標高差600メートル弱を約3時間で往復するという予定はほぼ達成できたので、羽根尾駅から吾妻線終点の大前を往復して最終電車で帰るという計画はなにも問題がないだろうと、その時は思っていたが、結論から言うとギリギリで辛うじてセーフというのが実際であった。

下りに手こずった理由のひとつは自転車の整備不良でブレーキの効きが甘く、そのためブレーキをかけっぱなしで進んだためにスピードを十分出せなかったことがあげられる。もうひとつは、それなりの防寒防風対策はしたつもりだったのだが、寒さに耐えきれずに途中のコンビニや自販機に何度も立ち寄り、長時間休憩をしてしまったこともあげられる。いずれも準備不足が原因なので、次回からはそのようなことのないようにしたい。それはともかくとして、途中で大前行きの電車に乗るのを半分諦めかけながらも発車7分前に羽根尾駅に到着。駅前で輪行袋にしまってからでは間に合わなくなる恐れがあるため、無人駅であったのを幸いと自転車をかついでホームに上がり、ホーム上で前後の車輪を外しただけで車内に自転車を持ち込む。満員だったらどうしようかと思ったが無人に近い状態で助かった。終点の大前に着くまでの間に袋に収納して一件落着。大前では折り返しになるので降りなくてもいいのだが、証拠写真をとるために下車する。終点でありながらほとんどの電車は手前の万座鹿沢駅止まりになるという不遇な駅ということもあって駅前も寂しい限りであった。大前到着をもって、今回の目的は達成し、後は長い乗り鉄の旅で帰宅するだけとなった。
2016121321244000

今回の吾妻線完乗に加えて、今年はJR東日本については津軽線、左沢線も完乗し、残すは秋田の男鹿線と三陸海岸の不通区間のみとなった。他社路線では北海道は日高本線の不通区間を除き完乗となったが、開業路線でも赤字線は廃線しようとしているJR北海道が日高本線を復旧させることは100%ありえないので、事実上は全線完乗といっていいだろう。さらに東海については災害で長期不通となっていた名松線を今年、JRとしては珍しく復旧させたので、その直後に早速完乗し、残すは東海道線の支線5キロのみとなった。これに全線完乗している四国を含めると4JRの全線完乗は間近いが、西日本と九州については完乗の道程はまだまだ遠いようだ。

一方、今回の浅間隠山登頂により、日本200名山と関東100名山については100座中ちょうど半分の50座を登頂したことになる。今年は日本100名山の全座登頂を成し遂げ、他の100名山についても、甲信越100名山は80座、山梨100名山は50座、日本300名山は25座といずれもきりのいい数だけ登ったことになる。全ての100名山登頂を目指して登っていくつもりはないが、自分の登りたい山を登り続けた結果として100名山の登頂が増えていけばよいと思っている。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月 5日 (月)

蟹田でリタイア

5時に目覚めると外は雨が降っているようだが、それほどの強い降りでもないようなのが救いである。おにぎりを食べてから、まだ暗い道を出発する。

完全武装をしているので、快適に進んでおり、この時点では三厩までの予定を達成できることに疑いをいだいていなかった。ところが1時間ほど進んだところで前輪の空気圧が急に減ってきたので、パンクするのも時間の問題と思いチューブを交換することにした。久しぶりのチューブ交換に多少手間取ったが、なんとか交換して携帯用の空気入れで空気を入れようようとしたが、うまく入らない。何回か抜き差しをやっていたら、なんとノズルの先端が折れて空気入れの空気の吐き出し口の中にはまりこんでしまった。前にもそんなことがあって、その時は折れた部分を取り出せたのだが今日はだめだ。この状態では空気を入れられないので、もう1本チューブはあるのだが万事休すだ。

さあて、どうしよう。津軽線は近くを走っているので、輪行して帰る分には問題はないのだが、それでは中途半端だ。蟹田まで行けばそこから三厩までは未乗車区間だから三厩まで往復してくるのもよいし、津軽半島の残りの部分をやる際にも行程的にやりやすい。

