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2017年3月11日 (土)

原発避難地区周辺北部を行く

先週に引き続く原発避難地区周辺ツーリングの後半である。今日のコースはちょうど6年前の今日3月11日に発生した大震災による大津波で被災した福島第一原発の水素爆発で放出された放射能が風向の関係で北西部に拡散されたため、立ち入り禁止区域が飯舘地区にまで及んだことにより、大きく迂回せざるをえなくなってしまっている。折しも今月末で飯舘地区の居住制限が解除されて、住民の帰還が行政主導で行われることになっているが、これはけっして喜ばしいことではない。国による住民の安全を無視した福島事故の隠蔽方針から導かれたものであるからだ。なぜならば、従来は被爆放射能量の上限を年間1ミリシーベルとしていたにもかかわらず、今回の居住制限解除にあたっては、その年間被爆放射能の上限を一気に20ミリシーベルまでに引き上げるという暴挙を行ってしまったのである。20ミリシーベルというのは原発作業員に適用される基準であったもので、それを子供を含む全住民に適用するなどということが許されていいはずがない。事故周辺の子供には甲状腺ガン
の発症率が通常よりも10倍以上という調査結果があるにもかかわらず、事故と健康被害には因果関係には認められないとする国には未来のある子供たちの命をなんと考えているのだと言いたい。国は一応は長期的には1ミリシーベルを目指すなどととぼけたことをいっているが、その期限についてはなにも明らかにしていないのである。さらに今月末で避難住民に対する住宅支援も打ち切って、経済的にも帰還を強制させるという卑劣な手を打ってきているのである。国の意図は明らかである。安倍晋三が「福島事故はアンダーコントロールである」という嘘っぱちを世界に向けて放って招致した東京オリンピックの開催までには福島事故はなかったことにしてしまいたいからにほかならない。これは被災住民に対する棄民政策そのものである。老い先も長くなく、余生は故郷で過ごしたい等の理由により帰還を希望する人に帰還を認めることはよいが、全住民に半ば強制的に帰還を迫るようなことを断じて許してはならない。

今回も18切符を利用するため、東京、宇都宮、黒磯、郡山と乗り換えの連続で昼前にようやく前回のゴールである船引に着く。今日は80キロ程度の距離であり、穏やかな春の陽の下で本来ならば、のんびりした気分でツーリングができるのであろうが、事故により苦境に立たされている住民の方々の心情を思うと、つい気持ちも滅入ってしまう。

船引駅で下車すると、外気は思いの外冷たかった。川俣までは大したアップダウンもないのだが、意外と時間がかかってしまった。川俣町に入るトンネルの出口に放射能の線量表示があり、時間あたりで表示されていたのを年換算すると約2ミリシーベルとなり、このあたりでも安全基準を上回っていることになる。

川俣からは100メートルほど登ってトンネルをくぐると飯舘に入る。冒頭でも書いたように、今月末で帰還が「可能」になるということでマスコミでもよく報道されている所である。ここに来て至る所で目につくのが、除染した土を積み上げてシートをかぶした異様な光景である。除染の結果、線量は下がっているのだろうが、それでも手持ちの線量計で測定した数値を年換算すると4ミリシーベル程度と安全基準1ミリシーベルをかなり上回っている。また除染の問題点として言えるのは、除染の対象が人の頻繁に立ち入る場所に限られていて、広大な野山は全く手付かずであるということである。風や水の流れによって一度除染した土地が再び汚染されることが懸念されよう。

飯舘村から南相馬までは400メートル以上の標高差の下りで楽ではあるが、日も陰ってきたために風が体から体温を奪ってすっかり体が冷えきってしまった。下りきった所にあったコンビニに入って温かい飲み物を飲み、服を全部生き返った気がした。

原町田駅はもう目とはなのさきであり、それで原発迂回コースは完成するのであるが、小高駅まで足を延ばすことにした。というのは昨年3月に石巻から南下した時は原町田までしか開通してなかったが、その後12月に小高まで開通区間が延びたので、小高まで踏破しておこうと思ったからである。

原町田駅に着いた時はかろうじて明るさが残っていたが、そこから南下を始めるとじきに暗くなった。磐城太田駅に着いた時は次の小高駅の発車時刻まで30分ほどしか残されていなかったが、7キロ弱のきょりなのでいけないことはないと思われた。ただ夜道で迷いやすいだろうし、自転車を袋に収納する時間も必要で乗り過ごすリスクもあるので、ここで小高からの電車を待つことにした。もっとも、常磐線自体は震災前に終点まで何度も乗っているのだが

磐城太田駅には線量表示があって、毎時0.147マイクロシーベルを示していた。0.147マイクロシーベル×24時間×365日=1.287ミリシーベルとなり、安全基準を若干上回る程度だが、小高駅の方が原発に近いだけにもっと大きい値を示しているだろう。

原町田で乗り換えて、明日の出発点となる岩沼に向かう。さきほど常磐線はすでに全線乗車していると書いたが、原町田〜岩沼間のうち、相馬〜浜吉田は津波で大きな損害を受けたため、津波の危険の少ない高台に新たに線路を敷設して、昨年12月に開通したものであるので、新線開通ともいえるもので、是非ともこの際に乗車しておかなけれならないものだった。もっとも暗闇の中で、どこを走っているのかさへわからなかったが2017031123233600除染土地の集積所

2017031123232000磐城太田駅の線量表示

Photo今回のコース

 

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