現在地から蟹田駅までの距離を調べると13.4キロで蟹田から三厩行きの電車が11時44分発だから3時間ちょっとあるわけで、急げば間に合うだろうから、未乗車区間の乗車もできて好都合である。目標ができたせいか蟹田までの歩きもさほど長く感じずに電車到着の20分前に蟹田駅に着く。荷物を整理して10分前にホームに降りようと跨線橋を登って少々焦ってしまった。というのは跨線橋から直接ホームに降りられるものばかりと思っていたら、跨線橋は真ん中で仕切られていて、一度反対側に降りて、改札を通ってからまた階段を登って跨線橋を歩いてからでないとホームには降りられないのだ。時間には余裕を持っていたからよいようなものだが、ギリギリだとピンチになるところであった。

三厩で降りた乗客の半分近くは鉄チャンのようで、そのほとんどがまた折り返しの電車に乗り込んできた。つい先日、廃線となる留萌線の増子駅での最終電車の様子をニュースでやっていたが、三厩駅にもそんな時がやって来るのだろうか。折り返し電車は青森で乗り換えて、後は新幹線で帰るだけだ。
Img_20161205_123501

今回のむつ湾周回の後、来年の1月下旬の大人の休日倶楽部パスの利用時機に津軽半島の先端部を歩いて回ることを計画していた。今回が予定通り終わっていれば、三厩から津軽中里までの60キロ強を行くだけなので、龍飛崎から津軽中里までの国道が閉鎖されていても問題はないだろうと思っていたが、蟹田出発となると歩行距離は100キロほどになるので、大人の休日倶楽部パスの利用期間4日間で回るのは容易ではなくなるかもしれない。特に西側の龍飛崎から津軽中里の間は雪で国道が閉鎖されるので、雪の状態いかんではどのくらい日数がかかるか予測がつかない。そのため日程がタイトになったことにより、変則ではあるが津軽中里を出発点とし、龍飛崎から蟹田までは歩き残した部分が出た場合には後日に回すこととしたい。東側は三厩までは鉄道が、龍飛崎はバスが冬でも通っているので、たとえ歩き残した部分が出ても対応がしやすいだろうからである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月 4日 (日)

むつ湾周回


北上川遡行を2日で終えたが、大人の休日倶楽部パスはまだ2日残っているので、前回6月の大人の休日倶楽部パスで下北半島をめぐった続きで、下北から津軽までのむつ湾周回を目指す。今日は青森までの長丁場なので7時にホテルを出るが、道は明瞭だしアップダウンもないので、午前中に野辺地まで到達できる目処がたち、景色を見る余裕も出てきた。野辺地の手前で真っ白な雪を被った八甲田連山が見えたのが印象的であった。
Img_20161204_110040

野辺地で海鮮ラーメンを食べてから青森に向かうが、谷内町には1時には着いたため、このまま進むと青森には3時頃に着いてしまい早すぎるということで、2時間くらいの行程となる大島半島周回を行うことにした。

スタートしてすぐに白鳥飛来地という標識があったので海辺にでてみたが、まだ時期が早いせいか、鴨が群れているだけであった。ただ来たら来たで鳥インフレの問題でたいへんなんだろうなと思ってしまう。
Img_20161204_132743

半島の東側は先端までアップダウンのない平らな道な上、1キロごとに表示もでていたので、走行スビードを図ってみる。最近はスビードを全く意識していなかったので、どのくらいのスピードで走れるか気掛かりだったが、時間換算で20キロ以上のスピードで半島先端までいけたのでほっとした。

半島先端は公園になっていて右手には今まで通ってきた下北半島が、左手には明日足を踏み入れる津軽半島が望める絶好の展望台である。
Img_20161204_141839
展望を楽しんでから半島の西側を青森目指して進む。東側よりも距離が短いので楽たろうと思ったら大違いで、アップダウンはあるわ向かい風は吹くわ、さらには腹も減ってくるわでとても時速20キロなどは出ず、国道に戻って道の駅でドーナツを買って食べて、やっと元気を回復した。

後は青森駅は素通りして、新青森駅で明日の帰りの指定席を取ってから、その先にあるオールナイトのスパで明日のために鋭気を養う。明日は天気予報では雨模様だが、なんとか雨に逢わずに済ませたいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月 3日 (土)

北上川 2日目

今日は時間的に余裕があるのでゆっくりと9時過ぎにホテルを出発する。北上川の袂に出て橋を渡ると上流には雪をいただいた岩手が望まれる。日本列島徒歩縦断では盛岡から青森までは岩手山~十和田湖経由で行ったので、しばらくはその時と同じ道を行く。岩手山に向かう道と別れた先で北上川とも離れてしまったので、今日は時間もあることだしと、蛇行している流れの方に向かったが、結局どの道も行き止まりとなっていて川沿いには進めず30分ほどの放浪の末に出発点に戻ってきてしまった。結局、蛇行している所は流れに沿って進むのは無理というのが結論であった。

Img_20161203_093257

今日の目的地である北上川水源まではこれといった見所もないのてだらだらと進んでいたら、渋民という所まで来たら当地で生まれた石川啄木の記念館があった。啄木の作品なんぞは読んだこともない身では少しためらわれたが、暇にまかせて入館した。受付で氏名と住所を記入したら、係りの人が「わざわざ遠くからいらっしゃったんですか」と啄木ファンと間違えているようなので返す言葉かなかった。館内には何組かの見学者がいて、熱心にメモをとっている人もいた。きっと本物のファンなのだろう。最後に入ったにもかかわらず、気がついたら先頭になっていて出口も近くなっていた。このまま帰ってしまったのではファンと思われている手前、早すぎるので時間調整のためしばらく館内に留まる。そんなに早くおわるのでは見学した甲斐がないと思われるかもしれないが、知らなかった啄木の人間関係は頭に入ったので、入場料3百円はすっかり元はとってあるのだ。 
頃合いを見て外に出ると、記念館の庭には代用教員だった啄木が子供たちと一緒にいる像が岩手山をバックに立っていた。「故郷の山はありがたきものなり」という有名な一節は実際の岩手山を目の前にすると真実味をもって感じられるものである。
Takuboku

北上川水源まで到達することが今日の目的であるが、いろいろ寄り道をしたりしたので、到着は3時すぎと思ったよりも遅い時間となってしまった。あずまやもあって公園として整備はされているようだが、土曜日だというのに他に見学者はいなかったし、ましては河口から遡行してくる者なぞは皆無に近いたろう。
今年の大河の遡行または下降は天竜川、鬼怒川に続く三番目だが、途中インチキくさいところもあったものの河口から水源までまがりなりにも遡行できてよかった。来年もまたいくつかの大河の遡行にチャレンジしていきたい。

Suigen

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

北上川 1日目

JR東日本が旅客の閑散期に発売している大人の休日倶楽部パスを利用して、日本第5位の河川距離を誇る北上川を河口から水源まで自転車でツーリングする旅に出た。北上川の河口は元々は石巻で、そこから仙台湾に注がれていたが、かなり前のことではあるが、石巻の北方で進路を東に向けて太平洋に直接注がれる水路が開かれ、石巻に向かう水路は旧北上川と称されるようになった。現在の北上川の河口付近は鉄道から離れているため、そこに到達するには石巻から旧北上川を遡って、北上川との合流点の手前から北上川に移って河口を目指すしかなく、今まで大河を遡行または下降してきたうち、もっともアブローチの長い下降である(石狩川の河口も遠かったけれど)。

出発点の石巻は今年の3月11日以来9ヶ月振りであるが、5年前にここで災害ボランティアに参加したことが、現在の自分の市民運動やボランティア活動参加の原点になっているという意味で特別な場所である。現在の石巻は沿岸部の津波に襲われた一帯は人が住めないままとなっているが、中心部は見た目には復興が進んでいるようには思える。ただ実際には、仮設住宅その他の災害の爪痕は残っているのだろう。

2016120306002400石巻駅(漫画家の石森章太郎の故郷のため、そのキャラクターが駅舎を飾る)

2016120306001000_2
駅から離れた所に仮設住宅が立ち並ぶ(彼らにとっては今なお災害と戦う日々である)

石巻ど下車してから石巻専修大学のグラウンドを目指す。震災ボランティアの際に 約1週間テントを張った懐かしい所だが、駅からは少々遠いので、何度も石巻を訪れながら来る機会がなかったが、今日は北上川河口を目指す途中にあるので寄ってみる。最初は正門から入ろうとしたが、守衛さんと目があってしまったので、そのまま進んで北上川と合流する所で土手に上がってグランドを覗きこんだ。無人のグラウンドからは5年前にここがボランティアのテントで埋め尽くされて様々なドラマが生まれたことなど想像もできない。ところで、今日初めて気がついたことなのだが、グランドは北上川よりも低く、津波の際はグランドは浸水したに違いないということである。ボランティアに来ていた時はGPSも持っておらず、背後に山が聳えていることから、グランドは小高い丘の上にあるものだと思い込んでいたが、ボランティア活動中にも余震のために津波警報だか注意報だかが出たこともあったが、そんなに安心できる場所にいたわけではなかったのだ!
2016120306004200石巻専修大学グランド

寄り道を終えて北上川の河口に向かうことになるのだが、旧北上川から北上川に移る道がわかりにくく、だいぶ時間をロスしてしまった。ようやく北上川に出て、後は河口に向かうだけが、そう簡単には問屋を卸てはもらえない。今日は暴風警報が出ていてむちゃくちゃ風が強いが、帰りは向かい風で大変だが、行きは追い風だから楽だろうと思ったのが甘かった。真後ろから吹くわけではなく、斜め横から吹くため、少しスビードが出ると横に吹き飛ばされそうになってしまい、全然スピードが出せないのだ。じっと我慢の子で、河口近くの対岸に移る橋のたもとに着く。ここで橋を渡る前にどうしても寄っていかなければならない場所がある。最近、判決が出てマスコミでも取り上げられた大川小学校の被災跡地である。被災当時のままの学校が残されていて、原爆ドームに匹敵するほどの衝撃であった。今も慰霊に訪れる人が絶えないのであろう。たくさんの花束がかかげられていた。その前で合掌してその場を去ったが、何故、学校のすぐ裏にある山に登って避難しなかったのだろうかとい う疑問がどうしても頭を離れなかった。
2016120305593500大川小学校

気持ちを切り替えて対岸に渡る橋に足を踏み入れた途端に猛烈な横風に煽られて、前進するのに四苦八苦する難行苦行が始まった。車道と柵で分離された歩道を行くので、風で飛ばされても危険は無いのが救いである。ようやく橋をわたりきったのが1時でここまで三時間もかかってしまった。本当の河口はもう少し先なのだが、ここから先は女川から気仙沼までツーリングした時に通っているので今回はパスして、北上川の遡行を開始する。向かい風でスピードが出ないことは覚悟の上だったが、心なしか風が弱まってきたので助かった。北上川下降の開始地点の対岸に達した頃には風もほとんど収まり、これからは北上川に沿った快適なツーリングができると思いきや、落石による通行止めで大きく迂回することを余儀なくされ、またも時間を大きくロスしてしまった。

今回は平泉までは北上川に沿って忠実に遡行し、平泉から盛岡までは日本列島徒歩縦断をした際に、北上川に近い所は通過しているので今回はパスすることとして、日程の短縮を図るつもりだったが、アクシデントの連続で平泉まで北上川を忠実に遡行することは断念し、北上川から離れて一関を目指して進んだが、さらに日和見して平泉ならぬ花泉からJRを利用して盛岡まで中抜きをすることになってしまった。明日は盛岡から水源までを北上川に沿って忠実に遡行したいものである。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年11月 | トップページ | 2017年1月 »